翌日
次の日になると、僕は有名人だった。
「一日でパンドラを落とした男」というのが、僕の印象になったようで、僕が歩く先々で周りの人たちがひそひそ話を始めた。
裏ではどうやら色々なあだ名を付けられていたと、後に飯塚から聞いた。
確かに、入学初日に女の子と一緒に帰ったら、それは騒ぎになるだろう。しかもそれがもの凄い美人な上に、パンドラとなれば尚更だ。
別に何かいじめを受けたりしたわけじゃないけど、噂になるっていう経験が全くといっていいほど無い僕にとっては、この視線やひそひそ話だけで結構怖かった。
「おはよう、桜くん」
けど、この人は全く気にしていないようで、その日も僕に気軽に声を掛けてきた。
厄介なことに、それだけで教室内はちょっとした喧騒に包まれた。
「ちょ、ちょっと来て!」
僕は、周囲の視線に耐えられずに、由の手を引っ張って教室を飛び出した。
突然のことなのに、由が全く驚かなかったし、抵抗もしなかったのは、未来視をしてしまったからだろう。
僕たちが出た後の教室からは、様々な声が飛び交っていて、僕はまた顔を真っ赤にして俯きながら走ることになった。
「何よ、いきなりこんなところまで引っ張ってきて」
校舎裏まで連れて来られて、別段怒りも驚きもしない由を尻目に、僕は周りをキョロキョロと見回して、誰もいないことを入念に確認していた。
「あのさ……。なんで、僕なの?」
「何がよ?」
返す言葉は、少し苛立ちが含まれているように聞こえた。
だって、明らかに由は腕組みをしながら、こちらを睨みつけるように見ていたから。
「だって、百瀬さんって、パンドラなのに……」
「君も、そんなつまらないこと言うわけ?」
由の表情が更に険しくなった。
「私がパンドラなんじゃなくて、私が持ってる能力がパンドラなだけ。私がパンドラ以外何もないみたいで、そういう言い方、すごくムカつくんだけど」
「あ……ごめん」
「別にいいわ。今に始まったことじゃないし。でも、許してあげるのはこの一回だけ。分かった?」
僕の顔の目の前まで顔を寄せ、数字の「一」を示すために立てた人差し指で、僕の鼻の頭を由が突っついた。
僕は壊れたおもちゃのように、ただ何度かコクコクと頷いていた。
「それに、私が君を好きなのには、それなりに理由があるんだから」
「どんな、理由?」
「ダメ、それは自分で見つけないと」
そう言うと、由はいたずらっぽく笑った。