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35/43

彼も彼女も着替えたら・36

34と35が思ったより官能小説感が強くなってしまったのでこちらに掲載するのは控えました。

要するに、一輝と美奈子の関係が一歩進んだということです。


 松の内も過ぎた頃、年が明けて初めてジムに現れた一輝は元気ハツラツとしていた。

 年末年始に何かいいことあったのだろうなどと、無駄な期待はもうしない。所詮ヤツはオタク。この時期、ニュース番組の皮を被った情報バラエティ番組なんかで流れる年末の大型イベントの様子なんかを思い浮かべながら、ジム会員たちは淡々と己のトレーニングメニューをこなしていた。次に山が来るとすればバレンタイン。恋人同士のイベントは、カレンダー上になにかとあれこれ用意されているものだ。来るべきスィートなスウィーツフェスティバルに向けて血糖値を上げ過ぎないように、ジム会員たちは己の体調管理に励んでいた。

「絶好調ですね、及川さん」

 今年初めて見かける会員たちに今年もよろしくお願いしますなどとあいさつしながら近寄って来た真木は、一輝にことのほか優雅に微笑みかけた。

「ヤれたんですか?」

 いろんなものがガチャガチャと落ちるすごい音がジム内に響いた。全員の視線が真木に注ぐ。

「や、ヤれたなどと真木先生!?ななな、なんてことを……!ちょっ、ちょっ、ちょっとだけ!ちょっと先っちょだけしかやっておりません……!」

 真っ赤になって慌てまくる一輝の攻撃に、ジム内でまた激烈音が響き渡る。

「ええ!?本当にやっちゃったんですか!?」

 聞いておきながら真木はあたふたと焦り始める。ある者は倒れ、ある者は棒立ちになりながらも、もはや聞き耳どころではなく目を剥いて一輝と真木に注目していた。

「本当にといいますか……!その、お互い心は通じておりますゆえ……、その、徐々に……、馴れていけばと……」

 尻すぼみに赤くなる一輝を見て、ジム会員たちは呆然としながらも万感の思いが胸にこみあげてくる。

 もじもじする一輝を呆然と眺めていた真木は、改めて姿勢を正すと深々と頭を下げた。

「おめでとうございます、及川さん。今年も幸おおき一年を、どうぞよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いいたしますぞ、真木先生」

 一輝も慌てて居住まいを正す。

 思いがけないお年玉に、ジム会員たちも心の中で「ありがとう。今年もよろしく」と頭を垂れた。



「ヤったって?」

 今年も開口一番デリカシーの無い菅生のひと言に、ジム内の会員及びスタッフ全員が盛大に舌打ちした。

「なっ……!」

 美奈子は一瞬にして赤くなった。顔を隠すようにタオルを被る想像だにしていなかった一面に会員たちはきゅんとし、菅生は虚を突かれた顔でつぶやいた。

「あ、ごめん……」

「榊原さん。近々キックボクシングのコース作ろうかと思っているんですけど、シミュレーションやってみませんか?」

 言いながら真木はサクサクと美奈子の手にグローブをつける。

「菅生、相手してね」

 広いフリースペースに誘導しながら真木は菅生を振り返りもせずに言う。

「おい!聞いてないぞ、そんな企画!おい!」

 フリースペースにいた会員たちは、さっと退いて空間を開ける。そして打ち合わせでもしていたかのように、真ん中に残された美奈子と菅生を囲むように人壁を作った。

「プロテクターは!?ちょ、待て、丸腰!?俺だけ丸腰!?あっちグローブつけてんのよ!?ちょ、え、イタっ!!待って!待てって!イタっ!痛いって!イタっ!ちょっ!ちょっと!ちょっ!イタっ!」



