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03話 入学式(後編)

 あれから、長々と関係各所のお偉いさんのお話が続き、新入生の大半が疲れから立って居られず、迫り上がってきた椅子に腰掛けると、いよいよメインイベント……前年度に於いて、日本の全国の学生脳力者が脳力を競う競技会で見事全国優勝を果たした競技に関連する部活の代表者達による、学内ローカルネットを使用した競技用フィールドでの模擬競技が開始された。


 観客となる新入生は、各々が持つ端末に椅子から出ているコードを差し込み、ローカルエリアにダイブする。


 そして、新入生はまだ学内アバターに設定していない為、制服の姿のままその競技を観戦するのだ。


 因みに、ダイブせずとも体育館自体にローカルエリアの設定がなされている為、モニター越しでも良いという者に関してはわざわざ強制はしていない……が、皆一人の例外もなく、ダイブしていた。


 そして、肝心の初めの種目は、全長一キロの仮想トラックを専用稼働モーター付きシューズを履いて一周する間に、攻撃自由の競技である対戦徒競走……バトルラン。


 この競技を走るのは、バトルランニング部のエース、3年の風間瞬夜かざましゅんやと、スピードシュート部3年生、友坂理恵ともさかりえ

 因みに、双方ともアバターの状態なので、普段は違う容姿なのだろうが、競技用のアバターは、どちらも美男美女であった。


 ただ、電脳空間でも痛み自体は生じる関係で、プロテクターはしていたが……。


 そして、スタート。


 先にスタートダッシュを決めたのは、流石というか、風間。


 その名の通り、風を操り見る間に差を広げて行き、半分を過ぎた時点で、観客は「もう、あの先輩の勝ちだな」と誰もが思った。


 しかし、次の瞬間……、新入生は我が目を疑うことになる。


 それは、友坂がトラックの半分に差し掛かった時の事。


 その時点で既に風間は友坂の反対側まで進み、もうすぐでゴールと言った、圧倒的大差。


 しかし、このままでは終わらないのが、電脳競技の面白さ。


 そして、友坂は自分のシューズの前方1M程に水のサッカーボール大の水球を作り、走っていた勢いのまま横に蹴る。


 そして、その水球は、丁度トラックの向こう側に……友坂から見て真横を走っていた、風間の死界から頭をぶち抜く。


「が!?」


 と、揺れる頭で呻き声を上げ、その場に横転。


 そして、勢いが残った状態で後ろの方へと滑りながら移動し、壁に激突。


 そのまま走行停止。


 対する友坂は、相手が居なくなった事で、悠々とゴール。


 そして、その後は観客に手を振るサービスもしている。


 それを見ていた観客の中の慶太と昇、楓は……。


「……あんなん、アリなん?」


「……さあ?けど、あたしの記憶では、何かしらの反則行為があれば、競技を中断してでも審判団が協議してた筈だから、それが無いって事は、アリなんでしょ?」


「……この競技は……元々ああいう攻撃を前提に……ルールが設定されてるから、あの程度の攻撃は、寧ろ甘いくらいなんだ。プロの選手になると……最初から最後まで得意な脳力での打ち合い、殴り合いの攻撃をしたままゴールして、どちらの体が先にゴールに入ってるかで揉めるんだ。……だから、あれは普通。全国優勝した割には、見るべき技術がないと思える程……だと思うよ?」


 呆れ果てた昇の顔と、苦笑している楓の顔を交互に見ながら、分かってない二人に解説をする慶太。


 しかし、慶太の解説を全く別の場所から感心した風な声で質問してくる声があった。


「ほ~?君、電脳競技にヤケに詳しい様ですが「……ひゃ!?」……参考程度に今の競技の一番見るべきポイントは?」


 驚かれた事に動じる事なく、用件をいう生徒。


 その声に慶太が振り返ると……。


(……あれ?この人って……?さっきの生徒会の副会長さん?いつの間に……って、ここは既にローカルエリアの空間内だから、好きな場所に居ても不思議じゃないか……)


