彼も彼女も着替えたら・33
果たして一般の諸卿たちは恋人の家でパンツを洗ったりするものなのだろうか……?
ゴシゴシとパンツを洗いながら一輝は己の不甲斐なさに肩を落とす。これだ……、これだったのだ……、仲間が心配してくれたのは、このような不測の事態だったのだ……。稲垣は役に立たないことを心配していたが、自分はこっちの方だったのだ……。元気がいいでは済まされない、あまりにも独善的な暴走。満足させるどころの話ではない。誰だそんな先走った心配してた奴。そいつの方が先走ってるじゃないか。小生だバカ。
一輝は深く深くため息をつく。
「今日はもうダメ」と美奈子は言った。「今日は」なのである、「今日『は』」。望みはまだある。ここで尻尾を巻いて逃げてはならない。卑屈になってもいけない。まだイケる!まだイケるのだ!また頑張って行くのだ小生!いや、勝手にイってはいけないけれど!
「一輝さん?お荷物勝手に開けてしまって申し訳なかったんですけど、替えの下着持って行ってらっしゃらなかったから。置いときますね」
「か、かたじけない!」
即座に答えてホッとした。美奈子は怒っていない。美奈子の気持ちは変わっていない!小生の気持ちも変わっていない!もとよりもっともっと美奈子殿のことを愛しく思ってしまっている!だって暴発しちゃったもん!
硬く拳を握り締めたものの、やはりリビングに戻るときには気持ちが萎んで恐る恐る美奈子の顔色を伺ってしまう一輝なのであった。
「飲みなおしましょうか?」
すっかりパジャマを着こんだ美奈子が、リビングの入り口でもじもじしている一輝にニコリと笑った。
一輝はおずおずと美奈子の横に座る。美奈子は小さなコーヒーテーブルの上のチューハイを、一輝の前に滑らせる。一輝が小さく頭を下げて受け取ると、美奈子は自分のチューハイをこつんとそれに押し当てた。
「乾杯」
「……乾杯」
美奈子はテレビ画面に映る、さっきとは違う『とらせん』の映画を眺めながらつぶやいた。
「なんだか。性急過ぎましたね。ごめんなさい」
「いえ!決して!そんなことは……!」
一輝は被せ気味に否定するが、失敗した身としてはどうフォローしていいかわからない。
「小生が!小生が、あまりにも不慣れなもので……!というか!美奈子殿があまりにも美しく!魅力的で!気が急いてしまったのは小生の方で……!」
「私も怖いんです」
「……は……?」
画面から目を離さない美奈子の横顔を見ながら、一輝は間の抜けた返事をした。
「一輝さんに、セックスって期待したより気持ちよくなかったなとか思われるの」
「……え……そんなことは……」
「私だって、やってみたのは良いけど何にも感じなかったらどうしようって不安なんです」
「……」
「お互い様ですよね。どうしようどうしよう、セックスしたいけど、気持ちよくなかったらどうしようって」
「……小生は、美奈子殿にのしかかられただけで射精しちゃいましたぞ……」
美奈子は画面を見たままこらえきれずに笑う。そして続けた。
「一輝さんが、金時しぐれ先生の本を読んでるのを見て不安になったんです。BLに偏見が無いことは重々わかっていたつもりだったんですけど」
美奈子はやっと一輝を見た。
「もしかして、ああいうのを期待なさっているのかなって」
「……」
ややあって一輝の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「いや、むしろ小生は美奈子殿があのようなロマンチックな夜を期待なされているのかと思いましたが。普通、本の持ち主の方が感化されませんか?」
美奈子はじっと一輝をみつめる。一輝から目を離さずに続けた。
「以前BLを嗜まれていた男性に、好きなキャラクターは攻か受かと聞かれたことがありました。攻と答えたところ、『じゃあ、僕で攻気分を味わってみないか』と口説かれたことがあるんです」
一輝はあからさまにげんなりした。
「……なんですか、それ」
