5話 部活デモンストレーションと簡易模擬戦(リトルバウト)
施設から出た一組の生徒を出迎えた朧紅は、そのまま一組生徒を連れて運動部のデモンストレーションをしている場所へと行こうとするが……。
「さて、皆さんは何か見学したい部活はありますか?因みに毎年人気のある部活は、剣道部とウォーターバトリアル部、ボクシング部にバトリング(総合野戦戦闘)部に弓道部……位ですね。他にも色々と見るものはありますが、毎年の一年生が混雑するのが今言った競技です」
と、生徒達にどの部を見学に行くかと聞いてきた。
「あ、せんせ!あたしウォーターバトリアル部がみたいです!っていうか、会長が演技してる所が見たい!」
そう言って楓がシュタッと擬音が付きそうな勢いで右手を挙げた。
「そんならワイはボクシング部が良えな。中学はボクシングの関西チャンプやったから、脳力いう力を使ったボクシングがどんなんか、興味あるわ」
と昇も手は挙げなかったが、皆に伝わるような声で主張した。
「それなら……私は弓道部を見たいですわね。どの様なBSDを使用しているのか、些か気になります」
等とエリカもアピール。
「なら、俺はバトリング部」
「あたしはウォータバトリアルに一票!」
「私は弓道部に一票!」
と、そこかしこから意見が出てくる。
しかし、一応今は団体行動中なので、どれか一つに絞らなけらば成らない。
そこで紅は、ここで出来るある脳力を使ったゲームをして、それに勝った者の提案を採用することにした。
「……うん、見事に色々な意見が出ましたが、取りあえずお昼までに教室に帰って先ほどの部活案内の説明をしなければ成らないので、今から脳ゲーをヤッて、それに勝った生徒の意見を採用します」
紅はそう言うと、懐から10円玉を10枚取り出して、空中へ置いた。
その静かな脳力に、皆からザワめきが起こり、慶太でさえも「へ~」と感心している。
(流石大学に在学中に風圧力回路式の新理論(慶太や他の3人は普通に使っている回路式)を打ち立てて話題なっただけの事はあるな。BSDからの風の流れが凄まじく静かだ。……社長が自慢するのも分かるな)
そして、慶太だけでなくエリカもまたその脳力の凄さに目を瞬かせていた。
(……流石卒業生というだけはありますわね。私はまだまだですわ……)
大気圧の回路式は、風圧力の回路式と似て非なる物。
大気圧は大気中の構成物質全般で、深くて応用範囲の広い物。
対して風力圧は風全般で、気流操作が主な回路。
そして紅の発表したのは、それまでは風の中の気流自体の運動エネルギーを加速、移動させていたのに対し、風の中の気流の他に気圧や気質等の、更に細かい流動質に運動エネルギーを加えられるもの。
これに由って、世の中の大気圧学のそれまで以上の進化も可能性が出てきたのだ。
閑話休題
「ここに置いた10枚の10円玉。皆錆び付いて茶色に成ってますが、これを皆さんで脳力を使って新品の10円玉にしてください。やり方は一々説明しなくても出来ると……」
「ほい!」
紅の説明の途中で、楓はフライングでBSDを用いて空気中に少量の水を生成し、10円玉にぶつける。
そして、水を掛けられた10円玉は、酸性濃度の強い液体(酸性雨以上青酸カリ以下)を掛けられた影響で見事に銅の部分が剥がれて輝いた物になっていた。
「狡いですわ!」
「せや、今のなしやでせんせ!」
口々に抗議をする二人だが、他の者(慶太以外)はただただ唖然とした様子で見ていた。
そして、紅の判断は……。
「……まあ、フライングがダメとも、合図の後にとも言っていませんでしたので、ここは臨機応変に直ぐに対処した遠藤さんが一枚上手だったということで、彼女の勝ちにしましょう」
「「そ、そんな~」」
「やったね!遠藤さん!」
「うん!……慶太君、ブイ!」
紅の勝者宣言に、項垂れる昇とエリカ。
そして、声援に応えると共に、その様子を微笑ましく見ていた慶太に両手でVサインをしてくる楓。
「ははは……」
そして、そんな楓に慶太も苦笑いをする。
「では、結果も出た所で行きましょうか?場所はこの先の第二演習場の隣です」
「「は~い」」
そして、1年1組の部活見学が始まった。
✩
「あ!あれは斎藤君!?……嘘、このタイミングで!?」
