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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・31


「お風呂どうぞ、一輝さん。タオルも歯ブラシも脱衣所に用意してありますから。着替えはありますよね」

「は、はい。で、では……」

 脱衣所に入った一輝は両手で頭を抱えた。迂闊だった。実に迂闊だった。

 美奈子の部屋に来る前、夕食の買い物はどこでしようかと街を歩いていた際、美奈子がふと言ったのだ。

「一輝さんは、年明けを新しいお洋服で迎えたりされます?」

「いや、特別そういったことはいたしませんな。母が家中のタオルを新品のものに代えるだけで」

「そうなんですね。私の実家ではお年始にみんな、新品の下着に取り換えるんですよ」

「ほう。それはまたなんだか気持ちの良い習慣ですな」

「よかったら一輝さんもやってみません?」

「そうですな。では来年から……」

「善は急げですよ!今から買いに行きましょう、下着もお洋服も。ちょうど今日は年が明けて最初の週末ですし」

 罠だったのだ……。一輝は座り込んで頭を抱える。美奈子は今日のことを見越して、いや、最初から計画済みで一輝に着替えを購入させたのだ、きっと。

 いやいや。一輝は立ち上がり頭を振る。美奈子がそんなタチの悪いスケコマシのような狼藉を働くはずがない。きっと偶然だ。着替えの購入を勧めてくれたのは、きっと良かれと思ってのことなのだ。たとえ歯ブラシがもうすでに用意されていたのだとしても……。

 いやいやいや。一輝はぶんぶんと邪推を払う。美奈子殿の部屋には友達が泊まりに来るではないか。つい先日もイベントの前後に友達が宿泊していたという。そんなご友人のために用意された……。う~ん、決して来客用の使い捨てではなく長く使えそうな普通の立派な歯ブラシ、しかも色は渚ちゃんイメージカラーのブルー。

 いや、そんな、疑ってはいけない。そんなまるで美奈子が肉欲に飢えた雌ライオンのように一輝を取って食おうとしているだとか、いやらしいAVみたいにぐいぐい迫ってくる痴女みたいとか、そんなお人では!絶対にそんなお人ではない!

 一輝はがばりと服を脱ぐといったん正座して綺麗に畳み、またがばりと首から長袖の肌着を脱いで綺麗に畳んだ。パンツも靴下も綺麗に畳んで、新品の下着類が入っていた袋に仕舞う。丁寧に仕舞いながらも、夕べうっかり念のためにとか言い訳しながら観てしまったいかがわしいサイトの不埒なタイトルの数々を思い出し、いやいやいや、だめだめだめとひたすら雑念を追い払おうとしていた。

 お経を唱えながら念入りに身体を洗い、顔を洗い、頭を洗う。

 ふと、頭って洗っていいの?こんな時に?ていうかひとん家にお泊りさせてもらっといて?などと思ったりもしたが、濡らしてしまったものはしょうがない。ていうか、どこもかしこも綺麗にしておかないと美奈子に失礼になってしまう。なってしまうかもしれない。なったらどうしよう。ていうか、ホントにするの……?

 熱い湯船に浸かっているというのに、ガタガタと一輝は震える。

 これか……、これだったのか……。一輝は反芻する。

 美奈子のことが好きだから。性的に意識してしまったから、暴走する自分の気持ちを抑えることばかり考えて、いざ気持ちが通じたあとのことを真剣に考えていなかった。いや。考えてはいたのだ。性交できたらいいな~と。だから暴走しないようにと、夕べも不埒なサイトであらかじめ無駄な欲望を放逐したのだ。

 だが……。いざ、目の前の美奈子に、さあ来い!と言わんばかりに両手を広げられると……。

 新垣氏や築山氏があれほど心配していた理由がやっとわかって来た。

 ……本当に……、できるのか……?

