第五話 兄と妹
~side 如月小春・自室~
机の上に置かれた私の携帯が、お気に入りの曲と共に震えた。
「・・・誰?こんな時間に・・・」
時刻は午前二時を回ったところで、ちょうど丑三つ時なんて言われる時間帯だ。
お肌が気になる、お年頃の乙女が起きている時間ではない。
電気は消してあるから、今部屋を照らしているのは着信を知らせるライトだけだった。
母譲りの茶髪をサイドテールにしている私は(今は下ろしているけど)、特にこれといった特徴をもっていない。勉強、スポーツ、容姿・・・どれを取っても標準よりやや下で、お兄ちゃんは可愛いって言ってくれるけど満足はしていない。
あと、私は『お兄ちゃんラブ結婚したい』思想を持ったりなんかしている。いや、していた・・・と言うべきかもしれないけど、その辺のニュアンスは置いておいて。
・・・えっ、普通じゃない?いやいやそんなまさか。
友達は「それ、ブラコンって言うんだよ」なんて言ってたけど、私の気持ちはそんなに単純じゃないもん!!
みんなが気づいていないだけで、お兄ちゃんは世界一かっこよくて優しくて・・・でも、ライバルが増えるのは嫌だから泣く泣く反論はしない。
「こんな着メロ使ってたっけ・・・」
そんなこんなでまだ携帯は健気に仕事をしているので、私が取らないわけにはいかない。
私の携帯でこんな優しいメロディーを使ったことはなかった気がするけど、それはどこか聞き覚えのあるものだった。
「もしかして・・・お兄ちゃん?」
そうだ、すっかり忘れていた。
寝ぼけたままベッドから立ち上がり、携帯を手に取る。
そのまま『通話』ボタンを押して耳を済ませた。
「・・・もしもし」
そういえば、ここ数年はそのお兄ちゃんが部屋に閉じ籠ってしまってロクに会話も交わした覚えがなかった。
私は何とかお話がしたいと色々頑張ってみたけど、それが逆に裏目に出ることが多くて最終的には諦めてしまっていた。
『もしもし、小春か?』
久々に聞くお兄ちゃんの声に、自然とにやけた表情になってしまう。
第一、携帯にかけてきておいて確認を取る必要はないと思うんだけど。
「そうだよ、小春だよ」
『よかった・・・繋がったか』
どこか安堵したような様子で、電話口の向こう側から溜め息が漏れた。
「どうしたの?」
『あ、いや、その・・・』
何か必要な物でもできたのだろうか。
それとも、久々に人肌が恋しくなったのか・・・お兄ちゃんが口ごもっている間に色々考えてみたけど、そのすぐ後に出てきた言葉は私の予想を遥かに飛び越えたものだった。
『実は・・・さ、異世界にいるんだよ』
「・・・・・・え?」
『だから・・・今、俺、異世界にいるんだ』
「・・・・・・」
お兄ちゃんがついに壊れてしまった。
そう思わせるには十分なほど破壊力のある発言だった。
「お、お兄ちゃん・・・お部屋、お邪魔するね?」
私は慌てて自室を飛び出し、廊下を隔てて向かい側にあるお兄ちゃんの部屋──そのドアを開けた。
「───っ!!」
しかし、そこにいるはずのお兄ちゃんはどこにもいなかった。
カタッ────
「お兄、ちゃん・・・?」
人気のない部屋の床にへたりこむのと同時に、携帯が手から滑り落ちた。
目の前にあるPCのモニターが表示する《勇者召喚プログラム》が、先程のお兄ちゃんの言葉が嘘ではないと告げているかのようで・・・。
「・・・・・・」
呆然とした頭で、床に落ちた携帯を無意識に手に取った。
~side 彰人・アルネイル城客室~
「もしもし、もしもーし」
さっきから何度も呼んでいるが、一向に返事が返ってこない。
電波が切れたのか?と携帯の画面をチラ見してみるが、三本の棒が立っているし・・・そう思ってルルの方を見ると、首を横に振っている。
つまり、彼女の機械に異常はないということだ。
彰人が頼んだのは、家族──もっぱら妹に連絡を取りたいといったものだった。
