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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・25


「え?」

「え?どうかしましたか?」

「美奈子殿はもしかしておひとり暮らし……?」

「ええ、そうですよ。あれ、言ってませんでしたっけ」

 一輝に貰ったバラの花束を抱えたまま来客用のスリッパを出しつつ美奈子は言った。

 一輝はしまった、と思った。



 美奈子の家、ということはもちろんご両親もご在宅ということで。これはもしやご両親に紹介されるという流れではあるまいか!?と一輝はおおいに焦り始めた。

 いやいや、たとえ紹介されるにしてもまずはお友達としてだからそんなに緊張することは……、と思いながらも一輝ははたと気づく。もしや榊原家には一夜の契りを結ぶ前にご両親にご挨拶せねばならぬ家法があるとか……!?いやいやまさか、と一輝は首を振る。だったらあんなに突然美奈子殿が小生をラブホテルに連れて行くなどあるわけもないし。いや、待て、もしかして結婚!?一輝はがばりと顔を上げて目を瞠る。美奈子殿はもしかしてそんな先まで見通しておられるのか!?いや違う!一輝は頭を押さえる。きっと美奈子殿とラブホテルに行ったことがなにかのはずみでご両親にばれ、そんな不届きな奴一度家に連れて来い!成敗してやる!とお怒りになっておられるのかもしれない……!嫁入り前の娘に懸想するとは何事だ!懸想だけならまだしも、ラブホテルだと!?打ち首にしてくれるわ!!一輝の脳裏には赤穂浪士の衣装を纏った、まだ見たこともない美奈子の母が太鼓を叩き、父が幟を掲げて一輝の方へ向かってくる。いやいやいやいやいや……!一輝は両手で顔を挟み、真っ青になりながら冷や汗をかきまくった。

 思い出に残る初めての夜どころではない。

 討ち取られに行くのに、やれコンドームだの潤滑ゼリーだの準備している場合ではない。

 最低限首だけは取られないよう、清廉潔白な社会人としてご挨拶せねばならない。

 一輝は検索していた『コンドーム』だの『潤滑ゼリー』だののページを即座に閉じると、『彼女 ご両親 ご挨拶 お土産』で速攻検索し始めた。



「まあ。フルーツ屋さんのバウムクーヘン!紅茶まで!私、これ大好きなんです!ありがとうございます!」

 一輝に渡された手土産を見て、美奈子は無邪気に喜ぶ。

「いやはや、その、なんだか堅苦しい手土産になってしまって申し訳ない。てっきりご実家だと思い込んでいて……」

 美奈子はくすくすと笑いながら一輝のコートを受け取ろうとする。一輝は「あ、自分で」と言いながらハンガーを受け取った。コートの下はスーツ。てっきり美奈子の両親がいるものと思い、結婚の申し込みさながらかしこまった格好をしてきた一輝を、なるほどどおりで、と美奈子はほほ笑んだ。

