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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・6


 気がつけば週末ごとに一輝と美奈子はふたりで出かけていた。

 オタクショップをぶらぶら回ることもあれば、地方の聖地へ足を伸ばすこともある。

 顔はめパネルはお互い代わりばんこに写真が撮れるし、アクスタを並べて映える景色の写真も撮った。

「よもや小生の生活にぬい文化が入ってこようとは……」

 言いながらリュックから出した渚ちゃんぬいを、手に持ったままにょっきりと画角に入れ込んで撮る技術を一輝はあっという間に取得した。

「いやはや、男ひとりでぬいを出したり仕舞ったりする姿は少々奇異ですからな。榊原殿には感謝に堪えませんよ」

 取り終わったぬいをいそいそとリュックに仕舞いながら一輝はホクホクと言う。

「男の子のぬいだろうが女の子のぬいだろうが、女性が持っている分には怪しまれないのに、男性が持つと途端に怪しまれるの、ちょっとやりきれないですよね」

 ため息をつく美奈子は、成人女性がぬいを持っていても、事情を知らない人から見れば少々イタがられているなどとは思ってもいない。

「とはいえ、もし男子がひとりでぬいと自撮りしていたら、榊原殿とてキモチ悪いのではありますまいか?」

「えー、そんなことは……」

 無いと言いかけて美奈子は上を向いて考えた。そして一輝を見て姿勢を正した。

「これからは気をつけます」

「いやいや。小生とて榊原殿と一緒でないとぬいは持ち歩けませぬ。ひとりで持っている御仁はそれなりの覚悟がおありの方でしょうから、頭ごなしの偏見はお互い持たないようにしましょうということです」

 さて次はどこに、と歩きながら、やはり日帰りでこのコースはちょっとスケジュールが密でしたななどと一輝と美奈子はスマホを確認し合った。




 『とらせん』の新シリーズが発表されたのは次の日だった。

 3年待っての待望の新作はなんと既存の20年後の世界。キャラクターたちもがらりと入れ替わった。

 公式ははっきりと言及はしていないが、メインキャラクターたちのビジュアルはどう考えても主人公たちの子供たちのようだ。そしてそれを指導するのか敵対するのか、謎のキャラクターの中に大人になった渚ちゃんであろう姿が。

 SNSは荒れに荒れ、一輝とその仲間たちも仕事が終わるとすぐに緊急リモート会議を召集した。

 新しい設定に泣く者、それでも物語が続いてくれることを喜ぶ者、おれの『とらせん』は終わったと嘆く者、様々な郷愁を抱えたまま明け方に解散となった。全員次の日、目を赤く腫らしたまま皆出勤した。

 一輝はその日5杯目となるコーヒーを握ったまま、休憩室でため息をついていた。

 『渚ちゃん』は永遠の推しであった。恋、というのもまた違う。憧れ、というものでもない。地球を守るために、皆を守るために、一生懸命戦う渚ちゃんの姿はカッコよく美しく、そんな渚ちゃんの成長は自分の励みであった。

 正直子供の頃から、誰かに冷やかされたり揶揄われたりして平気だったわけではない。頑張ってもできないことはいっぱいあったし、馴染めない場所もたくさんあった。それでも、『とらせん』を観れば元気になれたし、頑張る渚ちゃんの姿に後押しされて勇気をもらった。

 渚ちゃんがいてくれたから勉強も頑張れた。アニメばっかり見てる奴なんてなどと冷笑されないように、運動は苦手でも勉強は人一倍、渚ちゃんに恥をかかせないよう頑張った。渚ちゃんのグッズを買うためにバイトも頑張った。推しに使うお金はケチりたくない。気の合わない人とも混ざって慣れない仕事も必死にこなして、一生懸命働いてお金を稼いだ。社会人になったら将来に向けてお金を貯めなければいけない。でも推しの渚ちゃんにも好きなだけお金を使いたい。できるだけ給料の高い優良企業を狙って就職した。

 すべて原動力は『とらせん』であり渚ちゃんだった。

 渚ちゃんは『推し』であり、自分は推しの成長を見守る『守護霊』であった。

 だから。

 『とらせん』が新しいフェーズに入ることは喜ばしいことなのだ。渚ちゃんが成長し、あまつさえ後進の指導の立場になることは『守護霊』の本懐とも言えるべきことのはずなのだ。

