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02話 入学式(前編)

 関東は上野にその居を構える超脳力者養成学園の中でも関東地方全域の大手企業も出資する一大学園都市。


 東京、神奈川、埼玉、千葉、栃木、茨城、群馬……という7都県の全ての各分野のエキスパートを集めた学園。


 その名称が【日本超脳力者養成学園、関東校】通称【関東学園】


 そして、その学園は先に説明した他の7つある関東の脳力者を確保できるように、東京湾を一部埋め立てて造られた独立人工学園都市。


 その広大な敷地面積故、その中に学生寮は勿論、必要な機材店や商店などと言った脳力者の育成に必要な設備を不足なく設置し、更にはそれを扱う様々な商人他、その家族も不足なく生活していける一大人工都市。 


 その総敷地面積は、東京ドーム約100個分。


  そこで周囲の中学校でも各分野のエキスパート及び、脳波学において平均以上の成績を収めた優秀な生徒を更に選りすぐりに育成するために広い敷地内に巨大各種施設を置いている。


 そんな一般では狭き門と言われる学園に、何処から見ても不摂生をして、自己管理の出来ない愚か者と言われても可笑しくない、小太りの少年が、春の日差しが照りつける早朝に全く汗を掻かずに学園の正門横の生徒認識カウンターで入園手続きをしているのは、ある種の珍光景だった。


 これがまだ、生徒の付き添いや、入学する友人、入寮する家族の者なら分かる。


 家族を、友人を心配しているのが分かるからだ。


 しかし、入園手続き=生徒なのだ。


 これで訝しむ、あるいは嘲笑する輩が存在しない訳もなく、早速その少年……斎藤慶太にちょっかいを出す、同じ新入生と思しき学生が出ても、何ら可笑しくないであろう。


 それは同じ学園の中でも存在する格差の王道……所謂ガキ大将的な、体格に恵まれる男子生徒の格好の獲物でもある。


そして、やはりと言うべきか、後から来て受付に向かう、大柄な如何にも体育会系の男子生徒が、斎藤慶太に背後から近づく。


 そしてその学生は、口元を悪巧みで歪ませると。斎藤慶太の制服からはみ出している肉をムンズと掴み、あからさまに意識した大声で辺りにその肉を公開する。


「お~?なんだこれ?こんなトコに肉の塊が転がってるじゃねえか!?何処の肉の卸業者だ?ああ?!」

「……あ、あの……離して……」


 一応抗議する慶太だが、その声は普段は聞き取れない程に小さく、案の定、少年には聞き取れなかったようで……。


「あ゛~?聞こえねえよ!ハッキリ言え!ハッキリと!誰に!何て言ってんだ!?あ゛あ゛!?」


「……え~っと、ごめんなさい。名前……聞いてないです……。……ごめんなさい……」


「……くっ!……このガキィー!」


 自分の少し違った発言に、絡んだ筈の慶太に、逆に揚げ足を取られ顔を恥辱で染める少年。


 その事に、遠巻きに見ていたか一般人や、同じ新入生からも嘲笑の声が響く。


「ププ~!……やだ、何?あいつ。あんなのに揚げ足取られてる……」


「プププ……あ、俺あいつ知ってるわ。図体だけは一丁前だけど、頭が足りなかった奴だ。……あのバカがよくこの学校受かったな……結構な資産家の家だったから、裏口入学でもしたか?……ププ……」


 皆で口々に少年に対し嘲笑する。


 そして、言われた本人は、怒りと羞恥から、その元凶となった慶太の制服の襟を掴み上げる。


 自然と持ち上がる慶太の体。


 そして、その行動で少年の実力も他の者たちに知られる事になる。


「おい、あいつ。あんな体のやつ片手で持ち上げてるぞ?」


「ああ、流石にこの学園に入るだけの、何かに秀でた才能はあるってことか……」


「確かに、各分野のトップを選別してるだけはあるな」


 と言って、掴み上げている少年の未知なる才能に感心している一般人。


 しかし、肝心の少年……井上智はというと……。


(な、何でこんなに軽いんだ!?俺はまだBSDを使ってないんだぞ?それなのに……ま、まさか……こいつが?!こんなデブが?!)


