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01話 入学式前日

 都心の電化住宅街にそびえ立つ高層マンションの屋上の一軒家。


 その家の玄関からひと組の兄妹……には見えない少年と少女が出てくる。


 少年の方は見るからに不摂生が目立つ小太りな160センチ程度の身長の黒髪黒目。


 そして、腕にアームバンド型の取り外し可能マキシム搭載型端末装置を、手首に専用BSD(B:ブレイン、S:サポート、D:デバイス)(見た目唯のリストバンド)を取り付け、足にも専用BSD(見た目アンクルバンド)を付けて、一見身軽だが、その実完全装備の状態。


 対して、少女の方は誰が見ても見惚れる様な整った顔の美少女。


 身長は少年と大して違いは無いが、横幅は凡そ半分。


 艶やかな金髪に、スレンダーなプロポーション。


 しかしそれだけで、少年の様な専用機も身につけておらず、格好も簡単なワンピースだけ。


 そして、そんな二人が玄関で互いに向き合い……。

 

「じゃ、行ってくる。夕飯までには戻ると思うから。その間にチームの誰かが来たら、上がって待って貰ってて」


「分かりました。お体にはくれぐれもお気をつけて、兄様。それと……帰ってきたら、お食事の後で良いので、昨日途中になった水圧操作回路式の効率向上の方法を教えてくださいね?」


「わかった」


 妹の斎藤小春さいとうこはる相手に安請け合いをした兄の斎藤慶太さいとうけいたは、暗くなる前に……と足のコネクタを作動させた。


 そして、周囲に階下から上がって来る人影が無いことを確認しながら素早くBSDと併用させて空を舞う。


 そうやって空を駆ける様にマンションから飛び立った。





 ✩





 そして慶太が訪れた場所は、人があまり寄り付かないような高層ビルが立ち並ぶ繁華街の道一つ外れた、薄汚れたインターネットカフェ。


 そこのカウンターであるカードを見せると、店員は何も言わずに慶太を奥へと導く。


 そして、奥の部屋に慶太を案内したあと、店員は何も言わずに元いた場所に戻る。


 その後慶太が部屋に入り、ドアをロックすると……。


「よう!慶。誰にも着けて来られなかったか?」


「それは大丈夫。これ、静流さんの新型試作機のマサの分。っと、これはカイの分。ユキのは調整がまだ納得してないって言ってたらしいから、今度の週末にでも寮の外出許可を貰って家に取りに来て?その頃なら出来てるはずだって言ってたから」


「確かに」


「ん。受け取った」


「了解ですわ、慶様♪」


 順番に慶太の渡された新作機を確認し、頷く三人。


 そして、中の一人、セイと呼ばれたイケメン男子が代表で皆に声を掛ける。


「……よっし、それじゃ~皆集まったので、これより明日から各自入学する日本の四大超脳力者プロブレイナー養成学園に於ける俺たちの使用能力の制限を発表する。取りあえず、小規模とはいえ、戦争を経験し、強力過ぎる脳力を得た俺たちは単なる学生共からしたら異質だからな。当然の措置だ」


「マサ。御託は良い。早く内容を発表しろ。リーダーのお前の意見に従うかどうかは俺らの自由だが、意見を言わないと俺らは勝手に行動するぞ?そうなれば割に合わず損をするのはチームを纏める責任のあるお前なんだ」


 マサと呼ばれた慶太達の所属する脳力者チーム……チーム『ゼロ』のチームリーダーにして、電脳ブレイナー選手権イギリスジュニアチャンピオン、マサディオス・クリスチャンはカイ……日系オランダ人留学生、べルーネス・海斗・近藤の意見に苦笑する。


 そしてユキと呼ばれた斎藤小春と同等の美少女、青銀の艶のあるハーフロングの髪に赤い真紅の目が特徴的なロシア王族第3王女、ユーベルキス・スノーリングも、マサに意見を述べる。