 と何でここに副会長が?と、不思議そうに見てから……。


「僕の意見でしかありませんが……、選手同士の駆け引き。……何時得意な脳力を使って、相手の行動能力を奪うか。……これに尽きる……と、思います」


 と、一言プロの目から見た意見を素直に言う。


 そして、付け足す様に一言……。


「因みに……詳しくは言えませんが……家の仕事の関係上……プロの試合を何度か見に行ってるので……それで詳しくなったんです……」


 と、当たり障りの無い説明をする。


 すると、俄かに周りが騒がしくなった。


「うわ~、彼、巧先輩と同じ意見じゃん。それに、幾らプロの試合を観戦した経験があるって言っても、それを自分の知識に出来てるって時点で結構凄いよ……。なんか、内気っぽくて根暗っぽいけど、その分インテリ?って事?」


「こ、こら……歩。突然失礼じゃないか。もしかしたら彼が、姫ちゃんの言ってた、例の彼かも知れないんだから」


「「……」」


 何やら、後ろが騒がしくなったと思えば、先ほど入学式の司会をそれぞれ各所で担当していたメンバー(慶太の見える範囲内の者)が、生徒会長以外生徒会メンバーが勢ぞろいしていた。


 その事に、慶太の両隣にいた昇と楓も、呆れ顔。


「君の意見は分かりました。とても参考になりました。成程、観戦経験があるならアマとプロの試合ではその迫力の違いから、物足りない可能性は確かにありますね……では、次の競技についても、それを踏まえた上での意見を聞きたいので、一緒に見ましょうか?」


 と、周りの反応を無視して慶太に話しかける。


 そして、慶太もその周囲の関心の為頷かざるを得なくなった。


「……はい……」


 そう返事をし、異様なメンバーに成った周辺をあえて無視して、競技に集中する。


 次の競技は、広大なフィールド内に高速移動しながら散っている数字の書かれたボールを触れずに止め、その数字の分だけ対戦相手の頭、両肩、両手首、両膝、腹、両胸に記されたレッドマークに攻撃を加える競技……ラビリンスボール。


  無論、数が少ない方が有利だが、高速で移動しているボールの大きさは野球のボール程の大きさで、しかも高回転を維持している為そのままでは判別が不可能。


 その為、触れずに止めなければ成らないのだが、完全に止めてしまってはその数で固定されてしまうため、少なからずの動体視力も必要になる。


 そして、対戦選手は女子ボクシング部の3年生、三浦香住みうらかすみと、ラビリンスボール部の2年、樋浦浩二ひうらこうじ


 そしてスタート。


 そして、今回も戦闘行為前提の競技の筈なのだが、何故か双方共互を凝視。


 更にはお互い近づいて……三浦香住が突如殴り掛かる。


「くらえ!」


「は!甘いぜ先輩!」


 そう言いながら、悠々と避ける。


 しかし、避けた筈の攻撃が、何故か樋浦のボディーを激しく揺さぶる。


 そして、横に倒れた。


 そこには衣服が何箇所か焦げた跡が残っていた。


 そして、樋浦のすぐそこを通過していたボールがゆっくり止まり……そのボールに『1』という文字が記されていた。


 そこで試合終了……。


「……今のは、君的にどう見ます?」


「……理論上……不可能では無いですが……あれ程のスピードのボールを減速なしで認識するのは……例えプロのブレイナーでもトップの者達……しかも肉体の神経系を……電気的な物で強化している方でないと……不可能です。結果として、たまたま『1』が出ただけで……恐らくアレだけの衝撃を与えた後なら、幾らでも……追加攻撃は出来ると考えて、試しに一発当てた。……そして、その位置にボールが有った。そう見るべきですね」


「え?そんな単純な事なの?今の!」


「……わいには単に先手必勝って感じにしか見えんかったわ……」


 慶太の説明に、楓は驚き、昇は己の知識の浅さに呻く。


 そして、副会長は……。


「……ふむ、これも大体は私と同意見ですね。しかし一つだけ、恐らく彼女は全ての攻撃に同じだけの威力を込めていた。それが、あの至近距離で当たったので、結果的に樋浦君が倒れ、そこの彼が言ったように先手必勝の形になった……って所ですね」