ユキは快く了承してくれ、ルルが急ピッチで仕上げたこの機械(原理は分からない)を通じて現実世界に電話を掛けているのだが、なまじ刺激が強すぎたらしい。
彰人自身混乱から抜けきれていないところがあるので、小春の衝撃は計り知れないものだろう。
「小春?おーい、聞こえてるか?」
もう一度呼び掛けてみる。
すると、弱々しくはあるが「聞こえてるよ」と返事が返ってきた。
「そうか、よかった・・・あのさ、小春」
『・・・何?』
「そんなわけでちょっとの間家を留守にするけど、一人で大丈夫か?」
『あ、うん・・・大丈夫・・・だよ』
両親は新婚旅行とか抜かしながら海外でバカンスしているはずだ。
熟年夫婦ながらお熱いのは結構なのだが、ほとんど家に帰ってくる事がないため小春は今家に一人だ。
母が朝食、昼食、夕食の時間帯にこちらに電話してくるのはあくまでお知らせコールで、別に取らなくても支障はない。
そこで、彰人は一つの提案をすることにした。
「小春」
『どうしたの?』
「もしよかったら、僕がこっちにいる間小春も来ないか?」
『えっ!?』
「ユキ──こっちの人達には伝えてあるからさ、もし良ければ、だけ───」
『行くっっ!!』
彰人の言葉を遮って小春が即断の返事をしてきた。
女に二言はないとばかりに言い切ってきて、その後もいつなのか荷物はどうするのかなどと暴走が止まらない。
「お、落ち着け。明後日には迎えに行くから。荷物は特にいらないみたいだな」
『明後日だね!』
「ああ、携帯は通じるから、何かあったら連絡してくれ。じゃあな」
『うん、おやすみなさいっ』
通話が切れ、彰人は携帯を閉じた。
「ありがとうユキ、ルル」
「いえ、アキトさんの妹さんですし、心配されるお気持ちは分かりますから」
「勇者さまを無理矢理連れてきてしまったのは私なのです。気にすることないのですよ」
二人はそれぞれ柔らかい微笑を見せた。
ここ客室は随分と広い場所で、しばらく彰人が寝泊まりする場所に割り当てられた。
最初は断ろうとしたのだが、彼女達の熱烈な視線に最終的に折れた形になる。
ちなみに、ユキが彰人のことを名前で呼んでいるのはその交換条件のようなものだった。
いつまでも勇者さまと呼ばれるのはくすぐったくて敵わない。
無理しなくてもいいから、出来る限り名前で呼んでほしい──とは言っても、お互いによく知らない内から無理矢理そうするのはマズイだろうから、しばらくは好きに呼んでくれたらいいよ。
それが、彼女達に告げた大体のことだった。
「アキト、おわった?」
「ああ、ごめんなマシロ」
続いて、ユキ達よりもさらに幼い少女──マシロが彰人のジャージのポケットから顔を出した。
彼女は言わば使い魔のような存在で、経験が浅く物事をほとんど知らない──といったことから、真っ白=マシロと名付けてみた。
どうだろうかこのセンス。
自分が名付け親になるとは露知らず、ユキ達とマシロの事について話している時にふと言ってみたのが彼女の琴線に触れたらしく、以来自分からそう名乗るようになってしまったのだ。
「おなかすいたよー」
マシロがジタバタと手足を動かして訴えてくる。
正直ポケットの中でやられるとくすぐったくて仕方がないのだが、可愛いので問題ない。
「じゃあ戻るか」
「はい、パーティーもまだメインイベントが残ってますしね」
「ん?メインイベントって?」
「勇者さまと姫さまの契約式なのですよ」
「ああ、なるほど・・・」
彰人はここまで勇者と呼ばれはするものの、まだその力を示す剣を授かっていない。
恐らく剣以外の装備もその時に貰えるのだろうが、いつまでもパーティー会場でジャージは恥ずかしかった。
「アキトー、はやくー」
マシロの無邪気な声が聞こえて、彰人達は苦笑を漏らしながら会場へと戻っていった。
書くたびに視点が動いてる気がします。
読み辛いかもしれませんが、温かい目でみまもってやってください。