「そーですよ?というより、わたくし達3人は兎も角、慶様にはどういう制限をつけるのです?日常生活に支障をきたす様な制限なら、わたくしは慶様の分まで抗議させて貰いますよ?愛する、そして、世界中の宝石全てと同等の存在である慶様の為なら、国を挙げて擁護しますよ?」


「愛するは言い過ぎだと思うが……。まあ、それは分かってる。だからケイの慶としての制限は学園の実技及び脳力測定試験では相応に手を抜くこと。どれくらいの範囲かは任せる。そして緊急時以外、マキシムからの直接の脳力使用は3割。そして、BSD・・からの脳力の使用は空気の圧縮のみとする。それなら、体の重さを気にする必要が無いから、日常生活には問題無いし、相応の実力者でないと変に勘ぐれる奴らも居ないだろ?ましてや学生なら」


「……分かった。まあ試験の問題は、あの学園に入れるある程度のレベルの学生なら、知恵を絞れば分かる範囲の大気干渉回路式と脳伝達式しか埋めてないから、アレなら大気圧の事にだけ詳しい専門分野特化型と思われる位だと思うし、余程の事が無いと脳力がバレる事はないと思う。……僕はそれでいい。……じゃあ、僕の関係する事項がそれだけなら、これでもう良いかな?」


「ああ。大丈夫だ。……が、何か用事か?」


「うん。小春に食事の後、水関係の回路式の効率を上げる方法を教えてって言われてるから、早く帰って食事をしたほうが、その分教える時間は取れると思うから」


 セイの問いに頷く慶太。そして、その事にカイは驚き、羨ましそうに声を上げる。


「へ~、6歳の時点でプログラミングに関しては数世紀に一人の鬼才と言われた程の天才に講義をして貰えるとは。あの可愛こちゃんも良い兄貴を持ったもんだ。……他の奴の反応は逆だろうが、分かるやつには羨ましい限りだぜ。メタボな体型も、普段の私生活は邪魔になるとしても、マキシムを介した圧倒的強度を誇る筋力強化には必要な脂肪だしな」


「といいますか、本気に成った慶様の脳内演算速度は早すぎて、現実空間・・・・でのBSDを使った身体強化状態ではリミッターが作動して普通の人の生活が長時間出来ないのが、そもそもの原因なのですから、それは仕方ない事ですわよ。迂闊に現在出回ってる既存の下手な回路を使えばすぐオーバーヒートで機械の方が根を上げてしまうのですから。これはもう、持つ者の悩みとしか言いようがありません。……ですが、私の脳裏には電脳空間でのあの凛々しい御姿、現実世界でわたくしを助けて下さったあの頼もしい御姿は今でも鮮明に焼き付いて居りますから……。普段あの姿では、逆にその他の雑多なライバルが多くなりすぎますから、丁度良いのかもしれませんが……」


 カイと同様に、ユキもまた蕩けた表情をして、慶太……慶(愛称)の普段の小太りのメタボな体格を否定しない。


 それ以上に戦闘時の凄まじさと、苦手分野のない底知れない脳力を高く評価している。


 そして、その本当の実力を知っているのは世界でも極一部の関係者と親戚親族のみ。


「……じゃあ、そう言ういう事だから、これで。……次に会うのは……」


「シーズン初めのオープニングデモかな……」


「学生間の部活競技・・大会は7月が開催だから、そうなるだろうな」


「ですわね。……ああ、ケイ様の……慶太様としての世界デビューが待ち遠しいですわ……」


「ふふ、まあ、ユキの意見は兎も角、また皆で会えるのを楽しみにしてるよ。……くれぐれも学園ローカルネットでは、予備のアバターを使うようにね?」


「ああ、勿論だ」


「他には……あ、そうだ。これ渡しとかなきゃ……これ、皆も」


 帰ろうかと思った際に、渡し忘れた物があった事に気付き、急いでズボンに突っ込んでいた、インターネットからローカルエリアへのハッキングアシストマイクロチップを仲間に渡す慶太。