「実家は隣の県なんですよ。通勤できないこともないんですけれど、かかる時間と交通費考えたら一人暮らしの方が楽かなって。一輝さんはご実家ですよね?」

「お恥ずかしながら、まだ寄生させてもらっております」

「不自由ないならそれもいいですよね、経済的ですし」

「それが一番の理由です」

 一輝はもう一つの紙袋からスパークリングワインを取り出した。

「それと、美奈子殿、これ。一応冷えてはおるのですが、飲むまでもう一度冷やしておきますかな?」

「ありがとうございます。じゃあ、こっちに」

 美奈子は氷を敷き詰めたボウルの中に受け取ったスパークリングワインを突っ込んだ。

 テーブルに並べられたサラダやフライドチキンを見ながら一輝は申し訳なく思う。

「言われるまま手ぶらで来ましたが……、小生が持ってくればよかったですな。美奈子殿ひとりに用意させてしまって面目ない」

「いいえ~。私が作ったのなんてこのシチューだけです。あとは全部買ったもの。一輝さんだってワイン買って来てくださったじゃないですか。充分です」

「おお!シチューは美奈子殿の手作りとな!」

「私、シチューとカレーだけは作るんです。お気に入りのお鍋なので」

 自慢げに美奈子は鍋を掲げて見せる。引っ越し祝いに友達が買ってくれた赤くて丸いホーロー鍋。

「おお。たしかに可愛らしい鍋」

 一輝も感心する。女性同士というのはこういう日用品も楽しむところがとても好ましくうらやましい。そしてたしかにセンスがいい。重ね重ねうらやましい。

「シチューはおかわり自由ですけど、ケーキの分のお腹は開けといてくださいね」



 まずテーブルの上のご馳走の横には渚ちゃんぬいと静香さんぬいを置き、一輝と美奈子はそれぞれ写真を撮る。次にぬいをタイシンアクスタに交換してまた撮影。食事が済めば、今度はケーキの横にまたぬい、そしてアクスタと写真を撮った。

「いやはや。このような華やかなクリスマスもいいものですな」

「あら。お友達とこういうこと、なさいませんでしたか?」

 言いながら美奈子は「一緒に撮りましょう」と一輝の横にぴたりとくっつき、顔の横に静香さんぬいを並べる。一瞬一輝は強張ったものの、すぐに顔の横に渚ちゃんぬいを並べて、美奈子のスマホに向かってガチガチの笑顔を作った。

「しょ、小生たちのクリスマスパーティーなど、いいとこカラオケボックスでスナック菓子を持ち寄るくらいのものでございましたよ」

「やりました!私もそれ!気兼ねなく騒げますものね」

「話が止まらぬオタクには格好の集合場所ですからな」

 笑いながら一輝は頭の中で経典を開いていた。和やかだった食事から一転、急に美奈子に接近され、迂闊にも脊髄に甘い攻撃を受けたのだ。一輝はにじみ出そうになる脂汗を気合で押さえながら、なむなむと心の中で唱えた。

 クリスマス。愛しい彼女の家。穏やかな時間。奇しくも好条件がすべて揃っているというのに、惜しむらくは実家だと勘違いしていたゆえにコンドームも潤滑ゼリーも用意して来なかったのだ。

 一輝は奥歯を噛みしめる。急いてはいけない。早まってはいけない。いくら好条件がそろっているとはいえ、何も武器を携えてない状態でことに及んではいけない。好きだからといって、『性愛』とはただ気の赴くままに身体を繋げればいいというものではないのだ。真に相手を思いやるのであれば、まず避妊はやってしかるべきマナーなのである。なんの準備もなしに雰囲気に流されてはいけない。多少、いや、かなり残念ではあるが、今回は小生の判断ミスが招いたこと。ここは潔く諦め、クリスマスプレゼントをお渡し次第お暇するに限る。

「あ、そうだ。私、一輝さんにクリスマスプレゼントがあるんです」

 一輝の心の声など聞こえていないはずの美奈子が、不意に両手を叩いて弾んだ声を上げた。

「ななな、なんと!実は小生からもプレゼントが」

 バッグの中から包みを取り出し振り返った一輝の鼻先に美奈子が用意したプレゼントが差し出されていた。

「これは……!」

 ふわふわのラッピングペーパーから顔をのぞかせた茶色い髪のきりりとした目つきのぬいぐるみ。

「景天ぬいです」

「なんと愛らしい!」

 一輝は受け取りながら顔を輝かせる。ラッピングを解くときちんと皇城司の衣装を纏っている。

「ぬいづくりの先生にお願いして作っていただきました。ほら。剣もちゃんと」

 別に作ってあった景天の愛用の剣も渡される。

「すごい!ちゃんと脇に差せる!素晴らしい出来ですな!これは嬉しい!」

「喜んでいただけて、よかった」

「いや、これは本当にとても嬉しいです。ありがとう、美奈子殿」 

 目を輝かせる一輝に美奈子は素直に喜んだ。

 しばらく景天ぬいをみつめて喜びに浸っていた一輝であるが、はたと正気に戻り両手で美奈子に包みを差し出した。

「これは小生からのクリスマスプレゼントでござる!喜んでいただけると幸いなのですが……」

「ありがとうございます!まあ。なにかしら」

 受け取った20センチほどの長方形の包みを開けると、美奈子は目を見開いた。

「こ、これは……!」

 

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