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苦くて甘くて切なくて  作者: 佐藤冬香
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イケメン人気男子とありきたり平凡女子

~第1章 出会い~


入学式当日の朝、高校生活の始まりの日ということもあって、朱里あかりはいつになく早く起きた。学校に行く支度を早々と終わらせると、眩しい朝日を浴びながら、新しい学校への道のりを確かめるようにゆっくりと自転車をこいだ。駐輪場で自転車を置き、昇降口のガラスに張り出されているクラス分けの用紙から自分の名前を見つけると、持ってきた室内履きに替えて、教室へと急いだ。


校内は、この世の中に誰もいないんじゃないかと思わせるほどシンと静まりかえり澄んだ空気だけがそこにあった。


朱里は誰もいない教室にそーっと足を踏み入れた。ニヤリとして顔を上げた次の瞬間、朱里の顔から表情が無くなった。・・・誰もいない教室・・・の、はずだったが、そこには先客がいた。


一瞬出て行こうかどうしようか考えたが、朱里はその先客を起こさないように静かに自分の出席番号の席を探すことにした。しかしその先客は朱里の席にいた。仕方なく声をかけようと顔を覗き込んだ。

「!」

アッっと出そうになった声を両手で押しあて、なんとか抑え込んだ。朱里は朝日を浴びて寝ている先客の顔に見とれてしまい、手を口にあてたままゆっくりとその場にしゃがみこんだ。

伏せた瞼、長いまつ毛、そのすぐ下のホクロ、耳からの顎のライン、きれいに通った鼻とその先の盛上がった唇・・・と、その時、伏せていた目が開いてこちらを見た。朱里は動くことも目を反らすこともできずにその場で凍りついてしまった。瞬きもできずにいる朱里に先客は「今何時」と尋ねた。朱里はハッとして自分の腕時計を見て7時半だと答えた。先客はむくりと起き上がり朱里に自己紹介をした。

「俺、今日からこのクラスの高橋春樹たかはし はるきよろしくな。おたくは?」

「あ・・・わ、私も今日からこのクラスの立花朱里たちばな あかりです。よろしく・・・あ!寝顔を見たりして、ごめんなさい」と言うと、春樹は「いや」と言いながら首を横に振った。

朱里が控えめに「そこ、私の席みたい」と言うと「え?あぁ、俺の方こそなんかごめん」と言って席を立った。朱里も「ううん」と言いながら首を横に振った。

「俺、自分の席に座ったはずなのに、おかしいなぁ」と春樹が周りを見ると春樹の席は朱里の席の隣だった。「あぁ」と見つけて二人して笑った。春樹の笑顔は人見知りをする朱里の心を優しくほどいた。外から他の生徒の話し声がしてきた、次に教室に入ってきたのは朱里の友人の咲良さくらだった。


初めてのホームルームは、担任とクラスの生徒全員の自己紹介の時間となった。この高校は中学校からのエスカレーター方式で進学する生徒も多く、知ってる顔も沢山あった。朱里と先ほどの中村咲良と宮本乙衣みやもと めいも同じように進学していて、小学校からの親友でもある。

休み時間に朱里が乙衣と話していると、咲良が「朱里、今朝私が来たとき高橋君と二人だったけど、何か話してたの」と聞いてきた。朱里が答えに困っていると、そこへ春樹がやってきて「俺が席間違えて座っちゃって迷惑かけちゃったの」と言った。すかさず朱里が「迷惑ってわけじゃないよ」と言うと、春樹はふふっと笑って行ってしまった。

朱里があまりにもすぐに否定をしたので、乙衣と咲良は意味ありげな笑みを浮かべて朱里を見た。

違う、違うと朱里が否定しても二人は「はいはい」と生返事を返すだけだった。


朱里にとって高校生活は中学の頃と、さほど変わらず生活自体に大きな変化はなかった。しかし入学式のあの日から朱里の中で変わり始めたことがひとつだけあった。だがその心の変化を朱里はまだ何なのか分からずにいた。最近の朱里は気がつくと目で春樹のことを追いかけている。そのせいか朱里は春樹のことで少しずつ分かることが増えてきた。春樹はクラスの中心的存在であること。春樹が仲良くしている友人は二人いて、同じクラスの太田倫久おおた りく斎藤逸貴さいとう いつきであること。逸貴が学年トップの成績であるからか春樹も成績が上位であること。倫久はかなり整った容姿をしており、イケメンと評判で校内外で女生徒から人気があることから、春樹や逸貴も自然と注目され人気があるということ。春樹は明るく爽やかで、誰にでも優しく分け隔てなく話をするということ。そしてこの三人が校内でG3(ジースリー)と呼ばれていること。これは「ゴージャスな三人組」の略らしい。

朱里は咲良に「ねえ、聞いてる」と肩をつつかれて初めて自分が咲良たちの話を全く聞いていなかったことに気がついた。

「ごめん、ちょっとボーっとしてた」と朱里が言うと乙衣が

「最近うわの空って感じの時が多いけど何か悩んでることとかあるの」

朱里は少し考えて「ううん。そういうわけじゃないんだけど」と言った。すると咲良が

「何かあるなら絶対に言ってよ。ただ話を聞くだけだって出来るんだからね」と心配そうに言った。


中間テストが近づき、校内が勉強モードに入ると、空気全体がピリピリしているようだった。その頃になると朱里と行動を一緒にしている乙衣や咲良から見ても、朱里の目線が春樹を追いかけていることが分かるようになっていた。あくまで一緒に行動しているから分かるだけだが、この短期間で朱里の気持ちが、かなり春樹に傾いているということはもう乙衣や咲良にも理解できるほどだった。中間テストが3日後と迫ったその日の帰り道で、乙衣が切り出した