 受験すら模試があった。面接だって懇切丁寧な指導動画がある。

 だがAVとはなんと、本当に心を通じ合った恋人同士に対してはあてにならない、ただのスケベなエンターテインメントであったことかと今さらながらにチョイスした教材を反省する一輝であった。かといって他に教材はないんだけれども。そこが日本の性教育の闇たるところなのかもしれぬ。

「一輝さん?大丈夫ですか?のぼせてません?」

 ドアの向こうから美奈子が心配げに声を掛けてきた。

「あ!だ、大丈夫でござる!今、今上がろうとしたところで……!」

 ざばりと立ち上がったところで、すりガラスだからよくは見えないとは思いつつも慌てて一輝はまたしゃがむ。

「パジャマ、置いときますね。どうぞ使ってください」

 パジャマまで……!一輝は天を仰いだ。



「じゃーん」

 風呂から出てきた一輝に、美奈子はDVDが詰まった箱を見せた。

 ややのぼせ気味で顔を真っ赤にしていた一輝は、その背表紙の数々を見てたちまち目を輝かせた。

「おお!これは懐かしの!」

 『とらせん』や『ハレ禁』の初期の映画や、一輝も美奈子も好きだと話していたアニメや古い映画のDVDがたくさん揃っている。

「私、お風呂に入って来ますので、よかったらお好きなものをご覧になっていてください。本も、どれでも読んでくださって結構ですからね」

 美奈子は箱を一輝に渡すと、脱衣所へ入って行った。

 のぼせるまで葛藤していたことなど忘れ、一輝はホクホクの笑顔でDVDを一枚一枚確認する。さんざん悩んだ挙句、1枚の『とらせん』映画のDVDをデッキにセットしようとして、テレビの前に飾ってあるタイシンのアクスタに気づいた。

 あたらめて部屋を見まわすと、アクスタやポスターやぬい、本棚にもあらゆる漫画や小説が並んでいる。だが、筋金入りのオタクにしては荷物が少ない。美奈子いわく、ほとんど実家に置いているらしい。

「ここに全部置いちゃうと、寝る場所が無くなるので」

 ベッドの横には年末のイベントでゲットして来たばかりの薄い本が積んである。一番上には伝説の金時しぐれ先生の新刊。薄い本であるはずの全然薄くない本を一輝は「おお」と感嘆の声を上げて、何気に手に取りパラパラとめくった。初期の頃より画風が変わったと評判の金時しぐれ先生。賛否両論あると聞くが、ひと頃に比べて確実に画力も上がり、今風な絵に変化しているのがわかる。並々ならぬ努力の跡が感じられ、一輝も金時しぐれ先生のことは物語のセンスも加えて好きな作家のひとりである。BLとはいえ人の心の轍を切々と刻み、読後感の哀愁も……って、わあ~お。

 一輝は瞼を閉じ、いったん深呼吸する。そしてまた本に目を落とす。

 たしか去年の夏には金時しぐれ先生の新刊は出なかったと聞いた。ファン待望の一冊はその名に恥じぬ充実っぷりというか濃ゆさである。

「おおう」

 始まった『とらせん』のDVDもそっちのけで、うっかり金時しぐれ先生の新刊にのめり込む一輝は、ふと思い至る。

 もしかしてこのようなめくるめく性交を望まれている……?

 いや!いやいやいや!一輝は心の中で思い切り手を横に、首も横に振った。

 そんな、読んだエロ本、見たAVを真に受ける中坊男子ではあるまいし、美奈子殿がこのような薄い本あるいはBLを参考になさっているなどと!一輝の仲間でさえエンタメと現実の線引きはしっかりしているのだ。そのような初歩的な誤解は同じオタクとして我ながら遺憾の極み!だが……。

 だが、では、美奈子殿の教科書は……?参考書は……?

 一輝は険しく眉をひそめる。

 女性はなにか特別な性教育を別に受けているのか……?

 一輝が『性教育』と銘打った授業を受けたのは中学生のときだけである。それも2時間程度。男女一緒に生殖や生理・勃起などについて、ざーーっとした内容だったと思う。男子が知らないだけで、いつの間にか女子だけ集められて、懇切丁寧な授業でもあったのだろうか?この男女同権・ジェンダー平等の昨今において、そのような授業形態で苦情が来ないはずはない。

 ということは、もしかして、女性も『性交』について探求しようとした場合、自然、教科書はエロ本やアダルトサイトになるのではないのか……?

 ということは……?

 一輝は改めて手の中の薄くない薄い本を見る。

「ええ……」

 果てしないプレッシャーが晴天のハワイを賑わすビッグウェーブのように一輝を飲みこんだ。

 

 


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