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苦くて甘くて切なくて  作者: 佐藤冬香
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欲張り

~第二章 友達以上~


あの夜の一件以来、朱里と春樹の距離は少しづつ縮まっていた。

朝、学校で会えばお互い「おはよ」と挨拶するだけでなく、昨夜のテレビ番組の話や家族の話をするようになっていた。朱里と春樹が二人きりで話すのはまれだった。咲良は勉強の出来が良い方なので逸貴とは話が合うようで、いつも自然と6人で話すことが多かった。この何でもない普通のことが朱里にはとても嬉しかった。しかし、朱里は春樹を意識しすぎてあまり上手くは話せずにいた。


1学期の期末テストも終わり、あとは夏休みを迎えるばかりとなったある日の帰り道。

乙衣が久しぶりにドーナツでも食べて帰らないかと言うので、いつも自転車通学の3人は久しぶりに遠回りして駅前のドーナツショップに立ち寄ることにした。

朱里たちが席についてしばらく経ったとき、見慣れた3人が店に入ってきた。

春樹たちだ。

出入り口で3人とすれ違った主婦が、振り返って倫久を2度見しているのが面白かった。

朱里たちに気づいた春樹が尋ねた。

「あれ?立花たちは帰る方向が違うんじゃない?」

「うん。今日は乙衣がドーナツ食べてから帰ろうって言ったから、ちょっと寄り道」と朱里が言うと

「そうなんだ。じゃあ一緒に座らせてもらってもいい?嫌じゃなければ・・・だけど」と春樹が言うので

「嫌なわけないよ。どうぞ」と朱里は頬を赤く染めて言った。


カウンターでドーナツを買ってきた春樹たちが席に着くと、逸貴が言った。

「最近、春樹と立花って仲がいいよね」

「え?最近?前からだよ」と春樹は言い「ね~」っと首をかしげて朱里に同意を求めてきた。

「う、うん」と朱里が答えると、逸貴は不思議そうな顔で朱里を見上げた。

すると、倫久が言った。

「そういうことは口に出して言わないほうが賢いと僕は思うけど、逸貴にはまだ分からないか」

「倫久は恋愛マスターだからそう思うだけだろ」と不機嫌そうに逸貴は言い返した。

咲良が、まぁまぁと逸貴の肩をポンポンと軽く叩いて、笑った。

すると春樹が朱里に尋ねた。

「俺ってさ、立花の気に障ること何かしたのかな?」

「え?何でそんな風に思うの?私何かした?」と朱里は驚いて聞き返した。

「いやぁ、それ今俺が聞いたんだけどね・・・はは」と春樹は小さく笑った。

春樹は以前から、言いたいことが言えてないのではないかと朱里の態度を敏感に感じ取っていた。


見かねた乙衣が言った。

「高橋君は気に障ることなんて何もしてないと思うよ。朱里はこのまま夏休みに入っちゃったら、せっかく仲良くなったのに、みんなに会えなくなっちゃうって寂しがっていただけだから」

すると春樹は少し考え込んでから

「じゃあさ。夏休み入ってから会おうよ!どこかで集まって一緒に宿題やるってのはどう?」と提案した。咲良が明るく言った。

「良いね~それ!みんなでやれば宿題だって早く終わらせられるね」すると乙衣が言った。

「じゃあ、図書館で集まるっていうのはどうかな?」

「良いんじゃないかな。そうしよう。みんないつなら予定あいてる?」倫久が言った。


図書館に集まる日は、夏休みに入ってすぐの7月30日の午前10時に決まった。

思ってもみなかった夏休みの約束に朱里は胸を躍らせた。


休憩時間にサッカーをしている春樹に朱里は熱い視線を送っていた。

するとヨレヨレと不恰好な走り方で咲良が朱里に駆け寄ってこう言った。

「緊急警報発令」ハアハアと息を切らしながら咲良は続けた。

「春樹のやつ、中学のときから早乙女のことが好きだったらしい。しかも!告白間近だって」

「はぁ~???」と、大きなため息をつきながら乙衣が聞き返した。二人はハッとして朱里を見た。

朱里は複雑そうな表情かおで咲良の言ったことをまだ受け止めきれずにいた。

「でも噂でしょ?本当かどうか分からないじゃない!」と乙衣が咲良を叩きながら言った。

「そう!噂!そうだよね、分かんないよね!それにあたしは早乙女って嫌いだな~」と咲良が言うと、そんな咲良をさらに強い力で叩きながら乙衣が

「咲良!それ全然フォローになってないから」と言った。

朱里は力なく笑って「大丈夫。ごめんね。気を遣わせちゃって」と言った。


早乙女華蓮さおとめ かれんは学年の中でも上位を争う頭の良さと、きれいに整った顔立ちで男子から人気があった。以前、春樹と華蓮が廊下で話しているのを見て、なんて似合いの2人だろうと感心した。そして、朱里は華蓮と1度だけ話をしたことがあった。