「……これは?」


 渡された物が何を意味するのか分からないカイが、説明を要求する。


「それは一定レベルのセキュリティを無視してインターネット上から直接各ローカルエリアにログを残す事なく侵入撤退できるハッキングソフト入りマイクロチップ。それを使えば、皆位のプログラミング能力があれば、簡単に寮のセキュリティー突破して、インターネットの海に潜る事が出来ると思う。そして、僕の家のローカルにもそれを使えば侵入できるから、一日の終わりに報告会を開く位の事は出来るはずだよ。……ユキにしても、直接来る方が色々といいだろうけど、アバターとは言え、毎日でも会える方が楽しいし……小春も会いたがってたしね?」


「はい!わたくしも会いたいです!慶様、絶対毎日会いに行きます!」


 慶太の説明が終わると、ユキは嬉しくなって慶太に飛びついた。


 その際に暫く触れてなかった実物の体の柔らかさを堪能する慶太。


 そんな二人の光景に、苦笑しながらも、ありがたく端末にチップを嵌め込むカイとセイ。


 その後、色々と今後のやり取りの計画を立てた4人は今度こそ別れの挨拶をする。


「……じゃ……」


「ああ、今年も他の選手たちには悪いが、分野別優勝を俺たちが独占しよう!」


「「ああ(はい)!」」


「……うん」


 そう言ってケイこと斎藤慶太はその場を後にする。


「……で?わたくしの制限は?」


「ユキのは……」


 と言った感じで、彼らはそれぞれの地域にある超脳力者の学園に入る為の自らに課す制限を設定していく。


 これは、彼らの実力が他を超越しているため。


 そして、彼らが本気を出すのは、彼ら自身の家族や大事な者達、大事な国を護る時のみ。


 そうしなければ、途端に彼ら自身が異端者として彼らの大事な者たちから迫害を受ける可能性があるのだ。




 ✩





 インターネットカフェから外へ出た慶太は、一路自宅のマンションがある場所まで、人目に付かない場場所から光学迷彩をBSCから発生させて身に纏い、空へと飛翔して家路につく。


 その帰路、空から見下ろすビルとビルの間の裏道で些か怪しい現場を目撃した。


 そして、普段なら誰が喧嘩をしていようが気にもしない慶太だが、この時は事情が違った。


 何故なら、己と同い年の様な若い少女が、どう見ても裏社会の犯罪者のような悪漢の集団に襲われているのだ。


 しかも、どちらも多少は脳力を扱えるのか、明らかに一般人のそれとはかけ離れた体技を駆使している。


 だが、どうやら少女の方が実力があるようで、徐々に複数の男達の方が体力の消耗と相まって、倒れていく。


 これは加勢は必要ないかな?と思った所で、慶太は信じられない物を目撃する。


 それは世界でも軍事目的にしかしようが認められていない、脳内演算遅延電波発生装置【ブラング】だ。


 それを見た慶太は思わず黙考する。


(……あれはマズイな。今の多勢に無勢の状況下であれを使えば、形勢は逆転する。どちらが悪者かは分からないが、あんな違法な装置を持ち出す輩共がマトモな所の関係者のハズがない。……これは、早速緊急時って事で、脳力で加勢しないとダメだな)


 そう言う結論に達した慶太は、早速BSCを介して端末を起動させ(端末からのみでは慶太の無意識下脳内演算速度が早すぎて、数時間の使用に耐えられないBSDは謂わばストッパーだ)体内脂肪を筋力に変換。


 超超高密度に圧縮した脂肪は鋼の筋肉となり、もはやどんな名刀も掠り傷一つ負わせる事は出来ない。


 そして、それと同時に自分の周囲の大気電波成分を高度圧縮し、相手が持つ装置の干渉波を遮断できる様にする。


 同時に、光学迷彩から全身黒尽くめの正体をバレない様な格好にして、更にその上から光学迷彩を掛けて二重の正体バレ防止措置をする。


 慶太の得意な戦法は、そのプログラミング能力と皮下脂肪を使った筋力強化。


 そして、BSDを使った目晦ましの各種技術。


 勿論、端末を使った電気熱により発生させる発火現象を起こしたり、大気中の水分を使った水の武器を作成したりと色々出来るが、簡単でかつ後の始末がやり易い筋力強化が一番面倒にならず、使用頻度が高いのだ。