 そう考え、一見自己管理も出来ない愚か者に目を向ける。


 しかし、制服に覆われている箇所には、その性質上(智の知識では)嵩張って付けられない携帯端末一体型専用機……BSD。


 だが、顕に成っている部分には全く見えない理由は、今の状況では3つ。


 一つは有り得ない程の高度な知識と技術で最軽量化したマキシム搭載端末を内蔵したBSDを一見しては見えない部分に隠している。


 もしくはあまり現実的ではないが、体内にBSDを埋め込む軍事技術を取り入れた企業の人体実験体。


 そして、最後にBSDを介さずに脳力を発動できる……ある意味大衆向けアニメの中の登場人物と言った本物の魔法使い。


 所謂超脳力者(ひと握りのプロアスリート)。


 しかし、普通に考えて最後のは論外。


 実験体の可能性は否定できないが、何を考えてこんな体格の実験体を作ったのか分からない以上、一番最初の可能性が一番高い。


 なので、疑問を解決するために、何処に最新技術のBSD、もしくはそれに類する機構を取り付けているか調べようとした矢先……。


「貴方!いつまでそんな見苦しい真似をしていますの?!未だ受付を出来ていない方も大勢いるのです!この学園に入る事が出来る程の脳波学の知識を持つ方なら、大衆の目を少しは気にしなさい!一般人がさっきから見てますわよ?!」


「……ちっ!!……ほらよ!」


 と、何処のかは分からないが、明らかに何処ぞのご令嬢と分かるような、友人数人と遠巻きに見ていた新入生女子生徒に注意された井上智は、掴み上げた肉塊(慶太)をその女生徒の方へとぶん投げる……が。


「ひぇーーー!」

(やばい!体を周辺空気の圧縮で軽くしたのが裏目に出た!……?あれは?)


「ひゃーー!」


「危ない!お嬢様!」


 投げた方に居たのは、別の女生徒。


 しかも、こちらもお付が一人だけではあるが、間違いなくお嬢様然とした女生徒。


 そして、そのお付は、主に向かって投げられた肉塊(慶太)を手首に装着したBSDにて一瞬のみ風を起こして浮かせると、その場に降ろす。


「……ふ~、助かった~」

(それにしても、ここにいるという事は、新入生だと思うけど、思ったよりBSDを扱える娘もいるんだな。てっきり入学してもおおっぴらにBSDを使えないと思ってたけど、この分ならセイの言うとおり圧縮の脳力位は公に使ってもさして問題なさそうだ)


 不時着した慶太が、掻いてもいない汗を拭き取る様な仕草をしていると、不意に目の前が暗くなった。


 なので、視線を上に上げると……。


「ねえ、君。大丈夫?怪我ぁ~無い?」


「……あ、はい……だい……じょうぶ……です。……ありがとう」


「そ?なら良かったわ」


 黒髪の関西系の訛りを話す、見た目歴史のある舞踊の名家っぽい美少女のお嬢様が、慶太の顔を覗き込んでいた。


 それに慶太は心配無いと答え、頭を下げて受付に戻ろうとして……、先ほどのお付を横目で見る。


(……手にはグローブ型の端末式BSD。そして手首にマキシム搭載型の携帯端末。けど、あの展開速度……あの娘、見た感じまだまだ無駄な回路式が多いみたいだけど、BSDを使うセンスは凄い。恐らくプログロムが一般向けだから、個人向けにカスタムすれば、小春と同レベルには届きそう……)