「……はぁ~、姫ちゃんも運が悪いね~。折角の王子様「だから、そうじゃないんです!」……まあ、それは兎も角、理由が理由なだけに気の毒としか言い様がないけど、順番は順番だからね。本当に気の毒なんだけど……電脳空間でデモをする以上は一度にやるのは一人一時間がギリギリなんだから、仕方ないさね。……まあ、演技を見て貰えない代わりに、入学式で聞けなかったさっきの演技の感想を聞けば良いさ。……確か、聞けてないんだろう?」
「ええ……、カンナちゃんが途中で間に入りましたから……」
「……カンナ君らしいね……」
現在慶太ら1年1組の目標である、第二演習場の隣のウォータバトリアル専用特設演習場では、先ほど1年5組に見せ終わったばかりのエース姫乃が部長と共に部室で休憩していた。
そして、今は第二陣である新入生(まだどのクラスかは分からない)に見せる為の演技者、3年のトップ選手である水森香苗がお立ち台の前の端末でスタンバッている。
そこへ遂に来たクラスの顔ぶれの中に、つい先ほど見たばかりの恩人の顔があったので、タイミングの悪さに姫乃は悔しそうにしていた。
「……まあ、演技を終了したのは事実ですし、連続で出来ないのも今回の見学が彼の組なのも事実ですから、仕方ありません。……ということですから、出迎えと競技の説明は私がやることにします」
「ああ、頑張っといで。あたしゃ~エリアの調整で動けそうにないからね。後は頼んだよ」
「了解です」
そう返事をし、姫乃は既に近くまで来ていた1年1組の面々を笑顔で出迎える。
その際に、恩人の前で演技できない悔しさは一切なかった。
「皆さんおはようございます。入学式ぶりですね。私はこの学園の生徒会長の白雪姫乃です。ただいまより、私が新入生の皆さんにこのウォーターバトリアルの見学際しての説明と解説をさせて貰います」
この姫乃の発言で、楓は真っ先に不満を垂れる。
「え~!?先輩の演技が見たかったんですけどー!?」
他の者も、口にこそ出さないが、皆不満げだ。
その事に姫乃も苦笑しつつ、電脳競技故のルールを説明する。
「ふふふ……それは実に光栄ですが、生憎デモは安全上電脳空間でやる決まりです。そして、電脳空間でやる時に気を付けなければ成らない規則に『一時間以上の連続ダイブは脳波の衛生上好ましくなく、1時間した後は必ず30分以上は休憩を取ること』と、電脳規則にも記載されている規則なんです。そして、私は先ほど見学に来た1年5組の皆さんの前で演技をしたばかり。……という訳で、スミマセンが、次の演技者の演技の解説と説明を担当することになりました。期待をしてくれていた方は、また今度の機会という事で、その時は応援をよろしくお願いしますね?」
理由を一気に説明した姫乃は、最後に軽くウインクをして茶目っ気を出した後、新入生をローカルケーブルの場所まで案内する。
「では、ここの端末から電脳空間にダイブ出来ますから、皆さん端末からコードを出してダイブして下さい。皆が入った状態で、デモンストレーション開始です」
特設演習場の中に入った面々は、姫乃の指示で電脳空間へとダイブする。
そして、皆の意識が中へと入った事を特設ステージの大画面にて確認した後、姫乃自身も中へと入った。
中には既に選手がお立ち台で待機しており、今正に飛び込む所だった。
「わ~、あの人って3年生の水森先輩ですよね?去年の競技会、姫乃先輩とワンツーフィニッシュで締めくくった。……入学式の時には姿が見えなかったから、今日は体調が優れないのかと思いましたよ……」
何故か学生の競技には詳しい楓が、姫乃に向かって問いかける。
「ああ、彼女……香苗先輩、実は入学式はサボりよ。この頃何か伸び悩んで居るらしくて、数日居留守使ってたらしいの。そしてその事が原因でさっきまで部の顧問にお説教を頂いていて……本当は彼女がトップで、私が二番目で……今回が私だったの……。本当にスレ違いなのよ……」
電脳空間に入った影響か、少し砕けた感のある口調になった姫乃は。楓の問いかけにそう言いながら苦笑して、今飛び込んだ香苗の演技に注目する。
「……やっぱり入学式の先輩の動きと、水森先輩の動きでは、キレというか……動きそのものが違いますね……」
「……具体的には、どう違うか分かる?……斎藤君も何か気付いた事は言ってね?」
自分の演技の参考にしようと楓は水槽の中の演技に見入っているが、慶太は普通に鑑賞していた。
そこへ姫乃が二人に意見を求めた形だ。
「……あたしでは何処がどう違うかはまだ分かりませんけど……移動速度が違うというのは分かります」
