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切れるまでが長いおばさんの話  作者: 恭子@新参者(旧PN:三宮 奈緒)
第一章かずこさんと彼らの出会い
4/18

4・交代しました。(かずお視点)

 …………初めに知覚したのは、『なんとまぁ、男臭い部屋だ』ってことだった。大体において男でも女でも、集団になってしまえばその特有の匂いは倍々で増すものだ。

 せめて換気でもしていればいいものを。

 佳津子が閉じてしまった目を開ける前に、ふぅ、と息を吐いた。


 ゆっくりと焦らずに目を開ける。


 腫れぼったい瞼に熱を感じて、かすかな不快感を覚えた。無意識に袖口で乱暴に目をぬぐいかけ、彼女の体だとその手を止める。けれどもすぐに、二重人格ですらない自分に何を自重することがあるかと考え直した。泣き始めてから何度も擦ったせいだろう。触ると頬骨の辺りの皮膚が痛い。

 形よく整えられ、薄いピンクに塗られて綺麗な爪、だった場所に赤く乾き始めていた汚れは、自分の身体を見下ろしてネグリジェの裾でぬぐっておく。


 なるほど、着た覚えも持ってた覚えもない寝間着と来たか。


 鼻を鳴らしかねない表情で顔を上げると、すぐ近くに唖然とした男どもの顔があった。

 いくつものその顔を見ても佳津子が黙ってることを確認して、かずおは軽く息を吐く。正直、考え事をしたいときには頭の中でずっとわめくあの子は、ちょっとだけ邪魔なのだ。邪魔って単語がひどいのなら、静かなほうが助かると言い換えてもいい。


 あのね、泣いたりわめいてるだけじゃ何の進展もしないってわかってたけど止められないから、だから、ボクとあの子が代わったんだよ。


 挨拶代わりに思考だけで話しかけてみた。確かめたいことがいくつもあるので相手は特定しない。

 もちろん、それに対するリアクションなんて何もなくて、部屋の中は完全なる沈黙だ。


 っつか、見てんじゃねぇよ、うぜぇ。


 そこでもう少し挑発することにした。乱暴な言葉は普段使わないが、むしろ得意とするところだ。かずおの性別設定は男の子なんだし、構わないだろう。


 この子は年を食ってるけど女の人であって見世物じゃねぇし、っつかなぁ、ボクのいたところの女の人なら、そもそも普通にアンタらのその格好だけでドン引くんだよ、と、また声に出さずに悪態をつく。せっかく我慢していた鼻を鳴らす癖がとうとう飛び出したが、苛々を表すには逆にちょうどいいだろう。

 その考えが伝わったのか、がしゃり、と動揺したように鎧の包囲網が広がった。リアルに『一歩引いた』わけだ。

 気にせずに、佳津子が何度も頭を振ってたせいで乱れまくっていた髪をかきあげる。ぎざぎざになった爪に引っかかって痛い。こりゃ後で『ひどいよぉぉ』って言って泣くんだろうな、なんて考えながらも見回す視線は止めなかった。

 会議室にいた全員から見下ろされることに言いようのない不快感を覚え、鎧の連中が一歩引いた事で出来た空間に立ち上がる。

 わかっていたことだが、佳津子が本気で腰を抜かしていたことで立ち上がるときに少しよろけた。ああもう、可哀想にあの子、ものっすっごく怖がってたもんな。

 ボクが立つのもツライじゃないか。

 立ち上がって、順ぐりに包囲している鎧の目を覗き込んでいく。目の前の剣先と槍先が揺れて、ほんの少しまた空間が広がる。その隙間から椅子を見つけ指と視線で伝えた。


「座りたい」


 棺の中でさんざんに喚いたせいだが、喉が痛かった。声もがさがさで不快だ。その思いのままに鎧の包囲網のうち、話しかけるべきリーダーを一瞥する。把握はむしろ簡単だった。一人だけいい装備だったわけでなく、動揺してるふうに見えなかったから。

 くそ重たい左前の両手剣の代わりに、ちょっと細身の右後ろの剣と交換してくれるように言ってくれた右前の人、だろう。多分。

 ちなみに左後ろは最初からずっと無口のままだ。背中をちくっとしてしまったのが位置的に彼だろうが、あの後は気配もない。気配がないと言えば、槍先を突き付けたまま殺気だけでずっと身じろぎもしない槍持ちが二人ほどいるが……この二人だけが揃いの装備となれば扉付き護衛と言ったところだろうか。右前が何か言わない限り攻撃はしてこないと見た。