 お嬢様っぽい関西弁の娘に付き添う形に戻っている、腰に木刀を下げた女生徒を観察し、そんな感想を抱く慶太。


 しかし、そのホンの少しのチラ見が相手に届いた様で、キッと睨み付けられてしまった。そして……。


「……何だ?私に用があるならハッキリ言え。そこの木偶の坊ではないが、貴様の形に見合わない小さい声では、この学園では先が思いやられるぞ?」


「……あ゛~?何か言ったか?姉ちゃん?」


「何だ?聞こえなかったのか?頭も悪いが、耳も悪いと見える」


 ふ~っと、明ら様に小馬鹿にした態度で大柄の少年を見据える女生徒。


 その態度が、更に少年のカンに触ったらしく、誰が見ても怒っていると分かるくらいに顔を真っ赤にさせていた。


 その光景に、少女の主のお嬢様も、慶太も……。


「な、なあっちゃん?その辺でやめとかん?向こうさんそろそろ堪忍袋が限界やで?」


「……あ、あの……もう、その辺で……」


 と少女を宥めている。


 しかし、少年の方を止めようとする者はいない。


 それどころか、トバッチリを避けようと、遠くへ逃げ出す者。(一般人)


 呆れて門の中へと進む者ばかりだ。(注意した者。嘲笑した者)


「……てめぇ~、もう我慢ならねえ!入学してからのランキング戦を待つまでもねー!ここで実力の違いを見せたらぁー!」


 そう言って、少年は己の手首に装着している端末一体型BSDからコード付き指貫を引き抜き、両手の10指全てに装着した後、ドン!っと言う音と共に地面を蹴って少女に向かって行く。


「……ふ……バカが!」


 その突進を鼻で笑い、少女も腰の木刀を抜く。


 そして、同じように手首の一体型端末から伸ばしたコードをグローブへと持っていき、その中のスロットへと填め込む。


 するとグローブから風が周囲に流れ出し、密度はそこそこだが多少の切れ味を纏った木刀へと変化する。


 そして、その木刀を構えた少女が、向かってきた女と交錯する刹那……。


 サッーっと慶太の目の前を、見覚えのある女性が通り抜ける。


 そして……。


 ガキン!


「そこまでよ!」


 そう言いながら少女の木刀と、少年の手に填められたナックルガードを、両手に持っている刃引きの双刀で押さえ込んでいた。


 そして、その腕には二人と同様に、BSD付きの一体型端末が着けられている。


(……あ、この人!昨日の綺麗な人だ!……って、名前聞いてないな……)


 慶太が今はそんな場合じゃないだろうという感想を抱いていると、二人の武器を押さえ込んでいる少女は二人に……。


「双方共まだここの生徒に成っていないのだから無茶な事はしないで。今の状態では学園側としても後始末をして上げることが出来ないの。だから、今の所は引きなさい。けど、安心して?この学園にはローカルネットによる学内対戦型のランキング戦が各部活毎に存在するわ。今見た所、貴方達の入りたそうな部活もあるはずだし、部活の枠を超えた異種格闘技戦の様なシステムもあるわ」


 と、説明する。


 そして、そこまで言うと、一旦間を空けて双方をもう一度見て、二コッと微笑みながら……。


「そして、各部活でトップの成績の生徒を集めた、全国の学園対抗のBSD競技大会も行われるわ。だから、貴方達はその大会で我が学園の部活選抜のチームメイトに成る可能性も十分にあるの。だから、今から切磋琢磨する分には私達生徒会も何ら異論はありません。寧ろ存分に互を高め合って下さい。まあ、大会での競技は毎年開催時にランダムで選ばれるから、どうなるかは運だけどね?……私からは以上です。……じゃあね?後一時間程で入学式ですから。手続きは早くしてくださいね?遅刻だけはしないようにね?」


 そう言い残し、生徒会長白雪姫乃は、新入生に名乗りもせずにその場を立ち去った。


 その際、周辺をキョロキョロと見回して、何か探し物があるような仕草をしていた。


 後に残った少年少女からは、既に先ほどの怒りは消え失せ、後には虚しさが残るだけとなった。


「……ふ~、あの人のお陰で大事に成らんで良かったわ~。…‥っと、それより早よ受付せな。入寮の手続きも要るんやから……霧っちゃんも早よしよや~?」


「……あ、はい!お嬢様!」


 そう言って既に受付の方へと歩き出していた主の元へ急ぎ足で向かうお付き。


「……ちっ!流石に白けちまったぜ。……てめえもこの学園の生徒に成るんなら、また会うかもしれねえが、そん時は聞きたいことがあるから、少し面貸して貰うぞ?……じゃあな」