「朱里、中間テストが終わってから言おうって思ってたんだけど、もう言っておいた方がいいと思うから言うね」咲良は乙衣の言葉に驚いて

「乙衣、今はまだやめた方が良いんじゃない」と言った。

朱里は乙衣が何を言おうとしているのか、咲良がなぜそんなにも驚いているのか見当もつかない様子で乙衣の言葉を待った。少しだけ間が空いたが、決心したように乙衣が言った。



「朱里は春樹君のことが好きなんだよね?私達ずっと一緒にいたから分かっちゃったんだ」



少し驚いた様子で朱里は唇を噛み真っ赤になって小さく「うん」とうなずいた。

「きゃーーー」っと大きな歓喜の悲鳴を上げて、乙衣と咲良が朱里に抱きついた。朱里はびっくりして二人に尋ねた。

「どうしちゃったの?二人とも」咲良が答えた。

「朱里、これ初恋でしょ?乙衣とちょっと前から朱里が恋してるねって話してたんだけど、朱里が自分から言ってくれるまで待とうって話してたの。なのに乙衣ったら、朱里が打ち明けてくれるの待たずに今言うんだもん」と、乙衣の肩を軽く叩くと、乙衣が

「だって、我慢できなかったんだもん。朱里じゃいつ言ってくれるか分からなくって」と笑った。

朱里は恥ずかしそうに微笑んで「この気持ちに気がついたのは、まだ最近なの。でも恋したのは入学式のあの日かなって思う」と言うと、咲良が

「やっぱりー!だってあの日の朱里、何だかいつもと違って見えたんだよ。恋に落ちたからだったか」と朱里をもう一度抱きしめた。朱里が恥ずかしそうに

「私ってそんなに分かっちゃうほど好きって感じが態度に出ちゃってた?」と言うと乙衣が

「大丈夫!いつも一緒にいるから分かっただけで、他の子は誰も気づいてないよ。もちろん愛しの春樹君もね」と朱里をからかった。


中間テスト中は学校も早く終わるので、朱里たちは自転車通学をテスト期間中だけやめて、3人で帰りにショッピングに行ったり、コーヒーショップで勉強をしたりして帰宅することが多くなった。しかしその日は、ゆっくりしすぎて帰りが少し遅くなってしまい、自宅付近に帰ってきた頃にはすっかり日も沈んで辺りは真っ暗になってしまっていた。

乙衣と咲良といつもの路地で別れたあと、自宅までのわずかな距離で朱里は怪しい男に跡をつけられてしまった。自宅までの最後の角を曲がった時、男に腕を掴まれ触られそうになり朱里が目を閉じ体を硬直させた時、男の掴んだ手が離れうめき声が聞こえた。

朱里がそっと目を開けると、そこには男の腕をひねり上げてる春樹がいた。

「は、春樹君」

「大丈夫?けがはない?なにもされてない?」

「あ、大丈夫。何もされてない」と朱里が答えると春樹は男に向かって

「何かあったらただじゃおかない!分かったか?」と怒鳴りつけると男は「すみません」と小さな声で言った。春樹が手を離すと、男は一目散に逃げて行った。


「本当に大丈夫?こんなに暗くなるまで外にいたら危ないよ」と春樹は心配そうに朱里を覗き込んだ。

「ごめんなさ・・・」まで言いかけたところで、春樹の腕に傷があるのを見つけた。

「あの、それ」と朱里が指をさすと春樹は自分の腕を見て

「あぁ、これ?さっき急いで捕まえなきゃ!って思ったら、慌てちゃってカバンの金具で引っかけちゃっただけだから」と春樹は言った。

『手当て・・・あ!私の家この先なの。すぐだから私の家で手当てしよう」と大きな声で春樹に言った。

その声の大きさに驚いて春樹は「あぁ、うん」と返事をした。


家に着くと誰もいなかった。置手紙があり

「ちょっと、お父さんと食事してくるからよろしく。向日葵ひなたはお泊り勉強会」と書いてあった。朱里は少し戸惑ったが、春樹には何も言わずにあがってもらって、傷の手当てをし始めた。


「ごめんなさい。私のせいでこんな・・・」と朱里が申し訳なさそうに言うと、春樹は

「気にしないで、大丈夫だから。こんなの怪我のうちに入らないのに」と言った。

朱里が手早く手当てすると春樹は驚いた様子で

「何だか手慣れてるね」

「お母さん、看護婦なの。今でも現役」と言うと春樹は

「だからかー」と感心したように2回大きくうなずいた。


「それにしても、ご家族はみんなこんな風に遅いの」と春樹が朱里に尋ねた。

「ううん。いつもは誰かは家に居るんだけど、今夜は妹がお友達の家にお泊まりで、お母さんの仕事が休みだから久しぶりにお父さんと一緒に外で食べてくるって言って二人が出かけてるから、たまたま私ひとりなだけだよ」と朱里は答えた。

「あんなことがあった後なのに一人になるなんて怖いだろ?だからもう少しここにいることにするよ。コーヒーもらえたりするかな?」と春樹が言うので朱里は

「すぐに準備するね」と答えた。


その日、朱里と春樹は色々な話をした。春樹は愛知県の出身で横浜へは中学の時に引っ越してきたこと。倫久と逸貴とは中学からの付き合いで、彼ら二人は小学校からの付き合いだということ。中学校の時は倫久よりも逸貴の方が女子に人気があったこと。咲良と逸貴は幼稚園が一緒だったということ。春樹に生颯いぶきという3つ下の弟がいること。春樹がO型だということ。そんな何でもない会話が朱里には嬉しかった。今まで知らなかった春樹のことをたくさん知ることができた。危ない目にあったのに不謹慎だとは思うが朱里は春樹のことを思い出して、この夜はなかなか寝付けなかった。

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