 そして、犯罪者を凹る際にはこの目晦ましが実に有効。


 ……その所為で、反動から普段は気弱な臆病者の肥満体型になってしまっているのだが……。


 それはさておき。


 その間に、男達のブラングを用いた電波障害波…‥所謂ジャミング……が発生し、途端に少女の周囲の干渉波が阻害され、身体能力が一般人のそれと変わらない物にまで墜ちる。


 そして、躙り寄る男と、更に何かをしようと作業をする男。


 そうしてあと少しで少女に男達の魔の手が差し掛かるという所で、事態は急変する。


 慶太が準備を終え真っ直ぐに急降下し、少女と暴漢の男達の真ん中に降り立ったのだ。


「……へ?だ、誰!?」


「なんだテメエは!てめえもコイツを攫って身代金を取る魂胆か?!そうはさせるか!コイツは俺らの獲物だ!」


「……」

(こいつらの話からすると、この人は……!!)


 男共の反応で、完全に少女が被害者の仲間入りをする寸前であると確信した慶太は、少女を逃がして男共を眠らせ、知り合いの警察に引き渡そうと少女を見返すと……固まった。


 それは少女の容姿に。


 裏道という事で多少は暗いはずなのに、その暗さが何の妨げにも成らない程に隔絶した整った容姿をしていた。


 妹の小春や、同士のユーベルキス(愛称:ユキ)もそれぞれタイプは違うが、共に周囲を見惚れさせる程の美貌だが、彼女はそれに勝とも劣らない程の優れた容姿をしていた。


 そして、慶太の登場で男達は兎も角、少女の方は場慣れしてないのか、はたまた未だに干渉波の影響があるのか、地面にヘタリ込み、目の前に立つ慶太の方を見て呆然としていた。


 だが、それは今の状況では明らかに悪い状態。


 ともすれば致命的な状況になり兼ねない。


 まあ、慶太が間に入っているし、幸い男共は何かの準備をしていて一旦少女からも慶太からも視線を外しているので、問題はない。


 しかし、今の内に対処をしておこうと慶太は行動を開始した。


 とは言っても、別に特別な行動はしない。


 唯、BSDを使って体内脂肪を筋力に変換した状態から、更に足のコネクタを介し、一時的なグラングを使用するのと同じ、電波緩衝領域を自分以外の周囲に作り上げて己以外の戦闘力を一般人のそれに戻しただけだ。


 そして、慶太の底上げされた筋肉が動く度に一瞬で一人、また一人と男共が地に伏して行く。


 そして、全ての男共を地に伏せさせたあと……。


「……これで大丈夫でしょうか?お姫様?」


 と、何食わぬ口調で問うた。


「……へ?……は、はい!ありがとうございます!お陰で助かりました。それで……謝礼をしたいのですが、今は持ち合わせが御座いませんので、お名前とご住所をお伺いしても大丈夫でしょうか?……見た所ブレイナーの方の様ですし、今の体術と緩衝領域を作り上げる速度からしても、相当なご高名な方かと存じますが?」


