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05

管制塔に無線で連絡を取り所属と名前を告げると妙に驚かれた。

怪訝に思いながらも無事着陸し機を降りると、まず最初にアンリを迎えたのはカイルの熱烈な抱擁だった。


「アンリーーーーッ!!」


「ぐえっ」


もはやタックルと呼ぶに相応しいそれを真正面から受け、アンリは仰け反りながらもなんとか耐えた。

もろに首にかかった衝撃と、もし勢いに負け後ろに倒れた時、機体に頭をどれほど強く打ちつけていたであろうかを思いアンリはげんなりした顔で抱きついてきたカイルを引き剥がした。


「何だよカイル、気持ち悪ぃな。」


「気持ち悪ぃってなんだよ!心配したんだぞ!いくら探しても見つからないって…!」


「あーはいはい悪かったって。…ったく、たった数時間遅れただけで大げさな。」


「は?」


その言葉にカイルは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま固まった。

飛行帽を脱ぎ蒸れた頭に風を送るアンリを見る目がまるで幽霊でも見るようなものに変わる。


「何言ってんだよアンリ…お前10日間も行方不明だったんだぞ!?」


「はぁ?いやいや、お前こそ何言ってんだよ。」


「本当だって!捜索隊が組まれて毎日お前を探してたんだ。フリッツも、あいつ隊のリーダーだったからってめちゃくちゃ責任感じて、捜索隊に志願して今日も捜しに行ってる…新聞にだって載ったんだぞ。訓練中にパイロット候補生遭難かって!」


アンリにはカイルが何を言っているのか分からなかった。

確かに隊から逸れてはしまったが、それはほんの半日程度のことだったはずだ。

嘘をついているようには見えないカイルの真剣な表情が、あの不思議な少女とだぶる。


「アンリ・シルフォン!」


何か言わねばと口を開きかけたその時、朗々とした声がアンリを呼んだ。

集まっていた候補生達が次々と道を開け、姿を見せたのはリサだった。

走ってきたのかその顔は少し紅潮している。

リサはアンリを見つけるとツカツカと歩み寄り、その存在を確かめるように両肩をガシッと掴んだ。

その行動に面食らうアンリとは対照的に、リサは安堵の長いため息をついた。


「よく…無事だった。」


リサは一瞬くしゃりと泣きそうに顔を歪めたが、すぐに引き締め、アンリの肩から手を放した。


「すぐに医務室で診てもらって、しばらく休め。事情を聞くのはその後だ。」


「いえ!俺は大丈夫です。すぐ話せます。」


カイルにアンリを医務室へ連れて行くよう指示を出そうとしたリサに、アンリは咄嗟にそう言った。

他の者から見れば10日間の遭難の末、奇跡の生還を果たしたアンリだが、本人にしてみればたった数時間、隊と逸れていただけなのだ。

確かに疲れてはいるが、話ができないほどではない。

何より、自分に何が起こっているのかを早く明らかにしたかった。

リサはしばし逡巡したが、アンリの真剣な目に圧され仕方なく首を縦に振った。


「…分かった。だが医務室でだ。話した後でいいから検査は受けろ。それでいいな?」


「はい。」


アンリは緊張した面持ちで頷いた。

信じてもらえるのか?

あまりにも荒唐無稽な話だ。

アンリにだって何が何だか分からないのに。

それでもありのまま言うしかない。

アンリは唇を引き結び、医務室へ向かうリサの後に続いた。


******


医務室の壁に掛けられたカレンダーが、本当にアンリが遭難して10日もの時間が流れていることを証明していた。

手渡された新聞にはパイロット候補生行方不明の記事があり、その日付は9日前のものだ。

アンリはもはや自分の身に何か異常なことが起こっていることを認めざるをえなかった。

少し青ざめ始めたアンリにリサは椅子をすすめた。

そしてアンリは自分の内に濃霧のように淀む出来事を吐き出すように話し始めた。


アンリの話を聞き終えたリサは難しい顔をして眉間に指を当てた。

あまりに突飛な話をするがとにかく最後まで聞いて欲しい、と前置きされた彼の話は、確かに現実とは信じがたかった。


「…軍の施設がある島に、神祇省の関係者、そして流れた時間の違い、か…」


「おかしなことを言っている自覚はあります。」


簡素な丸椅子に座りアンリは膝の上で握った拳に視線を落とした。


「でも…本当です。」


「………」


俯きながらもそう強く言い切ったアンリをリサは黙って見つめた。

古参の上官からの不当な扱いに拗ね不真面目な態度を取ることはあれど、リサはこの訓練生がウソをつくような性分でないことを知っていた。

アンリの話を聞きながら取っていたメモは途中で止まってしまっていた。

見返しても一体彼の身に何があったのか分からない。


「…分かった。」


迷った末、リサはそう言った。

言ったものの、実際何一つ分かってはいない。

強いて言えば自分の理解の範疇を超えていることだけは分かった。

リサは大して有益な情報もないメモを折りたたんで他の書類と一緒にバインダー挟んだ。


「とりあえず検査を受けなさい。カイル・コリンズを迎えに来させるから、終わったら部屋で休みなさい。」


「はい…」


自分の言ったことを理解されなかったことを察したアンリは釈然としないままリサに従った。

もっとしっかり話を聞いてくれと食い下がることはしなかった。

これがもし、話を聞いていたのが他のいけ好かない上官ならそうしたかもしれない。

しかし相手がリサだと、アンリはそんな気を起こすより、こんなめちゃくちゃな話をして呆れられたかもしれないという気持ちが先立った。

軍医にアンリの検査を言付け、リサは医務室から出て行った。


医務室から出たリサは第5基地の廊下を歩きながら先ほどのアンリの話を頭の中で反芻していた。

彼の体験したと言うことを一つ一つ常識の範疇で考えられることに当てはめ、辻褄を会わせていこうとするが、そうしようとすればするほどチグハグになっていく。

アンリの話を事故のショックによる混乱と一言で片付けてしまうのは簡単だ。

こんな寝言のような話よりも、その方が誰もが納得するだろう。


(だが話を聞く限り夢と現実を混同しているようには見えなかった。)