「オイル?」

「アロマオイルと言いますのかな。全身をマッサージするのに大変良いということで購入してみました」

「マッサージ」

「美奈子殿にはリラックスが一番らしいので、ささ、こちらにごろりと」

 一輝はリュックの中から出したバスタオルをラグの上に敷いた。

 週末の美奈子の部屋。この1週間の間にネットで取り寄せた物を、一輝は次々と持参したリュックの中から取り出す。

「普通こういうときってローションとかじゃないんですか?」

「ローションもございますぞ。だがしかしローションは全身マッサージには不向きと聞きましてな」

 コトンとひとつリュックからローションを取り出す。

「こちらはあくまで挿入の際の補助用品。小生の目的はまず美奈子殿のリラックスゆえ、アロマオイルが必要なのでござるよ。あ。香りも嗜んでみるでござるか?」

 リュックの中からアロマポッドを取り出した一輝に、美奈子は首を捻る。

「う~ん。なんだかちょっと違うような気がするのですが……」

「そうでござるか?」

 一輝はきょとんとする。

「ですが、女性用風俗のセラピスト殿たちはこうやって女性たちをもてなすと……」

「ほら違う!ズレてる!」

 美奈子は見つけたとばかりにぴしゃりと指を指した。

「私はもてなされたいわけじゃないんです!たとえ時間がかかっても、一緒に気持ち良くなりたいんです!だいたいなんですか女風って!どんな参考書読んできたんですか!」

「でも、リラックスは必要でござろう?」

 眉を下げる一輝に美奈子は説教モードに入る。

「一方的に気持ち良くしてもらっても、それはただのサービスであって、心が通じ合ったことにはならないでしょう?」

「でも、今必要なのは美奈子殿のリラックスでござるよ」

「心が通じ合えばリラックスできます!」

「……では、前回は心は通じてなかったと?」

「いえ、通じてましたけれども……」

 胡乱な目をする一輝に美奈子はややしどろもどろになる。

「とにかく私だけマッサージされるのはイヤです。私も一輝さんのマッサージをします!」

「その方が余計なんか変な感じするんですが、まあ……」

 手のひらを出してアロマオイルを要求する美奈子に、なんでこうなったのかなと思いながらも一輝は瓶を渡す。そして促されるまま上半身を脱いでバスタオルの上にうつぶせになった。

「それはそうとマッサージの手技などご存知なのですか?美奈子殿」

「何度かエステに通ったことがありますので、なんとなくですけど」

「おお。さすが。たしかに気持ち良い……」

 そんなに力は入ってないはずなのに、オイルで滑りやすくなった摩擦と暖かい感触がどうにも眠気を誘う。

「う~ん……、これは確かに……、眠気を誘われますなあ……」

「一輝さん」

「はい……」

 うつらうつらしながら一輝は返事をする。

「仰向けになっていただけます?」

「ああ……。これはかたじけない……」

 マッサージすると言っておきながら結局されて、懇切丁寧に表に返してもやって貰えるとは。遠慮しなければと思いつつ、一輝はうっとりするほどの快楽に抗えなかった。いや、こちらが終われば美奈子殿にも同じように気持ち良くなっていただければ良いのだ。一応一輝も動画を観て研究はしてきたが、ここはひとつ実地の勉強をさせてもらっていると思って……。

「一輝さん……」

「ん~……?」

 気持ち良過ぎて船を漕いでいた一輝は、隙間から空気の抜けるような返事をした。

「乳首、触っても大丈夫ですか?」

「ん……、んん!?」

 危うく了解しかけて一輝はぱっちりと目を見開いた。そしてがばりと起き上がりながら乳首を腕で隠した。

「ちくび!?」

 美奈子は忙しなく二度頷く。

「また、どうして!?」

「だって、このあいだ、何も感じないっておっしゃっていたから」

「もしかして開発しようとしてます……?」

 美奈子はゆっくりと頷く。

「なにゆえ!?」

「男性だって、気持ちの良いところがいっぱいあった方がよろしいでしょう?」

 当然でしょとばかりに言われて、一輝はたじろぐ。

「ええ?そんな……、えええ?そうなんですかあ?えええ?本当に~?えー………」

 美奈子はトンと一輝の肩を押した。

「えええええ~……」

 素直に一輝は横になる。そして遺言のようにつぶやいた。

「嫌いにならないでくださいよ……美奈子殿……」


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