「いえ、それには及びません。唯……」


「唯?」


 そこで少女はゴクリと唾を飲み込む。


 自分が平均的以上な整った容姿をしているのは学園での視線からも、街を歩いた際の視線からも想像がつくし、現に今も襲われたばかりだ。


 そして、目の前の全身を(恐らく)ブレイナー特有の高性能スーツに身を包んでいるらしい(恐らく)男性もそういった下心が無いとは言い切れない。


 そう思っての問いかけだが、次の慶太の返事に、一瞬少女は戸惑いを隠せない状態になる。


「ここで見たことは内密にお願いします」


「……は、はい~?」


 あまりの要求に一瞬素っ頓狂な声が響く。


 そして、男性もまた、その声の高さに耳を塞ぎながら……。


「いえ、だから、謝礼を貰う必要な無いし、出来ればこの後ここから出来るだけ早く立ち去って下さい言ってるんです。BP警察ブレインポリスは私の方から既に端末にGPSデータを含めて知り合いのポリスに送信しているので、早ければあと数分で到着するはずです。……って言ってる傍から来ましたね。私の知り合いは優秀なので、この後に再度襲われる可能性を考えるなら、相談すればご自宅まで送って貰えます。……では、そういう事なので、また縁があればお会いしましょう。美しいお姫様?」


「……はい……」


 慶太の普段とは全く異なる、マシンガンのような説明に唖然とする少女。


 勿論、慶太の目の前の少女はそんな事は知る由も無いので、これがこの男性の普段の物だと思っている。


 そして、最後に発せられた優しい声音でのお姫様発言に、顔も見えない男性に対して考えられないくらいの感情……恋慕が沸き立ち、途端にボン!っと、その白い肌の顔が真っ赤に染まる少女。


 それは少女にとって聴き慣れた有象無象の輩のセリフと大して変わらぬ内容であったが、状況が違うとここまで違いがあるのかと思う程の感情の違いだった。


 そして、しばしボケ~っと、慶太の先程までいた所を見ていると、次第に少女の耳にも警察のサイレンの音が響いて我に返った少女は、恩人の名前も住所も結局聞いていないままに別れたことに気づく。


「……っし、失態ですね。この私としたことが……って、あら?これは何かしら?……斎藤慶太?これは先ほどの方の名前かしら?……!!これは、内の学校の今年の新入生ID!?……じゃあ!!」


 もしかして、あれ程の実力者がまだ正式には新入生にも成っていない生徒なの!?っと、驚愕で目を見開き、夢中になってIDの主……斎藤慶太……を探す白雪姫乃。


 日本超脳力者学園、関東学園の現在2年生ながら既に生徒会長の肩書き持つ、現役バリバリの2年生生徒会長。


 因みに副会長は3年生。


 更にペーパーテスト、実技テストで過去最高得点を出したこともある英才だ。


 そんな超が付くほどの優秀な生徒に手に負えない程の暴漢を、簡単に手玉に取った生徒を、今年成ったばかりの新米とはいえ、生徒会長が把握していないのはどう考えても可笑しいと、直ぐに端末に生徒IDを入力(勿論規則違反)し、詳細なデータを検索しようとする……が。


「はい、ストップ。お嬢さん?その品物は証拠品として押収させて頂きます。……どうぞこちらへ」


 と、音もなく現れたBPブレインポリスが、落ちていた証拠品を拾っている姫乃の行動を目敏く見ていた様で、ニッコリ微笑みながら手を差し出す。


「……住所と電話番号だけでも知りたいのですが?そうでなければお礼が出来ません」


 しかし、その説明で「はいそうですか」と納得しては、生徒会長としての沽券に関わる。


 なので、当たり障りのない理由で情報提供を求める。


「それに、助けて貰って、更に警察迄呼んで頂いた恩人の事を、名前しか知らないでいるのは、白雪エンジニアリングの娘としても、関東学園の生徒会長としても問題になります」


「……」


 必死で情報をもぎ取ろうとする姫乃に担当ポリスも苦笑い。


 しかし、ここで対象の情報を与えれば、上司に大目玉を食らうのは間違いない。


 そこで、こういう時の職権乱用という手段を用いる事にした。


「貴方の意見は分かりました。「じゃあ!」……しかし、見たところ、彼らは違法な機械を所持した闇組織の繋がりを感じさせる悪漢。……同時に、そのような悪漢をぶちのめした程の者と、実力はあるでしょうが学生に変わりない女生徒を関わらせる訳には行きません。……なので、この件は我らBPが関係者全ての事に対する人事権を引き継ぎます」


