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彼も彼女も着替えたら・38


 何とも言えない甘美な経験だった。

 骨盤底筋群がすべて引き上げられるような甘い痺れ。恥骨から仙骨への震えるような共鳴。

 今まで美奈子は乳首から得られる快感しか知らなかった。陰部からも快楽は得られると知識としては知っていたが、排泄口に近いそこを触ることなど到底信じられなかった。それなのに。

 髪の奥に指を差し入れられることも、耳のふちを噛まれることも、すべてが甘い信号となって下腹の中を直撃した。よもやそんなところが何かを欲するなどと信じられなかった美奈子は、おおいに混乱した。それでも。

 身体の中に異物を挿入することなど激しく嫌悪していた美奈子は、タンポンすら使用したことがない。未知の行為に身体が抵抗するのは当たり前のことだった。

 とにかく痛かった。思い出しただけでも美奈子の眉間は深く寄る。

 寄った眉間を揉みしだきながら、美奈子はとにかく考える。

 肌を重ねるという第一関門は突破した。快感を得るのかという不安も解消した。残すは挿入である。

 嫌ではないと美奈子は自覚している。たぶん心は、一輝のすべてを欲しがっている。受け入れている。抱きしめ合った身体はあつらえたようにぴったりとくっついていたと思う。だが。

 痛いのだ。せっかく揉んだ美奈子の眉間にまた深い皺が寄る。とにかく痛い。

 挿入だけであれだけ痛かったのだ。出産となればどれだけ痛いのだろう。

 いや、一輝の陰茎が赤ん坊に比べて小さかったのかとかそういう話ではなく、普通に考えても陰茎より赤ん坊の方が大きいだろう、何に気を使ってるのだ私、とか思いながら美奈子は母に感謝する。

 自分が何グラムで生まれて来たのかは知らないが、赤ん坊は平均3000グラムで生まれてくるらしい。大きい赤ん坊になると4000グラムぐらいあったりするなどという。そんなものが股の間から生まれてくるなどと、どう考えても信じられない!一輝の陰茎すら入らなかったのに!こんなときになんだが、本当に母は偉大だと思う。止むに止まれずとはいえ、3キロもある赤ん坊を股から生み出す母親のなんと無敵なことよ。股の間から3キロの子供を出すことを想像したら、まだ帝王切開の方が理解できる。あれはあれで一回股から腹の中に入れたものをなんで腹裂いて取り出さなければいけないのかという理不尽さも感じるが、とにもかくにも産んでくれてありがとう、お母さんなのだ。

 美奈子は両肩を抱き締め身震いする。

 いやいや。出産のこと考えるなどあまりにも性急ではないか。重い女過ぎる。いや、別にセックスしたからと言ってすぐに結婚・出産を望んでいるわけではない。だが、セックスの先には妊娠の可能性があり、もちろん避妊はしているけれども、とにかく穴に入るは陰茎と言えども、出てくるのは赤ん坊なのであり、そんなことが果たして自分の股の間で可能なのかどうか……。

 美奈子は頭を抱える。

 怖い……。やはり体内への侵入は怖い……。

 本当に男性はあんなところに入ってきて気持ちがいいのか……?女性も入られて気持ちいいのか……?

 BLは楽でいい。美奈子はため息をつき目を閉じる。瞼に浮かぶは金時しぐれ先生の新刊。攻に愛され蕩けるような微笑みを見せる受のなんと幸せそうなことか。男同士のファンタジーはついているモノも同じだから阿吽の呼吸で快楽を得られるのだろう。それに比べてリアルなセックスのなんと手順と配慮の複雑なことよ。

 ……同じモノ……。

 美奈子は目を開く。そしてもう一度瞬きして、口もとを指で押さえた。

「同じ、モノ……」



「なぜですか美奈子殿ーー!?どうしてこうなるのですかーー!?」

 週末の美奈子の部屋。パンツもはぎ取られ、あられもない姿で美奈子のベッドに追いやられた一輝は、端で身体を小さく丸めて叫んでいた。

「私、怖いんです」

「小生も怖いです!」

 先週一輝が置いていったローションを手に真顔で迫り来る美奈子に、一輝は戦々恐々と叫んだ。

「考えてもみてください。私自身も知らない私の内臓の中に、一輝さんが押し入ってこようとしてるんですよ?」

「そ、それは大変申し訳なく思いますが、だからこそ失礼のないように万全の準備をもってしてお邪魔させていただこうと……!」

「だからまず一輝さんの中を調べさせてください」

「なんでそうなるのでござるかーー!?」

「大丈夫。優しくしますから」

「そうではなく!!」

「さんざんBL本を読んでいますから、誰よりも優しく一輝さんを満足させられる自信があります」

「良くないですぞ美奈子殿!フィクションを真に受けて性交に応用しようとする破廉恥な人間の良くないところが出てるでござる!」

「破廉恥だなんて失礼な」

「小生、なぜ美奈子殿に童貞も捧げないままバッグバージンをまず捧げなければならないのですか!?」

 美奈子はぴたりと止まると、潤む瞳で一輝をみつめた。

「……一輝さんの全部が欲しいんです……」

 一輝の胸は締め付けられる。美奈子は怯えているのだ。2度も痛い思いをしたのに、結局思いは遂げられなかった。恐怖と期待といくばくかの罪悪感が美奈子を焦らせているのだろう。気持ちはわかる。気持ちはわかるのだが。

「……それは……、小生のすべてを美奈子殿に差し上げたい気持ちは……あります……」

 が、と言うか言わないかのうちに美奈子が抱きついて来た。

「ありがとうございます!一輝さん!優しくしますから!ね?」

 目をみつめて念を押されるまま、一輝はベッドに押し倒された。



 仰向けだとずいぶん足を開いて持ち上げなければいけないことがわかったので、うつ伏せでお願いした。

「え~、顔が見たいんですけど~」

「恥ずかしいんです!勘弁するでござるよ!」

 不満たらたらな美奈子に一輝は真っ赤になって抗議する。ただでさえ千歩も万歩も譲歩しているというのに、態勢さえも好きにされては彼氏の股間もとい沽券にかかわる。亭主関白など気取るつもりはないが、最後の砦は死守したかった。

 仰向けより絶対マシだと思ったうつ伏せも、尻を上げられ四つん這いのような恰好をさせられるとなんとも屈辱的で、一輝は枕に顔を埋めて無になることに決めた。決めたのだが、顔を埋めた枕には美奈子の良い香りが染みついていて、不覚にも反応してしまった。

「あら」

 すぐ見つかった。

「意外と期待されてます?」

 上げた腰の向こうから顔を出す美奈子に他意は無い。現象をただ問いただしてくる。その平静さもなんだか辛い。

「ただの生理現象でござる!」

「では、始めます」

 意地になって言い返すが、美奈子は外科手術でも始めるかのように淡々と告げた。




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