3・5話 生徒会役員と部活見学のそれぞれ
「あんた!カンナのお姉様をなにピー(全身舐め回す様に見てんのよ)!……ちょ、なによ今の音!あいつに通じないじゃない。……もう、あんたそこで大人しく待ってなさいよ?逃げんじゃ無いわよ!分かって……って、薫先輩!何でシステム落としちゃうんですか?!これからあの豚を成敗しに行かなきゃいけないのに!……もう、放課後迄待たなくちゃいけなく成ったじゃないですか……」
場所は学園の放送用メインコンピューターの設置された放送室。
そこに居るのは生徒会役員の一人、溝内薫と生徒会長の妹、新入生白雪カンナ。
そのカンナは、放送が中断された事に歯噛みしながら薫に食ってかかる。
何故なら、ローカル内でなら直ぐにでも大好きな姉に近づく害虫を成敗しに行けると思ったのに、3年の生徒会役員であり、学園ローカルネットシステム管理責任者の溝内薫にシステム自体の電源を一旦落とされ、しかもその後放送により、新入生は各教室へと行かなければ為らなくなった。
本当に忌々しい限りだと憤慨するカンナ。
「そうは言っても、カンナさん。今の貴女の行動はお姉さんの私生活に大きく食い込み過ぎていました。あれでは、ヘタをすれば貴女は大事なお姉さんに金輪際口を聞いて貰えなくなる所ですよ?……昨日の事はお姉さんから聞いて居ますが、先ほどお姉さんの戻った記憶から判断すると、貴女のプレゼントを買いに行こうとして街へ外出した……その際にお姉さんを救った方が、お姉さんの戻った記憶が確かなら、先ほどカンナさんが暴言を吐いた相手なのですから」
「……うう……それはカンナも聞いてますが……それはお姉さまの記憶が、本当に戻っていたら……ですよね?」
「ええ、しかしその可能性は限りなく高いと、私は思います」
「……それはどうしてです?」
カンナの問いかけに、薫は指を3本立てて、順序だてて説明をする。
「良いですか?カンナさん。先ずお姉さんが受けた記憶操作は、その状態の判断からキーワードタイプの記憶操作です」
そして、一本減らし……。
「ということは、犯罪者若しくは何らかの事件の犯人の場合、その様な記憶操作等ではなく、記憶改竄をするはずです。しかし、実際に行われていたと思われるのは記憶操作。……しかも、連れてきてくれた警察の方の刷り込みに近い、極安全制の高い物です」
そして、更に一本減らし……。
「最後に、この様な安全性の高い記憶操作をする場合は、あまり知られたく無いことを知ってしまった被害者に対して、被害者の安全を考慮した場合が多く事例としてあります。なので、仮に分割して記憶を封印する様な脳力の場合は何かしらの犯罪に利用する場合が多いですが、お姉さんの記憶の喪失による時差は殆どありません。だから、分割の可能性はない。他の可能性もお姉さんの記憶がある程度の事例を否定してくれているので、記憶自体はほぼ……戻ったと考える事が出来ます」
「……うう……」
順序だてて説明され、ぐうの音しか出ないカンナは地に崩れ落ちる。
「……けど、あんな奴認めない……。ぜーったい!認めないんだからーーー!!」
そう言って放送室を絶叫と共に後にするカンナだった。
✩
「……もう、カンナちゃんったら……。どうしてあんな突撃娘になっちゃったんでしょうか……。昔は私の後に引っ付いているだけの大人しい、可愛い子だったのに……」
入学式が一段落し、生徒会室でまったりしている姫乃と菫。
二人は今、新入生が教室へ行ってから、部活の見学に行くであろう僅かな時間を、先ほどの入学式のカンナの話で潰していた。
「そりゃ~、大好きなお姉様の純潔が「じゅ、……純潔……」おお?なんか赤くなってるけど、姫乃ちゃんってやっぱ、処「それ以上言うと、水玉で窒息死させますよ?」……おお、冗談冗談」
菫が冗談半分で少女相手には禁句の言葉を言おうとすると、姫乃はすかさずBSDを起動させ、その掌に大玉の水球を作り出し、フワフワと浮かべて見せる。
何となしにやっているようだが、こういう事を咄嗟に出来る辺り、実力のある証拠なのだ。
これと似たような事を新入生の争っていた者たちがやってはいたが、それとこれは質が違う。
今の水球は、自然界の構成物質の中でも停滞、圧縮、保持、移動と言った数種類の力学的要素を持つ物で、更に運動エネルギーを留めるのにそれらを構成しているBSDの力を一定量放出させ続ける必要がある。
対して、新入生のそれらが使っていた殆どは自然界に大量にある空気を移動、圧縮、構築、収束、放出、加速、拡散、停止のいずれか一つを用いれば容易に出来る脳力。
なので、今何げにやっている姫乃の水球操作は、実は高等脳力なのだ。
「……ったく、そんなだから姫乃ちゃんは面白いってんだけどね~?けど、話は戻すけどね?それ程まで可愛がって貰っている妹としては、お姉様のお相手となる男の品定めは、しないといけないって思うのが普通でしょうよ……」
「……まあ、私の為にしてくれているというのは、何となく分かります。分かりますが……カンナのあれは異常ですよ?!下手すれば、実の姉に対してレズビアンの気があるようにしか思えません!」
(下手すれば……どころか、寝室の布団の中に全裸で入って添い寝して欲しいって事が、既にレズビアンって言えないことも無いんだけど……姫乃ちゃん、その事に気づいて無いのかな?)
