寂寥
校舎裏から帰ると、僕らはもうクラス公認のカップルにされていた。
飯塚からは何があったか根掘り葉掘り聞かれるし、もう皆ひそひそ話すのを止めたようで、噂話はダイレクトに耳に入ってくるようになった。
僕はそれにあたふたとしていたけど、由は別に何という事も無く聞き流していた。
それからというもの、僕らは二人で一つというように捕らえられていて、調理実習で班を分ける時にも勝手に同じ班にされていたり、昼食の時も二人一緒に食べるのが当たり前と思われ、飯塚にも「他の奴らに何を言われるかわかんねぇ」と言われ、一緒にご飯を食べるのを断られた。
そういった感じで、僕らは否が応でも距離が縮まっていった。
クラスの人たちがお節介だったというのもあるけど、由にも少し問題があるなと僕は思った。
だって、由は僕以外はクラスの誰とも必要以上のお喋りをしていなかったから。
「何で、いつも僕とばっかり一緒にいるの?」
最初の授業の日から一ヶ月ほど経ったある日の昼放課、二人だけで屋上でご飯を食べている時に、僕はふとその質問を由に投げかけた。
「だから、君が好きだからだって」
もうこの頃になると、由は何の気なしに話の中でこの言葉を織り交ぜてくるので、僕もいい加減慣れてきていた。
「いや、だから。どうしてクラスの人たちと話さないの?」
「話す必要があるの?」
林檎をシャクシャクと音を立てて頬張りながら、さも話さないのが当たり前のように由が聞いてきた。
「だって、友達は多い方が楽しいじゃないか」
「友達……ね」
弁当箱の蓋を閉めて、由は空を見上げた。
僕もつられて空を見上げると、絵に描いたような青空で、雲一つ無い。ただただ、無限に青色が広がっていた。
「君は友達が欲しい?」
由が空を見上げたまま、僕に問いかける。
「まぁ、人並みには」
だから、僕も一度由を見た視線を、また空に戻した。
「どうせ裏切られるって、分かってても?」
「……だとしたら、話は別かな」
「でしょ?」
「だからといって、裏切られると決まってるわけじゃない」
僕がそう言うと、由がこちらを向いたので、僕も視線を合わせた。
「決まってるのよ」
そう言った由の顔は、寂しげで、どこか諦めたような顔をしていた。
「だって、私には見えるんだもの」
その一言で、僕はやっと気づいた。
だから、この人は友達を作らないんだ。いや、作れないんだって。
僕はその時まで、パンドラっていうのは産まれ付き選ばれた人間で、誰かを救う大事な能力を持っているから、パンドラなら誰もが心も体も強いのだと思っていた。
でも、目の前にいるのは、僕の知っているテレビや本で見たパンドラじゃなくて、人間の、それも一人のか弱い女の子だった。
「私みたいな人はね、持て囃されるの、周りに。それはもう小さな頃からね」
由が小さな、弱い声で話し始めた。
「未来が見えるんだもの、絶対に国の重要人物になるし、お金持ちになるわ。だから皆、私に優しくしてくれたし、私の事を大事にしてくれた」
由がまた空を見上げる。けど僕は、悲しそうな由の顔から目を離せなかった。
「でもね、人と話したりしていると突然、私の頭の中に映像が流れるの。その人が、私に近づくことでお金とか、自分の地位を手に入れてるところがね。その為に私に近づくんだ、優しくするんだってね、わかっちゃったの。両親だって例外じゃなかったわ」
「そうなんだ……」
「だから、もう誰も信じないことにしたの。悲しくなるだけだから」
そう言いながら、由はスカートの埃を払って立ち上がった。
「でも、桜くんだけは別」
由の視線は、座っている僕の瞳を真っ直ぐ捕らえていた。
「君からは、そんな未来。見えなかったから」
その笑顔は、由の背後にある青空と同じくらい清々しくて、一点の曇りも感じなかったことを、今でもよく覚えている。
多分、その時から僕も、由のことを好きになり始めていたんだと思う。