彼も彼女も着替えたら・7
温泉も堪能し、浴衣姿でふたり、旅館の個室で豪華な夕飯を挟む。せっかっくの泊りなのでビールなんかも差しつ差されつしっぽりと、『とらせん』の話題に花が咲いた。
「あくまで守護霊なんですね、渚ちゃんの。恋人ではなく」
「恋人ではありませんね。不思議と懸想したことはありません、今まで好きになったキャラクターにも。榊原殿もタイシンでござるが、夢小説的な発想はないでござろう?そのようなキャラクターは別にいるのですか?」
「そういやありませんね」
美奈子は天井を見上げる。
「二次創作も『やおい』本ばかり読んでますし、そう考えると私もキャラクターの愛し方が『守護霊』とか『壁』とかに近いかもしれません」
「見守り系ですね」
「見守りたいですね、生活のすべてを」
そろそろ焼けて来ましたよ、と一輝が鉄板焼きの肉の裏を覗き込むと、美奈子も確認してタレの乗った小皿に肉を移した。
美奈子が予約した旅館の部屋は一部屋だった。
「何故ですか榊原殿!」
「だってツインの方がシングルふたつ取るよりお安いですし、なにより渚ちゃんが泊まったとされる部屋ですし」
焦る一輝と反対に美奈子はいたって冷静である。
「結婚の約束もしていない男女が同室など言語道断!榊原殿の名声に傷がついては!!」
「そんな大げさな」
美奈子はくすくす笑う。
「同志ではないですか、私たち。何もしないでしょ、及川さん」
「それはもちろん!榊原殿に失礼なことなど……!」
「私も絶対しませんから安心してください」
一輝の目を見て首を傾げる美奈子に、それ以上は反論する余地を与えてもらえず。
「そ、それならば……」
まるで一輝が貞操の危機を感じていたかのような納得の仕方になってしまった。
で、結局部屋で一緒に食事をしているわけだが、一輝がドギマギしたのも最初の何分かだけで、すぐに状況に馴染んでしまうところが、一輝が美奈子といて不思議と落ち着くところだった。
「では今後泰然や星宇の子供が出てきたとしてですよ、その嫁に思うところとかは無いのですか榊原殿は」
食事も終わり、ビールから日本酒にシフトし、程よく気持ちが良くなってくると楽しい会話に拍車がかかる。
「出来るとしたら星宇が産みますので、子供は」
薄赤く上気した頬で美奈子は当たり前のように答える。
「は?」
同じく薄赤くなった一輝は聞き間違いかと問い直す。
「泰然と星宇の子供が出てくるとしたら、産むのは星宇の方です。だから安心です」
「なるほど」
一輝は納得する。美奈子はそういう世界観の人だった。
「だから最初私、新しい主人公見たとき、ああ、メイメイ(『とらせん』のヒロイン)と静香さんの子なんだーって思ったんです。だって静香さんに似てません?あのシュッとした目」
「……なるほど」
美奈子の世界観は思ったより広かったようだと一輝は思った。
「私、どっちかって言うと静香渚の方なんで、あ、ちょっと納得いかないって思ったんですが、王道は静香メイメイなんで、とうとう公式もそっちの波に乗っちゃったかって、なんか数に負けたような気がして悔しかったんですよね……」
「……なるほど」
徳利を指で弄ぶ美奈子を見ながら、割と確立されているらしい知らない余白の世界に一輝は闇とまぶしさを同時に感じる。見てみたいけどなんだか怖いその世界。
「でも発表された謎の指導者だか敵だかのシルエットがどう見ても成長した渚ちゃんだったし、だとしたらメイメイと静香さんの仲に恋破れた渚ちゃんが闇落ちして敵に回ったんだとしたら、それも美味しいな~って思えて……」
「……なるほど」
よほどそこら辺の『とらせん』ファンより余白を読んでいるというか読みすぎというか、どこからそう発想に至ったのかシナプス独特っていうか、美奈子の発想がますます眩しい一輝である。
「静香さんてカッコいいじゃないですか。どのメンバーとカップリングしても絶対攻めだしそれぞれ読みごたえもあるんですけどぉ、やっぱり渚ちゃん受のものが一番しっとりというか淫猥というか、なんだかぐっとくるんですよね~。メイメイ受のやつは奔放過ぎちゃってちょっと……」
「……な、なるほど……」