「しかし!」


「これ以上は職務妨害で、被害者といえどあまり愉快な結果にはなりませんよ?それでも諦めませんか?……なに、このIDの少年には、貴女の事は伝えておきます。機会が……縁があれば、彼の方から声を掛けるでしょう。……では、話している間に同僚を呼びましたので、その方と一緒にお帰りなさい」


「……はい……」


 項垂れながらも同意する姫乃。


 これ以上講義すれば、目の前の警察は本当に何かしらの対応をするだろう。


 そうなれば父に話が行き、場合に由っては暫く過保護な位の護衛が付くのは目に見えている。


 なので、ここは折れるしかない。


 悔しくも、出来る事が無くなった姫乃は、それから自室のある学生寮迄警察に護衛される間の事を何故かは不明だが、全く記憶に残していなかった。


 そして、助けてくれた(恐らく)ブレイナーの名前を思い出すのが、その個人の名前を入学式前のトラブルの際に先輩に読み上げて貰った時に聞いた後だったのだ。


 しかし、これは護衛に付いた担当官が、護衛の最中に姫乃に触れ、そこからBSDを使って簡単な催眠と記憶操作をしたのであって、姫乃の所為ではない。


 そもそも、この催眠や記憶の改ざんは、一定の試験を通過した警察の独自技術であって、普通の学生には判別不能なのだ。


 しかも、一般人には法律違反で即刻逮捕される技術だ。


 そんな事も有り、彼女はその場から自室へと戻る際に通った道すらも、そもそも学園を抜け出して妹の入学祝いを買いに行く際に、怪しい人影がいたので、それを追っていた事さえ忘れてしまったのであった。



 


 ✩



「おかえり~、小春~、ご飯何時出来る~?」


「あ、ただいまです。兄様。お食事はもう粗方出来てます」


 冗談交じりのただいまの挨拶をした慶太を、出来た妹の小春が足のBSCの起動音のヴーンという電気の摩擦が生み出す音と共に出迎える。


 その姿はエプロンドレスをした状態でも些かの陰りもない。


 そして、当然というべきか、日頃からプロブレイナー兼プログラマーとして電脳空間で、そして現実リーグで活躍している慶太の指導を受けている小春は、その一つ一つの動作が尋常でなく素早い。


 流石に女の子として見栄えが気になるのと、兄ほど脳力が優れている訳では無いので体脂肪は胸以外は少なめ(かと言って巨乳ではない。どちらかと言うと貧乳)だが、それでも先ほど慶太が遭遇した白雪姫乃程度以上の運動能力、実践格闘能力は中学3年の今でも十分持ち合わせている。


「……ん~、あと、誰か来た?」


「いえ。今日は流石に室内鍛錬場を使った後ですから、疲れ果てたのでしょう。誰も追加は着ませんでした」


「ん。じゃあ、僕はちょっと部屋で運動するから、準備が出来たら呼んで」


「了解しました」


 兄に言われた小春は、で迎えに来た時と同じ音を響かせながら食事の支度に戻っていった。




 ✩


「えっほ、えっほ、えっほ。……ん?コール?誰だろ?」


 室内鍛錬機で必要最小限の脂肪に抑える様に体を動かしていると、不意に頭に付けている脳波制御ユニットに外部電波に混じってのテレビ電話が運動機側に掛かってきた。


 それを慶太は今のパンツ一丁という姿を晒すのは流石に不味いと、音声だけONにすると……。


「プープープー……。この電話番号は……」


「一切使われておりません、番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください……って、アホか!!」


(相変わらず律儀だな、雲井さん。っていうか、あの人の方が僕に電話を掛けるなんて……ああ、さっきの暴漢か)


