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大地は幾億もの怨嗟の声のように唸り、風は恨みがましく悲鳴を上げる。
夜中だというのに煌煌と紅に染まる遠い北の空を、女が1人じっと見つめていた。
年の頃は40代半ば程だろうか。
その佇まいは並ならぬ貫禄を醸し、年齢を感じさせない。
その瞳は強い意志の炎を宿し、凛と咲いた百合のような美しさをより一層引き立てている。
彼女は城の一番高い塔のベランダに立ち、その豊かな赤い髪が夜風に乱されるのも厭わず、ただ遠くの地より届く怒号のような地鳴りに耳を傾けていた。
その地を這う低い音に、彼女の心に後悔と自責の念が首をもたげる。
しかしそれは決して彼女には許されない。
大臣が、官吏が、そしてなにより彼女自身が彼女にそれは、それだけは許さない。
何もかもを覚悟した上で、遥か高みから決断を下した。
女は緩みかけた唇をぐっと引き結び、一瞬一瞬を残らず目に焼き付けるように北を見つめた。
払った犠牲は大きい。今夜だけではなく、女はこれからも非情な采を揮う。
その非情な采配の片棒を何も知らないあの少女にも担がせてしまった自分の罪は一体どれほどの物だろうか。
もはや許しを乞うことすら許されぬ女にすべきことはただ1つ。
この焦土の上に平和を築き、罪知らぬ次代へと希望を繋ぐこと。
迷いも情けも、涙すらも、女はこの夜をもって永遠に胸中深く封じたのだった。
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雲ひとつない空の下、物干し竿に干されたシーツが風にはためいた。
立ち並び揺れる洗濯物の波間に少女の姿が見え隠れする。
蜂蜜色の長い髪と白いワンピースの裾を風に遊ばせて、少女は籠からまたひとつ洗い終わったタオルを取り出すと洗濯物の列に加えた。
「見てクラウド!これだけ並ぶと壮観でしょう?」
干したタオルの皺を伸ばしながら少女は言った。
誰かに話しかけているようだが返事も聞こえないしその姿も見えない。
「ここの所ずっと“公務”続きで溜まっちゃってたから…うん、そう。明日もまた行かなきゃいけなくて。」
相手の声は聞こえないが会話は成立しているらしい。
「それでね、私…明日あのことをお願いしてみようかと思う。」
少女の声が弾んだ。
今や洗濯物を干す手は止まり、すっかりおしゃべりに夢中になっている。
少女は期待と不安が入り混じったような声で相手に話し続けた。
「どうかな。聞いてくれると思う?あれからもう随分経つし、そろそろ約束の時期だよね?一生懸命お願いすればきっと…ね?そうだよねクラウド?」
問いかけに返事はない。
風が一段と大きく吹いて巻き上がった洗濯物の隙間から、何か大きな犬が駆けていくのが見えた。
少女はその犬が木造の小屋に入っていくのを見送った。
犬というには少々荒々しい風貌のような気もするが、少女の様子からするにどうやら少女とこの犬は一緒に暮らしているようだ。
「うん…分かってるよ。あんまり期待しないほうがいいって…。それでも私……。」
先ほどとは一転、少女の声は沈んでいた。
風に揺れるシーツの間から見える少女は俯いて、不安に押しつぶされないように耐えている。
大丈夫、きっと上手くいく。だってこれまでこんなに頑張って我慢をしている。
少女は自分を奮い立たせるようにそう心の中で呟いた。
「さあ、それじゃ今日中に家のことを全部終わらせなきゃ!」
少女は気合を入れなおすようにぐっと拳を握って、手際よく残りのタオルを干していった。
青空の下、小さな山の麓、湖のほとりの一軒家。
周囲に他の家はなく、ただ古い倉庫が1つと、あとは草原が広がるばかり。
少女の他に人影は無し。