「もちろんきっぱりお断りしたのですが、もしかして、一輝さんもそういったプレイを私に期待されているのではないかと」
「いや、あの」
一輝は一気に脱力した。今までのド緊張はなんだったのかと思う。一輝はチューハイを置くと美奈子に向き直り、噛み砕くように話し始めた。
「小生は別にプレイとかごっことかしたいわけではござらんのであって。いや、美奈子殿がそのうちやりたいとおっしゃるのであれば、それはもちろんお付き合いするでござるが、まずは、その、きちんと美奈子殿と向き合いたいと言いますか、恋人同士として実直に愛し合いたいと願っているのでござってですね」
うーんと、と考えて一輝は思い切って言った。
「美奈子殿を抱きたいのでござる。美奈子殿の身体中を触って揉んで、挿入したいのでござるよ」
「嫌です」
「えーーーーーー!?」
まさかの速攻拒否に一輝は悲鳴を上げた。
「なにゆえーーーー!?」
「怖いからに決まってるじゃないですか!」
「は!?」
眉を顰めて頬を赤く染める美奈子はぶうたれてて、初めて見るそんな表情に一輝は断られたショックよりもなぜか胸の高鳴りを感じた。
「怖い、とは……?」
「だって!自分でも触ったことのないところに、なんか見たこともない得体の知れないモノが突っ込まれちゃうんでしょう!?嫌に決まってます!」
美奈子は両手で身体を庇って激しく拒絶した。そんな感情的な美奈子の姿を見るのは初めてだった。
「そもそもあんなところとあんなところって排泄口に近いところでしょう!?女性はまだ別の穴ですけど、男性は尿道と同じ器官なんですよ!?そんなもの……、そんなもの……、信じられない!!」
だいぶ酷いことを言われているのだが、美奈子の剣幕に一輝はいささか呆然としていた。普段落ち着き払ってクールな美女が、子供みたいに地団駄を踏んでいる。
一輝は身体の緊張が少し解けるのを感じた。美奈子とて、怖いのは一輝と変わらなかったのだ。
愛してるから、やってみれば気持ち良いのだろうとは思う。
だが、見たこともない器官と器官を、やったこともない方法で接合させねばならないのだ。
本当にそんなところをくっつけていいのか!?本当にそれで気持ち良いのか!?しかもそこ、普段は排泄に使うところですよね!?
一輝も一応医学書で女性器の図解を紐解いてみたが、構造が複雑すぎてあまり理解できないまま本番を迎えているのだ。受け入れる側の美奈子としては、たしかに性交に抵抗が生じるのはよくわかる。
「怖い、と、汚い。どちらがより強く抵抗を感じるのでござるか?」
一輝は美奈子を刺激しないよう、ゆっくり訊ねる。
「怖くて、汚い……。いえ、一輝さんのことは汚いとは思いませんけれども……」
言葉尻が小さくなる美奈子に一輝はほほ笑む。
「気を使わなくて大丈夫でござるよ、美奈子殿」
「……汚いとは……、たぶん見れば……思わないかも……」
確認作業だったのだな、と一輝は納得する。いくらBL漫画でなんとなくそういう形のものだろうとは思っていても、やはり実物となると恐怖や抵抗があるのだろう。そりゃあ誰だって「ハムスターだよ」と言われて手のひらにドブネズミを乗せられたらパニックになるに違いない。例えが適当かわからないが。
「いったんじゃあ、ちょっと……、見てみるでござるか?」
今のタイミングが適切かどうかわからないが、とりあえず一輝の情熱がおとなしくしている今ならちょうど良いかもしれない。無駄に怯えさせることはなかろうと、股間を指さし提案してみた。
両肩を抱き縮こまっていた美奈子はさっと顔を上げると、キッと一輝を睨みつけた。
「いいんですか?」
「……」
やっぱりあんまり良くないかもしれない。なんかやってる事は露出狂の変質者と一緒じゃないか……?そんな自問に自責の念が湧いてくる。だが、恐怖と期待の狭間で美奈子は、自分と同じく殻を破ろうとしているのだ。一輝は腹を括るしかなかった。
一輝は頷き、膝立ちのまま、スウェットのズボンをパンツごと下ろした。