 更に、大柄な少年の方もそう慶太の方を見ながら言いたいことだけを言って、受付の方へと向かっていった。


(……結局、誰ひとり名乗らなかったな。……まあ、これから幾らでも自己紹介の場面はあるだろうから、別に良いけど……)


 結構お気楽思考(後で分かるからどうでもいい)になった事で考えを止めて、慶太もまた、既に誰も居なくなった受付に赴く。




 受付まで戻ってきた慶太は、続きが何処だったかを尋ねる。


「……あの~、何処まで(手続き)やりましたっけ?」


「え~っと、少々お待ちを……。確か、斎藤慶太さん……でしたね?」


「……はい」


 そうして、少し前まで手続きをしていた書類を引っ張り出して来る受付。


「……っと、ああ……後は入寮の必要の有無と、専用機開発所の使用許可の申請書、図書館の希望使用時間帯ですね」


 慶太の質問に、受付嬢は出した書類を見て、ニッコリ微笑みながら対応をする。


 その顔には先ほどの騒動が無かったかのような徹底ぶり。


 実際、先ほどのような生徒同士のいざこざはこの規模の脳力者学園では日常茶飯事。


 受付専用の端末でのリアルタイム情報の事だが、、先ほど近畿学園でのこと、ある王国の新入生の王女に無礼を働こうとした在校生の3年生が、どういう原理か被害者も分からないが見た目マキシム搭載端末もBSDも使用して居ない王女に何故か魔法の様な規模の脳力で顔面にのみ水の玉を形成され、窒息しかけたらしい。


 そしてそれを間近で見ていた生徒会の役員が、そのまま生徒会に勧誘したという情報が届いた。


 そんな非日常を体現した様な脳力者育成校。


 今の程度の騒動で動揺する様な常識では、とてもでないが務まらない。


「……っと、これで良いですか?」


 書類を書き終えた慶太は、そのまま提出する。


「……っと、入寮は無し。専用機開発所の常時使用願い。……?図書館の使用時間帯が全てに成ってますが、これはまたどうして?専用機開発所は、結構な人数が願いを出してますけど、図書館の方は利用する人自体珍しいんですが?」


「……説明……しないとダメですか?」


「出来れば……お願いします。こう言っては自慢になりますが、我が校は普通の学園と違い、関東の全てぼ脳力者を集めて教育している事もあり、データが豊富なんです。図書自体は分類分けしたフォルダ形式でのダウンロードとなっており、学園自体の秘蔵データはダウンロード不可の物が多いですが、それでも無闇に居続けては、何らかの事件が発生して図書が失われた場合、その時間帯に利用した生徒が疑われます。……第一、基本的に端末から殆どの資料は取り寄せ可能なので、改めて利用する必要もありませんよ?それも、入寮する生徒が時間潰しに利用するなら分かりますが、自宅から通いの生徒が利用する場合、何かしらの企みを疑われてしまいます。……という事ですが、理由は?」


「……インターネット内の情報だけでは、……学園内のローカル情報が閲覧出来ない物もありますから、……各施設がどうなっているか知りたかったんです。……すいません」


 理由を言って、申し訳ないと項垂れる慶太。


 しかし、その程度の理由で謝られても反応に困る受付は、大げさに手を横に振って対応する。


「いえいえ、それなら良いんです。それと、学内ローカル情報でしたら、入学許可が下りると同時に発行された学生IDを端末からローカルネットに繋げば、各学園秘匿情報以外なら、何時の時間帯でも閲覧可能です。現に、生徒会の役員は、学内の個人データのプライバシーに関わる情報以外は、そこを利用して検索してる位ですから……」


「……そうなんですか?……それは知りませんでした。……ありがとうございます。……なら、夕方から明け方の、家に居る間の時間帯はキャンセルで……」


「それでもそれだけの時間帯を利用するんですね……。まあ、分かりました。その個人データに登録しときます。……後は無いですね。……では、これで入学手続きは終了です。これからはIDを門の認識機に差し込めば、何時でも入門できます。……ようこそ。関東学園へ」