「……まあ、そうなりますね……。僕には何発当てたかなんて見えませんでしたから、そこら辺はどうも言えませんけど……」


 率直な意見をいうが……。


「おや、そうなのですか?てっきり見えたとばかり思いましたが……」


 何故か過大評価をされていた慶太。


「しかし……この競技も、良く言えば良いお手本、……悪く言えば、創造性の欠片もない対戦だったけど……。前年度の全国のレベルって、低かったんですか?プロの試合は……少なくても一度は……お互いに脳力の応酬がありますよ?」


「……君の目線がどの位上を見た目線なのか分かりませんが、学生レベルでは、コノくらいの物ですよ?……プロの試合と同レベルで考えては、全てが物足りなくなりますよ?」


 慶太のあまりに高レベルな意見に、流石の副会長も、苦笑する。


 確かに去年の全国を制した競技者は、現生徒会長である白雪姫乃を除いて全て卒業した。


 しかし、卒業した彼らが特別に全国レベルでも高い位置に居たというだけで、今競技をした者たちもレベルが低い訳ではない。


 寧ろ全体的なレベルは卒業生によって高められたといっても良いのだ。


 それなのに、この姫乃嬢を暴漢から助けて貰ったと本人が言っていた斎藤君は、皆レベルが低いという。


 この意見が本当に心からの意見なら、普段から高レベルの……プロの中でもトッププロ……の競技を見慣れているということだ。


 ということは、同時に彼女の先ほどの言も現実味を帯びてくる。


「……まあ良いでしょう」


 そう言って、副会長は、一旦思考を中断する。


 悩んでいても、判断はまだこれからだ。


 もし知識だけの人物なら、問題はない。


 自分達生徒会にそれとなく勧誘するだけだ。


 だが、もしこの見た目から全てが偽りなら……。


「……次の競技です」


 そして、本格的に思考の落とし穴に入った副会長は、頭を振って気持ちを切り替える。


 そして、その声で再びフィールドに目を向ける慶太と二人。


 次の競技はポイント制の物体破壊競技。


 クラッシュバウト。


 選手は木、土、岩、鉄、鋼鉄、ダイアモンドの中から、どれでも好きな物体を選び、破壊する。


 勿論、より固い物体を破壊できた選手の方がポイントが大きく、勝者となる。


 この競技には他の競技にある対戦形式は無いが、何処までも力が求められる為、ある種の本当の実力が必要とされる。


「……さて、この競技はシンプルですから解説も要らないでしょう。……因みに、この競技には先ほどのボクシング部の彼女が出ますが、その時に彼女の能力が分かりますよ?結構珍しいものなので、よく見ておくと良いでしょう」


「え、それってどういうことなん?副会長さん?っていうか、脳力って種類なんかあるん?」


「……昇君「昇でええて……」……昇。勉強不足だよ?幾ら脳力って言っても、それは俗語であって、本来の名称は『脳波干渉域変換力』……略して脳力だからね?理論上、BSDを介して、脳波が大気中の物質に干渉できて、その伝達速度に見合った現象に変換出来る科学的な現象は、全て理論上再現可能なんだよ。……だから、大気中に含まれる大半の構成分子である酸素を使用する炎を出すのや、水素を集めて水の玉を作るのなんかは、プロなら皆BSDを介せば簡単に行使出来るんだ。……分かった?」


「……ちょっと待って。頭パンクするわ……。ってか、脳力の本来の名称は兎も角、そんな理屈よう覚えとれるな?ワイが参考書で覚えとるんは、マキシムっちゅう機械を搭載した端末から、BSDを通して不思議力を発動するって感じだけやで?それで実際少しだけやけど扱えとるし……って、そんだけ詳しかったら、自分事前筆記試験でトップとかか?」


「いいえ?彼は今言った大気圧の分野と、脳伝達の分野を完璧に答えていただけで、後は一般生徒と同じくらいの正答率でしたよ?……まあ、今の話を聞くに、それだけでは無いようですが?」