 希望的観測からの『多分』だが。

 かずおが話し掛けた後、唖然としていたのはほんの少しの間だけで、もう落ち着いてるように見える鎧のリーダーに。

 だからこちらも落ち着いて、言葉が通じないことを自覚した上でさらに話しかける。


 そう、交渉ごとなら、窓口を絞って。


 いきなり雰囲気の変わった人間に戸惑っているのか、何拍か置かれた。言葉が通じなくてもこのくらいならボディランゲージでどうにかなると思ってたのに。

 続けて同様の要求をするか、相手の目から判断する。


 ……いいや、彼は自分の権限でこの人間を座らせていいのか、迷ってる。


 そう見て取って今度は、いやに静かになった上座のほうに目をやる。

 鎧たちと同じように唖然としたままの顔がいくつか見える中に……おいおい、護衛たちはもうほとんど表情が戻ってんぞ? 兵士より立ち直りが遅いとか、ありえなくね? ……ひとつだけ、やけに楽しそうな表情が目に付いた。途切れなく何かを呟いてる彼は、確か、かずおをここに連れてきた人から怒鳴られていたはずだ。


 ここへ来てからの状況をざっと思い起こす。途中、どう考えても自分の常識からは考えられない箇所がいくつかあった。それを考慮して推測するに、『この場所』に魔法があるのなら、彼が魔法使いであり、なんらかの魔法を発動させている可能性が、ある。


 ……かずおの思考はそれから多岐にわたる。口をもごもごさせている彼が魔法使いであるなら構築しかけているそれは、攻撃の類かそうでないか。防げるものなのか、否か。

 向こうが張る結界の類なら待っていれば完成するだろうが、その場合は可視か否か。

 とりあえず、かずおが急いで処理すべき思考としては、総じて彼の魔法に害があるかないかだろう。そしてソレがかずおに向けた魔法なのか違うのか、だ。

 そうして、溢れんばかりの思考の片隅であえて形にしないままに『その可能性』を確信した。

 何度か試した。まさかと思った。けれどもたぶん事実だろう。


 自分の考えは、この場にいる全員に、ある程度筒抜けだ。 


 明確にその思考を頭に上げればぎょっとしたように何人かが身体を揺らす。

 気付いたよ、と教えてあげたのだから、嬉しいな、なんて返ってくるかも、の予想は外れたようだ。

 残念。

 ということで、あえて口に出す必要はなくなったけれどもコミュニケーションは体の全部でとるものだからと自分に言い聞かせる。テーブル付きの椅子をもう一度、指差した。

 視線の先にはもちろん、佳津子を担ぎ上げてここへ運んでくれた彼がいる。


「座りたい」


 よし、戸惑いながらも頷かれた。

 かずおは目じりを緩めて口角を上げる。謝意を示したつもりだ。これが通じるかはわからないが。

 ゆっくりとゆったりと、意識してそうっと目の前の剣先を下げようとする。不審者なのに勝手に動けば、髪を一房落とされてしまった先ほどと同じような目にあうだろう。さっき髪の毛を落とされてしまったのは『動くな』の警告だったのかも知れないが正確なところはわからない。


 ただ、今は幸いにも悪意は持たれていないようなので、そんなに変な動きをしなければ一気に攻撃される可能性は低い。


 どうしてそんな判断をしたかというと、佳津子は身体をすくませたせいで理解してないだろうが、包囲されている間に、既に一度助けられてるからだ。

 持っていた剣の刀身を掴もうとするのは、実は大変に危険な行為だ。まず実用品だろうこの金属的なきらめき、指がすっぱりといってもおかしくない。

 それを止めてくれたあたり、鎧たちは悪い人間ではない、はずだ。

 ……自分の思考の中に、はずだとかだろうだとかの単語があまり多くて不快極まりない、とかずおは思う。はっきりしないのは苦手だ。

 大人しくできなくてごめんね、の意味を込めて右前と左前の鎧に口元だけでなく笑いかけた。背の高い男は好きじゃない、と、これまた思考の片隅でかすかに感想を漏らしつつ自分の頭の斜め上にある彼の顔を意識することなく凝視する。

 鎧の継ぎ目が滑らかであり、その数も少ないこと、金属の色が単一であり濁りもないこと、いわゆるプレートメイルと呼ばれるタイプであるにしてもかなりの上物であることをちらりと覚えておく。

