04話 教室での騒動とBSD開発施設の訪問
「ここやな!……見た感じ、ワイらが最後やな……どうする?」
「どうするも何も、単に遅れて来ただけなんだから、気にせず入れば良いだけでしょ?……遅れた理由があたしなのに、こう言う言い方はいい事無いと思うから……ホントにゴメンなんだけど……」
「……気にしないで、楓ちゃん」
「うう……慶太君は優しいね、よよよ……」
泣き真似が何故か板に付いている感じの楓に苦笑しながらクラスの横開き扉の片方を開きながら中へと入る。
すると、既に殆どの席が埋まっている、キャンパス(大学の教室)タイプの扇状の教室の至る所から好奇と侮蔑と興味の視線が慶太のみに注がれる。
本来なら(先の入学式の前)、慶太の隣の楓の整った容姿に、その視線が釘付けの筈が、入学式のメインイベントの後の一コマを既に皆が知っている様で、その視線の侮蔑の殆どが敵意を混ぜたモノだった。
「あ、あの子さっきの……」
「なんで、あんなのがこの学園に……」
「うわ、入学して間もないのにもう学内用アバターを使えてるのかと思ったら、あれが本来の姿だったんだ……最悪じゃん?」
「「……」」
等と口々に囁かれる嘲笑の数々。
これでは気の弱い者は、この時点で既に学園生活は諦めていなければ成らないレベルの苛めに遭うのは確実だろう。
そして、更にこう言う状態の空気の中、当たり前にクラスに一人はいるような、先の大柄な少年と似たタイプの少年が、慶太の前までやって来て、明から様な侮蔑の口調で、目元を歪めて話しかけてきた。
「……ふ、デブが……。何故か知らんが生徒会の方たちに認められてる様だが、俺ら同じ新入生は違うぞ?幾ら生徒会の方たちが認めたと言っても、俺たちはテメエみたいなデブは認めねえからな?……精々会長たちに愛想尽かされない様に騙し通すんだな?……ふん」
そう言ってその少年が慶太に侮蔑の視線を投げ掛け、鼻で笑った後、先程まで着いていた席に着こうと踵を返そうとした瞬間……。
「おう、自分?」
ガシッっと昇が不意に相手の肩に手を掛けた。
「……あ~ん?」
その事に訝しげに振り向く少年。その瞬間……。
「これは慶太の心の痛みや!」
バキッ!と、近くで聞いた慶太と楓は、その音で少年の顔の骨が折れたんじゃないかと思った程の大きな音が鼓膜を打った。
「へぶっ!?(なに?!)」
振り向き様に殴られた為、回避も防御も出来ないままにそのまま教室の反対側の壁へと激突し……。
「……」
そのまま沈黙する少年。
そして、その少年を含め、教室に居る全員に向かって昇は叫ぶ。
「おうおう!自分ら、見た目で人様を判断する前に、自分の行動が人様にどう見られるか考えてから行動しぃや?その所為で後で敵が増えるんは自業~自得いうもんやで?!……なあ、慶太?」
話を振られた慶太は、だが弁護してくれた筈の昇に対し……。
「……嬉しい意見だけど、……今ので昇も敵が……最低でも……1人出来たよ?」
そう言うと、昇に吹き飛ばされ、伸びている少年を目で示しながら呟く。
「ん~?まあ、大したことあらへんやろ?あの程度の拳を咄嗟いうても避けきれん様なカスが後で何言うても怖いことあらへんわ」
しかし、慶太のツッコミに対し、昇は気にした様子もなく、逆に相手の実力の無さを指摘までしている。
そして、明らかに自分の運動能力が壁の下に突っ伏している少年よりも上だという言い方に、楓は気になって昇の運動神経がどうなのか聞く。
「あれ?昇って頭は悪いけど、やっぱりその分運動神経良いの?」
「?ああ……「雑談はそこまでにしてくださいね。今から今後のカリキュラムについて説明します。……誰か、そこで寝てる生ゴミ(生徒)を退かしてくれませんか?寝てるのは自由なんですが、僕は視界の端にゴミが落ちてると集中できない性分なんです」あ、えろうすんません。すぐ空いた席に持っていきます」
「いえいえ」
楓の質問に昇が答えようとした時、丁度クラス担当官が入ってきて伸びている少年を冷めた目で見ていた。
それに昇は反応し、直ぐ様少年の襟首を掴んで教室の最上段へと放り投げる。
そして、その怪力に感心した様にクラス担当官が昇に尋ねる。
周りの者も、今の怪力の理由について聞きたそうだ。
慶太に関しては、昇がほぼノーカスタマイズのBSDを一瞬で発動させ、一瞬で解除した反応展開速度に関心はしていたが、先ほどのパンチの速度も見ていたので、それ程驚きはしなかった。
しかし、それ以上に慶太は、クラス担当官の青年に驚いていた。
(……まさか、紅さんが担任になるとは……。まあ、チーム『フレイムバード』のサブリーダーは彼女だから、相応に暇なのかな?)
