彼も彼女も着替えたら・23
「今日じゃないんです!!」
一輝もカップを置いて叫んだ。
「今日ではないと思います!!」
「何故?」
美奈子は首を傾げる。
一輝は居住まいを正して美奈子と向き合った。
「まず、ラブホテルです」
「絶好のロケーションですよね?」
「違います」
「だって、セックスするためにあるんでしょ?ここ」
「いや、そうなんですけれども……」
一輝は無邪気な美奈子に脱力する。
「小生は、美奈子殿との初めては、もっと素敵な場所で迎えたいのです!」
美奈子は少し考えて、なるべく表情を変えないようにして言った。
「意外とそういうの、こだわるタイプですの?」
一輝の目が半開きになる。
「……今、面倒くさい奴だな~とか思ったでしょう?」
「オタクだからしょうがないのかな~って」
「いいですか、美奈子殿」
一輝は薬指で上げた眼鏡をきらりと光らせた。
「小生、オタクの全プライドを賭けて、美奈子殿に素敵な、は、は、初めての夜をプレゼントいたしますからな!!」
力こぶを掲げたは良いが、はたと一輝は正気に戻る。
「……初めて……、で良いのでござるかな?美奈子殿?」
振り向くと美奈子はあ痛たたと腰の後ろを押さえていた。
「ど、どうしたでござるか!?美奈子殿!?」
「さっき打ったところが……」
「何か冷やすものを……!」
タオルを濡らしに浴室へ行き、冷蔵庫から氷を取り出して包む。一輝が服の上から冷やそうとすると、美奈子はニットをまくり上げた。
「赤くなってないか、見てくださいます?」
「え、あ、はい……」
白いニットと黒い下着が捲り上げられ、美奈子のすべらかな肌があらわになる。
「もう少し下だわ……」
美奈子は言いながらタイトスカートのファスナーを下ろし、腰を捻って少しずらし、ヒップの近くまでをあらわにする。
「……あ、ちょ、ちょっと……だけ、あかくなってます……かな……?」
ぎりぎりまで下ろしたスカートの上から黒いショーツのようなものがちらりと見えて、一輝は見てはいけないと顔を逸らし、でも患部は見なきゃと葛藤しながらちらちらと見てしまう。
美奈子はばさりと長い黒髪を右肩にまとめ流し、左の肩越しに一輝を流し見た。
「……全部、脱いだ方が、良く見えますか?」
「な……、な……、な……!」
一輝は吹きこぼれるほど真っ赤になった。
「なんということを美奈子殿ーーーー!」
でも腰にあてた氷入りのタオルは外さなかった。
美奈子が難しい顔をしてジムにやって来たのは、鬼の形相の一輝が来た次の日。
ケンカだな……ケンカしたなこりゃ……とジムのあちこちから囁きが聞こえるなか、無神経な菅生が口火を切った。
「どうした。別れたか」
美奈子は神妙な顔でため息をついた。
「抱いてくださらなくって……」
菅生は咳き込み、ジムのあちこちでは小さな感嘆の声が上がった。
「……出入り禁止にしますよ、榊原さん……」
さすがに渋い顔で言う真木に、美奈子は素直に謝る。
「ごめんなさい、真木先生、つい」
「もうすぐクリスマスだからなんか考えてんじゃねーの?及川さん。あの人こだわり強そうじゃん。オタクだから」
美奈子の悩みが真剣だと悟ったのか、真木に怒られたことに同情したのか、珍しく菅生がフォローに回る。
「だったら嬉しいんですけれど……」
この美女を怒らせたり笑わせたり悩ませたりする、あのオタクのポテンシャルとは一体。ジム内の空気はクリスマスに向けて妙な期待値を爆上がりにさせていた。
「なんということ……」
インバウンドの影響もあってか。クリスマスもクリスマス前後も、軒並みホテルは満室だった。というかそもそも1か月も切ったところでクリスマスにホテルを予約しようなどというところがこざかしいのだが、クリスマスにホテルに泊まるような縁のなかったオタクだし、美奈子がここに来てその気になってくれるなど予想外だったし、一輝にとっては仕方が無いと言えば仕方が無いことなのではある。だが「仕方が無い」で美奈子をがっかりさせたくないのが男心である。