美奈子は失笑して一輝は冷や汗をかく。一輝もそれなりに、いや、少々『とらせん』のエロティックな二次創作を目にしたことはあるが、どれもこれもあまりの奔放さに自分が決して立ち入ってはいけない領域だとその扉に厳重に鍵をかけたのだ。創作は自由なので公式に迷惑を掛けない限り決して批判するつもりはないが、畑が違う場所には触れないようにしていた。
「タイシンもね、そこなんです」
「ほ、ほう」
話題が渚ちゃんからそれたことに一輝はいささかホッとした。一輝とて男。いくら『とらせん』を性的な目で見てはいないとはいえ、あまりその、エロティックな話題ばかりされても居た堪れない。タイシンの話題の方が一線を画して俯瞰的に眺められそうな気がする。
「真面目で穏やかな泰然が、粗野だけど任務に忠実で堅物な星宇にだけは独占欲と野獣性を発揮して凶暴になる!そこなんです!抑えが効かない情熱的な、そういう愛なんです!」
「な、なるほど」
「日頃乱暴だったり天真爛漫だったりする子がベッドの中で尻尾の付け根をポンポンされた猫ちゃんのように寝乱れる!そういうのがいいんです!」
「ほ、ほう」
「だから私は渚メイメイなんです!ホントは!」
しまった、『とらせん』に戻ってしまったと一輝は焦る。
「あ~、なるほど~……」
渚ちゃんファンの中でも最イバラと言われているらしい渚攻。こちらの事情に疎い一輝でもなんとなく小耳に挟んだことはある。まさかそのテリトリーに美奈子が足を突っ込んでいるとは。
「あ、もしかして、こっちの話題はNGでした?」
急に顔を上げた美奈子の目はとろんとしている。
「あ、いやいや、お気になさらず。お酒も入っておりますので、なんとも色っぽい話題もたまにはありかと……」
曖昧に笑う一輝に美奈子は艶めくように微笑みかける。
「及川さんのそういうところ、とてもいいです。好きです」
「は!?そういうところとは!?」
一輝は焦る。なるべく性的な話題は避けていたつもりであったが、揶揄われるようなボロが出たのであろうか。
「女性を性的に見ない清廉なところ」
よかった~と一輝は胸を撫でおろす。もともと性的なことには関心が薄い方ではあるが、オタクであるがゆえに妙な誤解を周りに与えないよう常日頃から言動には重々注意はしていた。
「それと、私の話をバカにしないところ」
「榊原殿の話をバカに?」
美奈子が少し沈んだ声を出したので意外だった。
「『男同士だとすぐゲイにすんの気持ちワル!』とか『いつまでBL見てんの大人になれ』とか『男同士くっつけるしかアニメの見方知らないのかよ幼稚』とか『なんだってすぐゲイに結びつけんの変なの』とか言わないじゃないですか」
「いや~、それは作品の楽しみ方は人それぞれですし、小生とて猫耳と尻尾の付いた渚ちゃんとか好きですし」
「『男ばっかりの世界なんてあるわけないじゃん気持ちワリイ』とか」
「そんなものどのアニメにもありがちなフィクションですし、そもそもフィクション相手に『あるわけない』とか言い出したら何も始まりませんしな」
「『せっかく美人なのにアニメばっかり見てるの勿体ないよ卒業しなよ』とか言わないし」
「なんかちょっと自慢入ってませんか榊原殿?榊原殿?」
次第に座卓に突っ伏し出した美奈子に一輝は焦って声を掛け、肩を揺らす。
「そいうこと言わないから及川さんとは安心してお付き合いできるんです」
目を開けた美奈子は一輝をみつめてにんまりとする。
一輝は一瞬ドキリとしたが、そんなことよりどうやって布団に運んだら、と悩み始めた。お姫様抱っこ出来たらカッコいいのだろうが、持ち上げようとした瞬間に、無理!と悟った。いや、決して美奈子殿が重いわけではないですよ、とすっかり寝ている美奈子に言い訳をする。結局シーツを持って来てその上に転がして、シーツごと引っ張って布団に連れて行き、きちんと整えてある方の布団にごろりと放り込んだ。転がったはずみで浴衣の裾が乱れ、白くて長い美奈子の足があらわになったが、一輝は「あーあ」とコップでも倒したかのテンションで丁寧に直してやる。そして布団を掛ける。
引っ張って来たシーツを美奈子の隣に敷いてある自分の布団の方に改めて整え、もう一度卓に戻り徳利やつまみを端に寄せ軽く片付けた。
電気を消し、自分の布団に潜り込む。
久しぶりの聖地巡礼に、仲間と遅くまで酒を酌み交わしながらの推しの話。
学生以来の充実感に、一輝は大きくゆっくり息を吐いて目を閉じた。




