冒頭
この町の冬は、全てが凍るくらい寒い。
真っ白な息を吐きながら、自転車のペダルを漕ぐ僕は、まるで蒸気機関車だ。
そう思いながら、雪が敷き詰められた道を、ひたすら走った。
僕の背中に抱きつきながら、由は「早すぎるよ」と苦笑いをしている。
困っているのに嬉しそうなその口調に、僕はペダルに込める力を強くすることで答える。
ぐんぐんスピードは上がって、景色が後ろに流れていく。
由は僕の体に回した腕に力を込めて、落ちないように一生懸命だ。
こんな時間がずっと続いたらいい。そういう思いが頭の中を過ぎるけど、そうはいかない事も僕の頭はしっかりと理解している。
でも、それを認めたくない。
そんな色々がごちゃまぜになって、無性に心が暴れて、叫びだしたくなる。
気が付いたら、僕の目からは涙が溢れていた。
けどそれも、寒さにやられて肌に張り付くように凍りだす。
そんな自分を誤魔化すように、僕は叫んだ。
背中の由は、少し驚いた様子だったけど、すぐに僕の心の中を理解してくれたのか、黙ってその叫びを聞いていた。
やがて、二人はいつもの分かれ道について、自転車を降りる。
「じゃ、ここでさよならだね」
「……うん」
由が切り出すいつもの別れも、今日は特別切なくて、僕は頷くまでに時間がかかった。
「そんな悲しい顔しない。男なんだから」
無理な笑顔でそう言う由の鼻が赤いのは、きっと寒さのせいだけじゃないと思う。
「……全く。仕方ないなぁ」
そう言って、由が僕の頬を両手で捕まえる。
ゆっくりとお互いの顔が近づき、やがて唇が触れた。
このまま、唇が凍って離れられなくなればいい。それがダメなら、もうこの瞬間に、二人ごと凍ればいい。いや、いっそ世界中が凍って、時間が止まればいいんだ。
そんな事を考えた僕と、由の唇が名残惜しそうに離れる。
「バイバイ」
手を振って、いつものように去っていく由の後姿を、僕はずっと眺めていた。
小さくなって、やがて見えなくなるまで、ずっと。ずっと。