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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・21


「はい、一輝さん、これ。続きです」

 席で会計を待つ間、美奈子が袋に入った平たいものを一輝に渡した。

「おお。ありがとうございます。週末でもよかったものを」

「今日お会いできると思っていましたから、ついでにと思って」

「いやいや、嬉しいですな。先が気になってソワソワしておりましたので。たつみうま先生はお話の構成が非常にお上手で、読みごたえがありますからな」

「気に入っていただけて光栄です」

「え?たつみうま先生?」

 スマホを見ていた真木が不意に顔を上げた。

「あら?ご存じですの?」

 真木はジムでは見せない無邪気な顔を見せた。

「わー、懐かしいなー。学生の頃よく読んでたんですよ」

「真木先生が学生の頃というと……」

「6年ぐらい前かな」

「まあ。じゃあ真木先生がちょうど商業デビューされた頃」

「そうなのかな。あの頃は仲間内でBL読んでる人も少なかったんだけど、バイト先のお客さんがこういうのがあるよって教えてくれて」

 一輝が渡してくれた袋から本を出すと、「まだ読んでないな」と真木は言った。

「本屋でBLのコーナーに行くのも恥ずかしかったから、初めは女の子の友達に着いて来てもらったりとかして。でも、そのうちひとりでも買いに行けるようになって、結構いろんな本読みました」

 本を返しながらにこにこと真木は笑った。

「珍しいのではありませんか?ゲイの方はBLはお嫌いなものだとばかり思っていました」

「なになに、なんの話?」

 トイレから帰って来た菅生がすかさず会話に割って入る。真木はちらりと横目でそれを見て、また美奈子を見た。

「そういう人もいますね」

「なになに、なんなの」

 美奈子は一瞬考えて、一度だけ瞬きをした。

「BLの話です」

「はあ?なに、そんなもん読んでんの?」

 いかにも軽蔑するように眉を寄せた菅生は、一輝が掲げた本に目をやった。

「え?及川さんが?」

 意外そうに目を開く菅生に、美奈子が言う。

「私です」

「どーりで」

 菅生はあからさまに鼻で嗤った。

「浮世離れしたお嬢さんだと思ったよ。なに、男同士の恋愛だったらそんなお綺麗なもんだとでも思ってるわけ?それで男女の恋がナマナマしくて先に進めないの?幼稚だねえ~」

「僕もBL読むけど?」

 感情の無い声で言う真木に、菅生は「え?」と小さく驚く。

「もしかして菅生先生は月9やAVを真に受けていらっしゃるタイプですの?」

 美奈子は訝し気に菅生を見る。

「男と女なんてあんなもんだろ」

 美奈子と一輝の顔がたちまち嫌悪というか憐憫というか、なんともいえない表情に曇って行く。そして声を合わせる。

「引くわ~」

「な、なに……」

 馬鹿にしたつもりが瞬時に跳ね返されて菅生は少しのけ反った。

「どおりで救いようのない恋愛脳……」

「どおりでいらぬお節介を……」

 美奈子と一輝はこそこそと言い合う。

「なんなんだよ……!」

 はっきり言えよ!と菅生が言うと、一輝は怒りも軽蔑もせず、ただ静かに言い含めるように話した。

「この世のエンターテイメントは『だったらいいな』とか『だったら面白いな』の表現であって、どれも事実ではないのですよ、菅生先生」

「ドラマみたいな収まりの良い恋愛なんてあるわけないですし、AVみたいなセックスやってるわけないでしょう、誰も」

「あ、美奈子殿、せ、せ、せ、セックスという単語はあまり外では……」

 焦って一輝が窘めるが、美奈子はひとつも気にしていなかった。そして美奈子は少し責めるような口調で言った。

「BLだって『ミステリー』とか『SF』とかと変わらない、ひとつのジャンルでしかないんです。誰も『ノンフィクション』だと思って読んでやしませんけど」

 菅生はぐうの音も出なかった。

 


 美奈子の愛読するBL本を読めば、美奈子の恋愛に対する傾向が少しでもつかめるのではないかと思っていた一輝であったが、甘かった。

 BLの中でもそのジャンルは多岐に渡る。学園・SF・ミステリー・サスペンス。サラリーマン物ひとつとってもラブコメから純文学まで。キャラクターもカップリングも、若いだのおじさんだの女性的だのイケメンだのに括れない複雑さがある。

