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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・27


 オタクの年末は忙しい。

 血を吐くような入稿が済んでいたとしても、仕事納めに旅行の準備、久しぶりに会う友へのお土産選びや落ち合う場所の打ち合わせなどやることはてんこ盛りであった。

 一輝も美奈子も最前線を退いて久しい。

 だが友人たちはまだ現役で活躍する者が多い。忙しさはピーク時より半減したとはいえ、そのサポートでそこそこ慌ただしかった。

 あれだけ盛り上がったクリスマスの後だというのに、一輝と美奈子はジムはおろか週末にも会うことは出来なかった。

『申し訳ござらん、美奈子殿。会いたい気持ちは山々なれど、半年、いや年に一度の友との再会があるゆえ……!』

『構いません、一輝さん。私も友人サークルのお手伝いがありますので。ちなみに1日目のみの参加になります』

『小生は1日目は一般で入場しますが、そののち友人のサークルに合流いたします。2日目は最初からサークルでの参加となります』

『会場でお会いすることは叶わないと思いますが、どうかお身体にお気をつけて』

『美奈子殿も健闘をお祈りいたしておりますぞ!』

 あの広い会場で偶々を期待して会えることはまずない。約束をしていたとしても難しいほどの混雑だ。さらに言うなら、人と会う暇があったら目当てのサークルに突進する方が100倍重要事項である。それがわかっている一輝と美奈子には無駄な会話など必要ない。ただお互いの健闘と幸せを祈るのみである。

 クリスマスの一夜を共に過ごした間柄でありながら、ふたりは弁えた恋人同士であった。



「で、及川氏。何故まだこの時間このようなところに」

 ネカフェのVIPルームでゴロゴロと戦利品を自慢し合いながら眺めながら、まだ帰ろうとしない一輝に細身のメガネの男性が尋ねる。

「なぜ帰らねばならぬのですかな、築山氏。イベントの後は毎年5人で初日の出を拝もうと言っては寝過ごすのが恒例ではござらんか」

 心外だとメガネを薬指で上げる一輝に別のメガネが言った。

「いやいや。及川氏には大事な彼女殿がいるであろう。初日の出・初詣は彼女と詣でるものではないのか」

「そうだぞ、及川氏。そもそも年末のこの時間に我々と過ごしている方がおかしい。恋人とやらがいる者は、この時間カウントダウンパーティーとやらに繰り出すのが定石ではござらぬのか?」

 寝転んでいた少し小さめのメガネが起き上がって捲し立てると、椅子に陣取っていたメガネ無しの背の高い男が乗り出してきた。

「そもそもその恋人とやらは本当に実在するのか及川氏。小生達、及川氏を疑うつもりは全くなかったが、この二日間の抜けないオタクぶりと今現在の大晦日とは思えぬ落ち着きっぷりを見るに限り、何か悪い妄想に取り憑かれているか、カウントダウンを2人で過ごさなくても平気な悪い女詐欺師に引っ掛かっているかのどちらかではないかと心配しておるぞ!」

 いかに!?

