16・無茶な理屈って、本人だけが自覚してないよね。
「この状況が陰謀なのか流れなのかどこかの誰かのあがきなのか。自然な流れであるならそうさせればいいじゃないか、なんて意見もウロボロスの中にはあったよ。ごく近い層と収束するとしたらそれこそが流れだろうってね。
でも、面白そうじゃないか。リオウの今の興味は基本的に空間と時間の流れ、層の構造自体にある。せっかくだからちょっとした実験もかねて層の安定を個人ができるものなのか試したかったんだよ。幸いというか、中央軍の現状はリオウにとって我慢ならないほどに歪みかけていたからね。リオウの手元には層を隔てた召喚陣の資料もあった。そう、実験をしてみたんだよ。この男たちが今の中央の流れを作り出した。それなら、この男たちの注目を引く何かを目の前に投げればいい。一人でも引っかかれば勢いは減速する。誰がが何かに、他の何かに興味を強く惹かれればいいんじゃないか?」
「…………それで……私の召喚?」
「そう。ちなみに結果はリオウの予想をはるかに超える大成功だから。この三人だけじゃなくリオウとディノも、佳津子に強く、強く興味を持った。……あ、そうそう、リオウが彼らの上司に話を通して、しばらくは佳津子とここにいる人間が一緒に暮らせる許可を取ってるから安心してね」
「は? あぁっ?! な、なんの」
「佳津子がこの世界に馴染むまで、ゆっくりとこの層に馴染むまでリオウ達が責任を持って面倒を見ることになってるって話。金銭面、精神面、なんでもリオウ達に相談して? ここにいるこの全員で、佳津子を大事にするから」
よし。
よしわかった。
かえる。
佳津子は珍しく思考と体の動きを一致させ、立ち上がった。左手にディノがいるからと右に向かって歩き出そうとしてすぐにシグネベアに止められる。もがくように手を振り回されると掴まれてしまった。いやだと全身をよじるのにビタイチ自由にならない。もどかしい。
「カジューク? すまんが、その、うちの屋敷のドアは基本的にどれも魔力を通さないと開かない仕様になっていて……。アンタの部屋は大丈夫なんだが」
コーリーンまでも佳津子のそばに来てしまう。申し訳のなさそうな謝罪が聞こえるが冗談だろうか。いや悪い冗談だろう。かく乱情報か?
ドアを開くだけなのに、鍵のほかに何かの条件がいるとか二重の手間なんじゃなかろうか。材質的に重すぎるの? 自動ドア……っていうか開けるときの重量を軽くしたかったの? そういうのなら電気の方が親切だよね、使う人選ばないからね。
「使う人を選ぶ扉ですか? どうして?」
ついうっかりと、思いのままに佳津子は好奇心にまかせて口を開く。しかしすぐに可能性としてならこの屋敷の重要性もあるのだと思いついた。たとえばスパイ防止だとか、優秀な人間の選り分けとか。
ぐ、と詰まったコーリーンの唇がゆがむ。しまった、何か言いたくない情報につながるんだろうか、これ。
ちらっと見上げると、ポールとシグネベアも顔をしかめている。リオウだけが口角を引き上げたままで、さらに佳津子に下手を打ったことを知らせてきた。
「あ、いえ、出すぎた好奇心でした。申し訳ないです」
「……いいや、なんていうか……いや、すまん。これから順次ドアの改良部分を外していく。しばらくかかるだろうが」
「は? いえ、待ってください」
きょとん、と佳津子はコーリーンの言葉を遮った。たった一人のために、それも何日滞在するかわかんないような人間のために推定自動ドアを……あれ? どのときも独りでには開いてなかったよね? どこの扉もね? それって自動ドアでもないってことだよね。
それなら真面目に、なんのために魔力認証とかしてるの? 簡単に解除していいものじゃなくない?