「……楓ちゃんは、人の無呼吸運動の時と……呼吸運動の時(俗に言う有酸素運動と、無酸素運動の事)の……体内エネルギーの活性率の違いを見ているんだよ……。人は重力下で走る時に……酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すと言った……呼吸運動をすると、無意識で手足の運動能力が……ホンの少しだけど低下するから。今の人の動きは……水着に仕込まれた……酸素供給用プラグから酸素を出して吸っている時に……僅かながら動きが鈍っているから、楓ちゃんが感じた……キレの違いっていうのも、恐らくそれだよ」
「「……」」
慶太本人は無意識だが、聞いていた楓に姫乃……更に近くで姫乃に見とれていたクラスメイトの女生徒数人は、慶太の無自覚だが当たり前の知識に正しく『開いた口が塞がらない』と言った状態だ。
「……ま、まあ、斎藤君の指摘通りね。付け加えるなら、私は生まれつき心肺機能と肺活量が普通の人より優れていると担当医の先生に言われた程息を長い間止めて居られるから、こういう競技には適した体質なの」
周囲の微妙な空気を和らげる為に、姫乃が付け足した言葉で、慶太の知識も「まだまだ学生レベル」という感じで、皆の(驚愕の)気持ちを落ち着ける為の布石になった。
「へ~……」
……と姫乃の体質に周辺から感心した様な、羨ましい様な、感嘆のため息がそこかしこから漏れる。
そうしている間にも、演技者の水中演舞は最終段階に入る。
その頃には皆の注目は演技者に集中していた。
「さあ、これから最終演目。水中に空気の層を作り、その中に光の粒子を散らばめ、その層を演技者が通り抜ける事で演技者を輝かせる演技。これは現実空間ではまだ実用段階には至れない技術だから、一見の価値はあると思う演技よ?」
「「へ~……」」
そして行われる最終演技。
姫乃の言葉通り、水中で両手から空気の塊を作り出しその塊を前方へと押し出すと、忽ちその空気は水中で蛇の様にうねりながら、水槽を縦横無尽に駆け巡っている。
そしてその中へどういう仕組みか分からないが、光の粒子が撒かれて演技者を引き立てる。
その中へ遂に演技者が飛び込み、輝きを放ちながら回ったり一回転をしながら蛇の道を進んでいく。
「……凄ぇ……」
「綺麗ぇ……」
あまりの優美な姿に慶太でさえも見惚れる光景。そして無事は演技終了。
✩
「凄かったです。先輩に流石先輩だったって伝えて下さい。……ああ、あたしもこの部に入る予定だから自分で言えばいいか」
「ええ、その方が先輩も嬉しいと思うわ。……では、我が部に入る予定なら、後日になる部活体験の時に会いましょう?……じゃあ、また」
楓の言葉を微笑みと共に肯定すると、姫乃は皆を送り出す。
「あ……」
デモンストレーションを終えて1組の皆を送り出した姫乃は、結局慶太に自分の演技を同評価したか聞きそびれていた。
しかし、今からでは口実が無い。
やむ無く後日にと気持ちを切り替える姫乃だった。
「やあ、結果は……どうやら上手くは行かなかったようだね?」
「ええ……」
気持ちを切り替えている所へ、不意に背後から声が掛かるが部長の何時もの悪戯なので慣れている姫乃は、苦笑しながら応える。
そして、先ほど入学式の時の彼の知識の事で気になった事を部長にも尋ねる。
「……しかし、巧先輩が言ってましたが、彼はどう言った家庭の出なんでしょうか?何故かオドオドした感じでそうは見え難いですが、明らかに中学を出たての知識では無いですよ?先ほどの演技の質問にしても、自然に呼吸器の仕組みや人体の動作原理について、私もこの学園に入る迄は関心が無かった事も普通に知識として物にしている様でしたし……」
「ああ、あたしも巧君から聞いた時には驚いたよ。幾らプロの試合観戦の経験があるって言ったって、普通は見るだけで『凄い』や、『憧れる』と言った感情の意見しか出てこない。それを普通に分析するなんて、並の考え方じゃ出来ない。っていうか、自分にも多少は出来ると思えなければ考えられない」
姫乃の考えを部長……大森水樹は一つ頷いて肯定する。
それからも数分ほど部長と雑談していた姫乃は、次の新入生の影が見えたので、水森と選手交代の為にお立ち台の方へと向かった。
そして、今日は午後から特別育成コースがあるので「今日はどのプロが教えに来てくれるのかな……」と少しばかりの期待を胸に新入生の為の演技をするのであった。
✩
「……これまた古典的な不良少年やな……」