慶太の予想は半分当たりで半分外れ。
慶太の1組のクラス担当官、朧紅は、慶太の所属する大手企業ブレイナーチームの中の一つ『フレイムバード』の大学上がりのゴールデンルーキーだが、紅は企業の社長に秘密裏な調査依頼を受けてこの学園に教員として配属されたのだ。
けっして新人だから開幕戦までやることが無いという事ではない。
そして、紅が慶太の普段を知らないのは、同じ企業のチームとはいえ、リーダーが別なら指導方法も違うから。
更に慶太のチーム『ゼロ』は、企業チームの中に於いても異端のチームであるため、同じ企業のチームメイトでも接する機会はそれ程多くない。
特に慶太ら4人は、変装脳力を使っている為、今の本当の姿を知るのは限られた友人(警察の雲井や中学での親友も含む)と、チームメイトと、会長、社長、スタッフのみなのだ。
「君?今BSDを使いましたか?」
「?ああ、使いましたで?なんや説明書に、常時起動させると脳が焼き付くやなんやようわからん事が書いてましたが、要は一瞬で起動させて、一瞬で解除すれば頭が痛くなることも無いってことですやろ?そやからワイは普段一瞬……使う時だけ起動させるようにしとんですわ。実際その方が楽なもんで」
「……成程、脳を鍛えるばかりが脳力を鍛える事には繋がらないということですね?……しかし、そのやり方には限界があるのも理解しなさい。丁度このクラスは筆記試験で優秀な成績を残している者が他のクラスより若干多いようですから、理解するのに時間も掛からないでしょう」
昇にそう忠告しながら、担当官の青年は40人近く居るクラスのデジタル名簿で顔を確認しながら微笑む。
どうやら、教員専用のコードで予め端末から生徒のデータを見ていたのであろう。
近くでそのデジタル名簿を見ていた慶太は、その顔写真に赤で何人かに丸印を付けているのを目撃した。
そして、その事に驚いている慶太の顔写真にも丸を付けながら、微笑み掛けているのを慶太は見逃さなかった。
そして、慶太、昇、楓に目を向けてから……。
「……ああ、そこの君達も、そろそろ空いている席に掛けなさい。時間は有限です。特に入学初日の今日はクラス毎にローテーションで各施設を回る事になってます。……と言ってもこのクラスには入寮者は半分位しか居ない様ですので、寮の案内は各自端末で……と言うことに成り、後は各自専門分野毎に変換が必要になる専用BSD開発所と、運動系の部活動等の運動施設の案内兼見学だけですがね?……まあ、運動施設は今日の所は各部デモンストレーションをするらしいので、その見学が主ですね?まあ、一つ見るのが限界でしょうが……開発所は入口までは私が付き添いますが、中は責任者が担当します。それから……」
そう言って一旦息を整えて……
「一旦ここに戻ってきて、明日からそれぞれが希望する見学してきた物も含めた各部活の第一候補から第3候補をそれぞれが体験して回る部活体験の案内を、端末にて説明します。今日の所は以上ですね。……では、他のクラスも動き出した様ですので、こちらも行きますか。……君たちはもうその場で端末を確認してください時間がありません」
「「「はい……」」」
どうやら慌ただしい教員に成ってしまったと、クラス中の意見が一致した瞬間だった。
✩
「同じクラスになるとは、奇遇ですわね。斎藤慶太さん?」
「ヒッ!……あ、確か……御剣……エリカ……さん?」
「……また……そんな風に驚かれると、まるで私が化物の様ではないですか……。まあ、覚えて貰えて居たのは光栄ですが?」
教室を出て一路校舎を抜けて、専用BSD開発所へと行く行程の廊下を移動中、慶太の背後に音もなく忍び寄ってきた御剣エリカ。
その顔は若干の落胆と、若干の喜色が見え隠れしていた。
そして、慶太の覚えている範囲の友人一人もいない。
そこから慶太の導き出した結論は……。
「……まさか、友人全員と別クラスになるとは……、運が良いのか悪いのか……」
と、驚きのあまり声に出してしまっていた。
しかし慶太自身は気付いていない。
「勿論、悪いに決まってます。先ほどまで知らない者ばかりでしたのよ?わたくし、友人達と一緒なら良いのですが、居ないと結構人見知りのタイプですの。ですから、正直、貴方を見た瞬間、ホッとしましたわ……」
(考え読まれた?!)