白雪姉妹の姉妹愛の異常さを冷静に分析しながら、菫は端末で時間を確認する。
そして、そろそろ新入生が各部活の見学をしに行く時間になったので、ウォーターバトリアル部のエースである姫乃に移動を奨める。
「さあ、そろそろ新入生の部活見学第一陣の到着の時間だからさっさと行きなさい?生徒会長とは言っても、エースとはいえ部では唯の部員の一人なんだから、姫乃ちゃんは遅れたら新入生に示しが付かないよ?本来のトップバッターはふて寝のお叱りの途中なんでしょ?」
「あ、ホントだ!……って、そういう菫先輩こそ、弓道(弓道の矢の部分を専用BSDにて脳力の矢にして的を打ち抜く競技)部の部長じゃないですか!私より、よっぽど居ないと示しが付かないでしょう!?」
急かされた姫乃は、すかさず言い返す。しかし、この先輩にこの程度の常識は通用しない。
何故なら……。
「ああ、大丈夫大丈夫。ウチは部のあれこれを、全て健ちゃんが取り仕切ってくれるから。彼女としては後から駆けつけてあげて、誰も居ない所でよく出来ましたのキスの一つでもして上げれば、それでモーマンタイ!これぞ健全なカップルのあり方です!」
と、何故か両手を胸元まで上げてのガッツポーズで恋人のなんたるかを説明する菫。
その内容に呆れながらも、上手く行っている目の前の先輩と姫乃自身も度々お世話になっている弓道部の主将である白鳥健太を羨ましく思う。
「……まあ、カップルのあれこれは私も機会があれば「あ!さっきの王子様は!?」……だから、彼はどういう訳か公にはしたくないようですから、あちらの都合の合う時に少し話し合いをして、昨日会った人と本当に違うのか、それとも別人格とでも言うのかを確かめようと思います。……だから、この話はまた今度という事で……そろそろ行きます!菫先輩も、出来るだけ遅れないようにしてくださいね?仮にも生徒会役員が遅れるっての言うのは、色々と問題がありますから」
話の途中で、端末の時間を確認すると、本当に時間が無かったので、姫乃は大急ぎで生徒会室を後にする。
「ラジャー!」
立石菫は陽気にそう返事をし、徐に端末をディスプレイ状に展開すると、自分の部の様子をみる。
そこには大慌てで部活動のデモンストレーションをする部員達と、弓道場に向かっている新入生……1年3組の生徒たちが居た。
「……あらあら、最初のクラスはカンナちゃんのクラスだったか……。んじゃ、私も行きますかね……」
そう言って立石菫もまた、ゆっくりではあるが、生徒会室を後にする。
✩
「……なあ、霧っちゃん?ここって本当に剣道場なんかな?」
「……さあ、どうでしょうか。……おい、グズ。本当にここで合っているのか?」
「……ち、僅かにリーチの差で勝ちを拾っただけの癖に……まあいいか。どうせ授業迄の辛抱だ。直ぐに逆の立場にさせてやる……。まあ、端末では確かにここだ。それにクラス担当の教官もここまで案内してきたんだし……合ってるんじゃねえのか?」
井上智、神楽巴、音無霧風は、目の前の光景に頭を悩ませる。
一応若いクラス担当の教官が他多数の生徒と共に控えているのだが、どうも納得できない。
今は各部のデモンストレーションの最中の筈だ。
なのに目の前の剣道場で準備をしている筈の剣道部員が見える範囲に一人も居ない。
「ええ、見学者の多い部活ですから、準備に手間取っているのでしょう。それに、皆さん勘違いしている様ですが、部活の主な活動内容はローカルエリア内です。無論、BSDを使った競技を試合ではしますが、それは週に一度の部内のランキング戦位です。普段はローカルエリアで、怪我の無いような状況で練習してますよ。……まあ、制限時間がありますから皆交代で、BSDでの復習と肉体のみの運動とで、3種類のトレーニング方を実践してますがね?」
智と霧風の無言?の追求に、2組のクラス担当官である国松茂は苦笑しながら、先ほど部活の見学の権利を得る為の簡易模擬戦で、見事自分の見たい部の見学権利を得た未来ある脳力者(音無霧風)を見る。
この各地より厳選されたエキスパートからなる脳力者の卵たちの中で、この三人は突出していた。
中でも、見た目からして武道の心得のありそうな少女……音無霧風という生徒は、BSDを殆ど使わずに他の生徒を圧倒していた。
しかし、その最中にBSDを使った戦闘行為が苦手かと思われたのか、井上智という生徒にBSD戦を持ちかけられたが、今度も圧倒的実力差でやはり完勝。
結果、この入学初日で1年2組の最強が音無霧風の物になった。
勿論、戦闘に参加しなかった生徒もいるので、今の時点でという注釈は付くが……。
だから、他の生徒は迂闊に口を挟まず、最後に残った二人と、勝者の主らしき少女の動向を観察しているのだ。
