1.5話 舞台裏1
「……というわけでして、関東学園の最有力の標的は確保出来やせんでしたが、他の三人に関しては記憶を改ざんした後、マイクロチップを体内に埋め込んで、攫った場所の周辺に置いて来させやした。他の日本四大脳力者学園の、一定レベル以上の脳力者に関しても同様の措置を取っていやす」
「わかったわ、ありがとう。……これが約束の報酬よ?ちゃ~んと、利用した子達全てに渡して上げるのよ?」
「へ、へい!」
都内の某ビルの最上階。
薄暗い会議室の一室で、二人の男たちが密談をしていた。
双方とも手首にBSDを嵌め込み、シワ一つ無いスーツに身を包んでいる。
そして、立った状態で報告をしていた男に、椅子に座った男は引き出しから封筒を取り出すと、片方を男へと机に滑らせる。
それを受け取った男は、嬉しそうにニヤけ顔をした。
そして、渡した男もまた、口角を釣り上げる。
「……じゃあ、また何か仕事があったら連絡するわ」
「へい、喜んで協力しやす。……しかし……」
「あら、な~に?」
用件が終わったはずの男は何かを言い淀む。それを男はニッコリとしながら意見を待つ。
「いえね?何でわざわざマイクロチップを埋め込むだけにしたのかと思いやして。……あのグラングがあれば、多少の実力差なんて場数でどうにでも出来るはずですよ?しかも、攫ってからそれで……正直下っ端共にあのレベルの容姿の小娘共を襲えない事の苛立ちを、こっちにぶつけられないかとヒヤヒヤしやしたよ」
「……まあ、それはわかるわ。あたしもあんた達の立場なら、迷わず襲っている位のお嬢ちゃんばかりと、綺麗な坊やばかりだからね……。けど、餌は撒いた後の方が、旨みは増すのよ?見ていなさいな?これから起こる事の最終段階では、撒いた餌は必ず身を結ぶわ……。あんた達は、その漁果を期待して、あたしに付いてくれば良いの」
「へ、へい!それならいいんでやす!……では、失礼しやす!」
「ええ……またね?」
バタンっと、ドアを乱暴に開き、そしてそのまま反って閉じられたドアを見ながら、男はボソッと呟く。
「あんた達が、それまでに生きていたら……ね?ふふふ……」
そう笑いながら外を眺める男。
彼はこの日本の裏の事情に通じた組織上層部の幹部。
コードネーム『アンドロメダ』
彼は常に世界の裏で動いている。
彼の本当の名を知っている者は、極少数。
そして、浅い関係で関わった者は、皆人知れず死神の迎えを待つ。
その穏やかな物腰で、知り合って間もない者は、直ぐに信用を置いて、情報を毟り取られ、丸裸にされる。
そんな彼は、外を眺めながら一組の……数年前、自らと死闘を演じた兄妹の事を思い……微笑む。
「……さあ、これからあんた達がどう出るのか、このあたしを楽しませて見なさい。坊や達……」
✩
「……っで?そいつらの解剖をしたら、脳の一部が無かったと?……どこの宗教?ホントに解剖専門のブレイナーに依頼したんだろうね?」
「それは間違いありません。SPB(科学的超脳力)研究所の知り合いの教授に連絡を取って、遺体を引渡しましたから。……しかし、どういった原理で人の頭の中の脳を、開きもせずに消失させることが出来るのか、さっぱり分かりませんね」
場所は都内にあるBPP(ブレインポリス本部)。
そこのブレイナー犯罪者取締科の一室で、二人の上司と部下が頭を抱えながら話し合いをしていた。
彼らはつい先ほど届いた、最近相次いで短期間の行方不明に成って、知らない間に返された関東地方でも名のある名家の子息令嬢を誘拐したと思しき集団の、男達の遺体の解剖結果について呻いている。
「そこは……まあ、餅は餅屋っていうから、今度手土産でも持って慶太君のトコにお邪魔してそれとなく意見を聞いてみるよ。……それと、彼が助けたお嬢様と同様のケースで、何故か身代金も要求せずに身柄をその日の内に返した件についても聞いてみなくちゃね。……彼ばかりに頼るのも、どうかと思うけど……」
「同感ですね……ですが、それだけの知恵と知識があるというのも、また事実です。それを利用しない訳にも参りません。一般人は警察に協力する権利と義務と責任があるのですから」
