彼も彼女も着替えたら・5
単純にファッションに興味が無いオタク。推しに注ぎ込んでファッションに回す金のないオタク。冷やかされた過去に傷ついておしゃれできないオタク。推しを纏うことがおしゃれだと思ってるオタク。美奈子は自分を4番目だと思っているが、どうやら一輝も同種族だったようだ。しかもそれほど恥ずかしくない纏い方である。自分のことはひとまず棚に上げ、美奈子は大層好感を持った。
趣味の話は時間を忘れる。90分のカフェ滞在中、果たして『とらせん』の話だけで持つものかとやや不安を持って臨んだのだが、オタク同士の話が途切れるわけもなく。長くシリーズが続く『とらせん』様様であった。
とはいえ趣味を同じくするオタク同士でも、一方的に話す人間だったらこんなに会話が続くわけでもない。だが、次から次へとお互い話を切り出せる一輝は一緒に居て楽しい相手だった。
正直『ハレ禁』の話題はやはり一輝が気を使って切り出して来たのではないかと美奈子は思っていた。古代中国の歴史をもとに作られたコンテンツなので中国史が好きな男性も見ているらしいとは聞いたこともあるが、実際にアニメの話をしているところもグッズを購入したという話も聞いたことがない。むしろ中国史を期待していた男性は、女性受けを狙ったであろうコンセプトに辟易して離れていくという。一輝が『景天』という脇キャラを持ち出してきたところがなかなかのマニアだと思ったが、やはり気を使ってのことではなかろうかと美奈子は疑っていた。
会社では数少ないであろうオタク同士、仲良くなりたいと思って美奈子が声を掛けて来たと一輝は思っているのであろう。だったらお礼にこちらも『ハレ禁』の話題を振らねばと。
いらぬ気を使わせてしまったかしらと美奈子は少々反省する。純粋に『とらせん』の話がしたくてコラボカフェへ誘ったのだが、いつぞやこれ見よがしにちらつかせたノートパソコンのステッカーを見て下調べしたに違いない。貴重な時間を申し訳なかったと美奈子は思う。しかし、せっかく調べてくれたのだから、週末の『ハレ禁』コラボカフェでは存分にアテンドし、楽しんでいただこうと美奈子は決意した。
「いやはやさすがですなあ!羽林軍・龍武軍・神武軍・神策軍それぞれの詰め所を模したテーブル席とはなんとも気が利いている!やはり美奈子殿が予約されたのはタイシン属する龍武軍でございますか」
嬉々として一輝は座席に座り、「さすがに小生推しの景天属する皇城司はありませんな」などときょろきょろあたりを見回している。予想していなかった一輝のテンションの高さに、あまり顔に出ていないが美奈子はわりと驚いていた。
「楽しんでいただけてるみたいで光栄です」
「榊原殿は落ち着いておられるが、もうここには……?」
「13回目です」
「おお!さすが榊原殿!ジャンルは違えど同じオタクとして敬服いたします」
なぜか頭を下げる一輝に美奈子も軽く頭を下げて答える。
「恐れ入ります」
「さすがに景天コラボのものはないでござるねえ」
お互いメニューをめくりながら食べたいものを物色する。
「皇城司がテーマのときもあったんですよ。去年」
「え!?そんなに長くやっているのですか、ここのカフェは?」
「常設になって2年になります。それまで期間限定でちょこちょこあっていたのですが、人気がありすぎてなかなか予約が取れないと嘆くお客様が多くて。それで常設になりました」
「は~、すごいですな。『とらせん』も人気があると思っていますが、さすがに予約が取れないまでになるのはゴールデンウィークや長期休みの頃だけですからな」
「常設ですからメニューも季節ごとに変わったりして、客が飽きないように工夫してあるんです。それで去年の一時期は皇城司がテーマのメニューがありました」