「……ええ、怖いもの知らずのヤンチャ少年といえば良いのでしょうか?」
「「「……」」」
ウォーターバトリアル部のデモンストレーションを見て時間が経ってしまったので、一旦教室に戻って来た慶太達1組の面々は、初めに昇に伸されたまま放置された少年が教卓にドッカと座っているのを見て呆れた。
そして昇の意見に肯定の意見で更に付け加えた紅の言葉に、遅れて教室内を除いたクラスの面々が苦笑していた。
「あ!手前ぇ、よくもやってくれやがったな?目覚めたら誰もいねえし、暇で端末を見てたら簡単な案内が主だったから直ぐに飽きちまうし……それもこれも全て手前の所為だ。!どう責任取るつもりだ!?あ゛あ゛!?」
「は~?自分、自分でやった事の重要性に気づいて無いんかい?ここやと自分みたいな図体だけの子供は置いてかれるだけやで?」
「……昇も似たような物だよ?」
「ワイはええねん。慶太に色々と聞くさかい。その代わりにワイが慶太を守ったるわ……な?」
「……ありがと……」
「あ、慶太君?あたしも忘れないでね?」
「……うん……」
昇の気遣いから出た言葉に、慶太はついつい嬉しくなった。
その様子を傍で見ていた楓もまた、慶太の仲間になると宣言する。
「ふふふ……入学初日で、男女問わず友人を既に作っているのはある意味才能ですね。それに引き換えこの……熊谷少年は……」
紅は慶太達とは対照的な、一人孤独な少年を憐れむ目で見る。
「な……なんだよ!その憐れむ目は!ってか、テメエは誰だ!?」
「……本当に、この様なオツムの出来の悪い子がよく入学出来ましたね……ああ、やはり入試の知識問題でダントツの最下位の子ですね。……入学出来た理由がキックボクシング関東大会優勝ですか……」
頭の悪い少年のデータを端末から呼び出して「ふむふむ……」と納得する紅。
確かにこの学園は入学の試験と共に各中学での部活での優秀な才能を集めている。
その中には当然、自分が同年代で……同じ分野なら最強だと勘違いしている生徒は珍しくない。
そこで紅は、面白い提案を二人に持ちかけた。
「……では、霧島昇君?」
「?なんです?」
「熊谷建太君?」
「ああ?何で俺の名前を知ってんだ?……さては、俺のファンか?!……いや~俺も有名になった「違いますよ、おバカさん。僕は君たち1年1組のクラス担任の朧紅です。……って、そういえば、皆さんにもまだ僕の自己紹介はしてませんでしたね?……大変遅くなりましたが、そういうことです。因みにこれでも新人ではありますが、ある企業のバトル専門のリーグのプロブレイナーですから、舐めた事をすると怪我じゃ済みませんよ?」……」
「「「「……はい……」」」」
今更ながらの自己紹介と告白に、先ほどのゲームに使った脳力といい、只者ではないと思っていたクラスの生徒たちは、プロだと聞いて改めてその事を実感した。
「っという事で、おバカさん?君には上には上が居ると言う事で、そこの霧島昇君とリアルバウト……簡単に言えば、模擬戦をして貰います」
そう言って紅は教室の入口にあるローカルケーブルから、コードを一つ引き抜くと、己の教官用デジタル端末に差し込む。
すると、ヴーンという機械音と共に教室が体育館で個人がそれぞれにダイブしていたローカルエリアの電脳空間に成り、生徒全員が強制的にその空間へと誘われていた。
「あ、あれ?あたしら何にもしてないのに……」
「おい、これ何だ?」
「ど、どうなんってんの?」
あまりに突然の出来事に、殆どの生徒から困惑の問いかけがそこかしこで上がっていた。
そんな生徒の困惑を他所に、紅は霧島昇と熊谷健太に向かって指示を出す。
「さあ、これからの出来事は現実空間には影響を与えない場になりました。言ってしまえばエリア限定のバトルフィールドですね。実際新入生はおろか、3年生迄もこのシステムでバトルを行い、どちらが上か下かを決めているのです。勿論、部活対抗の競技大会等もありますがそれまで待てない、競技なんかで勝ち負けを決めたくないと言った生徒に打って付けのシステムです。何処にでもいるでしょう?純粋な実力だけが勝敗を別けるんだという頭の固い子供地味た考え方の人が……。これはそういう人向けです」
この説明を聞いた昇は、既に体の違和感があるかどうかを確かめている辺り、相当運動をしたかったのが伺える。
対して健太もまた、己のBSDを起動するかどうか確認していた。