「……お、そろそろ準備が出来た様ですので、剣道場に入り各自剣道部内にある、ローカル端末の差し込み口に自分の端末からコードを出して差し込んで下さい。私はここで待ってます」
そう言って、茂は建物の外にて待機する。
後はデモンストレーションが終わってからの問題だ。
それまでは端末で各クラスが何処まで予定を消化しているかを見るだけ。
去年大学から上がってきた新任の茂は受け持ちを持つのも、今年が初めてのぺーぺーである。
なので、情報の確認は必須なのであった。
「「「は~い」」」
そうして、1年2組の面々は、剣道場に入っていった……。
✩
「諸君、わざわざ我が部活を見学対象に選んでくれて感謝する。俺はこの剣道部を総括する剣道部の部長であり、今季の部活動総監督を務める鮫島恭平という三年生だ」
そう言って1年2組の生徒達に初めの挨拶をした恭平。
見た目は屈強な戦士を言った感じの侍。
しかも、顔に何故か戦場で負った跡の様な傷が入っていて、とても普通の学生には見えない。
そんな恭平から、部活の見学の説明を生徒達は受ける事になった。
「これから行う演技は、所謂脳力を使った殺陣だが、行うフィールドはローカルの電脳エリア内なので実際に死にはしないし怪我もない安全な物だが、これはあくまで見学だからという事だ。実際にはBSDを用いたほぼ真剣の様な状況下で……まあ、殺傷力の高い脳力は予め使えないようにBSDの出力は制限させているが……それでも気を抜けば怪我が絶えない部活だ。それはバトリング部やレジュール部、ウォーターバトリアル部にも同様な事が言える。……まあ、前置きはコレくらいで、早速我が部の精鋭達の殺陣を見学してもらおうか……。では、それぞれの柱に付いてある差し込み口に己の端末からコードを引き出し、差し込んでくれたまえ。……では、また後で会おう」
言うことだけを言ってから、恭平はそのまま奥へと引っ込んだ。
「なんや、エライ怖い人が部長さんやな?むっちゃんここで大丈夫やの?」
「ふふ……心配せずとも大丈夫ですよ、お嬢様。幾ら何でも部活で流血ざたにするほどの場面はないでしょうし、もしテロや学内紛争が有ったとしても、ここの者程度の実力者なら、我が音無流の敵ではありませんし、仮にBSDを使った戦闘で優位に立たれたとしても、人の脳と肉体の差があります。所詮肉体のみ鍛えに鍛え上げた我が流派の敵ではありませんし、私はBSDを使う方もそこいらの有象無象の輩よりは優れているので、これも相手になりません。ご安心を」
「そう?ならええけど……。無理したらあかんえ?」
「ふふふ……ご心配、感謝します」
自分の体の事、安全の事を心から心配してくれる主……巴に感謝しながらも、「所詮学生では私の敵になる者は居ないだろうな」と、内心嘆息する霧風。
この学園に入学した理由自体が武者修行の為と、脳力者の資格を取っていないと門前払いにされる、戦闘専門のプロリーグに入る為の必要措置の為。
そして、国のお偉いさんに目を掛けて貰えば、更なる戦場へと赴ける為。
そして何より、主である巴のある体質を少しでも改善するためのヒントを手に入れる為。
その為には多少の遠回りは何ら苦には成らない。
そうして話している内に、殺陣は様々な形で繰り広げられていく。
あるときは部員同士が炎の木刀を互いに重ね合いながら、そして片方が斬られると同時に炎を上げて火達磨に成り、そのまま光の粒子になって落ていく。
またある時は一人の部員に十数人の部員が襲い掛かり、襲われた部員が様々な脳力を駆使して対処する対応力を披露する物があった。
流石にこの演目を見ている新入生は、これほどの演技が見れるとは思っていなかったのも手伝い、殆どの者がそれに見入っていた。
ただ一人霧風を除いて……。
(確かに17・8の年齢を考えると賞賛に値する体の運びと筋力だが、紛争地域の武人のそれと比べるとまだまだ未熟。……やはり所詮は学生か……。これでは入学式前の、あの太った少年の方が余程謎な部分があるだけに興味深いな……)
そう考え、思考の端に門の前で会った少年(慶太)の事を思い出す霧風。
あの時霧風の使用した脳力は、単に一瞬の風でその体の重みを相殺し、後は自分の木刀の運びで巴にぶつからない様にしようと脳力を使った。
しかし結果は何故か重みがまるで無いかの様な静止状態でその場に降り立ち、掻いても居ない汗を拭う少年だけ。
あの違和感は未だに頭に残っている。
この違和感を取り除かなければ後々取り返しの付かない自体になるかも知れないと思うほど、霧風には気になる体験であった。
そうして悶々とする中、部活体験も終わり、教室へと戻って巴と一緒に今度は同じ部活の体験予定を話し合ったり、寮の案内を見て今日の予定を話し合ったりとしている内に、入学初日は滞りなく終わった。