 あまりにも意外な慶太の知識量から、昇は思わず慶太の試験の結果を隣にいる生徒会の重鎮に尋ねる。


 と言っても個人のデータなので、答えてくれる可能性は期待していなかったのだが……案外普通に答えてくれた。


 しかも、肝心の副会長は慶太の力が、上辺の成績だけでは無いかの様な物言いだ。


 実際、先程からの解説で慶太のこの道に関してのみだが、尋常ならざる知識は垣間見えるが、昇にはあまり理解できていない。


 精々競技マニアだな……程度の認識だ。


 そうして、周囲の人間も、何か聞きたいことがあるようだが、肝心の選手が出てきたので、会話は中断。


 競技を見る事になった。


 選手は副会長の言ったように、先ほどのボクシング部の三浦香住。


 選択した物体は鉄。


 そして、三浦選手は物体の前まで行き、厚さ数センチは優にある鉄板に手を触れると……。


「おお!?なんでや?手で触れた所が急に溶け始めてんで?……慶太せんせ。解説たのんます!」


「……副会長?」


「どうぞ?折角友人になった同級生の頼みです、ここはリクエストに応えるのが良いのでは?」


 何故か説明係にされている慶太だが、彼からしても昇は結構気軽に相手を出来る様なので、数少ない友人としては、申し分ないモノだった。


「……良いけど、……理屈は単純だよ?手で触れると同時に……同調させている仮想電脳空間の大気の中の酸素や窒素と言った……普通に流れている元素を手に集めて、高速で燃焼させ、前に放出する。……これで鉄程度の物質は溶ける。……そして、副会長が言った、さっきの競技の時、一発しか拳を放っていないのに、前面の広範囲に渡って威力が届いた原因がこれ」


「これ?……どれ?」


 これ……と言われても、さっぱり意味の分からない昇。


 それで仕方なく慶太も解説。


「だから、熱拳ねっけんの高速発射による遠距離攻撃。僕は一回しか見えなかったけど、副会長は数回放った様に言ったから、恐らく放射線状に放ったのではなく、拳大の熱の塊を一瞬の内に数回放ったって事」


「その通りです」


「……ね?」


 副会長と意見が同じで少し嬉しそうに顔を綻ばせる慶太。


 しかし、内心では……。


(けど、珍しいって程でも無いと思うけど……。これなら、大気圧の振動数の変換回路をアバターに組み込んで、振動振幅の強弱で鉄を溶かす脳力『物質崩壊』の方が余程珍しいし、出来る人も限られるんだけど……)


 等と少しガッカリする慶太。


 しかし、そんな中昇は……。


「……なんとなく……わかったような……わからん様な?」


 と見た事が未だ良く分からない様子だ。


「あ!それより観てみて!いよいよ姫乃先輩が登場よ!?あの人の凄さは昇にも分かるはず!」


「ど、どないしたんや?いきなり?」


 そして、その昇の隣で、さっきまで話に興味なさそうにしていた楓が、急に盛り上がりだした。


 そして、それに吊られて皆がステージを見ると、突如それまで運動場の様だったステージが下がり、巨大な水槽が現れる。


 そして、その水槽に備え付けられた梯子に、女生徒が向かっていた。


 そこで慶太の目に昨日と先ほど見た覚えのある、漆黒の長髪を靡かせ、真紅の瞳を宿した、現関東第5校の生徒会長にして、全国脳力者競技会、優勝者という肩書きを背負った美少女が現れた。


 その一歩一歩に観客は息を呑む。


 そして、反対側の梯子からも数人が登っているが、観客の視線はほぼ会長にしか行っていない。


 まだ2年という年齢に関わらず、圧倒的な美貌……それ故の存在感だった。


 それから水槽のお立ち台で学園用アバターの制服姿から一瞬で専用スーツ(レオタード水着)姿に成ると、皆その美しさに見惚れる。


 慶太以外は。


 慶太も無論関心はしたが、生憎美しさと言った点では毎日共に過ごす小春とチームメイトのユキで慣れているので、他の観客ほどは感動しない。


 それでも十分に驚いてはいるが……。


(……成程、確かにあの綺麗な人が、ウォーターバトリアルをするのなら、皆が注目するのも分かる。なんたってこの競技は女性限定の、水の中での何でも有りのバトルだもんな。その分注目選手には攻撃が集中するけど、それを跳ね除ける実力があれば、途端にその選手の独壇場と言える競技に変わるから……)