考えていた事をズバリ言われたと思った慶太は愕然としたが、ここでもまだ口に出していたことに気づいていなかった。
しかし、幸いにもあの場に居た友人たちも、状況を見ていた者も居らず、今のエリカのヒソヒソ話を近くで歩きながら聞いていた者は何の事か分からなかった。
単にデブが育ちの良いモデル並のプロポーションを持つお嬢様らしき女生徒と何故か仲が良いという印象があっただけだ。
そして、ノリが良いというか、話を盛り上げるのに格好の材料を得た関西人たる昇が慶太とエリカの会話の間に入り……。
「なんや?慶太。見かけに由らず、もう学園でガールフレンドが出来とったんか?」
等とからかう。そして、先の体育館のやり取りで、生徒会長とも知り合いらしいという情報を知っている昇は、畳み掛けようとニヤニヤしながら……。
「生徒会長といい、その……え……っと?」
名前を知らない事に爆弾設置失敗。……かと思ったが……。
「御剣エリカですわ。それと、ガールフレンドとは日本語の意味としては合ってますが、入学式の前に一度お会いしただけですので、深い意味では間違いですわね?後、私に関しての情報で言うなら、貴方の使っているBSDのロゴにも成っているでしょう?そのBSDは御剣グループの下請け、東洋ホックエンジニアリングのロゴです」
と、何故かフォローが入った。更に別の情報もくれるオマケ付き。
「……?おお!ホンマや!なら、ワイのBSDのカスタムとか出来るか?」
言われた物の確認をすると……、確かにBSDを外した裏面に『TOYHO HORIKKU』のロゴが刻まれていた。
その事で、目の前のお嬢様がBSDに関しての知識が豊富な事を悟った昇は、自分のBSDのカスタムを依頼しようとするが……。
「……出来ないことは無いと思いますが……恐らくこの斎藤さんの方が詳しいですわよ?」
「「「ええ!!?」」」
その場に居て密かに聞き耳を立てていた生徒の大半が驚きの声を上げる。
「そういえば、慶太も脳波学と大気圧の分野を好きで勉強しとる言うてたな?それ専用のBSDを持ってるとも……」
「「……!?」」
今の発言でも、更に多くの生徒の息を呑む音が慶太の耳にはハッキリと届いた。
しかし、そんな事を知ってか知らずか、昇は我関せずで慶太に聞いてくる。
いっそ清々しい迄の自分中心の行動であった。
更に昇の追求は続く。
「……慶太?」
「……何?昇」
「自分……もしかして、やけど……。他人に合わせたカスタムって出来るか?」
この昇の問いかけに、周囲の慶太の事を何も知らない生徒は皆「何言ってんだ?こいつ……」と言った顔で見ていた。
しかし、教員紅を初め、数人の(楓やエリカなどを含めた少数)生徒は、昇の問いに興味深げに慶太を見ていた。
そして、その事に気付いた慶太も、本当は学内施設でも出来るが、後の事を考え条件付きでしか出来ないことを説明する。
「出来ない事は無いけど……「ホンマか!?」……まあ、……聞いてよ。多分この学園の開発施設では、限界があると思うよ?……確かに、学園案内では……地域最大級って謳ってるけど……他人が個人用にするには、どうしてもその……対象の人とダイブして……精密データを取らないと……肝心な時に誤作動が起きちゃうんだ。……それも、親しい人相手……例えば、プロ(の競技選手)で同じ時間を長く共有したことのある人の物や、家族間なら別だけど……初対面や、ましてや異性においそれと情報を渡す人はいないでしょ?」
「「……(確かに……)」」
この慶太の意見には、聞き耳を立てていた者を含め、楓やエリカも沈黙という名の肯定をした。
「だから……この学園でも自分用に……専用のBSDを開発する所はあるけど……わざわざ他人用のBSDを開発する場所は……多分、無いんじゃないかな?あるとしても……その場しのぎ。例えば、部活の助っ人程度に……多少のチューニングをして……設定を弄る位だと思う。そのくらいならダイブして個人情報を見る必要性はないからね」
「……さよか……」
そう言ってダメ押しの如く、カスタムを断る理由を述べる慶太。