 最後にそう言って頭を下げる受付。


 その対応の丁寧さに自然と慶太も、頭を下げ返し、その後受付を後にし、門へと足を運ぶ。


 そして、聞いた場所にある門の認識機に、昨日雲井に返して貰った学生IDを差込み、いよいよ中に入った。




 ✩



「遅いですわよ?入学手続きで何分掛かってますの?」


 何故か門の学園側で待っていた、(恐らく)お嬢様が、慶太に対して第一声でそういった。


「……ヒィ!?」


 その事に冗談抜きに驚く慶太。


「……何もそこまで驚くことも無いでしょうに……」


 眉間を指で解しながら呆れた様に呟き、慶太に問いかける。


「まあ、良いですわ。貴方に少し伺いたいことがあって、和葉達には先に行くよう言って、ここで待ってたんですの。……いいかしら?」


「……手短に……お願いします……」


 慶太の了承の意に、微笑んで対応すると、言葉を紡ぐ。


「ふふふ……それは貴方次第ですわ。…‥用件は二つ。一つは先ほどの男子生徒に投げられた時に行使した、恐らく脳力の秘密。……私も少なからずBSDでの風の気流変換で多少の……先ほどの木刀を持った方と同じ位には風を操れますが、貴方の行った行為はそれとは別物だと見ました。……どうやったのか、教えて貰っても?」


「……別に……僕は、大気圧の変換効率を上げる分野は得意なだけです。そして、それ用の回路を自分用に制作してるだけです。……こんな物で」


 そう言って、慶太はその異常性を自分では気付かないまま、そのプロに制作して貰った、最先端の……異端の技術を公開する。


 その制服の裾に隠れた、唯のリストバンドにしか見えない手首のBSDを見たお嬢様は……。


「そ!それはなんです?そのような小型のBSDは見たことがありませんわ!何処に脳波干渉用の回路や機構を詰め込んでますの?!……それに、先ほども思いましたが音が全然しないのもおかしいです!それに携帯端末も見当たりませんし……まさか、ポケットか何処かに隠した携帯端末に必要回路を全て?……いえ、それでは容量が保たないはず。いや、でもそれ以外……」


 等とそう些か大げさに驚き、その品定めをしていた。


 だが、これはある意味無理もない。


 今慶太が見せた物は、先日妹に渡して貰った、チームエンジニアの担当がチームの皆に専用機として新しく作った新作を、プログラムのみ慶太自身がカスタマイズした物。


 恐らく世界でも仲間4人しか持ってない最新機のカスタマイズ品だ。


 そしてそれを凝視したお嬢様は……。


「……」


 しばし考え込み……。


 次の言葉は、慶太を驚かせる。


「そして、もう一つの用件がこれ。……貴方、私の物に成りません?そのBSDを作り、扱えるだけの脳力、腐らせるには勿体無いですわ?勿論、タダとは言いません。我が御剣グループが、貴方のその体格から何から全てに於いてサポートしますわ。貴方はただ、その普通の者には分からないほどの高度なBSDの知識と技術を私共に提供するだけでいいのです。無論、成果によっては報酬も望むだけお支払いしますわよ?」


 と誰もが見惚れる程の艶かしい笑顔で言った。


「……え!?」


 と、流石にこれには慶太も驚いた。


 勘違いが多分にあるが、それでも慶太の見た目を気にせず、その技術力にだけ興味を示すのは、プロのチームメイトでしか今まで無かったこと。


 それは、同時に慶太の目の前の令嬢が、相応の権力を有している事に他ならず、慶太としてはあまり歓迎出来ない。


 なので、慶太も悪足掻きをする。


 言われた内容に対し、慶太は……。


「な、何の事か、僕にはサッパリです。これは……そんなに高い技術ではありませんよ?」


 と、更に墓穴を掘る言葉を言う。


 しかし、エリカ……御剣グループ総帥の孫娘として英才教育を受け、こと人の脳力を見極める目には自信のある彼女……はその答えを「ふふふ……」と鼻で笑い……。


「まあ、とぼけるならそれも良いでしょう。しかし、貴方程の方はいずれ皆の注目を浴びます。その時はこの私、御剣みつるぎエリカを思い出し、声を掛けなさい。その脳力を預ける代わりに、最大限のサポートをしてあげます。……実際、あの場にいた何人かは、既に気づいている者はいた様ですしね?気が変われば言いなさいな?」