 慶太の心中を他所に、選手が水槽に飛び込み、水槽の蓋が閉められた。


 ここから選手は脳力においてのみ酸素の供給を図る。


 無論、それが出来なくなれば即刻アバターは光の粒子になって消える。


 そして、スタートの合図を示すランプが点灯した。


「さあ、これからが本当の見ものですよ?なんと言っても彼女は現在唯一の学園内全国制覇者。先程は言いませんでしたが、これまで見た競技が物足りなかったのは、全国優勝した者の所属していた部のトップメンバーだったというだけでした。その為本人でないという関係上君の想像を上回る演技が無かったのですが、彼女は違います。彼女は既に自分の親が運営しているアスリート輩出会社の選手のお墨付きを貰った程の選手。その実力に運の要素はありません。ですから楽しみながらご覧下さい」


 副会長はそう言うと、それっきり前を向いたまま黙る。


 そのお陰で皆集中して演技を見る事になる。


 そして競技が始まった。



 それは、慶太から見ても見事と言うしかない動きだった。


 確かにまだまだ脳力の使い方に工夫は施す事も出来るし、ユキは酸素の供給を遥かに効率よく運用できる。


 しかし、プロに成ってもいない学生レベルで見れば、ほぼ満点という出来だ。


 先ず酸素の供給法を水着の胸元にして、そこから少しずつ空気を吸うのがこの競技の一般の方法だが、これには少々問題があり、対戦相手は先ずそれを防ぎに来る。


 どうやるか。


 それは多方向からの二酸化炭素攻撃。


 人の呼吸から出る二酸化炭素の透明な攻撃で、供給中の酸素を飛ばすのがそれだ。


 それに対して、会長の戦法は単純。


 まさに無酸素無呼吸での戦闘。


 そして、一人を片付けた後に一瞬のみ、その相手を盾にして、他の相手に気付かれない様に酸素を取り込む。


 これの繰り返しだ。


 この方法は、簡単な様で結構難しく、あまり出来る者もいない。


 正に天才の離れ業。


 考えても見れば分かるが、走る時と同じで水中でも呼吸をしないでいると、動けば動くほど苦しくなる。


 そして動きが悪くなり、効率が落ちる。


 それは人として当然の道理。


 そして、幾ら電脳空間とは言え、現実に限りなく近くしている現代技術になれば、それはもはや現実の呼吸困難と変わらない。


 更に、どの競技も競技会ではBSDを用いたプロの競技と同じ条件でやるので、一時の判断の失策が大事故に繋がる。


 実際にプロではこの競技で生死の境を彷徨う選手も数多く居る。


 そんな現状を目の前の彼女は、その天才的なセンスで捩じ伏せている。


(……これは、恐らくユキも学生競技では同じ競技をすると思うから、ライバルとして制限を付けてる以上は苦戦を免れないかな?制限が無かったら流石にユキの敵じゃないけど、このレベルの選手にどんな物でも制限を付けてやり合うのは骨が折れるだろうし……。まあ、いざとなったら手を貸せば良いけど……。BSDを水中での熱変換仕様にすれば、殆ど労せずに勝てるんだし……)


 そんな風に考えながら観戦していると、彼女は遂に一度も相手の攻撃を受けることなく、一度も停止することなく優雅に水中を移動し続ける間に一人になって終了した。


 そして、それを最後にこのデモンストレーションとも言うべきメインイベントも終を告げる。


「……で、どうでした?彼女の実力は。ただ、今のは電脳空間故に、BSDを介した技術が見られなかったので、その点を考慮した物で構いませんが」


「……」


 副会長の言葉に慶太は沈黙する。


 そして、代わりに答えたのが楓。


「あたしはまだ憧れだけで、あまり分かってないんですけど、皆普通に足元を蹴って動いていたじゃないですか?」


「ええ。その通りです」


「なら……何であんなに真っ直ぐ動けるんです?……こう見えて、私も家の事情で水中戦闘を何回か経験した事はあるんですけど、足場が無いあの状態では、あんなに普通に移動できませんよ?」


