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彼も彼女も着替えたら・46


 棚から牡丹餅。あるいは勿怪の幸い。そんな風に一輝が思っていると美奈子が知ったら怒るであろうか。

 だが、てっきり別れを切り出されると覚悟していた一輝にしてみればまさに僥倖であった。


 美奈子にしてみれば、途轍もなく不安な毎日であったに違いない。自分の意思ではどうにもできない命が体内に宿ったのだ。どれだけ思い悩んだことであろう。

 男は体外に射精すればそれで終わりだが、命を預かる女性はそこからが果てしなく長い。だからこそ無責任な性交は絶対にしてはならないと戒め、しっかり避妊していたのだ。

 はて?と一輝は考える。

 そう、しっかり避妊に勤めていたはずが、一体どこで、なぜ?どうやって?思い当たるとすれば、初めて身体を繋ごうとしたあの日であるが……。

 まあ、そうなのだろう、と一輝は考えるのをやめる。なにやら先走って漏れたのかもしれぬし、粗相でもしてこぼれたのかもしれぬ。あるいはうじうじと結婚のことを思い悩む自分のために腹を据えるよう、カミサマがコウノトリで運んできてくれたのかもしれぬ。

 たぶん子供が出来なくとも、いつか美奈子に結婚を申し出ていたと一輝は思う。申し出たくとも、なかなか腹を決められず申し出られなかったとも思う。

 だからこれは良い機会だったのだ。千載一遇のチャンスだったのだ。不安な毎日を過ごしたであろう美奈子には本当に申し訳ないが、落としてはいけない棚ぼただったのだ。

 妊娠とプロポーズが逆になったことで美奈子は不安を抱えるかもしれない。ただ責任を取っただけと思われているかもしれない。

 そんな誤解は毎日美奈子を幸せにすることで払拭すればいい。まずは夏と冬の大型イベントは夫婦で交代で行って良いと確約することからだ。さすがにちょっと、年にどっちも両親不在ではベイビーも寂しかろうからな。



 休日に珍しくスーツで出かけようとしたところを一輝は、不思議に思った母に取り押さえられた。

「結婚の申し込みに参るゆえ」

 きりりとして答える一輝に、母は悲鳴を上げ、父は尻もちをついた。

「お付き合いしている女性が妊娠しましたゆえ」

 事の顛末をものすごく要約して聞かされた両親は、家が揺れるほどの悲鳴を上げたあと一輝を押しとどめ、速攻よそ行きの服に着替え同行した。反対とか賛成とか、騙されてるんじゃないかとか、そういう余計なことを考えている暇はなかった。

 お相手の家に向かう電車の中で一輝とのツーショット写真など見せてもらった両親は、騙されているのでは……と若干疑い始めた。自分の息子をもってしてこう言っては何だが、高嶺の花すぎる。妊娠の話ももしかしたら嘘では……。

 駅に迎えに来ていた美奈子は写真で見るより数段美しかった。礼儀も正しく、佇まいもきちんとしている。疑念を抱えて戸惑っている両親に美奈子は穏やかに言った。

「本当はまず私の方からご挨拶に伺わねばなりませんのに、遠くまでご足労頂いて、ありがとうございます。ですが、もし、結婚にご同意いただけないのでしたら、私ひとりででも子供は育てる覚悟ですので……」

「その時は小生、駆け落ちしますので」

 両親が反対するわけがないとでも思っているのか、一輝はしょれっと言う。

 まかりなりにも一輝の親。長年一輝を育ててきて、その頑固さを知っている両親はあわあわと一輝を止めると、深く美奈子に頭を下げた。

「息子をよろしくお願いします」

 まだ駅前のタクシー乗り場の列の中。並んでいた何人かが拍手を贈った。



 土下座して、深く深く美奈子の両親に一輝一家は頭を下げた。

 この時初めて、考えが浅はかだったことに一輝は思い至った。

 結婚は当人同士だけの問題ではない。古い考えかもしれないが、知らない家と家が繋がれるのだ。

 そして結婚の手順を踏まずに先に赤ちゃんができてしまうと、それは先方の大切な娘を傷つけたことになるのだ。たとえ合意であったとしてもだ。古い慣習と思われても、順番は間違えてはいけなかったのだ。なぜなら両親が土下座している。見たことも聞いたこともなかった人に頭を下げている。謝罪している。息子である自分がしでかしたことのために。