 相手の名前が表示された事で、冗談を言ってから考え事をする慶太。


 それに対して相手側は相応のツッコミをする。そして……。


「はぁ~、慶太君は知ってる人相手と端末とBSDがフル稼働の時はこんなに付き合いが良いのに、どうして普段はあんなにオドオドしてるんだい?」


 と言ってくる。 それに対しては何も答えず、慶太は急ぎらしい用件の方を聞く。


「それはどちらでも良いですが……どうして雲井さん自ら僕の方へ電話してきたんです?何時もの事情聴取なら、別の担当が掛けてくるでしょ?」


 そう、慶太は案外その外見から暴漢の標的にされやすい。


 そして、自衛の為にその暴漢を影で成敗していて、事情聴取は結構受けているのだ。


 そして、初めての暴漢撃退時の担当がこの雲井だったのだ。


 あれから既に5年の付き合い。


 今ではその雲井も出世し、総合管理責任者の立場にいる。


 その雲井がわざわざ電話をしてくるのだ。


 何かしら先ほどの暴漢に裏があったとしか思えない。


「……」


 慶太はそう思ったのだが、雲井は中々返事をしない。


 そこで、慶太の方が少し突っ込んで聞く。


「……で?さっきの暴漢がどうしたんです?実は電脳犯罪組織の末端だったとか?」


 そう聞くと、雲井「は~」っと盛大なため息を吐いて、渋々と言った感じで話しだした。


「……どうしてそういう予想が出来るのか私には分からないが、残念ながらあながち間違いだとも言い切れない。……慶太君も知ってる日本の裏社会を牛耳ってる電脳裏組織、『ペルセウス』の下部組織の一つの、『アルファ』の工作担当の末端だった。まあ、あいつらは単に言われた通りに行動して、あのお嬢様の身代金を受け取るのが目当てだったらしいがな?ああ、それと……」


「?」


 電話越しにも苦笑していると思しき声で言い淀む雲井。


 それに疑問符を出す慶太に、雲井は物凄く嫌な予感がする事実を突きつける。


「あのお嬢様な?慶太君の所属チームとは関係ないリーグ……ピッサール(電脳陸上競技専門リーグ)のプロアスリート輩出会社のエンジニア部門のトップの娘らしいんだ」


「はあ……」


「そして……君、学生IDを落としてるんだよ、あの場に……」


「……!!」


(嘘!……マジ?!)


 その言葉に途端に慌て出す慶太。


 そして、雲井との電話中だが、直ぐ様小春に確認を頼む。


「小春ー!?」


 大声で呼びかけ、一分後……。


「は~い、どうしまし……きゃ!……兄様、ちょっと、その格好は……」


 パンツ一丁の兄に困惑する美少女小春。


 しかも、なにげに顔を真っ赤にして、隠した指の隙間からしっかりと体を見ている辺り、健康な女子学生だった。


「今はそれより、僕の学生IDがズボンのポケットにあるか確認して!もしかしたら早速厄介事の種を蒔いちゃったかもしれない。そうなると色々と対応を変えないと行けないから」


「!は、はい。分かりました。すぐ調べてきます!」


 そう言い残し、室内運動場の横の男性用・・・脱衣所に入り、兄のズボンを引っ掴み、中を弄る小春。


 そして、数秒後、確認を終えた小春は直ぐ様Uターンし、兄の元へ直行。


「ありませんでした!兄様!」


「……分かった。ありがと……」


 項垂れながら肩を落とし、それから電話の相手に事実を告げる慶太。


 その背中に「ガンバです、兄様」とエールを送りつつ、食事の仕上げに戻っていく小春。

 そんな妹の視線を物ともせず、慶太は雲井との情報交換をしていた。


「……ってな訳で、何処まで調べられたかは分からんが、着いた時には担当の者が証拠品として押収したので、時間差から考えてもそこまで大した情報は渡っていないはずだ。しかし、注意はしてくれ?」


「……はい……」


 そして雲井は、この落し物騒動はこれで終わりとばかりに雲井は切り上げ、先ほどの続きをする。


「そして、先ほどの話の本題だ」


「ええ」


 頷く慶太。


「君たち4人が所属してるチームには、色々と契約という名の制約があるのは知ってる。そして、君たち自身もその立場上プロのリーグでは変装用の脳力を使用しているが、場合に由っては……」