「それは……」


「ひゃ!」


 楓の副会長に対する質問に、他の誰かが答えた様だが、その声がいきなりだったので、やはりというべきか、慶太が驚きの声を上げる。


 その事に、声の主は苦笑しながら続ける。


「……足元に、水中の中で更に水の壁を作る感覚で水を構築するの。そうする事によって、簡易的に水の足場が出来る。そして、それは相手も同じだから、戦闘が進むに従って目に見え難い足場が障害物になるのが、この競技の面白さね」


 そう言って締めくくったのは、今正に競技を終えたばかりの生徒会長、白雪姫乃。


 その姿はもう既に制服に着替えた学園ネット用アバターだった。


 そして、他の観客も演技を終えたばかりの生徒会長が突然観客席に現れたのを、ザワザワとした音を立てながら見ていた。


 しかし、肝心の姫乃はそんな周囲の反応を意に介さず、端末と生徒会のもう一人の副会長、白石菫からの情報でたった今知った、昨日自分を暴漢から救ってくれたらしい人物……斎藤慶太少年に目を向けて、驚かれたのを気にしながらも問いかける。


「それより……先ほどの私の演技に、何処か改善点はあった?……え……っと、斎藤……君……で良かったかしら?」


「「「!!!」」」


 その恥じらいを持ってする姫乃の問いかけに、その場に居る者どころか会場に居る彼女を見ている者全てが驚きのあまり驚愕の眼差しでその問いかけた人物……慶太を凝視する。


「おい……あのデブ誰だよ?中学じゃ見ない奴だぞ?」


「おれが知るかよ!誰か聞けよ!」


「あたしも知らないよ?!ってか、今の時代にあの体格って、ある意味驚異じゃないの?何処まで自堕落な生活したらあんなになるのよ?」


「けど……生徒会長が自ら、わざわざ自分の演技の改善点を聞くくらいだぞ?……よっぽど有名な中学のエリートじゃねえのか?」


「それなら、どうしてあんなデブになんのよ!?」


「「「分かる訳ねえだろ!!こっちが知りてえよ!!」」」


 等等、囁かれている内容は、殆どが一様に慶太の体格を侮蔑する内容。


 しかし、それもおかしい話では無い。


 先に女生徒が言ったように、今の脳波干渉型の生体コンピューター【マキシム】を搭載した端末を使えば、BSDを介して体内の余分な脂肪を活性化し、燃焼させる事ができ、専門的な内科的治療は無理だが、自分だけの簡易的な体格改善は割と容易に出来る。……まあ、それもある程度勉強した脳力のある学園生という注釈はつくが……。


 だが、この学園にいる以上、多少の不摂生をしたぐらいでは慶太ほどの体格になる事は先ず無い。


 それはこの学園の生徒の大半が見た目健康優良児である事からも分かる。


 寧ろ、初対面で慶太に侮蔑の目を向けなかった関西弁の少女や、御剣エリカ、楓や昇と言った者達の方が珍しい部類なのだ。


 因みに関西弁の少女のお付きの少女に関しては、気弱な所を指摘しただけで、体格についてはそれ程気にしてないし、御剣エリカに至ってはその体格の割に身軽な事にその脳力の秘密があると言った考えだ。


 実際はその皮下脂肪を端末とBSDに由って超超圧縮して筋力に変える為に残しているのだが、そんな事(脂肪を燃焼させずに筋力に変える高度変換)を出来る者はあまり居ない。


「……あ、それ……人違いです……」


 そう周りの目を気にしながら、なんとか誤魔化せないか試みる慶太。


 それを聞いた周りの者は……。


「な~んだ、会長の勘違いか~」


「どうりで、冴えない奴だと思ったぜ~」


「俺は初めからそうじゃないかと思ってたがな?」


 という。しかし、次の姫乃の発言で皆固まる事となる。


「そうなの?けど、昨日学生IDを拾った時に、名前だけは確認したわよ?」


「「「……」」」


 その場に居る殆どが口を開けたままの状態で固まった。


 しかし、姫乃はそれに我関せずを貫き、言いたいことを取りあえず言い始める。


 それはもう、慶太の悪あがきを気にも止めない勢いだ。


「……んで、その時にこの学園に入る予定だって事を知って、驚いたんだから……。……まあ、ちょっと揉め事が有って入学者の入園確認が出来るまで忘れていたんだけどね?」


 ペロッと可愛く舌を出して誤魔化す姫乃。

 

