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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・1


 美奈子と一輝が初めて会ったのは入社1年目の会議である。

 厳密に言うと入社式や新人研修などで顔を合わせてはいたのだが、なにせ人数の多い会社だったので全然お互いを認識していなかった。

 今回たまたま部署同士の接点があり、今回たまたまそのプロジェクトに参加することになったからお互いを知ることになったのである。

 入社前からやたら美人の新入社員として有名だった美奈子である。

 一緒に仕事出来て嬉しいだろう?というセクハラまがいの上司に、実は美奈子の顔さえ覚えていなかった一輝は愛想笑いをするほかなかったが、聞こえた美奈子はあっさりと言い放った。

「すみません。及川さんのこと、全然覚えてなくて」

 美人に似合う冷たいひと言に、上司含めその場にいた人間たちはそれこそ愛想笑いで「フラれちゃったねえ」などと誤魔化すほかなかった。しかし一輝は美奈子に少々感謝していた。

 一輝が美奈子のことを「覚えてないんで」とか「三次元の女性には興味ないんで」と言ってしまえば、たとえ事実でも美奈子を傷つけてしまうかもしれない。セクハラまがいの上司の言葉さえ周りの空気をシラケさせていたのに、一輝は上手い切り返しを思いつかなかった。

 えーっと、どうしたら……と思い悩んでいたところに、あっさりと美奈子が事実を述べながらも場の空気を攫って行ったのだ。一輝の気の利かなさを責めるでもない、上司のセクハラを直接非難するでもない、下手すれば自分が冷たい人間だと悪く言われるかもしれない事実で。

 カッコいい人だな、と一輝は思った。

 そもそも美人ではあったが、今日初めて間近で見てたしかに綺麗な人だなとは思ったが、それよりなにより、カッコいい人だ、と美奈子のことを思った。

 そして立ち上がった美奈子が脇に抱えたノートパソコンのステッカーを見て、一輝は息を呑んだ。

 それは今オタク女子の間で大人気コンテンツ『ハレルヤ禁軍!』の、その中でも腐女子たちだけが愛好するという隠されたカップリングのアイコンであった。

 一輝はカップリングには興味はない。だが、『ハレ禁(ハレルヤ禁軍!の略称)』のストーリーやゲームはコアファンには到底及ばないが、オタクの端くれとして読み込み、やり込み、そして好きである。

 ぜひとも語り合いたい、と一輝はごくりと唾を飲んだ。




 善かれ悪しかれルックスをいじられることに美奈子は慣れていた。そんなことよりこのご時世、まだセクハラまがいの発言をするおじさんがいることに密かに驚いていた。人事に訴えてやってもいいが、一応仕事のできるおじさんらしいのでここはいったん泳がせることにする。このプロジェクトが終わってしまえば用済みだ。もう一回なんか言ってきたらボコボコにしてやればいい。それよりも気になるのは同期だという目の前の男の眼鏡だ。

 美奈子は悟られないように一輝の眼鏡をよくよく見つめた。

 それは去年、男女問わずオタクに大人気のコンテンツ『マジカル・ウォーズ・ファンタジー~トラピスチヌス桜戦団~』と某眼鏡屋がコラボして出した限定商品のフレーム。生産数がごく少なく争奪必須と言われた幻の『渚ちゃん』モデルであった。

 只者ではない、と美奈子は直感した。

 その只者ではないであろう男がおじさんのセクハラまがい発言に少々困っている。美奈子は迷うことなく場を一刀両断した。

 こんなことに時間を割いている場合ではない。一刻も早く仕事を進めて、もう一度この男と対峙する機会を設けねばならない。

 対峙して、そう、『とらせん(トラピスチヌス桜戦団の略)』の話がしたい!と美奈子は心の中で拳を握り締めた。シーズン1のラスト、主役ではない渚ちゃんの生死を掛ける大活躍で危機を脱したあの名場面。あの1シーンで渚ちゃんの魅力がすべて語られ、あまたのファンのハートをゲットしたのだ。この熱い思いを是非ともこの、渚ちゃん限定モデルのフレームを掛けた男と熱く語り合いたい。

 去り際に気持ちノートパソコンを目の前の男に向ける。ステッカーは『ハレ禁(ハレルヤ禁軍!の略)』であれど、自分も仲間の端くれだと気づいてもらえたであろうか。

 美奈子もそこそこ抜け目ない女で、一輝はまんまとその手に引っ掛かっていた。




「ここ、よろしいですか?」

 食べていたミックスフライ定食から一輝が目を上げると、社食のテーブルの向かいに美奈子がトレイを持って立っていた。

「……どうぞ」

 言ってから右左と周りを見回す。開いている席はいくつもあるのだが、ということは仕事の話かと一輝は思い至った。

「なにか、問題ありましたか?」

 一輝は開発部にいる。まだまだ下っ端なので相談されても対応のしようは無いが、上司に上げておくことくらいはできる。

「いえいえ。仕事ではなくて」

 美奈子はにこにこしながら座ると顔を突き出して自分の目元を指した。

「眼鏡が素敵だな~と思って」

 一輝は目を丸くした。会議で対面した美奈子はニコリともしないので怖い印象すらあったのに、今は目の前で笑ったうえに一輝の眼鏡を思わせぶりに指している。

「えーっと、もしかして……」

 オタクが市民権を持っている現代であるとはいえ、あまり人前でおおっぴらにアウティングされることを好まない人もいる。一輝が言葉を選んでいると美奈子はパスタをフォークに巻きながらほほ笑んだ。