美奈子が差し出したスマホには公式からのSNSに景天のコースターとドリンク、そしてスイーツが映っていた。
「おお!これは!」
「景天がテーマの『指揮史がこらこらショコラ』ドリンクと『俺ンジビターなショコラ』タルトです」
「さすが景天のイメージカラー、オレンジとダークブラウンに合わせて!」
「ひとりで2色使わせるカップリング泣かせのキャラです」
「それにしてもチョコばかり」
「ダークブラウンって言いますと、どうしてもそうなりますよね」
「やはり榊原殿は毎回タイシンにちなんだメニューを召し上がられるので?」
一輝と一緒にメニューを見ながら美奈子は答える。
「そうです。フードとドリンク、どっちかが泰然でどっちかが星宇って注文します。で、次に来たときはその逆で頼んで。だから必ず1シーズンに2回は来なきゃいけないんです」
一輝の眼鏡がキラリと光った。
「ノルマですね」
「ノルマです」
美奈子の目も鋭く光った。
「今回の分はもうノルマは果たされているのですか?」
「いえ。今シーズンは初めてです」
「では今日はいっぺんに頼んじゃいましょうか。小生おりますし」
ほら来たと美奈子は思った。そしてにっこりと笑った。
「どうぞお構いなく。及川さんはご自分の召し上がりたいものを注文なさってください。『とらせん』カフェのお礼に無理に付き合っていただいてるようなものなのに、余計に気を使われると私、なんだかお誘いして悪かったなって申し訳なく思ってしまいます」
再び美奈子がメニューに視線を落とした。少々冷たい言い方だったかなと美奈子は胸のしこりを感じた。端的に分かりやすく美奈子がものを言うと、どうしてもキツク聞こえてしまうらしい。日頃から気をつけているのだが、『わかりやすく』を優先するとどうしてもこんな言い方になってしまう。
「……榊原氏」
非常に落ち着いた声で『氏』と言われて、美奈子は驚いて顔を上げた。
「榊原氏は何か勘違いをしておいでのようだが、小生は榊原氏に気を使って『ハレ禁』カフェに『付き合っている』のではありませんぞ」
一輝は眼鏡をくいと持ち上げた。照明が反射する眼鏡の奥の瞳は見えない。
「『ハレ禁』の知識も榊原氏と知り合ってからの付け焼刃と思っていただいては誠に遺憾。小生の頭の中には『とらせん』以外にも愛すべきジャパニーズカルチャーの宝物がぎっしりと詰まっているのです」
角度が変わり反射が解けた眼鏡の向こうの一輝の瞳は笑んでいた。
「同じくその宝物を愛でる達人たちと語ろうてみたいと思うのはオタクの性ではござらんか。いわんや己より極めし達人を前にすればなおのこと。榊原殿もそう思って小生に声を掛けてくださったのであろう?」
美奈子は震えた。心の震えがそのまま指先に現れた。震える指先で、テーブルに置かれた一輝の手を握った。
「及川さん……!」
誤解していた、と美奈子は反省した。一輝は純粋にオタク友達として『ハレ禁』を語らいに来たのだ。決して『気を使うオタク友達』でもなく、『女オタクとちょっとイイ仲になれたらラッキー』などという不純な動機でもなく、ただ純粋に『ハレ禁』が好きな人であり、純粋なオタク友達になろうとしている。
「じゃあ、私、泰然の『いつまでもおまえの蕎麦に』と『一刀両断ティー』注文しますんで、及川さんには星宇の『ぺぺぺ・ペペロンチーノ』と『会うとサイダー』をお願いしてもよろしいかしら?」
「承りました。スイーツはどうされますか?小生はイケますけど、さすがにふたつは……」
パラパラとメニューをめくる一輝の手を止め、美奈子はその目を見て言った。
「スイーツ、また今度付き合ってもらってもよろしいかしら?」
一輝は2度ほど瞬きするとにやりと笑って親指を立てた。
「合点承知致した!」