リサはバインダーから折りたたんだメモを抜き取りって読み返した。

そこに並んだ言葉が一体どんな糸で繋がるというのか。


(特に、軍の施設に神祇省のものがいたと言う話…)


一番引っかかるのはそこだった。

軍と神祇省は干渉しない。

それはお互いの存在意義が相反するというのも1つの理由だが、なにより軍事と宗教が結び付くことの危険性を顧みてのことだ。

それは聖戦という名の独善的な弾圧に繋がりかねない。

ふと、リサは前方から誰かが歩いてくるのに気付いた。

その人物の姿を認めたリサは道を空け、右手を額に添え上官への敬礼をした。

2人の秘書官を従えたいかにも位の高そうなその男は、リサに気付き声をかける。


「モーガン大尉か。例の行方不明の訓練生が戻ってきたそうだね。 彼は無事か?」


「はっ、外傷も無く意識もハッキリしておりますが、念のため医務室で検査を受けさせております。お気遣いを感謝したします、ヒース軍令総長殿!」


リサは敬礼を崩さないまま完璧な軍人の態度で答えた。

ヒース軍連総長と呼ばれたその男は文字通り軍のトップに立つ男だ。

異例のスピードで出世し、5年前、32歳という若さでその地位に就いた。

温厚な人柄と強い責任感で部下からの信頼も厚い。

古参の軍人は若すぎる軍令総長を疎んじたが、大抵の者は彼に憧れた。

リサもその1人だった。


「そうか。しかし10日も遭難していたんだ。疲れていることだろう。よく休ませて、再発防止に努めてくれ。」


「はっ」


それだけ言ってヒースはその場を立ち去ろうとした。

リサも姿勢を崩さぬままそれを見送ろうとしたが、ふと思いついてヒースを呼び止めた。


「軍令総長。恐れながらひとつ、お伺いしたいことが。」


「何かな?」


ヒースは足を止めて振り返った。


「今ある軍の施設で神祇省が出入りしているのものなんてあるでしょうか。」


軍のトップであるヒースなら、神祇省の人間がいる施設があれば把握しているはずだ。

そう考えての質問だった。

しかしヒースは小さな子供から突拍子のないことを聞かれたかのように少し困った顔で微笑んだ。


「モーガン大尉、勤勉な君なら知っているはずだと思うが、もちろんそんなものは無い。なぜそんなことを聞くんだい?」


「はっ、いえ、その…いいえ。失言でした。どうかお忘れください。」


リサは恥じ入って俯いた。

誰もがヒースに認められたいと、失望されたくないと思っている。

リサもそうだ。

その彼に子供のように諭されるのはリサのプライドを酷く傷つけた。

アンリがそのような施設を見たらしいと言い訳しなかったのは、まだ不確かなままの情報を口に出すれば更にヒースを失望させかねないと思ったからだ。

何より部下を言い訳に使うなど、リサにはできなかった。

ヒースはリサがその手に走り書きのようなメモを持っていることに気付いた。

普通なら気にも留めないが、そのメモの一文がヒースの目を引いた。

それはアンリの話をメモした物だった。

ヒースの目が僅かに細められる。


「気にしなくていい、モーガン大尉。私はこれで失礼するよ。」


しかしそれはほんの一瞬で、ヒースはすぐに元通り人当たりの良い笑顔を浮かべた。

そして二人の秘書官を引き連れてカツ、カツとゆっくり軍靴を鳴らし去っていった。

その後姿が見えなくなるとリサは前髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

やはりあんなことを聞くべきではなかった。

自分の浅はかさに対する後悔と自己嫌悪がリサの中に渦巻いた。

その渦の中、ひとつの疑問が浮かんでくる。


(しかし、ならばシルフォンが辿り着いた場所は一体どこだ?)


ヒースにはっきりと無いと言われてしまった。

そうなると考えられるのは、アンリが会ったという人物がウソをついているか、アンリが錯乱しているか。

後者は可能性が低い。

錯乱していたとすれば、あんなにハッキリ受け答えができるはずがない。

となるとやはり前者であると考えるのが妥当だ。

しかし、もしこの2つのどちらでもないとすれば…


(…いや、そんなはずはない。)


リサは思い浮かんだ3つ目の可能性を振り払うように頭を横に振った。

三文小説でもあるまいし、そんなことがあるわけがない。

リサは気を取り直しメモを折りたたんでポケットに仕舞った。

何にしてもアンリには休息が必要だ。

捜索に出ているフリードリヒたちもアンリ帰還の報告を受けて、もうすぐ戻ってくる頃だろう。

アンリが乗ってきた飛行機の調子も確認しなくてはいけない。

加えて通常業務もまだ残っている。

改めて確認するとすべきことは山積みだ。


(まずは機の確認に行くか。)


機体は既に第5基地の整備士たちの手で整備に入っている。

リサは格納庫へと足を進めた。

まったく、居なかったら居なかったで心配だが、戻ってきても仕事を増やす奴だ。

リサはそう思いながら小さく苦笑した。


アンリ・シルフォンに捕縛命令が出たのは、それから一時間後のことだった。


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