 そう言うなり、スっと慶太から離れ、踵を返しずっと先に居る集団へと戻る間際。


「そういえば、貴方の名前は?私は曲がりなりにも名乗ったのですから、礼儀として名乗って下さらない?」


 そう聞かれて初めて、慶太も名前を言っていないのを思い出した。


「……え~っと、僕は……慶太。斎藤慶太……です。……出来れば忘れて下さい……」


 最後の言葉に、エリカは……。


「……プ!……ックック……あーっはっはっは!」


 と、何故か腹を抱えて笑われた。


 そして、慶太に向かって、笑い泣きの涙を拭き取りながら……。


「……まさか、その様な名乗りをされるとは……。普通は私の様な、如何にもな令嬢に声を掛けられれば、少しでも名前を覚えて貰おうとするのが普通ですわよ?……それを……。まあ、安心しなさい。斎藤慶太さん。もう完全に覚えましたわ。今度は何処でお会いするか分かりませんが、お会いした時は、どうぞよろしくお願いしますわ?……では」


 そう言って、今度こそ集団に戻っていった。


 その後ろ姿を見た慶太は……。


(……あ~、これからの学園生活が不安で一杯だ~。唯一の救いは、近場と言う事で寮生活を回避したことで、家に帰った後に愛しの妹君、小春とのラブラブ?生活があるということだな。……寮生活を強要される学園でなくて、本当に良かった~)


 そう自分の判断を賞賛しながら、端末で調べた入学式の会場……第一体育館に向かうのだった。




 ✩



「……おっきいな~」


 着いた先の建物を見た慶太の第一声は、そんな呆れた声だった。


 それはもう、体育館というより、既にドームといっても過言ではない大きな天井開閉式の建物。


 そして、その中へ一歩足を踏み入れると、そこはもう別空間であった。


(……わぉ~!これほどの設備とは思わなかったな~。確かに地域最大級の仮想電脳空間を建物全体に投影した最新設備って謳っているだけはある。これだけの物は、去年のリーグの開式のオープニングセレモニーで使った電脳空間の設備レベルだ。……これだけは、この学園に入って良かったと思う所だよな~)


 慶太が抱いた感想の様に、一度足を踏み入れた先は、各種最新技術を使用していると思われる赤外線ローカルケーブルと思われる無数のイルミネーション。


 しかも、慶太にさえそのプログラムを見せなければ仕組みさえ気付かせない、超超高度な技術を使っているのか、個人の端末をそのセンサーに翳すだけで、フロアの下のセンサーが作動し、脳波に由って生徒が疲れた時に、自動的に椅子が迫り上がってくる仕組みだ。