「……っし、ワイは何時でも行けるで?別にBSDを使わんでも、こいつ程度のアホは余裕やし?」
「おい、巫山戯んな!どっちが上か決めようって話だろうが!手加減……!」
健太が文句を言い終わる前に、昇は自力の筋力で高速の動きを熟し、ステップを踏むように左右に揺れた後、一瞬で健太の目の前に現れて拳を寸止めしていた。
そして、ニッと笑いながら宣告する。
「どや?今の動き、着いてこれたか?おたくがどれだけ自分の競技の実力に自信を持とうが自由やけど、センセの言う通り、何に於いても上には上がおるって事は覚えといたほうが良えで?」
そうして拳を引っ込め、元の所まで戻る途中に健太を振り返り……。
「序でに言ってまうと、今のは現実でのノーマルな筋力と体の使い方で可能な技術を使った歩法で、中国拳法なんやでよく言われる縮地っちゅう技や。そんで、一応ワイはそこにこのBSDっちゅう奴で多少の筋力アップと電気信号での感覚の鋭敏化って方法を使える。やから、あんさんが何処から不意を打ってこようが気にせえへんで?」
と言ってのけた。
「……」
沈黙する建太。
「よっしゃ!気ぃ取り直してやりまひょか?せんせ?」
「ええ。……まあ、どうやらその必要があるかどうかも分かりませんが?」
言って紅は健太を見やる。
「……」
さっきまでの威勢が嘘の様な憔悴ぶりだ。
恐らく昇の歩法を全く見ることが出来なかったのだろう。
そして実力の差に愕然としていると言った所だ。
「……まあ、ワイはどっちでも良えで?結果は分かっとるさかいな?後はそれ(建太)が2度と慶太にちょっかいを出さんていうのが聞けたら、ワイからは言うことは無いで?」
「……昇……」
「昇!あんたええ奴や……。よよよ……」
感動して同性に憧れの視線(勿論ノリ)を向ける慶太と、悪ノリで鳴き真似をする楓。
対して、俯いたままでそれまで動かなかった健太は……。
「自分ら!慶太は分からんが、楓は完全に笑ろとる……自分、最悪やわ」
昇がそう言って慶太らと談笑している隙に、BSDを使って簡易的なスピードアップを図って昇に近づき殴ろうとしたが、その前に昇が気付いて拳を横に振り回した。
そこへ近づいた健太が拳にぶつかり、自分のスピードに由って増した威力に吹き飛びそのままドガっと壁に激突する。
「……ええ……これで完全に決着が着きましたが、言い忘れていた事……というより、言う必要が無いと思っていた事ですが……この簡易バトルシステムの映像は生徒会の役員も見ることに成り、その実力を図る材料の一つにしてます。まあ、当たり前の事ですが、試験や大会などといった行事では実力が発揮できないと言う生徒も少なからず存在しますから、その様な生徒の中から有力株を探す為のシステムですね。……なので、今の行為が生徒会の方々の目にどういう行為に映るかで、熊谷君のこの学園に於ける立場も決まってしまうという訳です」
紅はそう言って熊谷を見るが、最初同様衝撃のあまり気を失っている。
これではこの少年の処遇は決まったも同然だろう。
そして、霧島昇の、ある組織へと加入も有り得る話に成って来た。
「では、決着も付いた事ですし、このおバカさん(熊谷)は目に映らない場所へ移動させて、早速予定していた部活の体験の案内から始めましょうか」
紅の指示で昇が建太を(今度は足で蹴って退かして)移動させた後、初めに言ったように部活の体験案内が端末を通じて始まった。……と言っても直ぐに終わったが。
内容は極普通。
単に自分の入りたいと思った部活の名称にタッチ(端末から3Dパネルが飛び出し、それを操作する形)して、そのサンプル動画を見てOKかNOを選ぶ。
するとOKを選んだ名称が学内ローカルに保存され、その回数を記録して、どの部活を皆がチェックしているかを一目で分かる様になっていた。
そして、自分の希望を第一から第3まで選んでローカルに保存。
それからは早い者勝ちで適時体験が可能な部活が決定し、明日の新入生部活体験授業にて体験が行われる仕組みだ。
無論部活に入っている生徒以外と、入りたい部活が無い生徒は、その授業中は自由時間で、新入生は端末の学園案内にて学園の見学に向かう。
(……成程、ならこの時間を(BSD)開発所での工作時間に充てられるな。……図書館の見学はまた今度出来るだろうし、時間も何時でも入れる様になってる筈だから、怪しまれる心配のある開発所を優先で調べないと……)
早速自分らの計画の為の悪巧みを思案している慶太だった……。