 ずずいと迫ってくる4人に気押され、一輝は狭い室内の壁際に追い立てられる。だが次の瞬間破顔し、あまつさえ熱くなる目頭を押さえるなどもした。

「いやはや……。やはり持つべきものは友ですな……」

「及川氏……!」

「及川氏!」

 男達は口々に叫び、その肩を掴む。

「いや。心配ござらんよ。なにも心配ござらん。むしろ心配をかけてしまった小生を叱って欲しいくらいでござる」

 一輝は首を振りながら手のひらを掲げると微笑み、そして至極真面目な顔をして頷いた。



「で?」

 メガネのひとりが言った。

「で、とは?」

 一輝は神妙に答える。

「いやいや、及川氏。我々もそこまで無神経な出歯亀ではござらんよ?」

「そうそう。いくら少々おかしな趣味を持つ我々とて、興味本位で聞いているのではござらんのよ?」

「ただ、その、本当に大事なクリスマスの夜を貴重なレアゲームで過ごしたとしても、そのあとはいくらなんでも?」

「初めての恋人との、初めてのクリスマスでござろう?」

 ずずいと顔を寄せてくる4人に、一輝は訝し気な顔で答える。

「いや、本当にゲームを一晩やっただけでござるよ。美奈子殿とはそれ以上のことは……」

「及川氏!!」

 メガネたちは叫ぶと、さもありなんとばかりに座り直した。

「やはりこれは詐欺でござるな」

「オタクは純情だから軽く騙せると思ったのであろうな」

「今のところ現金の被害は無いようではあるが」

「わかりませぬぞ。年が明ければ及川氏が贈ったという静香さんフィギュアがオークションサイトに登場するかもしれませぬ」

「いや、もしかしたらもう……」

 メガネたちは頭を寄せ合い、いそいそとスマホでオークションサイトを検索し始めた。

「美奈子殿はそういうお人ではござらぬ!!」

「さりとて及川氏!!」

 強く否定する一輝に、被せるようにさらに強くメガネではない男が被せる。

「クリスマスの一夜を共に過ごして何もさせない女子などなんの信用があろうものか!レアゲームなど!己の身体に指一本触れさせぬための罠に相違ないではないか!!」

 強く言い放つ男に、ひとりのメガネがぽつりと言った。

「……小暮氏。もしかしてまた騙されたのであるか?」

 小暮と呼ばれた男はがくりと床に手をついた。

「なんだ小暮氏。またキャバ嬢か?」

「地下アイドルのりるりるか?」

 冷静に言い放つメガネたちに小暮は項垂れる。

「メイドの……ほーみーちゃんが……こともあろうにできちゃった結婚を……」

 メガネたちはあーあと頷き、ため息をつく。

「それは入れあげた小暮氏が悪いでござるよ」

「彼女たちは仕事でござるのだから」

「いい加減二次元に戻って来るでござるよ、小暮氏」

 前科が多いらしい小暮には誰一人同情する者はなく、ただ一輝のことだけは皆本気で心配している。

「女性というものはクリスマスや付き合って一周年記念など、とてもイベントごとを大切にする生物と聞き及んでおりますぞ。なのにその大事なクリスマスに何もなかったなどと……」

「そこはそれ、美奈子殿も小生たちと同じくオタクの身。一般的な恋人同士の甘い時間より、慣れ親しんだゲームなどの方がより親密度を深められると思ってのことだと……」

「だがしかし及川氏……」

「それに。恋人として意識し始めたのは小生の方が先ゆえ、美奈子殿にはゆっくりと小生のことを恋人と意識してもらいたく。そう焦ってはいないのでござるよ……」

 はにかんでうつむく一輝に、嫉妬より心配の方ががぜん募る仲間たちである。こんな初心な顔されたらますます傷ついたときのことを考えて、不安になってしまう。でももう、すっかり初めての恋にのぼせ上っているらしい一輝には仲間たちの忠告など耳に届かない様子で、どうしたものかと不安になっているとき、一輝のスマホからメッセージの届いた音がした。

「お。美奈子殿」

 一輝のスマホに、一斉に仲間が無遠慮に詰め寄る。

 開かれた画面には、一輝がプレゼントした静香さんフィギュアと鏡餅が並んだ写真に、『あけましておめでとうございます 今年もふたりでいろんなところに行きましょう』とメッセージが添えてあった。

「何故本人の写真ではござらんのか!?」

「こういうときは軽薄に本人が一番かわいいと思い込んでる表情で顔の横に指ハートとか作った写真を自撮りして貼り付けて来るもんではござらぬのか!?」

 いつの間にか年が明けていたこともそっちのけで、仲間たちは一輝に詰め寄る。

「自分の顔も送って来ぬ女人など、本当に彼女と言えるのでござるのか!?言えるのであれば今ここでビデオ通話をしてみせるがよい!!」

 勝手に壊れかけていた小暮がやけっぱちのように一輝を指さした。

 女性というのはいくら付き合っていても、彼氏の男友達に見世物のように紹介されることをとても嫌うものだと言うのは、全然モテたことのない一輝の仲間たちでさえマメ知識として知っている。だから言いたくても言えなかったことを言ってくれた小暮に、内心少々女に騙されやすいダメなやつと小バカにしつつも感謝した仲間たちであった。

「え~……」

 そんなことは百も承知の一輝は露骨に嫌な顔をしてしまう。しかし仲間たちは心配なふりをしつつも、満ち満ちた好奇心を隠せない視線で一輝を射抜いている。

 一輝としては美奈子の不快を少しでも買いたくない時期である。付き合い始めてはいるが、これといって「まちがいなく恋人同士です!」といった決定打がまだないのである。そんなまだ足元がぐらついているときに、仲間に紹介などと浮ついたことをやってきれいさっぱりフラれてしまったら、失恋と仲間内への恥ずかしさで生きる気力を失ってしまいそうな気がする。だが、さあさあ!と言わんばかりの仲間たちの眼圧に圧されて一輝は震える手で美奈子にメッセージを送る。新年の挨拶と共に、仲間たちが美奈子殿にご挨拶したいともうしております、と。

 送信してすぐに後悔するも、「嫌です」と一言返事が来ればそれですべてが終了すると一輝が覚悟した瞬間。バイブにしていた着信音が響いた。驚きのあまり一輝は一回スマホを落としてしまった。


「あけましておめでとうございます」

 画面の向こうでほほ笑む美奈子は、きっとお風呂も済ませてすっぴんだったろうにとても美しかった。

「いやはや、申し訳ない!こんな夜中に……」

 自分がとてつもなく非常識なことをしてしまったことに一輝は今さらながら恐縮する。

 呆気に取られて画面を覗いていた仲間たちも美奈子がすっぴんであることに気づき、慌てて画面から遠ざかる。

 だが美奈子はくすくすと笑うとはっきりと言ったのだった。

「初めまして。一輝さんとお付き合いさせていただいてます、榊原美奈子と申します。一輝さん共々、今後ともどうぞよろしくお願いしますね」

 おずおずと画面に戻って来た仲間たちは、「あ、ども」と間抜けな挨拶をするのが精いっぱいであった。

 

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