表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の日  作者: ぷりてぃ
13/17

予兆

「どうぞ、あがって」


「……お邪魔します」


由の家は、あの分かれ道から数百メートル程のところにある一軒家だった。


一軒家といっても二部屋しかないため、外から見ると本当に小さく、ロッジのような建物だった。


中は由らしいと言っていいのか、シンプルで、テレビや炬燵、本棚と勉強机、ベッド以外に大きな家具は見当たらなかった。


「見渡しても何も無いわよ」


由がフフッと笑いを漏らしながらそう言うほど、僕は部屋の中をジロジロと見ていた。


初めて女の子の部屋に単独で乗り込んでくるんだから、仕方の無いことだと思う。


しかも、由は一人暮らしをしているため、両親は家にいるはずもなく、ちょっとだけ緊張していた。


「ねぇ、パンドラってさ、何の事か知ってる?」


由は炬燵に入り、僕にも入るように自分の横をポンポンと手でたたいて言った。


「未来視、完全記憶の能力者のこと?」


僕はそれに誘われるように、由の隣に入った。


「違うわ。パンドラの語源よ」


「あぁ。箱のことでしょ? あれを誰かが開けたから、世界に悲しみが出てきたとか何とか……」


「うーん。五十点……もあげられないかな」


「じゃあ、何なんだよ」


苦笑いしながら言う由に、僕は口を尖らせて返した。


「パンドラはね。女の人なの」


「男のパンドラもいるのに?」


「いいから黙って聞いてなさい。それに、女の子のが圧倒的に多いのよ」


僕が揚げ足を取ると、次は由が口を尖らせた。


「とにかく、神話の中でパンドラっていう女の人がゼウスに渡されたのが、パンドラの箱なの。決して開けてはいけないって言われたのに、開けちゃうから、その中から色んな不幸が飛び出したのは当たってるわ」


炬燵の温度を調整しながら、何の気なしに由が続けた。


「でもね、急いで箱を閉めたから、最後に一つだけ残ったの。それが『予兆』よ」


「予兆?」


「そう。これから先の未来の事が、全部わかっちゃうの。だから、外の世界の人たちは、自分の終わりや世界の終わりを知らないから、希望を持つことができるんだって、教えてもらったわ」


由の顔が、だんだん悲しげになっていって、僕はどうしたらいいのか分からなかった。


「だから、私達はパンドラって呼ばれるの。箱の中にある最後の一つ『予兆』を持って産まれた人間って意味を込めてね」


呟いた由の顔が、さらに悲しく歪む。


「希望すら、持たせてもらえなかった人間」


その一言は、僕みたいにのほほんと普通の人生を送ってきた人間には、到底耐えられようも無い重さが秘められていて、聞くだけで僕の心は押し潰されそうだった。


「分かってたの。ずっと前から、終わりの日を」


遠くを見るような目で、由の独白は続いた。


「私の前に君が現れて、一緒に楽しいことをいっぱいして、雪が降ったら――。私、いなくなっちゃうって。だから、最初にこの学校に来たとき、迷ったの。君に声を掛けようかどうか」


「どうして?」


「楽しい思い出を作りすぎたら、いなくなるのが辛いじゃない」


笑顔で、絶対に「死ぬ」という言葉を使わずに、由が言った。


「でも、良かったわ。見えてた楽しい未来が、全部本当になるんだもの。君のお陰ね」


僕のお陰と言われてもいまいちピンとこないので、僕は曖昧に「うん」と言って頷く。


「だから、これでもう思い残すことはあと一つだけ」


「……何?」


「君に、抱いて欲しいの」


恥ずかしさに頬を染めている由の顔を見て、僕は目が飛び出すかと思った。


「だ、だ、抱くって」


「……女の子に言わせるつもり?」


頬を膨らませながら、上目遣いでこちらを見る由は、いつもと違ってとても新鮮だった。


「いえ、分かります」


「……なんで敬語なのよ」


次はジト目でこちらを睨んでくる。


そして、すぐに由は堪えられないと言わんばかりに噴き出した。


「な、何がおかしいんだよ」


「だって、君のせいで雰囲気が全く出ないんだもの」


確かに、と思わされたが、僕は笑われたのがなんだか癪で、黙っていた。


「でも、この方が君らしくていいね」


そう言って笑う由の顔を見ていたら、つられて僕も笑ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