 たしかに、いきなりホテルになだれ込もうとする美奈子の性急さのもとになったのではと思われるBLもあるにはあったが、これを原因とするには美奈子の読書量はBLだけでも膨大過ぎた。

 幸いその後の『デート』では、いきなりホテルに行こうとすることもなく美奈子は落ち着いている。

 寂しいほどに落ち着いている。

 本当にたまに手など繋ぐが、本当にたまにである。

 本当にたまに腕なども組んでみたりもするが、女子と女子がよくやっている「ねえねえ!」みたいなライトな感じで、一輝はたまに自分は美奈子に、女子として見られているのではないかと思うこともある。

 なにせ距離が近いのだ。無防備に。愛しくてそばに寄るというより、「ねえねえ!これ可愛いっ!」って言うときの女子のノリで近いのである。

 手を繋いでも腕を組んでも、ドキドキしているのは一輝ばかりのようで、なんとも切ない。

 想いが近づいているようで近づいていないこの数か月に、でも焦ってはいけないと今晩も無駄なお経を唱える一輝であった。


 そんな折、待望ともいうべきニュースが舞い込んだ。

『とらせん』完全新作の情報解禁。

 やはり渚ちゃんは敵対勢力の指導者として登場するようだが、その他にも過去に仲間だった者たちがそれぞれ勢力を持って子供たち世代とぶつかるらしいのだ。これは明らかに子供たち世代の成長物語。さんざん擦られたネタでもあるが、渚ちゃんが完全に悪役になったわけではない安堵感と、ということは渚ちゃんが敵になるまでの充実したストーリーもあるはずという期待から、一輝とその『とらせん』仲間たちはふたたびリモート会議を招集。おおいに夜通し盛り上がった。

 そして美奈子とも。

『とらせん』の情報解禁からしばらく会社内で会うことはなかったが、週末の『デート』のおり、待ち合わせ場所で顔を合わせるなり、一輝と美奈子はがしりと抱き合った。

「美奈子さん!」

「一輝さん!」

 お互いに「おめでとうございます!」と硬く抱きしめ合った。

「何事も杞憂でござった……!」

「キャラクターデザインも申し分無しでしたね!」

「あまり期待しすぎてもいけないとは思いつつ、逸る気持ちを抑えきれませぬ……!」

 おもわずぎゅむと両腕に力を入れると、美奈子もぎゅむと返してくれる。たしかにそれは渚ちゃんへの想いを込めた抱擁だった。はずなのに。

 手とは違う。腕とは違う。美奈子の身体の感触。腕の中の身体は細く柔らかく、でも決して弱弱しくはない生命力に満ちた存在。暖かく香り立つのはシャンプーなのか香水なのか、それとも美奈子そのものの香りなのか……。

「!?」

 不届きにも脊髄神経を直撃する何かに弾かれ、一輝は慌てて美奈子から身体を離そうとした。だが。

「……暖かいですね」

 美奈子は腕に力を込め、一輝を繋ぎとめた。

「し、失礼いたした美奈子殿!小生、離れますゆえ……!」

 一輝はますます焦る。だが、美奈子は余計にうっとりと言う。

「一輝さんって男の方のわりに無臭だなと思っていたのですけど」

「み、美奈子殿……!小生、渚ちゃんのことで興奮しすぎて汗を……!いや、これは決して今、この状態に興奮して汗をかいているわけではなく……!いや、それはともかく臭いので……!」

「臭くありませんよ、全然。一輝さんの匂いなんだなと思っているだけです」

「み、美奈子殿……!離れて……!」

「ああ……。なるほどこれが……」

「み、みなこどの……!」

 一輝の首筋に顔を埋めたままじっとしていた美奈子を一輝は無理に引きはがすこともできず、ただあたふたとしている。ただあたふたしている間にも、尿意にも似たやましい一酸化炭素は轟轟と血液を連れて秘められた思いのたけを奮い立たせようとする。

 一輝が必死の思いで身体を離そうとしたとき、美奈子は「あ」と呟いた。

「もしかして」

 そして顔を上げて一輝を見た。

「『兆し』てます?」

 一輝は真っ赤になりながら腰を引く。

「とっくの昔から『萌し』てるって言ってるではありませんか!!」

 美奈子はようやく一輝から身体を離した。

「行きましょうか。一輝さん」

「は、はい……!」

 不埒な脊髄神経を脳内読経でなんとかやり過ごそうと、一輝はへっぴり腰で答える。

 美奈子はにこりと笑った。

「ホテルへ」



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