「……ふふ……」
唯一、それが本当の断る理由ではないと薄々感づいている、プロのブレイナーである紅は、微笑ましく慶太を見ていた。
(中々面白い言い訳をするね、あの子。知識量ではプロとタメ張ってるんじゃないかな?……まあ、アレで騙されてるこの子達も、まだまだ知識不足って感が否めないけど……)
口を生徒に見られないように歪めながら、淡々と前を歩く紅。
そうして、漸く矢鱈と長い廊下を抜けて、陽の光が差し込む校庭へと視界を移すことになった。
✩
「……これまた大っきいな~」
「ホンマやな~」
「ほんとだね~」
「……」
順に慶太、昇、楓、エリカ。
今は校庭を抜け、一旦運動施設の前に専用の開発所へと足を運ぶことになった一組の一行。
その行動中、遠くに見える開発所の大きさに、4人以外にもクラスの大半がその規模の大きさに感心している。
「さあ、彼処に見えるのが、これからの3年間で君たちが最低3度はお世話になるBSD開発所です。特にプロのブレイナーや、色々な重要人物の護衛、またはBSDそのものを開発する分野になりたい人達は、週に一度……いえ、多い人は一日に1度はお世話になる場所です。……くれぐれも、総責任者の方の機嫌を損ね無い様にして下さいね?」
「……あの~?」
紅の近くで(建物を)眺めていた女生徒が、オドオドしながら手を挙げて質問する。
「はい。……っと、河野さん?ですね。なんでしょう?」
「はい、何で3年間で最低でも3度はお世話になるって分かるんですか?」
その質問に、紅は「ああ……」と、自分の説明不足に苦笑してから……。
「これは失礼。まだ説明をしてませんでしたね?まあ、端末に説明は入っているので、わざわざ説明の必要も無いと言えば無いんですが、折角の生徒からの質問です、説明しましょう」
そう前置きしてから、紅はチラッと慶太の方を見てから……。
「先ほどそこの男子生徒が言ったように、個人専用のBSDの開発という物は、個人データの情報収集が一番のネックです。そして、これまた先ほど説明してくれた様に、簡単なその場凌ぎのチューニングなら、端末を使って設定は出来るのですが、大幅なカスタムや、設定をゴッソリ入れ替えるなどの大規模なチューニングは、この施設を使わないと出来ません。しかも、自分自身の情報をBSDにインストールする必要があるため、この様な大掛かりな施設に成って居ます。……そして、ここからが質問の答えです」
そうして、先ほど質問した女生徒に目を向け……。
「今日は初日なので行いませんが、新入生は明日から順番にカリキュラムに従ってこの施設で学園用の専用アバターとそれ(学内アバターの脳力)を現実のBSDに共鳴させる共鳴マシン(シンクロマシン)を使って学園用の専用BSDを制作して貰います。これは現在BSDを所有している生徒も例外ではなく、全員共通です。もし、BSDを持参していない生徒に関しては、学園の方からノンカスタムBSDを配布します。それを総責任者の指示のもと、学園ローカルエリア共通のアバターを電脳空間へと反映させられるように、BSDに変換して貰います。……ここまでで質問は?」
「あの~?」
ここで自前のBSDを所持している生徒の一人、エリカが手を揚げた。
「はい。……御剣エリカさんですね?……なんでしょう?」
「え……っと、私のBSDは少し自分用に細かく設定しているので、別の設定を追加して上手く起動できるか自信が無いのですが?」
自らがエンジニアの会社も抱えている会社の令嬢だという事もあり、それらを設定するのが不得意だと思われると勘違いしたエリカは、恥ずかしげに質問した。
だが、紅はその質問に微笑み……。
「ああ、それは大丈夫です。共鳴させると言っても、インターネットの中のアバターから自前BSDに変換出来ている人程度のプログラミング能力があれば、ホンの十分程度のアップデートで完了しますよ」
「ふー……」
紅の説明を聞いてホッと胸を撫で下ろすエリカ。
しかし、紅はその視線を今度は先ほど驚異の身体能力を見せた昇に向け……。