 一番先に背中の圧迫感が消えた。そして一拍も置かずにそこからはざぁっと、他の切っ先が消えた。槍先でさえも。進行方向である椅子の前にいた鎧がその場所を譲り、ぎこちないながらも女性にするように椅子を引いてくれる。

 それから四つほどカチン、と剣を鞘に収める音がした。


 おや、これは、意外。


 わざと大きく表情を作って見せたのは、もう反射だ。あの子の時ならともかく、たぶんどんな時も無表情であろうかずおには意思表示をする義務がつきまとう。少なくとも外見は無害なおばさんなのだ。表情がないのはあまりにも似合わないだろう。

 剣をしまってくれるほど不審人物としては軽く見られたのだ、という見方もできるだろうが……とりあえず、あの圧迫感がないだけでも嬉しい。

 ありがとう、と道を作ってくれた鎧に向かいにっこりして一歩を踏み出す。裸足の足元には絨緞が敷かれていた。ちらりと見れば彼らは全員が靴、というか金属製のブーツで、ところどころに土汚れがついている。


 つまり土足で室内を歩く文化だということ。


 そのわりにかずおの足裏には小石や泥が触らない。なら、この部屋は頻繁に掃除担当の誰かが入る部屋だ。もしかしたら鎧の当番制なのかもしれないけれども。

 置いてあったテーブルは長く、四角に組んであった。簡単に動きそうにないほど、どっしりとして見える。手触りのよさそうな木肌。こちらに来たときに一番最初に閉じ込められていた棺のことが頭をよぎったが、高速で思考の流れの底に沈めておいた。テーブル上にクロスや花瓶は無し。

 窓は高いところに小さく三箇所、出入り口は一箇所。なるほど、機密性の高い部屋だ。佳津子が何気なく『重要そうな会議室』だと判断したのはこの辺りからだろう。

 明り取りの目的もあるのか高い位置の窓には透明なガラス、そして掛け金が見て取れる。……ふむ、形はクレセント錠に近い。鍵は金属製。窓枠自体が木製なのが目を引いた。鋳物でないのはガラスと枠とのあいだのクッション材がないからか、場所柄か。

 ガラスは薄めで透明度が高い。色目もそろっているようだ。そして……絨毯なのにどうやってか靴音を鳴らしながら近づいてきた男を見やる。上座にいたときからずっと何かを呟いていた彼だ。やっぱり楽しそうで、……だが、靴音が鳴ることに違和感がある。


 かずおの経験から言えばこのタイプの男、たとえ床がどんな材質であろうとも靴音をあまりさせないと思っていたのに。


 ちり、とうなじに強い視線を感じた。目だけで確認する。鎧たちのリーダーだった。

 しかし、そうやって確認するために顔を逸らしたことすら駄目だとばかりにコンコンと体のすぐ近くで踵を鳴らされて視線を元に戻す。……ははぁ、今に至ってもずっと何かを呟き続けてるから口頭では無理で、かずおを呼ぼうとして踵を床に打ちつけたらしい。

 彼のにやにや笑いは更に大きくなっており、どちらかというと今にも噴出しそうだ。そうして、そのままの表情でゼロ距離に近い場所から更に両手を伸ばしてきた。


 いやいやいやいや。


 知らず、かずおは詰められた距離だけ身体を反らせる。男に近づかれて嬉しい趣味はない。彼が着ている服がシャツとズボンで、縫い目がミシンよりは粗いこと、袖口の始末が丁寧であること、ボタンの形が一つ一つ微妙に不揃いであることを確認できれば、もう、十分だ。

 椅子に座ったまま、行儀悪くもがばりと大きく股を広げる。この場合の逃げるためのポイントとしては体の向きまでを変えないことだ。横にスライドするように出来るだけの距離を稼いで、男とは反対側に立ちあが……ろうとして二の腕を掴まれる。


 ぐい、と引き寄せられた。器用なことにかずおが今まで座っていた椅子は彼の足で払いのけられて転がる。反対側の手がすかさず、逃げたかずおの後頭部を掴み固定した。


 ああ、ど畜生、くそったれ、この流れか。


 かずおにとって遠くにある上座から急速に誰かの怒鳴り声が近づいてくる。トラブルに次ぐトラブルの予感に静かな感情のままうんざりして、そして。

 心中でのぼやきと同時に、男の唇が、かずおのそれに重なった。




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