 その感覚は、初めて電脳空間にダイブした物と同じ感じで、新入生は先ずこの最新技術に動し、更なら飛躍へと心を新たにするような心配りをしている。


「……」


 そんな風にシステムに一頻り感心した慶太の背後に、突如現れる人影があった。


 そして、その人物は慶太の膝の辺りに狙いを定め、不意に自分の足の爪先を慶太の膝裏に突き刺した。


「はい!?」


 突如視界が真上に、そして後ろへと移動し……後ろにいた茶髪のイケメン男子生徒の顔に向けられる。

 つまり、慶太はこのイケメンに足カックンをされた様だった。


「よ!そんなトコ突っ立っとったら邪魔やで?自分」


 そんな風に言いながら、片手を挙げて「悪いな」とでも言うように、転がった慶太の横に座り込む。


「はっはっは、悪い悪い。起き上がれんかったら……ほれ、手ぇ貸したるさかい、早よ起きい。本気で邪魔やで?」


「……あ、ありがと」


 そうお礼を言いながら、差し出された手を取って立ち上がる慶太。


「……んしょ、っと。っていうか、見た目に反して軽いな、自分。重さ感じひんかったで今。……まさか、BSDどっかに隠しとるんか?……そないな物見当たらんけど?」


「……いや、別に……大した物じゃ……ないけど……これがそう」


 小太り時故に、オドオドしながら、自分の手首のリストバンド型の超軽量化に成功したBSDを見せる慶太。


 そして、見せられた男子生徒は……。


「自分、何でそんなオドオドしとるん?……まあ、人それぞれや言うけど……それにしても、ちょっとオドオドしすぎやわ。……て、なんやこれ!?」


「……静かにして……」


「お、悪い」


 低い声での弱々しい講義だが、他からの視線でなんとか状況を理解するイケメン男子生徒。


「え?何なに?」


 そして、叫びを耳ざとく聞きつけて、近くの他の場所からひょっこり覗きたがっていたらしい、今度は青髪のポニーテイルの女生徒……小春やユキ達には及ばないが、それでも他の生徒と比べれば遥かに違いのある端正な美貌を持つ美少女……が慶太とイケメン生徒との間に入ってきた。


 その女生徒に対して、イケメン生徒は敵意を剥き出しにする。


「何なに?や、あらへんわ!何者なにもんや?自分。人に何かを尋ねる時は、先ず名乗らんかい!」


「……君も……名前、聞いてない……。ごめん」


「「……」」


 低姿勢の殊勝なツッコミに二人して絶句。


「……ああ、そういやそうやな。完全に忘れとったわ。わい、大阪でたこ焼きの屋台チェーン展開しとるトコの長男や。その関係でBSDも買えたって事で安心しとったら、なんやインターネットの中で競技をする用に面白い遊びがあるやんかって事で、この学校の試験を受けて、奇跡的に受かった、霧島昇きりしまのぼる言います。あんじょーよろしゅう」


 イケメン男子改め、霧島昇はそう言って手首に装着した端末一体型BSDを見せる。


(……確かに、端末は使い込んでるけど、BSDの部分はお金だけはあるって言う買ったばかりの新品感が出てる。けど、ネット競技の関係自体、最近知ったばかりって感じだから、全然カスタマイズしてないんだろうな。この学園に面白半分で受けて受かったって事は、頭自体は良いと思うし、人柄も良さそうだから……なんとかして上げたいけど、まだ会ったばかりでそこまで親しく無いから、今度話そう)


 そして、昇が自己紹介を終えると、次にポニーの女生徒が自己紹介を始めた。


「あたしは遠藤楓えんどうかえで。楓で良いわ。……一応あたしのここへ入った動機は、プロのウォーターブレイナーになること。そして、その早道がこの学園の……っていうか、去年全国脳力者競技会で一年生でウォータバトリアル(水中対戦競技)を全国優勝した生徒会長、白雪姫乃先輩に指導を付けて貰うことだと思ったの」


 楓も自己紹介をして、次はいよいよ慶太の番だ。


「僕は、斎藤慶太。……一応脳波学のプログラミングを少しと、大気圧の分野を好きで勉強してる。……だから、それに関連した専用のBSDを持ってて……今も脳のトレーニングに……使用してる。だから、この体格で軽かったのも、今昇君が驚いたこれのお陰……」


 そう慶太がBSDを見せながら自己紹介を終えると、無言で楓が詰め寄ってきた。


「……ねえ、慶太君?」


「……何?……楓さん」


「ああ、今言ったじゃん。楓って呼び捨てで良いって」


「……うん」


「なら、わいも昇な?……でや、慶太?」


「……な、何?」


 二人に詰め寄られ、後退る慶太。

 そして、二人が


「「あのな(ね)?慶太(君)?」」


 と、用件を言おうとした瞬間……。


「『お待ちかねの新入生の皆さん、おはようございます。わたくし、この度の入学式の司会を務めさせて頂きます、ここ関東学園の部活動の参謀と生徒会の参謀を兼任する、生徒会副会長の、白河しらかわたくみと申します』」


 と、前置きをしてから、慶太と他二百人の大小様々な才能を持つ脳力者を一堂に集めた、入学式が始まった。

 


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