「……問題は機械のプログラミング関係の苦手な生徒に関してですが……」
「慶太せんせ!ご指導たのんます!」
「あ、慶太君!あたしもお願い!メンテナンス程度なら良いけど、分野専用カスタムやシステムの変換なんて言ったらややこしいのよ!今の設定もお姉ちゃんにして貰ったやつだし……。言ったと思うけど、あたしもウォータブレイナーを目指してるから、基本は知ってんだけど、どうしてもシステム関係は慣れなくて……、お願い!」
その意図を察した昇が、真っ先に慶太に縋り付いた。
序でに楓も、その整った容姿と、縋り付かれて初めて分かる程の隠れたプロポーションの良さで慶太を篭絡に掛かった。
そして、その隠れ巨乳に慶太は思わず頷く。
「……分かったよ。……本当は、シンクロシステムも……完璧さを出すには……一緒にダイブしてそれぞれの必要項目を……コピーしながらの方が……より正確にBSDに反映できるんだけど……それは責任者の考える事だから……簡単なやり方で良いなら……端末から簡単に出来ると思うから、僕がやってあげるよ……。ただし、担当の人にヤッて貰えるなら、僕は遠慮しとくよ?」
等と、その二人の勢いに負け、一歩間違えば自分の異質さを暴露してしまいかねない事を迂闊にも言ってしまった慶太。
しかし、この場にそのセリフが異様なセリフだと感づく者は幸い紅しか居らず、その紅も……。
(……ヤケに詳しい子だな?……最近の専門分野特化の子はこんなにプログラム関係に詳しいのか?)
と、慶太の性格が災いし、慶太の実力が一般と大差ない物に成り下がって評価されていた。
そして、その事に紅が気付くのがこの日の職員会議の新入生担当教官の親睦会の時になるのであった。
「やたー!それで十分だよー!」
「よっしゃー!おおきになー!」
「……ははは……」
喜ぶ二人と、乾いた笑いを零す慶太。
そして、一行は紅の後に続いて施設まで赴いた。
「……では、ここからは言った通り私はここで待っていますから、存分に見学していって下さい。まあ、あまりにも遅くて別のクラスが追いついて来たら、端末で急かしますが、他のクラスは寮住まいの生徒が多いようですから、時間も掛かるでしょう。……ああ、寮生活の人はご心配なく、部屋は各自既に決まっていますから、IDの確認と、寮の食堂や売店の確認などの生活に必要な色々の説明を受けるだけですから、順番がどうのは関係ありません。……では、また後で」
そう言って、紅は入口付近にある石に腰掛け、端末を弄っていた。
なので、慶太達は思い思いにその中へと入って行ったのだった。
✩
「……コレはまた……なんというか……だね~」
「あら?てっきり斎藤さんは見たことがあると思っていましたが……初めてですの?」
開発所へと入り、そこそこに整備が行われていると分かるシンクロマシンを初め、各種BSD分野別変換機等等、色々な設備を見て回った慶太は、その自宅より若干だが、遅れて(・・・)いる設備に驚いていた。
まあ、昇や楓に頼まれた変換作業は、言った通り自分の端末から相手の端末へハッキングを行い、シンクロマシンと同調させている間の自由を奪えば、簡単に出来るのだが、設備が設備だけに自分のBSDの設定は自宅でないと色々とヤバ過ぎる。
本当に寮生活を止めて置いて良かったと心底思う慶太だった。
「……いや、想像してたのより……タイプが旧型の機械ばかりだったから……」
「え?そうなのですか?地域最大の施設というだけ、学生の使用する物としては不足無いと思いますが?これ以上の設備になると、プロの専用プログラマーが扱う設備になりますわよ?……ねえ?せんせ?」
慶太と会話していたエリカが不意に自分の背後へと声を掛けた。
すると、そこには何時の間に居たのか、白衣を着こなすメガネを掛けたインテリ風の男性が立っていた。
そして、その男性が先ほどのエリカの問いに答える。