「そうなんだよね~」
部下の冷静な意見に同意をしながら、またしても頭の回転が常人のそれとは遥かに違う天才に頼らざるを得ない状況に警察として、雲井は頭を抱える。
そして、伸し掛る人材不足をどう解決しようかと今年入ってきた新人警官の育成にも頭を悩ませる。
だが、人材不足の件は、仕方ないといえば仕方ないのだ。
今の世の中、超脳力者競技の普及率は前時代のオリンピックのそれを遥かに上回る。
そして、アスリート競技の各リーグの超脳力者に憧れて、真似をして、各自が超脳力の競技に合わせた脳を作っていくのが今の殆どの健全な学生の進路となっている。
そんな中でも、まだ警察はマシな方で、雲井が小さい頃になんとかBPポリスが立ち上げられて、それに進む学生も多くなっては来たが、全体としてはまだ少数派だ。
そんな少数派の警察に、人材を期待する方が酷というものだろう。
酷い物になると、完全に日の当たらなくなった競技まで有り、その競技の名残を現行の超脳力競技に取り入れ、なんとか日本の国技として残している物もある程だ。
例えば、柔道とレスリングを融合させ、脳力を使った空中戦仕様に変えて、打撃を使わずに脳力のみで地面へと叩き落とし、カウントを取って勝敗を決める競技、レジュールしかり。
相撲は特殊な重力下で、マワシ一つで様々な脳力を使ってサークルから追い出し、地べたに這い蹲らせるサンドルしかり。
他にも、オリンピックで日本の輝かしい記録に貢献した競技は、その性質を様変わりさせてどうにか生き延びている現状だ。
そして、一般の学生には知られていないが、戦闘行為そのものを行うリーグも存在する。
慶太達4人は、そのリーグのトップブレイナーだ。
「……じゃあ、私は明日の慶太君が戻る夕方にでも彼の元へ訪ねて意見を聞いてみるわ」
「分かりました。……私は引き続き、被害者のその後と、何か変わった事が無いか、聞いて回ります」
「ああ。……それじゃ」
「はい」
✩
「だ~か~ら~、ホントに何でもないって言ってるじゃないですか?気がついたらアソコに居たんですから。それに、体におかしい場所もないし、BSDも完全に機能してるし。そりゃ……昼過ぎに外出許可を貰って、出かけて帰ったのが夕方の夕食前っていうのは流石に私も変だと思うけど……実際襲われた跡が体に残ってる訳じゃないんですから、気にしすぎですよ!」
「……けどね?姫乃ちゃん?貴女は既にこの関東学園の、生徒会長なの。そりゃ~、貴女の他にも各施設の担当者や、部活での総責任者も、二人の最上級生で、成績ツートップの副会長達も確かに居ます。けど、貴女の存在が一番重要なのは確かなの。そこは分かってちょうだい?」
場所は関東学園、男子禁制の女子寮の管理人室。
そこで生徒会長である白雪姫乃は、管理人であり、皆のお姉さんと言った立場のプロメディカルブレイナーであり、カウンセリングの資格も持った水無月貴子に、職務質問を受けていた。
理由は戻ってきた時間帯の理由と、保護者として送り届けたBPの担当官の付き添い理由。
そして、何処で何をしていたかと、その理由の説明。
しかし、姫乃が答えられたのは僅かに一つ。
警察に付き添われた理由のみ。
その理由も、気付いたら身に覚えの無い場所でボ~っとしてる所を、BPに声を掛けられ、その様な精神状態では街中では危険な為、学園まで送り届けてくれるというので、その好意に甘えたという物。
一見何もおかしな所は無いが、普通に考えれば、何であのような人気の無い場所にいたのかが分からない。
しかも、その前後の記憶がゴッソリ抜け落ちている。
ただ事では無いと思うのだが、その記憶を戻す手段がない。
なので、質問攻めにされても、姫乃としても応えようが無いのだ。
自分の立場上、それではダメなのは十分理解しているのだが……。
「……うう……ゴメンなさい……」
仕方なく、謝る姫乃。
「別に、謝られても困るのだけどね?……まあ、良いわ。大事な事なら、何かのキッカケで思い出すでしょう。その時は必ずお姉さんに相談してよ?」
「ええ、その時は必ず」
そう約束を交わして、姫乃は自室に戻る。
