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彼も彼女も着替えたら・4


「お待たせしました!」

 待ち合わせの5分前に来たつもりが、そこに目立つほど美しい美奈子の姿を見て一輝は少々焦った。白い大きめのルーズネックのニットに、ブルーと黒が入ったタータンチェックのプリーツスカート。ストレートのロングヘアとすらりとした長身が相まって、発光しているのかと一瞬目を眇めそうになった一輝である。しかし、開口一番、付き合ってもいない相手から容姿などを褒められると女性は引くとネットに書いてあった。一輝は賛辞の言葉をぐっと堪え、まずは待たせた非礼を詫びる。

「申し訳ござらん。早く来たつもりでありましたが……」

「いえいえ、全然早いですよ。私が早く着きすぎちゃったんです。それより」

 美奈子はずいと一輝に近づくと、シャツを指さした。

「渚ちゃんカラーのブルーですね。下のTシャツは渚ちゃんのでしょ?」

 一輝の羽織っているシャツは前身頃や後ろ身頃でいくつかのブルーの布を繋ぎ合わせたデザインになっていて、それが絶妙に『とらせん』の渚ちゃんを彷彿とさせる。見つけたときはもろ手を挙げて喜んだものだし、同じ渚ちゃん仲間からも羨望のまなざしで見られたものだ。そしてその下に来ているTシャツは『とらせん』公式から発売されたキャラクターTシャツなのだが、昨今のおしゃれオタク仕様になったキャラクターがあんまり目立たない位置に刺繍された気の利いたデザインなのである。今日一輝が着ているのは左肩の部分に小さく渚ちゃんマークが刺繍され、左の裾部分に『とらせん』のタグが折りたたむように縫い付けられている。目立たないデザインながらなかなかに高額で、地位と名誉を手にしたオタクだけのステイタス商品のひとつともいえるとかいえないとか、いや、Tシャツごときで言うなという話なのだが。

「さすが榊原殿。お目が鋭いですな」

 一輝はにやりと眼鏡を上げた。あまり女性の外見や持ち物を注視してはキモチ悪がられると遠慮していたが、先に言われてしまったとあればそれはもう手放しに誉めそやしてOKを貰ったも同然。

「榊原殿も渚ちゃん&静香さんカラーと見せかけて……」

 一輝の眼鏡がきらりと光った。

「『ハレ禁』のタイシンカラーではありますまいか」

「!?なぜそれを……!」

『タイシン』とは『ハレ禁』で2番目に人気の非公認カップル泰然(タイラン)星宇(シンユー)のことである。

 一輝はふっふっふっと不敵に笑った。

「色合いはたしかに渚ちゃんと静香さんモチーフではありますが、その、耳元で揺れている魅惑のピアス!それはひところ『ハレ禁』公式から発売され、とうとう公式がタイシンを認めたのか!?と大騒ぎになったという、男性ではなくオタクが大量に釣れたゆらゆらと揺れるピアス!」

「よくご存知!」

 感心する美奈子に一輝は謙遜しながら首を振る。

「いやいやいや、遠くて近いオタク業界ですよ。隣の騒ぎは否応なく耳に入って来ます。アクセサリーというジャンルはありそうでまだないものですから『とらせん』には。少々うらやましかったりするものです」

 うーむと腕を組んだ一輝の手首を指して美奈子はほほ笑んだ。

「でも素敵な腕時計は出てるじゃないですか」

「そうでした」

 一輝は笑うと『とらせん』モデルの腕時計を誇らしげに美奈子に見せた。これぞまさしくオタクのステイタス。学生時代必死にバイトをして貯めたお金で買った『とらせん』限定モデルの腕時計。血と汗と涙の結晶。一輝のコレクションの中でも自慢の一品。

 というか、よくこんなものまで美奈子が知っていたことが意外だったが、美奈子はすんなりと一輝の腕を取って歩くことを促した。

「続きはカフェで話しましょう」

「お」

 急に方向を変えられ一輝はつんのめりそうになったが、辛うじて堪えた。

 


