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切れるまでが長いおばさんの話  作者: 恭子@新参者(旧PN:三宮 奈緒)
第一章かずこさんと彼らの出会い
10/18

10・ところでお前ら誰なのよ。(三人称)

 妙齢の女性が眠っている。ひどく寝心地のよさそうなベッドの上。薄いシーツをかぶっただけで。

 その体の線をあらわにして安らかな寝顔をさらして、彼女は、ここにいた。


 「さて、揃ったか」

 リオウは手にした杖を振り、人数分の安楽椅子を出した。杖などネット空間にいてもいなくても本来は必要ない。

 この場にいる人間は全員それを知っているだろうが、面倒なので態度を変えるつもりも、また、ない。


 「コーリーン、ポール、シグネベア。それと……ここでも予想外だな。お前の名は」

 「ディノ」

 短い答えに面白そうに眉を跳ねあげられ、ディノは目をくるりと回して見せた。名乗りなおすかと思いきや、会話はそこまでだ。リオウは半眼になり口角を上げる。

 「なるほど、想定外の五人も仕方ないか」

 黙ったまま安楽に腰かけた四人は、それぞれが無言を貫く。どうしてここにいるかは愚問というものだ。それでもリオンには義務がある。

 そう、うんざりするほどかさばり重く、投げ出そうにも投げ出せない呪いのような義務が。


 「では説明を開始する。質問があれば後で受け付けよう。そう、……どこから話せばいいものか」

 リオウは長めの瞬きをする。目を閉じ、開け、長く歌った。


 「佳津子は、あの女性は、リオウが召喚した。層を遠く隔てた、しかし異界ではない層から。その理由は主に、こちらの三人のせいだな。これは佳津子にも説明しなければならない事項なので、その時に一緒に聞いておくがいい。

佳津子は魔法のない世界で育っている。リオウが、この世界から一番かけ離れた層から見つけたんだ。愛されて育ち、けれど巣立ちの時を超え、持て余され気味の存在。それなりに有能だが代わりがいないわけでもない。まだ誰とも婚姻を結んでいない成人女性。人が良く、恨みを知らず、明朗闊達にして機転もきく」


 「そんな人間がいなければ、リオウとてもさすがに躊躇したがな。運よくいたわけだ。佳津子が。そうして、見つけてしまえばリオウにはリオウの理屈がある。

 ……便宜上、下と呼ぶことにするか、普通はかなり界を隔てた下の層から召喚した場合、強烈な違和に耐えきれず、すぐに元に戻るものだ。下からかなり強くぶら下がりの力が働くからな。リオウはここでも賭けていたわけだが、つまるところ佳津子はすぐに帰るはずだったのだよ。

 魔法がない層、こちらとはかなりの隔たりのある層からの紛れ込みはたいていは安定せず、歪みはすぐに戻る。ウロボロスとしてはこの推論を逆手に取ることにした。すなわち、歪みが安定せずに元の世界へと弾き飛ばされたところでしかし、たとえ一瞬だけでも我らの層が強く下に引かれることになるわけだ。上に行き過ぎようとする現在の流れに逆らうわけで、この現象をもってして、この層が、現在は近い将来に上の層と接触、同化してしまうのではという推論に一石を投じるのではないかと、……層が本来の平衡を保ち、安定に向かうだろう、というのがリオウを含めての結論だったわけだな。

 お前たちは上を向きすぎていた。ならば、なんとしてでもリオウがバランサーとして足を引こう、と。

だが事態は、予想外の連続だった」


 「おそらく、誰かが引き止めなければ佳津子の滞在時間は一刻も持たなかっただろう。しかしリオウの予測に反し、まず中央軍属の中枢構成員が佳津子を転移の魔力にさらした。帰りたいと佳津子に思わせる隙もなくし強烈に混乱させ、強引なまでの言語変換の魔法をかけた。手を取り離さず、自分の内側へと閉じ込めた。己のものだとそれぞれが無言で主張した」


 「リオウとしては笑いの止まらない展開だったというわけだ。これで、この層の上昇志向推進力はほぼ無くなった。お前たちは佳津子を見た瞬間から自分たちへの取り込みを検討し、力を振るい続けた。今までのように、気に入らない流れの世界そのものを変換させるのではなく、佳津子に認めてもらいたいという、ごくごく個人的な方向へ、その興味の対象を移した。

 結果として……ウロボロスの判定よりもずっと早くに層の進路は並行、平行へと舵を切るだろう。層の中央だけが持ち上がることなく、界は安定する」


 「もちろん、リオウとしても賭けには勝ちたかったのでな。保険として佳津子に魅力の魔法はかけておいた。フェロモン誘発型と言えるタイプのものだ。対象者が保持している力が強いものほどかかるアレだな。むろん定石通り対象人数もきちんと制限し、効果期間も設定しておいた。が、想定外なことに佳津子にはこれが効きすぎた、あるいはまったく効いていないらしい。リオウにこの強さでかかるとは困ったことになった。ここはまだ今後に要検討だな。リオウとしては佳津子の恋愛遍歴を考慮して、本来なら魅力の相手は限定一人のはずだったのだから。誰も手を出さなかった場合に備え、リオウが最終的には責任を持つつもりだったわけだが……」


 「しかし結果として、リオウの夢へと召かれた人数は五人だ。これは多い。規格外な強さで佳津子が魅力を発したから、だと思うが……。あれは抗いがたい魅力だな。リオウもまたその例に漏れぬ。そう、先に言うが魅力の魔法の解除は不可だ。そのために期間を設定したのでな。

 …………ここまで想定外になった以上、佳津子にはリオウの予定通りの行動を希望する。つまり、この場にいる五人の子供を生んでもらおうと思っている」


 「この層にとって力が強すぎる人間から、世界への興味を移そうとした結果がこれなのだから。いまだ会いまみえた時間は少ないものの、リオウの感覚を信じるならば佳津子の子供なら目なぞ離せまいよ。五人が全員な。

 …………ところで、この夢、この場に来られた以上、佳津子が欲しくて、複数共有も辞さない覚悟が既にあるだろうとは思うが最終確認はするぞ?

 佳津子とともに、これからもあるか?」


 冗長なまでに語られているあいだ、誰もがその口角すらも引き上げなかった。リオウの言い分からすれば、自分たちが原因だとはいえ中央軍の若き次代がたった一人の隠者に一方的に難癖を突きつけられたことになる。異層から女性を拉致してきた本人のわりに反省の色も見られず、ふてぶてしくも常識外なことに、一人の女性に対して五人の男で共有しろとまで言い放った。さらに言うと、そこにまだ佳津子の意思はない。

 険しい、というか今後を欠片でも想像できる人間とすれば、この先彼女と恋に落ちるなどほぼ無理な道しか示されていない状況であるのに、その状況に理不尽に巻き込まれたというのに、不思議なほどに誰も怒らなかった。

 それがすでに佳津子の全存在へと傾倒が始まっているからだということを、この場にいた全員が理解している。

 リオウの説明は長く、言語が難解だが、内容は簡潔にしてぶれていない。


 あの、聞いてしまえば哀れな境遇にある女性を、全身全霊で愛し、見守り、ともに歩む。


 リオウに不適に笑われ、それに釣られるようにしてその場にいた全員が笑い返した。愛する者の共有なんぞ自信はないが、あの存在を手放すことなぞ、もう考えられない。


 呪いじみた執着は愛情と責任という耳触りのいい丸い言葉でくるまれて、そっと佳津子の形を取る。




 この界、層の動向が安定へと向かった一瞬であった。



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