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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・3


 美奈子が初めてハマったアニメは『美少女騎士ファムファタル』だった。

 3人の美少女騎士を陰から助ける謎の黒い美少女騎士『オディール』がお気に入りで、通っていた英語教室のハロウィンイベントのときなど、祖父母に買ってもらったオディールの衣装で参加したりした。

 大きくなったら絶対オディールになるものと決め、髪はロングに、週2回のトリートメントも忘れず、さらには3人の美少女騎士を守るためにも強くあらねばならないと、キックボクシングや剣道も習った。オディールであるためには常に美しくあらねばならない。食べる物にも身に着ける物にも気を配り、美容やファッションにも常に留意した。美奈子、幼稚園から小学校時代の話である。

 中学に入ってBLの存在を知った。

『美少女騎士ファムファタル』でも、たまに出てくる美少年騎士と敵役の美青年将校にただならぬ何かを感じてはいたが、まさかと思う気持ちがまだ小学生のあの頃はあった。他のアニメや漫画、実写のドラマや映画なんかを観ても、男性キャラクターたちに、それが何かはわからなくても、何か引っかかるものを感じてはいた。

 それが確信となった。

『オディール』は常に美奈子の心に在る。だがしかし、得も言われぬ恍惚感をくれるBLの世界。魂を揺さぶられる物語の数々。脳みそが目から流れ出るほどの麗しい人間の絆。

 美奈子はたちまちBLの虜となった。

 とはいえ、オリジナルのBL作品も好きだが、美奈子はどちらかというと二次創作のいわゆる『やおい』という分野に魂を揺さぶられる。そして今ハマっているのが『ハレルヤ禁軍』通称『ハレ禁』であった。

『ハレ禁』はリリースされて6年になる大人気コンテンツである。露骨に女性受けを狙ったのであろうイケメンばかりのキャラクター設定に鼻で嗤う者もいたが、やってみると戦闘シーンや技の作り込みにのめり込む男性ファンも多い。だがやはりアニメのイベントや舞台ともなると、女性ばかりで男性には敷居が高いと言われていた。

 美奈子はバイト代のほとんどを『ハレ禁』コンテンツに捧げていた。

 舞台のチケットもグッズも安いものではない。美奈子は割りの良い夜のバイトをいくつも掛け持ちしていた。

 子供の頃から『オディール』に憧れて自分を磨き続けてきた美奈子は美しかった。ので、モテた。

 ただしモテたのはバイト先でのみ。学校では「ちょっとでも納得いかないことを見つけると理詰めで首を絞めてくる早口のオタク」と知れ渡っていたため、全然モテなかった。バイト中は忙しかったし、金をくれる相手には一応おとなしかった。

 何度か客やバイト先の人間に乱暴されそうになったが、得意の蹴りとパンチと舌鋒でコテンパにしてやった。「オタクのくせに!」と負け惜しみを言うヤツは、顔を踏みつけてやった。外野が喜んでいた。

 まったく、男という生き物は油断も隙もないと美奈子は思っていた。ゲームをエサにホテルに連れ込もうとするヤツもいれば、俳優や声優に会わせてやるなどと大ボラ吹くヤツもいる。酒の席の男の言うことは100%信用できない。同じオタク仲間でさえオフ会で勘違いするヤツもいる。趣味が同じだからと言って、そうそう付き合えるものでもないことぐらいわからないのか。そして付き合う=セックスと勘違いしてるのはいったい何なのだ。BLの始まりは都合良過ぎるとか運命過ぎるとか言うヤツらがいるが、実際男なんて女を見たらすぐ股間膨らませて期待しているではないか。だったらフィクションのBLの方がなんの害悪もなく楽しめていい。会ってすぐセックスを期待している女なんてこの世にはひとりもいない。たぶんいない。少なくとも美奈子の周りにはいないし、聞いたこともない。

 正直美奈子は男にうんざりしていたし、誰かと付き合おうなんて気はさらさらなかった。永遠にオタクでいようと思ったし、『ハレ禁』があれば幸せだった。

 だが。

 入社式の日。集まる視線に慣れっこの美奈子の目に、まったく美奈子のことを気にしていない男の姿が目に入った。身長は美奈子と同じか少し低いくらい。ぽっちゃりの体形に眼鏡。みるからにオタク。だが、髪の毛もきちんと整えスーツも体形にぴったり合っている。周りと話していて聞こえてくる会話もいかにもオタクな敬語だが、落ち着いていて過度な自己主張も無ければ卑屈さも無い。

 なんだろう、と美奈子は男から気持ちを離せなかった。佇まいに妙な安心感があった。化かさない狸というかアニメっぽいアライグマというか。両方害獣だわ、と美奈子は訂正した。節度あるヒグマ。いやいや、もっと害獣。

 気づかぬうちに美奈子はハンターの目をしていた。



 新入社員研修の間も彼は美奈子に特別興味を持つこともなく、ふたりの間には何の接点も無いまま1年は瞬く間に過ぎた。

 新入社員はただでさえモテる。猫を被った美奈子は余計にモテる。千万無量の獣たちを右へ左へいなしながら過ごすうちに、美奈子の記憶から彼の存在も薄くなりつつあった。というところでの再会であった。

 体形は変わっていない。あいかわらずのぽっちゃりだ。仕事きつくないのか。髪もスーツもあいかわらずきちんと整えている。1年経ったからと言って腑抜けたりしていないようだ。だが、眼鏡が変わっている。

 美奈子の目が光った。『とらせん』と眼鏡屋のコラボ限定『渚ちゃん』モデル。 

 信用できる、と美奈子は思った。

『とらせん』は男性ファンを狙って作られた10年以上続く大御所コンテンツだ。10年以上前からあるので少々性的なアピールが過ぎるキャラクターたちも多い。しかし中でも『渚ちゃん』はその真面目なキャラクター設定からもルックスは肌色少なめデコボコ少なめの実直なデザインとなっている。むしろその真面目なキャラクターを乱してみたいという邪なファンもいないではないだろう。『やおい』好きの美奈子とてその気持ちはわかる。だが、この男はなんとなく違う気がすると美奈子は感じていた。

 まず美奈子に関心を寄せない。それはモテない男特有の美人を敵視するとか卑屈になるとかいうネガティブなものではなく、純粋に美奈子に関心が無さそうなのだ。

 そして美奈子どころか女性社員たちのこともあまり関心が無さそうに見える。新人研修時代、研修を受けるにも社食に行くにも、焦るところも無駄に緊張する姿も見なかった。

 女性社員たちだけではない。男性社員にも、上司にも先輩にも、実にフラットな態度を取る。仕事を覚えることにしか脳みそを使っていない感じがまざまざとしたのだ。

 人を人として認識していないのかもしれないが、それはそれで美奈子には面白かった。

 面白い、というのは御幣があるのかもしれない。

 助かった、というのかもしれない。

 美奈子も所詮オタクである。趣味の話で盛り上がりはしたい。でも、それ以上自分の世界に踏み込んでもらいたくはない。

 彼とはそんな一線を画して付き合えそうな気がしていた。

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