あれはまだ、入学して一週間程度しか経っていなかった頃だった。

日直だった朱里は、ホームルームで回収した体育祭アンケートの用紙を職員室に持っていくところだった。放課後の校内には残っている生徒も少なかった。すると廊下の角で、別方向から走ってきた男子とぶつかってしまい、朱里は手に持っていた用紙を派手に落としてしまった。

ぶつかった男子は「ごめん」とだけ言い捨ててそのまま行ってしまった。


朱里が散らばってしまった用紙を数えながら拾い上げていると、細くて白いきれいな手が残りの用紙を拾ってくれた。顔を上げるとそこにはきれいな女子生徒が立っていた。それが華蓮だった。

「職員室でしょ?手伝うよ」と華蓮は言った。

「ううん。早乙女さんは違うクラスだし、大丈夫。1人で行ける」と朱里が言うと

「いいの。気にしないで」と少し強引に朱里の抱えている用紙を半分持って歩き出した。

朱里は急いで後を追いかけた。


並んで歩きながら、朱里は華蓮の横顔をチラチラ見ながら言った。

「早乙女さんはB組だったよね」

「うん。そう。立花さんはA組でしょ?春樹君や倫久君と同じクラスだよね」と華蓮が言った。

「うん。早乙女さんは高橋君と同じ中学だよね」と朱里が聞くと

「そう。中学のとき3年間ずっと春樹君と同じクラスだったの。だから入学してクラスが離れちゃって残念だねって話してたところだったの」と華蓮言った。

朱里は返事に困ってしまい「そうなんだね」と小さな声で返した。

そこへ担任の市村先生がやってきて「2人とも、ご苦労だったね」と言ってプリントを受け取ってくれた。朱里が「早乙女さん、ありがとう」と言うと、微s笑だけ返して華蓮は行ってしまった。

好意的でスタイルも容姿も綺麗な華蓮の後姿にしばらく朱里は見とれていた。



そんな華蓮のことを、春樹は中学のときから好きだという噂も、朱里には有りえることだと思えた。



咲良から聞いた噂は瞬く間に学年中の生徒に広まり、ほどなくして学校中に知れ渡った。

噂が広まってから数日の間、春樹と華蓮は全生徒の注目の的となり居心地悪そうに生活していたが、春樹が我慢できなくなり、華蓮にも気にする事はないと言って、2人が普通に話すようになると噂も少し治まった。

ところが、落ち着いた矢先に春樹がC組の女子に体育館裏に呼び出され、告白されたという新たな噂が校内を騒がせた。しかもこの噂にはおまけがついていた。

告白した女子が振られた際に、春樹に好きな人がいることは事実なのかと、早乙女さんの噂も事実なのかを聞いたところ、春樹はどちらも否定しなかったと言うのだ。

咲良と乙衣は顔をしかめたまま「・・・と、いうことは?」

「どちらもありえるよね?」と乙衣は言った。

「どちらも?」咲良は聞き返した。

「そう!どちらも~!だってさ、早乙女さんの事が好きなら、どちらも当たりでしょ!早乙女さんのこと中学のときから好きっていうのと、好きな人がいるっていうの両方当たりでしょ」と、泣きそうな声で乙衣は言った。

「そっか~!」と、咲良も泣きそうな声を出した。

そこへ朱里がやってきた。乙衣と咲良は目配せして平静を装った。


晩御飯を食べた後、部屋にこもって朱里はずっとあることを考えていた。

この噂が本当ならば、朱里の初恋は失恋に終わるのだ。

告白もせずに失恋決定。何て悲しい恋だったのだろうかと。

しかし、それも春樹の幸せだ。好きな人の幸せはちゃんと願ってあげなければ・・・

頭では分かっていても、心が拒否していた。春樹なしでは朱里は幸せになんてなれない。

しかし、拒否する心を必死に押さえつけて、朱里は初恋の失恋の準備とともに春樹の恋を応援する決意をした。

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