9・甘さのなくなった時間。(三人称)
GWが始まりますね。
皆様のご予定は詰まってますか?
私はひきこもりになりたいです。マンガ喫茶で完徹からの居続け希望。
全てぶっとばして、一人になりたいです。
「さて。多少、リオウの予想外のことになったが説明は必要か?」
かずお、いや佳津子を抱きとめたまま微動だにせず、少年は会議室をぐるりと見渡した。白いシャツに黒いズボン。シンプルなことこの上ない服装が、彼の美少年度合とスタイルの良さを物語る。成人女性を不安定な格好で抱えて、こ揺るぎもしない力があるとは到底思えない華奢さ。だが、彼の実力を見誤るような存在はこの会議室にはいなかったようだ。しんと静まり返り、今なら針が落ちても聞こえるだろう。
「……ふむ、では今後の見通しも不要ということか」
「お待ちください、隠者殿。あなたが召喚したと言われましたか」
壮年組の真ん中に座っていたオリバーがかろうじて手を挙げた。今まで何度も中央軍総大将として場数を踏んできたし、その過程の合間には少年とも会う羽目に陥ったことも五指を超える。だからこそこの事態に納得がいくような、意味が分からないような。
なぜ、北の隠者ともあろうものが召喚なんぞしたのか。説明が欲しい。
「隠者殿。俺はその子を保護したいのです。よろしければ、まず、彼女を」
けれど、それを聞く前に年下組の方から声が上がる。この会議室に迷子、成人女性を持ち込んできた司令部長補佐、コーリーンだ。
史上最年少で軍部中枢に潜り込んできた異例の三人の一角。次世代中枢の、さらに中央に座るだろうともっぱらの噂の持ち主は、だが総大将から見て別の意味で取り込み中らしい。見たこともないような顔で、北の隠者が抱える女性に向けて手を伸ばす。
そういえば、彼女をこの場へ連れてきたのはコーリーンだったか。
格上すぎる相手と上司の会話もさえぎるほどの執着か、とかすかな意外性を感じるオリバーの視線にトラブルの匂いを嗅ぎつけ、大将と副将の顔にそっくりな笑みが浮かぶ。コーリーンはそれに気が付くことなく隠者の目を覗き込んだ。
階梯があからさまに上の人間に向かってくる人間特有の隠しきれない気負いを読み取って隠者が微笑する。しかし腕を彼に向かって差し出すことはしない。逆に左手一本で佳津子の腰を抱えなおすとあらわになった額に唇を落とした。ぐっとわかりやすく息を詰める年下組を目の端だけで挑発し、首筋にも舌を這わせる。
かっとしたようにポールが一歩を踏み出し、シグネベアが腰にはいた剣の鯉口を切った。その時にはすでに佳津子の姿が掻き消えている。
「……どこへ」
コーリーンの声は低く、視線は険悪の一言に尽きた。隠者と呼ばれるにしては若すぎる姿の少年は楽しそうに髪をかきあげ歌う。
「お前の屋敷へ。客間へ。リボンをかけた包みはお気に召さなかったようだから、今度はラッピングに気を付けて運んだ。ここ十五年、中央軍の中枢はリオウの忠告を無視して暴走体勢に入り続けている。だからこれはリオウからのプレゼント、……だったわけだけれども」
ぎり、と年下組が歯を食いしばる。壮年組の方は反応がわかれた。納得するもの、眉をしかめるもの、面倒なことになったとため息をつくもの。
面白いことになったと、もっと目をぎらつかせるもの。
「今夜は、いやもう明け方が近いのか。それぞれが家に戻り、眠るがいい。使いはそれと自分で悟る。夢でリオウに会いまみえるなら、それを持って証となる。覚悟して眠れ。異層からの拉致、未来への限られた選択。ウロボロスの意向を無視して暴走し続けた責任、こちらの層の安定。無関係だったはずの彼女の怒りはきっと根深い」
細切れに音が上下する一方的な通告の内容をその場で飲み込まずとも、全員が忘れない。
それを知っているからこそ隠者は歌い続ける。
「バランサーたるウロボロスが告げる。これは、宗主のリオウの意志。お前らの足を引き、愚かさの袖を引こう。この件について南も西も、北も東も関わらぬ。全力を持って層の状態維持に努めるのが役目なれば、お前たちも意思に反して踊るがいい」
低く高くそう歌いあげると、少年の姿もまた掻き消えた。沈黙。
もはやだれも身じろぎもせず、隠者の残した言葉を咀嚼するのに忙しい。
きしり、と微かな音がしたのはその時だ。ふっと目が覚めたようにタイミングを合わせ、全員が深呼吸する。鎧を鳴らした兵士を見たのは、さて幾人だっただろうか。