よもや自分がこんな風に女性を喜ばせようと奔走することになろうとは、一輝は夢にも思っていなかった。
こんなにも実家暮らしの自分を恨めしく思ったことはない。
たとえ子供部屋おじさんと言われても、働いて家にお金は入れているし、将来的にはひとり息子の自分が両親の面倒を見ることになるのだから、ずっと一緒に暮らしていてもなんの不都合もなかろうと思っていたのである。
それがよもや、クリスマスに彼女とお泊りする場所が無いという大ピンチに陥ることになろうとは。
どれだけ大ピンチであろうとも、実家に初めての彼女を、初めての夜を迎えるために泊めるなど、どんな恥知らずでもやってはいけなかろう。
いや。美奈子殿にお借りしたBLではあったかな?あれはでもたしかご両親が親戚の法事に行っていてお留守だったはず……。
いやいや、と一輝は正気に戻るべく頭を振り、でも一応リビングのカレンダーで両親のスケジュールをチェックとかしてみた。来年の正月まで何も書き込まれていない。残念。
一輝はノートパソコンの画面をスクロールしまくる。
いっそ遠くに旅行がてら一泊してもいいだろうかとも思った。だが所詮そこらへんはいわゆるリア充の皆さまがハロウィンも始まらないうちからさっさと押さえていて、昨日今日彼氏彼女になった一輝の入る隙間など残されていない。
こうなったらもう、あれほど嫌だと言ったラブホテルしか残されていないのだろうかと一輝は苦渋の選択を迫られている。だがこれがまた悲しいもので、ラブホテルもまたクリスマスだけは予約でいっぱいだったりとかして、恋愛事超絶初心者の一輝にはハードルが高かった。
とはいえ。検索したら一軒のラブホテルの一室が、まだ空いていた。
どうする、小生。一輝は葛藤する。
写真を見るに掃除も行き届いて、一応綺麗そうな部屋ではある。だが、ライトはいかにもな淫靡なピンクだし、浴室もトイレもスケスケのガラス張りだし、本当にもう、やるだけです!って感じの飾りっけもなにもないデカいベッドと申し訳程度のソファだし……。こんなところで美奈子殿に素敵な初めての思い出を残させてあげることができるのか……。初めて……?なのかな……?それはともかく、アメニティーは充実しているし、ベッドサイドにもいろいろと必需品は用意はされているらしいが、こういうところのコンドームはなんかイタズラとかされていると小耳に挟んだことがあるのでどうにも信用できないし、まあそれは自分で用意すればいいし、……できるかな……自分で買いに行けるかな……コンドームなど小生購入したことが無いので一体どうやって買えば……小生などが買っては父上のお使いなどと誤解されるのでは……、いやいや、いくらなんでもそれは、あ、潤滑ゼリーとやらも用意した方がよいであろうか……、あの場にあるのは何が入っているかわからないから、やはり自分で用意した方が……、小生のテクニックがあまりにも稚拙な場合、美奈子殿にケガを負わせては……、いや、その時はいったんやめて、また小生が技を磨いてから再度挑戦させていただくようご進言申し上げなければ、美奈子殿に無体は働けぬから……、いや、潤滑ゼリーってどこで……。いやいや、ちょっと待て小生落ち着け、何をイキリ勃とうとしているのだ、今は企画立案の戦略構想を練っている段階で、今はそんな思い出したり想像したりして辛抱堪らなくなっている場合ではないのだから、落ち着け……!落ち着くのだ小生……!
悶々と思考の波に呑まれ、今にもお経を唱えんとしていると、スマホがメッセージを着信した。
『クリスマスは私の家に来ませんか?』
美奈子だった。
ところでエロ漫画も読まなければ風俗経験も無い一輝が、『ローション』ならぬ『潤滑ゼリー』を用意しようとするあたりがすでにBL脳になってしまっているところに、本人はまだ気づいていない。