 なのに……。

 一輝は鼻をすすった。そして眼鏡を上げて、目の下の汗をハンカチでぬぐった。

「及川さん」

 美奈子だった。一輝はハンカチをポケットに仕舞いながら笑顔で振り返った。

「榊原さん。珍しいですね、休憩室で会うなんて」

 会社で『殿』呼びは封印し、『さん』付けで呼ぶ。『小生』という一人称も使わず普通の会社員に擬態していた。

 美奈子は一輝の傍に寄ると、スマホを見せた。

「今度の土日、ここに行きませんか?泊りで」

 それは『とらせん』の中でも一輝が特に好きだと美奈子に話した、渚ちゃんが主役だった回の舞台になった海沿いの街。少し遠いのでたしかに日帰りでは無理そうだと、以前ふたりで話したことがあった。

「いいですね」

 一輝は嬉しかった。推しの改変に戸惑う気持ちを美奈子が察してくれているらしいことに。

 美奈子はほほ笑んだ。

「じゃあ、宿と新幹線の予約しておきますね。時間が決まったらまた連絡します」

「ありがとうございます……」

 いや、小生がと言う気力もなかった。だが美奈子はわかっているようで、一輝の肩を叩いてまた口の端を上げると行ってしまった。

 カッコいいな、と一輝は弱弱しく思った。



 合宿と言う名の休暇を温泉街で楽しむ『とらせん』メンバー。そんな中自分の非力さに悩む渚ちゃんはひとり浜辺で黄昏ていた。しかし、イルカやワカメやカメノテなど海洋生物を思いのままに操れることに目覚めた渚ちゃんは仲間のピンチを救ったのだ。浜辺に落ちていたほら貝を耳に当て、渚ちゃんが太古の囁きに目覚めたシーンは今もファンの間で比類なき名シーンと語り継がれている。

「ああ。まだあった」

 浜辺の岩場にほら貝がいくつか、脱衣かごのようなものに入れられて置いてある。

「ファンが渚ちゃんと同じポーズをして写真を撮りたがるので、いつからかほら貝がひとつ置かれるようになったのですが……。いつの間にか数が増えている」

 驚く一輝に美奈子はくすくすと笑う。

「ファンがいっぱいいらっしゃるんでしょうね」

 ほら貝がひとつしかなかった頃からだが、ほら貝にもかごにも盗難防止のチェーンなど付かないことが一輝始め『とらせん』ファンの誇りであった。

「撮りましょうか?」

 一輝のスマホを受け取ろうとする美奈子に一輝はほら貝をかごに戻して首を横に振った。そして少し離れてかごに積まれたほら貝を映す。

「……なんだか、お嫁に行く娘さんとの思い出の地を巡ってるお父さんみたいな顔されてます」

 珍しく美奈子が柔らかく眉を下げて笑う。

「そうかもしれません」

 一輝も眉を下げる。

「渚ちゃんが次の段階へステップアップするのだから喜ばなければいけないのに、なんだか急に小生の手を離れて行ったみたいで寂しくなっているのかもしれません」

「……渚ちゃんの旦那さまのこととかも気になります?」

「いえ、そこは……。気にならないと言ったらウソになりますが、渚ちゃんが選んだのなら間違いのないお相手でしょうし、それは公式を信じているのですが……」

 一輝は日の沈み始めたオレンジ色の海の向こうを眺める。

「なんだか、区切りを感じるのです……。渚ちゃんに、『ありがとう』と言われているような……」

 ありがとう、と言っているのは間違いなく一輝の方である。だがそれはやまびこではなく、間違いなく渚ちゃんの声で言葉で『ありがとう』と聞こえてくるのだ。一輝にも、ファンのみんなにも。

「渚ちゃーん!ありがとーう!」

 一輝が海に叫ぶと、そこかしこ、あちらこちらから同じく「渚ちゃーん!」だの「ありがとー!」だの叫び声が聞こえてきた。

 その日は意外と多くのファンが心の整理をつけに来ていた。

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