「つまり、俺たちのせいで、あの子が巻き込まれたと」
ぽつりとコーリーンがこぼした。痛いところをつかれたようにポールとシグネベアが目を閉じる。壮年組は年下組を見やり、肩をすくめた。
「北の隠者殿には、魔力偏重を主とした近年の流れ、さらに武力をもって周辺諸国を威嚇しようと偏向しがちな軍部の暴走を留めよと何度も提案があった。若者を止められなんだは年寄の責任。……しかし」
「確かに乱暴な手段だが、北の隠者どのにしてはかなり穏便な方だろうさ。意図も不明、指し示す方向もわからねぇが、まだ死人が出てねぇし。……ああ、ああ、興味がわきすぎて止める気も起こらねぇたぁ困ったな」
「辺境にも足元にも小競り合いがなし、脅威もなし。なるほど、上部がちょいと抜けようが問題なしの時間を見測られたか」
「さすがは隠者殿だろう。バランサー、ウロボロスの意志とまで言われれば一考に値するしかない。……コーリーン、ポール、シグネベア。お前たちに一任していた魔力による武力への転嫁にかかる考察を一時凍結とする。代わりに異界からの召喚者、北の隠者の客人に対して全責任を負え。司令部の意地をかけて、彼女のこれからの生涯を居心地のいいものに」
「しかし、たかが女の子に三人もかけるか? 司令部の三人団子だと荷が軽すぎやしないか」
「いや。彼女には見たところ、魔力が一切なかった。コーリーンの屋敷ともなれば扉の開閉すらも魔力が必要だろう。この何十年かの傾向で、魔力ゼロの人間についての偏見もひどい。細かいところまでフォローせねば、たちまち居心地が悪くなる」
「ははぁ。そもそもこいつらが自分から女に向かっていくところなんざ初めて見たわけだしな。隠者の忠告と、……っあー、親切か」
「多分な。会議室にいる人間の反応からするに、強者に対する媚香もかけられてるんじゃないか? 隠者がかけたんだろうし」
「身辺警護と庇護、ついでに媚香の強制解除には三人がかりでちょうどいい、と。……よかったなぁ三人団子。おもちゃの代わりに新しいおもちゃが来たぞ?」
「まだ論文が発表されたばかりの新論に夢中になって、……っあー、ネットだったか、そんなのにもぐって遊んでるから網につかまるんだ。まったく、何百年も生きてきた隠者の忠告に逆らうから」
「ジャーック。かわいそうだからその辺にしとけよ。そもそもが若者の、力を求めての暴走なんだぞ? 止められねえって」
口々に好き勝手なことを言い合う中枢部に、年下の三人が口の端をひくつかせる。すべてが彼らの自業自得、因果応報だと認識され、切れそうだ。しかも。
「あのお嬢さん、かわいかったなぁ。きょっとーんってした顔が、俺の好みで」
「……お前の下の娘さんと同じぐらいじゃないか? 必死でなんか考えてんの、丸わかりで。ああ俺もあんな素直な娘が欲しい」
「むしろ嫁に欲しい」
違いねぇ、どっと笑う壮年組にまずシグネベアが切れたようだ。剣を得意とする彼は、司令部の中でも交渉班の、さらに武力担当だ。嫌そうに眉をしかめて一歩を下がり、コーリーンの服を引く。
「コーリーン。お前の屋敷へしばらく泊る。準備ができしだい転移するから客間を開けとけ」
「あ、俺もなコーリーン。上部命令だし大人しく聞くに限るよな? お嬢さんの担当は仕方ねぇっつーことで。……なぁ、ところでお前んち、客間いくつあんの?」
明るめの声を出したポールも来るらしい。コーリーンはぐっと眉間にしわを寄せた。彼女を家に持ち帰って手元に置こうとは思っていたが、事態は思わぬ方向に、しかも大きく転がり続けている。どこをどう見ても想定外だ。
「……五つ。長期になるなら滞在費は入れろ」
ん、と頷いた二人にコーリーンも頷く。長机の向こう側で、そこらにいるおっさんのように馬鹿馬鹿しく声を上げている、この国でも有数の実力者たちに礼を取った。退出の挨拶はそっけない。
ぎゃはは、と品のない許し、同情が混じったからかいの激励、当分は出勤しなくても不問だぞーという力の抜けるお達しとともに。
中央軍属司令部の秘蔵の珠、三人団子が会議室を同時に退出した。
佳津子がいない方がサクサク話が進みます。そりゃそうか。
北の隠者については単語だけが他の話にもちらほら出てきます。
こういう外見だしこういうしゃべり方をする子でした。
佳津子に対してはまた違う対応の予定です。