「……まあ、それについては完全にこちらの失態だから……今日、何も予定が無かったら、謝礼を兼ねて放課後……あ、それじゃ~待たせちゃうわね。ID確認したら、寮生活じゃないらしいし……あ!いっそ今日は入学式の関係で新入生はお昼迄の日程だし、お昼に生徒会室に招待してあげるわ。アソコなら生活用品の全般を揃えてるから、色々と手間も省けるし、君について色々とお話がしたいし……どうかな?」


 更にそう言って放課後のティータイムに誘う姫乃。


「おい、あれってデートの誘いか?」


「ちょ、それは幾ら何でも無いでしょ。……多分……」


 その、ある意味デートの誘いに、もう周りは二の句を継げない状態になっていた。


 そして、肝心の慶太はというと……、深々と思考の海に身を投げ出していた。


(……お姫様や……既に新入生の大半に目を付けられてしまいましたがな……。出来れば門を出るときに会いたかったのですがね……)


 思考の海に浸りながら、目の前の美貌の少女を見て講義をする慶太。


 対して、応えを待っていた姫乃は、黙っている慶太に少し不安を感じたのか……。


「それで……」


 と、催促の声を掛けようとした、その時……。


「ちょっとマッター!!」


 と、黙っていた慶太の後ろから、まるで子供の女の子の様な甲高い声の制止の言葉が掛かる。


「……その声は、カンナちゃん?」


 突然の乱入者の声に、姫乃は訝しむ様子で声のした方……観客席の最上段を見る。


 同時に、その場に居た殆どの観客も一斉に姫乃の視線の先……最上段へとその視線を向ける。


 そこには、姫乃とそっくりではあるが、背丈から何から全てが中学生になったばかりというくらいの少女が、腰に左手を当てて……何故か慶太を指差していた……。


 そして、物凄い勘違いをのたまった……。


「あんた!カンナのお姉様をなに(ピー)……ちょ、なによ今の音!あいつに通じないじゃない。……もう、あんたそこで……」


 カンナと名乗った少女が、世間体を気にせず卑猥な発言をするのを間一髪で防いだ放送部にいる生徒会役員は、その後もなんとか慶太に声を届けようとするカンナの執念を見て、咄嗟に……。


 ブツン……


 と、体育館のローカルエリアサービスを途中でシステムダウンさせた。

 そして、カンナの絶叫が聞こえ無くなった観客席では、そのまま見ていた光景も全て閉ざされ、元の広大な体育館に視界が戻った。


「『以上で、これからの皆さんの向上心を底上げするためのメインイベントは滞りなく終わりました。……この後、生徒IDを端末に入力した際に表示される教室へ移動し、担当教員の指示に従ってください。当学園は、案内にも示す通り時間のあるお方限定ですが、プロのブレイナーの方に直接指導をして貰えます特別育成コースと、各分野の指導者講習を終了した講師の方にそれぞれ担当科目を受け持って頂く分野別育成コースがカリキュラムで設定されていますが、クラス担当の教員はその殆どが、ほぼ皆さんと変わらない学園の卒業生になっていますから、どうぞ気軽に質問をなさって下さって構いません。……その方が教員の方も勉強になりますので……では、各自移動してください』」


(……さて、どうしようか。生徒会長さんの話はこの際後日にしたいし……。ここは教師の話を聞いた後は、逃げの一手だな。……幸い寮生活じゃ無いから、私生活まで干渉されないだろうし……)


 やたらと長い説明の後、黙って思考を重ねていた慶太に、隣の二人が声を掛けてきた。


「おう、慶太。自分、何組や?」


「ねえ、慶太君?何組?」


 同時に同じ質問をしてくる二人。


 意外と息の合った二人を苦笑して見つめながら、自分の端末にIDを打ち込み……そのクラス番号を伝える。


「……ん、1組だね……」


「「やた(よっしゃー!)!同じ組みや(だ)」」


「……ははは……これからよろしく……」


 なんとなく……ではあるが、学園生活でも楽しく成りそうな気がしてきた慶太だった。

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