第2話 高等科時代(前)
レーナス国。王都ディアスは優美な魔法都市として有名だ。
周辺国の魔法使いならば、ここの魔法院で学ぶ事は憧れだ。
魔法院の初等科を卒業する頃から、大半の学生達は神聖魔法使いを目指す。
そして、中等科の途中で神聖魔法使いの厳しさを知り半分は属性魔法使いへと進路変更する。
「エリック様!お帰りなさいませ」
中等科を卒業し久しぶりに王都内の実家へ戻った俺を迎え、ミーナが駆け寄ってきた。
ミーナは途中で顔を赤くし淑女に相応しい歩みで近寄り、膝を軽く折り礼をした。
執事のロバートがやや離れて見ている。
「ロバート。ミーナをあまり叱るな」
すると、ロバートは軽く一礼した後、整った顎髭を扱いた。
ミーナは説教部屋行きは免れないだろう。
召使いの紺のお仕着せを身にまとったミーナへ学院の帽子とマントを手渡す。
ロバートが隙の無いタイミングで口を開く。
「旦那様と奥様は居間にいらっしゃいます」
*
「エリック。あなた、子供はどうするの」
30歳過ぎてもなお美しい母が、困惑した表情でその鳶色の瞳に俺を映した。
神聖魔法使いを目指すと言った俺を哀しそうに見つめる。
「兄上が既に」
国内の貴族令嬢との間に子を為した兄がいるので、俺は家系存続義務からは自由だ。
「違うのよ、エリック。あなたの子供なのよ」
手を揉み絞るように言う母に、横で黙っていた父が口を挟む。
「エレーヌ、止めなさい」
領地を持たない役人貴族の父が、俺を見る。
「エリック。神聖魔法使いの戒律にお前は耐えられると思うのか?」
父は実直なだけの男だ。
だが、俺は父こそが神聖魔法使いになるべきだったのではないかと考えている。
「はい。父上母上の誇りとなりたいのです」
貴族達にとって魔法が当たり前のこの世界でも、神聖魔法使いは特別だ。
魔法を使えない者が多い平民達にとっては神に最も近い存在なのかもしれない。
厳しい戒を犯すと魔法の力を失う。
常人には辿り着けない厳しい頂の魔法使い。
誰しも一度は夢見る英雄達だ。
父は「辛くなったら戻ってこい」と言って俺を学院へと再び送り出した。
学院へと戻る馬車の中で俺はとりとめもなく考えを巡らした。
――神聖魔法使いの戒律。
戒は、清貧・貞潔・約束遵守。
律は、殺さず・犯さず・盗まず。
言葉にすると簡単だが、守る事は難しい。
律はそれほど重要ではなく、破っても罰を受ければ済む。
だが、破戒すると魔法の力を失う。
俺は、馬車を見送る母の姿をふと思い返した。
柔らかなクリーム色のドレスを着て、いつものように毅然と背筋を伸ばした母の細い手がいつまでも振られていた。
貴族としての義務を俺に教えた母が、神聖魔法使いになる事を反対している。
神聖魔法使いの子供は少ない。
戒さえ守れば結婚は可能だが、相手が何かと耐えられなくなるか破戒して力を失う場合が多いらしい。
神聖魔法騎士になる時に、最初から生涯独身の誓願を立てる者もいる。
おそらく母は、自分達が世を去った後の俺の事を心配しているのだろう。
だが、俺はぼんやりと覚えている。
既にかすかになった記憶の中、子供達がいても俺は寂しかった。
自分の遺伝子を残した、という満足もあったし子供達は可愛かった。
それでも、俺はただひたすらに寂しかった。
ここで、力ある神聖魔法使いとして力を尽くす。
そうすれば俺が欲しいものが掴めるだろう。
何故か俺はそう考えていた。
だが俺はこの時、まだ、名誉の為に神聖魔法騎士になろうと思っているに過ぎなかった。
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高等科へ進むと、適正試験を受ける。
合格し2年生になると、神聖魔法使い見習いとして騎士団の従卒としての身分も手に入る。
万一の場合の国からの補償等の承認へのサインを貰いに実家へ顔を出すと、父は黙ってサインした。