 渚ちゃんにちなんだブルーのカレーはさしもの一輝でも注文する気になれなかった。「たぶんブルーハワイかバタフライピーで着色してあるのだと思うんですけど……」と注文しそうな美奈子を止めたりした。結局静香さんがテーマの『漆黒向こうも見ている深淵カレー』と『漆黒向こう側には連れてイカせないイカ墨パスタ』を注文した。「ニンニクの臭いは大丈夫なのですか?」と心配げに訊く一輝に、「一緒に食べればいいでしょう」と美奈子はシェアを提案した。歯も口も真っ黒になったが「コラボカフェとは思えぬクオリティですな」とふたりとも感心しながら堪能した。ドリンクは渚ちゃんの『波打ち際で捕まえて』ドリンクで無事にコースターをゲット。美奈子も静香さんコースターをゲットしたのだが、『漆黒は芽生えるあなたの喉で』ドリンクがただのコーラであったことが全く腑に落ちていないようだった。

 ゲームはどこまで攻略したかだとかいつからオタクだとか、シーズン2のあの話が好きだとか映画だったら何番目が面白いとか。話は尽きることはなかった。

 90分の滞在ののち目星をつけていたグッズを購入したものの、新製品はアニメショップにしか無いということで移動となった。

 道すがら一輝は恐る恐る訊いてみる。

「『ハレ禁』の話などお聞きしてもよろしいものでしょうか?」

「ええ、なんでもよろしいですけど、ご興味あります?『ハレ禁』。話を合わせようなんて無理なさらなくて大丈夫ですよ」

 くすくすと笑う美奈子に一輝は少々冷や汗をかきながらぎこちなく笑った。

「いやはや、奇異なことと思われるかもしれませんが、実は小生も『ハレ禁』を少々嗜んでおりまして……」

「まあ」

 美奈子は綻ぶように微笑んだが、慈愛に満ちたその笑顔は一輝が今日のために無理して『ハレ禁』をやって来たのだろうと誤解しているように一輝には見えた。

「と言ってもまだまだやり始めて3年目の若輩者ではあるのですが、『皇城司』が絡んできてからどうにも辛抱堪らず手を出しまして……」

「まあ、そんなきっかけで。中国史がお好きなんですか?」

 美奈子は目を見開き、一輝は指で頬を掻いた。

「それもあるのですが、指揮史『景天(じんてん)』のデザインといいますかルックスと言いますか、非常に格好良く……」

「わかります!カッコいいですよね!景天!」

 美奈子は目を爛々と輝かせて頷いてくれるが、一輝には苦い思い出しかない。男ばかりの仲間内で『ハレ禁』の話題を出そうものなら「女子に媚びようというのか!」と裏切者判定されたり「おやおや、女子と話すきっかけをお探しですか」などと逆にニヤニヤされたり。自分たちとて子供の頃は赤いヒーローに夢中になった過去もあるだろうに、果ては「一輝殿はゲイだったでござるか!」と納得される始末。書店でひとり『ハレ禁』関連の本を手に取っていても、後ろから女子のひそひそ話が聞こえてくるし、一輝としては針の筵であった。

「男子の小生が男子のキャラクターにひとめ惚れしたなどと、ましてや女性向けのコンテンツのキャラクターが好きなどとなんともお恥ずかしく……」

 美奈子はがしりと両手で一輝の手を握りこんだ。

「美しいものが嫌いな人がいて?美しいものが嫌いな人がこの世にいるのかしら?」

「ラ……」

 一輝は言おうとしてやめた。そして続けた。

「そんなわけでなかなか『ハレ禁』のグッズなどに触れる機会も無かったので、よろしければ本日お付き合い願えないかと……」

「行きましょう!」

「あ」

 雑踏の中を目的地に向かって、一輝はただぐいぐいと美奈子に引っ張られて行った。


 時間が経って緊張がほぐれたのか、はたまたアニメショップで思いがけず新製品の『ハレ禁』グッズを前にしたからか、美奈子のチャクラが解放されたようでなかなかのはしゃぎっぷりだった。

 釣られたのか、初めて大量の『ハレ禁』グッズを前にしたからか、一輝もはしゃいでいた。

 結局ふたりしてお目当ての『泰然』グッズと『星宇』グッズ、そして『景天』グッズを購入し、来週は『ハレ禁』コラボカフェへと行くことになった。




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