初雪
――昨日、町に初雪が降った。
「ここまで積もると、自転車に乗っては帰れないね」
初雪は深夜から降り続く結構な大雪で、僕の足首くらいまで積もった。僕は、このまま商店街の坂が平らにならないかな。と馬鹿みたいなことを考えながら、自転車を降りた。
「そうだね」
寒さのせいか、いつもより大人しい由が息を吹きかけて自分の手を温めていた。
いつも通りの二人の帰り道も、一面が真っ白に染まると、いつもとは違って新鮮だった。
僕が寒そうにしている由の手を取ると、由は一瞬驚いたような顔をしてから、すぐに表情を和らげて「ありがと」と一言漏らした。
歩く度に鳴るサクサクという音と、空に上っていく白い息。あとは、お互いの手の温もり。
それだけを感じながら、僕達は長い帰り道を歩いた。
「私ね。やっぱりあの景色のが好きだな」
商店街の坂の真ん中で、由が空を見上げながら言った。
「あの景色って?」
「君の自転車の後ろから見える景色」
「別に、同じ道なんだし変わらないよ」
「違うんだな、これが」
そう言うと、由が急に手を放して自転車の荷台に飛び乗った。
僕は自転車が倒れないように咄嗟に両手でハンドルを支えるけど、グラリと揺れて危なかった。
「視点が少しだけ低くなるの」
「それだけ?」
急にここまでして、言う言葉がそれか。そう思って、僕は呆れながら言葉を返した。
「違うわ。この坂道では風だって感じられるし、田んぼのあたりにくると、地面がどれだけゴツゴツしてるかが体に直接伝わってくるの」
すごく楽しそうな顔で言う由の顔は、相変わらず空を見ていた。
「それに、君に背を向けて乗ると、背中から君を感じられるし、君に向かって乗ると、目の前に君の背中があるもの」
いつの間にか、商店街の坂道が終わっていて、白い服を着た山々が、僕らを遠くから見下ろしていた。
「そんな景色を教えてくれたのは、君だもの。本当に感謝してるわ」
「なんだよ、急にそんな事言って」
由が、空を見るのをやめて、僕の目を見つめてきた。
「私ね、もう未来が見えないの」
それは、突然の告白だった。
「どういうこと?」
僕は、本当に意味が分からなくて、頭が混乱していた。
「そのままの意味よ。何か見えるかなって時も、映像が頭の中に出てこないの。真っ暗なまんま」
由は笑いながら言っていたけど、その顔を保ちながら言える由は、誰よりも強い人だ。今になって僕はそう思う。
「見えないって事は……」
「そう。私には未来が無いの」
サクっと雪を踏みしめる足音を一つ残して、僕の足が止まった。
「冗談、だよね?」
「私、洒落にならない冗談は言わないでしょ?」
笑顔で言う由に、どうか冗談であって欲しいと心の中で懇願する僕。
「質問を、質問で返さないでよ……」
「ごめんね……」
その言葉は、何を指していたんだろう。
質問を質問で返した事への謝罪なのか、大事な事を黙っていた事に対する謝罪なのか。
「許さない」
どちらにしろ、僕は許す気は無かった。
「……そっか」
残念そうに言うその顔は、こっちまで悲しくなるくらい寂しげで、今にも泣き出しそうな感じすらした。
「許すわけ無いじゃないか。あれだけ人の事を好きだ好きだって騒いでおいて、そんなすぐにさよならなんて、絶対に嫌だ」
僕の熱の篭る言葉に、由は俯いたままでいた。
「責任、取ってよ。僕もここまで君の事、好きになっちゃったんだからさ。隣にいてよ、自転車に勝手に乗って、鞄を籠に突っ込んでよ。いつもみたいに」
「……ごめんね」
由が悪いわけじゃない。そう分かっていても、僕の暴走は止められなかった。
「謝るくらいなら、ずっと傍にいてよ!」
らしくも無い叫びが、遠い空に木霊して、慣れもしないことをした僕の息は荒くなり、白い息が口から塊になって何度も漏れ出した。
「……ごめん」
一言叫んでようやく冷静になれた僕は、俯きながら由に謝った。
「……今日はさ、私の家に来ない?」
由は、それに答えるでもなくそう返した。
僕は、ただ白い息を吐いて、頷いた。




