彼も彼女も着替えたら・2
中学生のとき机の引き出しに手紙が入っていた。
可愛らしい便せんには『放課後体育館の裏に来てください』と書いてあった。
察しの良い人間であれば告白か告白を模したイタズラと思ったであろうが、一輝は独特の思考回路を持っていたので、その時流行っていたアニメの一場面「選ばれた5人が体育館の裏に集まって異世界から魔法使いを召喚する」ごっこだと思い、のこのこ行ってしまった。行ったらクラスの可愛い女の子に「付き合ってください」と言われた。いきなりどこに?と一輝が戸惑っていると、後ろから何人かのクラスメートが出て来て大笑いされた。
不愉快だったが涙は出なかった。ただひたすら不愉快な顔をしていたらしい。
笑っていたクラスメートたちは徐々に笑いを収め、去って行った。
とにかく不愉快だった。
家に帰っても不愉快な顔は張り付いていたらしく、心配した母が何事かと聞いて来た。
親に言うほどのことでもない。言ってどうにかなるものでもない。というか、こんなこと言いたくない。「大丈夫です。何でもありません」と言うと、母は神妙な顔をして言った。
「お母さん、いつでも殴り込む準備はできてるからね」
母上には絶対何も相談できないと一輝は思った。
一輝にとって『かわいい』は『かわいい』でしかないし、『きれい』も『きれい』でしかない。『かっこいい』も『すてき』もそれでしかない。
それをどうにかしたいとか、人であればお付き合いしたいとか、そんな感情はまるで無い。
本なら読むし、アニメなら見る。フィギュアがあれば欲しいけど、別にクリアファイルでも充分嬉しい。持って読んで飾って楽しむ。一輝の『好き』はそういうことだ。
コミュニケーションが苦手なわけではない。リアルな友達も何人かいるし、ネットの向こうにも趣味を同じくする同志はたくさんいる。それも『好き』な仲間だが、楽しい話がたくさんできるから『好き』なのである。そこには男か女かわからない『大好き』な同志がいっぱいいる。
『付き合う』とはどういうことなのか。『好かれる』とはどういうことなのか。
同じクラスメートではあったが、彼女とは趣味の話も『好きなこと』の話もしたことはなかった。だからどうして『付き合う』という単語が出てきたのか皆目見当もつかなかった。
『付き合う』とはゲームのイベントなどに『付き合う』ことではないのか。どうしてそこに『好かれる』という単語が入って来るのか。ゲームが『好き』だから同じくその『ゲーム』が好きな小生にイベントに『付き合って』くれという意味なのか。一輝は思考を巡らせる。
それにしても間の説明も何もなしにいきなり「付き合って」と言われてからの、隠れていた人々が出て来てからの嘲笑までもが不可解すぎて不愉快極まりない。あれは絶対嘲笑だった。思い出しても気持ち悪くなって一輝は眉を寄せる。
なぜ小生が嗤われなければならないのか。なによりなんの説明もなかったことが実に腑に落ちない。
一輝はうむと頷くと勉強道具をすべて仕舞い、パソコンを立ち上げゲームを始めた。
次の日、学校に行くなり昨日の少女にどこに付き合えばいいのかと一輝は訊いた。ゲームのイベントかオタクグッズショップなのか、はたまた鉄道模型屋さんか恐竜博物館か。一輝は意外と手広いオタクである。ぎょっとして戸惑う少女を助けるかの如く、「なにマジに取ってんだよ、揶揄われたのもわかんねえのかよ」と昨日出てきたクラスメートたちが寄って来たところで一輝はまた問う。「揶揄うとは?」
「なぜ小生が揶揄われねばならんのですか?」
「『小生』だってよ!」
クラスメートのひとりが一輝を指さして笑う。
「そういうところがキモチ悪ぃからイジってやったんだよ!みんなに馴染めるようによ!」
馴れ馴れしく肩を組んでくる彼の顔をまっすぐ見て一輝は言った。
「『イジる』は『イジメ』に繋がりますが、警察に通報してもよろしいか?」
「はあ?」
彼は途轍もなく怪訝な顔をした。
「なーんでこれくらいで警察……」
「『イジる』はいずれ『イジメ』に繋がる。君たちは小生のことをイジメようと思って揶揄ったのであろうと推察させていただいた。君たちはまだ中学生だ。前科が付くには気の毒すぎる。だから犯罪予防の観点からも早めに警察に通報しておこうと思う。今ならまだ小生は不登校も自殺も考えてないし、未遂で済むであろうから」
「てめえ!」
襟首を掴まれた一輝はますます毅然と言い切る。
「ここで小生が怪我でもしようものならますます言い訳できなくなりますぞ。その覚悟はおありか」
「そんなもの『冤罪』でしょう!」
叫ぶ少女に一輝は一喝する。
「人を揶揄い、襟首掴んだことを、やった方が『冤罪』で済まそうとするのか!」
「それくらいのことで警察とか言う方が……!」
「小生は傷ついた!不愉快だった!それを『それくらい』と言うのは加害者側の慢心でござる!」
教室内は水を打ったように静かになった。
気がつけば数人の生徒が一輝と彼に向ってスマホを掲げていた。
一輝の『好き』はアニメやゲームに関わる『好き』だ。趣味を同じくする同志たちは皆『好き』だ。榊原殿がコラボカフェに誘ってくれたのは同志だからだ。こういうわかりやすい『付き合い』が一輝には好ましい。
さて、週末はやはりオタクの正装、キャラクターがプリントされたトレーナーを着て行くべきであろう。プリントキャラは『渚ちゃん』にするのかそれとも美奈子に合わせて『静香さん』にするのか迷うところである。それともキャラクターではあまりに主張が強すぎるからここはひとつ推し色で主張して、『渚ちゃん』のイメージカラーであるブルーと白のチェックシャツにするべきか。
コラボカフェで食事をしたあと、どこに行こうか。グッズショップか本屋か。すでに廃刊になってしまった漫画を常々探したいと思っていたのだが、古本通りにも付き合っていただけるであろうか。いやいや、こんなことに付き合っていただくなど申し訳ない。これは解散してからでも……。
一輝ははたと気づく。
約束はコラボカフェだけであった。小生としたことが気が逸ってしまったようだ面目ない。
ひとり額をぺしりと叩き、はははと笑ってみる。
コラボカフェの予約時間は90分。何を話そう。渚ちゃんのことはもちろん、できれば『ハレ禁』のことなども教えていただきたい。榊原殿がこちら側へこられたきっかけの作品のお話なども。会社ではなかなかできないオタ話を。
いつもと違う週末が待ち遠しい一輝であった。