 誠心誠意、美奈子を幸せにするつもりだ。子供ももちろん大切に育てる。だが、こうして自分のために頭を下げてくれた両親のために。受け入れてくれた美奈子の両親のために。

 美奈子も横で頭を下げていた。射精したのは自分なのに、と一輝は場違いにも思う。美奈子はそれをやむなく受精しただけなのに。

「娘を、どうぞよろしくお願いします」

 美奈子の両親も、姿勢を正して頭を垂れた。




「抱っこします?」

「いやはや、小生たちなどが赤子を抱いては犯罪と罵られましょうぞ」

「それより赤子に変な菌でもついては申し訳が立たぬ」

「小生たちはあくまで遠くから赤子が健やかに育つことを祈るのみ!」

「たとえ警察に捕まろうとも常に赤子を見守り続けますぞ!」

 近くに引っ越して来る気なのか新垣氏だの、当たり前だ昨今の子供をめぐる犯罪の多さには憂いを通り越して怒りしか沸いて来ぬぞ田端氏だの、子供は日本の未来を支えオタクは経済を回すのだ怪しまれている場合ではないぞ小暮氏だの、いっそ子供専用の警備会社でも立ち上げてオタクの面目躍如といたすか築山氏だの、美奈子と子供に遠慮していたのも初めだけ。出産祝いを新居に持ってきた一輝の仲間たちは、赤ちゃんを見ておおいに目を輝かせていた。そして結局抱っこさせてもらった赤ちゃんの重みに「イベントで購入した本より軽いでござる!」「天使の重みでござる!」「壊れ物のようでござる!」「尊いにもほどがござる!」とおおいに盛り上がっていた。

「おや?こちらは?」

「娘氏のようでいて……」

「それともまた違う……」

「なんとも見覚えのあるお顔でござるが……」

 ベビーベッドの横にある、人形用のベビーベッドに横たわる赤ちゃんのぬいぐるみを見つけて一輝の仲間たちはさざめく。

「私の友人たちが作ってくれたぬいなんです。この子が産まれたときと同じ身長と重さなんですよ」

 一輝はベッドから赤ちゃんのぬいぐるみを抱き起こすと、築山に渡した。

「おおおおおお、なんともリアルな重み!」

「しかしてこのざりざりとした感触は……」

 さらに受け取った田端が訝し気な顔をする。

「小豆です」

 美奈子は一輝と顔を見合わせ笑った。


 美奈子の友人たちは産まれた新生児の体重および身長を速攻聞き出すと、手配していたぬいぐるみ制作者にすぐに伝えた。

「顔はほら、新生児なんてどの子も同じ顔してるじゃん?」

 新作『とらせん』に登場する渚ちゃんの娘の顔でオーダーしたぬいぐるみを出産祝いとして持ってきたのだった。

「小豆って高いのねえ」

「でもね、なにかあったときは中開いて食べられるからね」

「いつの時代の知恵よ」

 若くて独身なのに妙な知識のある頼もしい仲間たちである。

「でもね、ちょうどよかったね、この子の顔にしてね」

「なんとなく予感はあったのよね。きっかけが『とらせん』だったって言うし」

「ねえ、ホントに偶然なの?ホントに前から考えてた名前〜?ホントに〜?ホントにたまたま〜?」

「本当だってば!」

 面白がって訝しむ友人達の肩を美奈子はバンと叩いて笑った。



「小生達の大事な人生の1ページに付けた、忘れてはならない大事な印でござるよ」

 友の腕の中できょとりとしている我が子の頬をツンツンと一輝は突く。


『とらせん』新作公開と共に産まれた娘は、『道しるべ』という意味を持つ、渚ちゃんの娘とたまたま同じ名前となった。


 

    おしまい

 




 長々と読んでいただき、ありがとうございました。

『ハレの還暦祝いに時代劇の世界に転生しちゃったのでBLの語り部に、え?』に出てくる美奈子・一輝夫妻の馴れ初め話なんですが、なんだか『ハレの~』で書いてる話と違っていて、気づいたのが最終エピソード書いてる最中だったので、もう、いっか、誰も読んでないだろうって諦めて、見なかったことにしています。あしからず。


 途中何話かムーンライトの方に掲載しています。

 官能表現がキツイかな~と思ってあちらに持って行ったのですが、いやでも完全同意だし、誰も傷つけないような気はするからやっぱこっちで掲載してもいいかな~……とか思いつつも、こちらに掲載するのは控えました。

 もしかすると全編あちらに移動するか、こちらに持って来るかするかもしれませんが、面倒くさいので多分このままでしょう。


 重ね重ね、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 次は狸の〇ンタマの話です。

 

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