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飛行機雲

作者: ハヤブサ

「うおっ!おお?! お、俺空を飛んでる!」

眼下にひろがる光の奔流。まばゆく光る高層ビル。その間をぬうように走る車の群れ。

目を前に向ければ、そこには大きな満月だ。

俺は腹ばいになって、確かに夜の中を飛んでいた。

ショックで手足をばたつかせるが落ちることは無い。高度も下がらず安全そのものだ。

「一体、どうなってるんだ?俺はなんで空を・・・?」

いつのまにか飛行能力にでも目覚めたのだろうか?すごいな。今日からスーパーマンか!ってそんなわけがない。俺は普通のサラリーマン。どこにでもいる男が急にスーパーマンなら、今頃ゴジラがスタバでコーヒーでも飲んでる。

どうしてこんなことになったのか考えるが、一向に答えはでない。・・・むしろ、前後の記憶が思い出せないってのはどういうわけだ?

考え込む俺のほほを強い風が通り過ぎる。その涼しく力強い風に、今おかれている疑問は見事に吹っ飛ばされてしまった。


「ふうぉぉおおおおおおおおおお!!!」

急降下から急上昇。左旋回から右に回転。縦横無尽に広がる光景はきっとどんなジェットコースターでも味わえない。最初はおっかなびっくりだったが、すぐに勝手はつかめた。簡単な話だ。今俺は、思う方向に自由に飛べる!雲の中もビルの間も、地面すれすれだって自由自在だ!

「すっげえ!空を飛べるって最高だ!ガキのころ思った通りだ!」

そう、小さいころ俺は飛行機のパイロットになりたかった。理由は簡単だ。親父がまだ生きてる時、家の縁側で一緒に飛行機雲を見た。親父と見たそれがあまりにかっこよく映った。青で満タンの空の中にのびる一本の白い線―――。空を思いっきり飛んで、その空に自分が飛んだ跡を残したい。空を飛びたいと初めて思った。

でも操縦桿を握るのは簡単じゃなかった。信じられないくらい勉強しても、必死になって追いかけても、彼らのように白い手袋をつけて空を飛ぶことはできなかった。

でもそれが今叶っている。この広がる空、雲、今は全部俺のものだ。


高度を下げて、街の中を飛び回る。ビルに沿って飛んでみたり車と並走してもみた。歩くだけでは見ることが出来ないアングルで思いっきり飛びまわる。

ふと、赤いものが目にとまった。バラの花束。それをもって花屋から走って出てくる男。きっと時間に遅れているうえに、人でも待たせているのだろう。顔は必死で汗だらだらで走っている。その顔があまりに面白かったので、そいつの横に並んで飛んでみた。


「よお、お急ぎかい?」

「そんな花束持ってどうした?女でも待ってるのか?」

「わかった、その指輪。あんた結婚してるんだろ?んで結婚記念日で気合入れて食事に誘ったはいいけど、プレゼントを忘れてた!どうだ、図星だろ!」

男は一向に無視だ。ただ必死に前だけを見て走ってる。

男の様子になんとなく見覚えがあって、話しかけ続ける。

「なんだよ。無視するなって。そりゃあ俺は空を飛ぶような男だ。そういうのとかかわるのはなんとなく嫌だろうけど・・・」

―――無視じゃない。

―――コイツは俺が見えていない。

―――ビルのやつらも車のドライバーも見えてなかったろ?


「ああそうだ。俺も確か同じように・・・」

花束を持って走ってた。普通な俺なんかを好きになってくれた女。普通に結婚して普通にすごした一年。記念日くらいはとサプライズを考えて、彼女を食事に誘った。ビルの中のスカイレストラン。高いところから光る街をみてメシを食う。喜ぶ彼女にとどめの・・・。そう、とどめが必要だった。普段から普通のことばっかりな男がいきなりサプライズを!なんてそもそも厳しい。閉店時間ぎりぎりの花屋に飛び込んで、バラの花束を買った。

待ち合わせの時間に間に合わなくなりそうだったから、無我夢中で走って・・・横から出てきた車に轢かれたんだった―――。


思い出したとほぼ同時。走る男の横から光が飛び出す。男は前しか見ていない。横から迫る車なんてまったく見えていない。記憶の中の自分と男が重なる。

「あぶない!!」

叫んでから気づいた。俺の声、届かないんだった・・・。


キキキキキキッ!

耳をつんざくブレーキ音。鼻に付くタイヤの溶ける臭い。そして、車のそばには尻餅をついてみごとに腰を抜かしている男がいた。

運転手がどなり、走り去る。男は尻を払い立ち上がり、目の前の女性に照れ笑いをした。それが男の待ち人なのだろう。彼女が男を呼び止め、事なきを得たってわけだ。

並んで歩いていく2人を見ながら、ふと俺は後ろを振り返る。高層ビル、車、雲、夜空・・・その中のどこにも俺の飛んだ跡は無かった。お前など最初からいなかったんだと、そう空に言われた気がした。

もう一度前を見る。男に寄り添う女、寄り添われて幸せそうな男。

自分にもそんな女がいた、彼女のところに帰りたいと俺は願い、目を閉じた。閉じた目の前に広がる真っ暗な闇に意識は溶けていった。さっきまであんなに自由にこの中を飛んでいたのに、いまはこんなに怖い・・・。





目を開けるとそこはベッドの上。俺はそこに寝ていた。横には彼女が椅子に座っている。俺と目が合うなりわんわん泣き出してしまった。彼女は必死に何か話しかけているが、残念ながら何も聞こえない。ただなんとなく言いたいことは分かるのでうなずく。それを見てまた彼女は泣きじゃくる。

泣かせたくて戻ってきたわけじゃないんだがなぁと思うが、まあいいか。また会えたことが今はなにより嬉しい。

ふと窓に目をやる。そこには遠い昔、親父と一緒に見たような青空が広がっていた。大きな大きな青空の中に一本の飛行機雲。

今まで見た中で一番最高な空がそこには広がっていた。




昔に書いた文です。三大噺でやりました。お題となったキーワードは「バラ」「手袋」「縁側」でした。ただただ、懐かしいです。

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