✩
「お姉さまー!」
「わ!……どうしたの?カンナちゃん」
「だって、だって……お部屋に遊びに来たら、お姉様が居なくって……それでやっと帰ってきたと思ったら、管理人さんと秘密のお話があるって……もう、カンナ寂しかったです……!」
「え……っと、どうしてカンナちゃんが私の部屋に来……ってそうだった!今日外出許可貰ったのって、カンナちゃんの入学祝いを買いに行くのが目的だったんだ……何で忘れてたんだろ……」
「え!!?忘れてたんですか!?そんなー!」
場所は姫乃の寮の自室。
貴子の管理人室から戻って来た姫乃は、部屋の扉を開けた直後に飛び込んできた物体……白雪カンナを慌てて受け止める。
彼女……カンナは白雪姫乃の妹で、今年入学した新入生の筈なのだが、姉が大好きな事が功を奏し、そして姫乃の生徒会長で色々と多忙な立場上部屋も開けがちになるという理由で学年は違うが同室になるという異例の部屋割りを獲得したのだ。
勿論、姫乃の部屋が最初から二人部屋なら別だが、ルームメイトも昨年の競技中に不慮の事故で選手として再起不能と言われる怪我を負ったのが原因で退学している為一人で住んでいたので、もはや運が良いというレベルでは説明が付かない、執念の様な物が感じられる運命だ。
閑話休題
何故か大好きな姉に自分の事を忘れられていたカンナは、泣きながら抗議するが、姫乃としては、カンナ以上に変な感覚だった。
それはそうだろう。
何故かは分からないが、一旦カンナの事を思い出したら、どういう訳かカンナ関連の事に関しては物凄い勢いで記憶が戻るのに、それ以外の事になると、霞が掛かったように思い出せない。
こんな状態は今まで味わった事が無かった。
「ごめんごめん。……ね?この通り!……その代わり、今夜は同じ布団で寝て上げるから。……ね?」
「!!ホントですか!?ホントにホント!?」
「え、……ええ。ホントよ?私がカンナちゃんに嘘言った事が今までにあった?」
等と姫乃はカンナの視線を受け流しながら答えた。
しかし、それでカンナが素直に成るはずもなく……。
「……お姉さま?もう一度、カンナの目を見てその言葉を言って下さいませ?」
「ゴメンなさい!」
カンナに追求されら姫乃は、即座に白旗を揚げた。
それも当然の事。
姫乃はカンナが可愛いばかりに、結構守れもしない約束を安易に受け、酷い時には一時間もしない内に破る時があるのだ。
まあ、大抵は重要な会社の話し合いの場に姫乃の存在が欠かせない場合であり、仕方ないのではあるが、カンナにはその様な事情は知ったことではない。
カンナの側からすれば姫乃と共に居られるだけで満足なのに、何かに付けて約束して、その都度急用やら何やらで約束を保護にするのだから、大好きだとはいえ、白い目を向けるのに理由は有りすぎる。
「……では、今日の所は共に全裸での添い寝を要求しますわ。……グフフ……」
「いや、カンナちゃん?顔が怖いんだけど?……そして、手をワキワキしない!寝てる時に何かしたら、即追い出すわよ!?」
「……え~」
「え~……じゃないの!」
カンナの提案とその後の顔に、本気引きする姫乃。
しかも、その手が妙に厭らしく、顔もヨダレを垂らした徹底ぶり。
男性が同じ顔で同じ手の動きをしたら、即犯罪へと繋げてしまいかねない、妙に手馴れた手つきであった。
しかし、顔は兎も角何時も素直で可愛い(いつもは顔も可愛い)カンナの頼み。
しかも、しょっちゅう約束を破っている相手だけに、断るのも悪いと、姫乃は観念して要求を呑む事にした。
「……もう……、良いわ。この際だから、カンナちゃんの望む通りにしましょ?……それで今日の事はチャラね?因みにさっき言ったように、何かしたら即追い出すのは変わりないから」
「はい!」
「後、入学祝いはまた後日何か上げるから、少し待っててね?」
「はい!……別に毎日添い寝をして下されば、形のある物でなくても構いません!いえ、寧ろ添い寝が良いです!」
「……ははは、考えとくわ……」
カンナの提案に苦笑しながら、明日にでも近場の都市商店街の方で何か見繕うと考える姫乃であった。