「いつまでここにいるかわからない私にそこまでされるのは」
「だーよねぇ。だから佳津子が落ち着く屋敷は、改めてリオウが近々に案内することにするよ。あと、魔力認証の扉に佳津子が考えるような大層な理由なんてないからね? 秘密保持とかでもないから安心してね」
「いつまでいるかわからない、とは、穏やかではありませんねカジューク。そもそも扉ならどこの物でも、私がついて歩いて開けて差し上げます。それで不自由はないはずですが」
「ベア? お前ナニ言ってんの? 赤ん坊か、さもなければ幼児みたいな扱いをカジュークにするつもりか? 付け回す真似なんざされたらお前の図体だ、邪魔で仕方ねぇだろ? むしろボクがカジュークに魔力の補助具を作ればいいだろ」
「……というかむしろ、カジュークの体に合った家に住めば問題はないのですよね? それなら俺の家でも」
一気にしゃべり始めた男たちに、佳津子は強く眩暈を覚えた。正直に言えばうるさい。何を言っているのかわからない。ぶっちゃけると、どいつもこいつも距離が近すぎて、佳津子としては話を聞ける体勢になっていない。少しでいいから離れてほしい。
いつの間にか取られたままになっている手を、解放してくれないものだろうか。
混乱は、例によって例のごとくリオウによって進化する。まるでハチの巣をつついたかのように。
「ちょっと聞いてくれる? 佳津子はリオウが屋敷を見つけるまではこの屋敷に仮滞在って形にするけど、それ以降は新しい家に定住することになるよ? 問答は無用だからね?」
「か、かりたいざい? ていじゅう?」
「そう。佳津子、ごめんね。言い忘れてたけどリオウは、この層から佳津子の層へは返せないし返すつもりもないんだよね。ずっとリオウのそばで暮らしてもらう予定になってるんだ。事後承諾だけど飲みこんでね」
「隠者殿だけでなくて、私たちも一緒です、カジューク。私たち五人が、以後は同居いたします」
シグネベアの言を聞き、ついに佳津子はぽっかりと口を開いた。ナニイッテンノ? そう、はくはくと口だけが開閉し声なき抗議を送る。男たちはきりっとした顔で重々しく宣言してくれたが、いやいやガチで何を言ってくれてるのだろうか。何度も繰り返すが意味が分からない。
定住……までは百歩譲っても同居? 五人もの成人男性と? ああうん、もちろんリオウは見た目が少年だが……佳津子はすぐに、リオウの眼を覗き込んで自分の考えを否定する。
ないないない。この手の眼をする子が未成年でくくれるはずがないって。
っつか同居……あ、うん、わかった。監視か。不審者の監視ね。…………自分で呼び出したくせに、リオウくんってば。なんか理不尽だなぁ。
「うーんとねぇ、最初に言っておくのがフェアだと思うから言っておくね。佳津子にはこれから、リオウ達五人の子供をそれぞれ産んでもらうから。だから佳津子はリオウ達に保護されるんじゃなくて溺愛される予定だよ? いっぱい愛されてね」
「………………はぁ?」
「傲慢極まりないのですが、求婚の作法が取れません。希うのではなく、カジュークには、私たちと婚姻を結んでもらうのですから。既成事実を先に結んでしまう強引さはお詫びします。ですが、撤回するつもりはありません。幸せにします。私の生涯をかけて変わらず愛し、大事にすることをも宣言します。なので私たちに愛される覚悟をしてください、カジューク」
「是非にでも、自分から進んで俺たちに愛されて欲しい。五人もの人数で一人の女性に対して婚姻関係を結ぶのなんて非常識にもほどがある。知っているとも。だが誰もアンタをあきらめきれない。これからずっと、長い時間をかけて口説かせてほしい。俺を幸せにしてほしいんだ。結婚してくれ」
「そもそもカジュークはボクたちのせいでこの層に拉致される羽目になったんだ。頼む。全身全霊をかける。幸せにさせてほしい。笑っていてくれ。……畜生、いいか、アンタと別れる以外なら、かなりのところまで折り合えるはずだ。わがままも望みも要求もひっくるめて、愛情も友情も楽しいもつらいも悲しいも感情全部。何もかボクたちに寄越してほしい」
「複数の男と同時に婚姻など頭のおかしい所業ですが、カジュークにはこれから、どんなに長い年月をかけてでも納得していただけるよう、俺たちが努力します。あなたを幸せにできるのか、俺にはまだわかりません。けど、少なくともこれからの時間、俺は幸せなんです。あなたと、あなたが産む子供たちは俺たちが全力を持って愛させてもらいます。あなたの気持ちを乞い願わせてください。どうかその目には、俺たち以外を映さないで」
……………………なるほど。
よし。
………………何一つわかりはしないが、わかった。
かえる。
佳津子は物心ついてこの方、初めて思考を停止させた。驚愕のあまりに真っ白になる。
呆然としたまま何も考えられずに目を閉じ、そのままソファへと倒れこみ。
ゆっくりと、意識を失った。
ひ、ひどいことにこのお話はここでおしまいなのです。
あれ……なんか事ここに至って私がひどいことをしてるんじゃないかって自覚が……ええと。
あ、明日は最終話が来ます。