「先ほどの彼女が何かしらの脅しを掛けて来た際、BSDと変装を使い分けてリーグの掛け持ちをしろと?……けど、アスリート輩出会社のチームと僕ら戦闘専門のプロブレイナーのリーグでは、そもそも掛け持ちは無理なんじゃ?」


「それはどうなるか分からんから、一応……だ。まあ、あの短時間で何処まで素性を調べられるかは分からんし、恩人の不利益を享受出来るかどうかも分からんから、そういう可能性があるという事だけ想像して居れば良い。それに、一応学園に送った担当官も、簡単な……後遺症の残らない催眠と記憶操作を施しているから、君の名前を何処かで聞かなければ思い出すことさえ無いだろう。……もし、思い出しても脅されても、裁判にでもなれば、勝つのは君に間違いないからな。謂わば、君が表舞台に立つ気があるかどうかの問題だ」


「……」


 その言葉で途端に黙り込む慶太。


 無論、慶太の性格上、まだ世間に自分の素性を知られる事は許容できない。


 今の生活でも、かなりの制限が付いているのだ。


 素性を知られれば、途端に外出すら困難になるのは明白だ。


「……まあ、押収した生徒IDは今からそちらに渡しに行く。私は行けないから、担当官に妹さんに渡すように言っておくよ。それなら問題無いだろう?」


「ええ」


 それから、一通りの組織のその後の動きの可能性を雲井と話し合って電話を切った慶太。


 その後、丁度食事が出来たこともあり、食事を摂って約束の、水圧操作回路式の改善点を教える為に、電脳空間へと共にダイブし、一緒になって教える慶太。


 そして、同時にBSDを介した学園での部活用のリアル競技用の調整法も序でに教える。


 その後、教えてくれたお礼という事で、小春のマッサージを受けた慶太は、身も心も癒される事になった。


「慶様ー?遊びに来ました~」


「あ、ユキさん。お久しぶりです!」


「ええ、ハルちゃんも、おひさです。……むぅ~、また一段と綺麗に、可愛くなりましたね……幾ら妹属性とはいえ、過ちが起こらないとも言えない状況。これは何か策を打たねば……」


 可愛らしく頬を膨らませながらブツブツというのは、何時もの事。


 慶太に渡されたマイクロチップを使い、ホテルの一室から慶太の自宅のローカルエリアにダイブしたユキことユーベルキスロシア王家第3王女。


 そして、その姿は明日からユキが通う……というか、寮生活をする近畿地方にその有名を轟かせる名門脳力者学園、近畿学園で使う予定の部活競技用アバター『水の踊りリヴェーナ』。


 そのアバター名の通り、澄んだ水の如く美しい水色の髪を足元まで伸ばし、同じく何処までも深い海の様な瞳をしている、水中の舞姫と言った感じの美少女だ。


 一応普段の体育の電脳スポーツでは、私服姿だ。

 因みにチーム内でのBSDを用いた変装状態の姿はユキが慶太に聞いた理想の女性像を体現した、少女と大人の境目くらいの美少女。


 けっして男好きのする凹凸に恵まれたプロポーションとは言わないが、慶太の自身の体験として、あまりに大きなそれは、見苦しいと思い、敢えてスレンダーな女性像を話したのだ。


 けっして貧乳が好みなのでは無い。


 そして、今の美少女の状態で遊びに来たユキの目的は、他の3人が色々と忙しい状態故に来れない事を伝えるのと、明日の入学式で得た情報を話し合うと言った夕方にした内容。


 それらを話し合った3人は、明日は早いと言う事で、その場でお開きとなり、「また明日」という事でユキも帰っていった。


 そして、残った二人は、最後に一日の疲れを風呂場で洗い流し新年度と新学園生活に向けて、早る気持ちを抑えながら就寝した。


 そんな感じで斎藤慶太の超脳力者養成学園……日本関東脳力者養成学園、通称【関東学園】の入学式を迎える事になった。



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