「私も好きなんです。渚ちゃん」

「おお!」

 一輝は思わず箸を置いて両手を差し伸べた。差し伸べてしまってから、ヤバいと手を引っ込めようとしたところを、すかさず美奈子に握られる。

「改めてよろしくお願いします。榊原美奈子(さかきばらみなこ)です」

及川一輝(おいかわかずてる)です。こちらこそよろしくお願いします」

 ぎゅっと握られ、ぎゅっと握り返す。放してからグーを握り、まず右を上、それから左を上に乗せて、またお互い拳を突き合わせる。お馴染み『とらせん(トラピスチヌス桜戦団)』の挨拶であった。

「いやぁ~、まさか眼鏡でバレるとは」

 見るからにオタクの一輝だが、わざわざ会社で趣味の話はしない。一社会人として節度ある態度を徹底しているので、よもやこんなところでお仲間が見つかるとは思っていなかったのだ。なんとなく嬉しくてホクホクしながらご飯を頬張った。

「実は私も持ってるんですよ、眼鏡」

「なんと!?」

 驚きすぎて口から出そうになった米粒を、慌てて右手で押さえる。

「静香さんモデルですけど」

「おお!確かにお似合いだ」

 『とらせん』の『静香さん』は黒髪ロングで冷静沈着。キャラクターの中でクールビューティーを担当する陰のある美女だ。キャラに合わせて作られたフォックス型の眼鏡はたしかに美奈子によく似あいそうだった。だが。

「普段はコンタクトなのですか?」

 美奈子は眼鏡をかけていない。

「私、視力1.2なんです。だから度無しのブルーライトカットで作りました」

「痛いほどわかります、そのオタク心理」

 にやりと笑う美奈子に一輝も笑って頷いた。

 ゲームが初めてリリースされた頃から一輝は『とらせん』をやっていたが、美奈子は二次創作がきっかけだと言った。それからアニメを観てラノベを読んでゲームを始めたので、まだクリアできてないものもある。一輝は『とらせん』に関わるものならゲームから原作から二次創作から全部網羅しているという。

「あ。じゃあコラボカフェももう?」

 目を輝かせる美奈子に一輝は頭を掻いた。

「いやぁ~、それがカフェなるものはなかなかハードルが高くて……」

 コラボカフェなど珍しいものではないのだが、今回の『とらせん』コラボカフェは誰がどういった意図で企画したのか妙に女子ウケが良いメニューやグッズが並び、連日女性ファンが行列をなしているのだ。公式からは「ぜひ遠慮しないで男性も!」と呼びかけられてはいるのだが、どうにも男性ファンたちが二の足を踏んでいて、このままだと邪な者たちがグッズを転売し始めるのではないかと危惧されている始末である。

「小生たちもなんとか時間をすり合わせて皆で行こうと計画しているのですが、なんとも皆忙しく……」

 うっかり気が緩んで会社にも関わらず『小生』などと言ってしまった一輝である。一輝の仲間たちもそれなりの会社でそれなりの仕事をしているので、なかなか休みを合わせられない。なにより夏と冬に親が死んでも参加しなければいけない大イベントがあるので、その日ばかりは無理を通してでも休みを取れるよう他の日には身を粉にして働いておかなければならないのだ。

「じゃあ、私と一緒に行きませんか?今度の週末」

「はい?」

「よかった~!すっごい人気で人が多いって言うからひとりで予約取るの気が引けてたんですよね。テーブル独り占めするの悪いじゃないですか」

 手を合わせて喜ぶ美奈子に一輝はもう一度聞いた。

「今度の週末ですか?」

「早速予約入れときますね」

 スマホを取り出した美奈子にもう一度一輝は確認する。

「ふたりでですか?」

「どなたかお友達呼ばれます?」

 スマホから目を離さず逆に聞かれる。

「いえ」

 そもそも誰とも予定が会わなかったから今の今まで行けてなかったわけで。

「じゃあ、ふたりっと。メニュー決めときます?行ってからにします?」

 差し出されたスマホの画面を見ながらも、一輝はえーっとと答えた。

「行ってから決めましょうか」

「そうですね。当日のお腹の具合もありますもんね」

 わー、これも可愛いわ~これも~、でもやっぱり静香さんセットかな~などと言いながら画面をスクロールする美奈子を頭の先で感じながら、ふたりで行ったらまるでデートではござらんか、大丈夫なのかと美奈子の身辺を案じたが、コラボカフェに行くいいチャンスではあるしそもそもデートでもないしと、それ以上気にすることを一輝はやめたのだった。

 

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