「……ああ、そこのお嬢さんの言う通りだ、少年。考えても見ろ。幾らココが最先端の超脳力学園とはいえ、所詮学生の扱うBSDをメンテナンス及び制作、カスタムする場所ってだけだ。まあ、この奥にはそれらを更に研究したり、発展させる為の機械が置かれているが、お前ら学生にはまだ早い。……まあ、それはさておき、今見ている設備に戻すが……。仮に少年がプロのブレイナーの専用施設や特殊設備を見た事があるなら、そこよりは最低1段階は技術の劣った物しか無いだろうな。……それはどうしてか分かるか?少年」
研究者故の説明好きなのか、黙って感心しながら聞いている慶太に気を良くしたのか、男性の説明は止まらない。
「……いえ……」
そして、その事が顔に出ていたのか、本当ならどうしてかなど少し考えれば分かる様な疑問を敢えて(多分)責任者の男性に説明して貰う慶太。
「それはな?先ほどの説明と矛盾してしまうかもしれんが、ここは学生の通う学園だ。しかし、学生故の好奇心という物は大人では図り知れないものがある。それは知識だけでも、技術だけでも無い。時に大人の想像の遥か上を行くことがある。……これは一見時代の改革と言えなくもないが、心が追いついて居ない者達には、単なる狂気であり、凶器でしかない。……ここまで言えば分かるだろう?」
「つまり……発展ばかりが進歩ではない。技術と心。その両方が合わさってこそ……真の新時代への先駆けだ……って事ですか?」
「その通り!」
慶太の反応に、男性は大仰に頷く。
「そして、プロのブレイナーが使う物と……同じ物を使っても……心が追いついていない……未熟な学生では、誰も見たことがない、歴史に残る大発見を出来る可能性と同時に、大量殺戮兵「ストップだ、少年!」……すみません、この様な場所でいうことでは無かったですね……」
「うむ、分かればいい。……さて、皆も粗方見てきたようだし、そろそろ肝心な作業に入るとしようか」
慶太のその場にそぐわない発言を未然?に防いだ責任者の男性は、その場に集まっていた生徒に説明を開始する。
「さて、新入生諸君。私がこのBSD開発所兼研究所の所長、大河内大作だ。これから諸君らは、ここにある共鳴マシンで、先ず己の学内専用BSDを作成するのがこの学園での初めての仕事になる。これは新入生として入学した今日から数日間の各自一度と、新年度の開始前に必ず行い、一年前の己とどう変わったかを知る事になる良い機会だ。……まあ、頻繁に扱う者も中にはいるから絶好の機会とまでは言わんがな?」
大作はそう言った後、生徒の中からあまり詳しそうに見えない昇を指名して……。
「そこの茶髪の少年?君はいかにも機械に弱そうだから、皆へのレクチャーを兼ねて特別に私が教えてあげよう」
「わ!ホンマでっか?……って事で、慶太もおおきにな?楓の方に時間割いたってくれたらええわ。……じゃあ、頼んます!」
「……やった……」
「……分かった」
大作の提案で、昇の分のBSDの変換をしなくて良くなった慶太は、苦笑しながら了承する。
何時の間にか隣に居た楓も、昇に割り当てる時間を自分に使える用になったので、少し嬉しそうだ。
「……では、今から学園ネットにダイブするから、他の生徒は近くのコードからそれぞれの端末へ接続して、私とこの少年のしている作業を見ているのだ。……まあ、今からやるのは二人でやるタイプだが、一人でやるのも対して変わらん。単に自分の情報を他人が操作するか、自分で操作するかの違いだ。……まあ、見てれば分かる……では、繋ぐぞ?少年?」
「あいさー!」
そう言って昇と大作は、共に学園ネットにダイブした。
そして、公開変換作業が行われた。
要は昇の情報を大作が己の端末でハッキングし、代わりにやってやるというだけの物。
その作業を見ていた者は、流石に責任者だと感心していたが、慶太にはお馴染みの行為だったので、参考になる作業は皆無だった。
そうして、大凡10分程で、昇のBSDは学園用に変換され、これ以降学内端末を使用すれば、設備をローカル内で自由に使える様になった。
まあ、それも使いこなせなければ意味が無いのだが……。
そして、後の生徒はまた後日という事に成り、結局慶太は奥の施設を見ることが出来ずに入口へと引き返したのだった……。