彼も彼女も着替えたら・18
とはいえ。と、美奈子は少々悩んでいた。
果たして一輝を『性的』に見ることができるのかと。
子供の頃から『性的』に見られているなと思うことはたびたびあった。速攻逃げたし、近場の大人に訴えていた。おまえが可愛いからだよ、などとふざけたことを言う大人もいたが、可愛けりゃ性的な目で見ていいなどと思っている方がどうかしているので、そいつもまとめて訴えた。
打って変わって夜のアルバイトでは『性的』に見られるのが仕事なのだからと、ふんだんに自分の魅力を武器にした。身体的接触を禁じられた店でのバニーガールは美奈子にはうってつけだった。
だから『性的』なアプローチに対するアンテナは鋭い方だと自負していたのだが、一輝の愁派には全く気付かなかった。一体いつから一輝は自分を『性的』に意識していたのか。
たしかに渚ちゃんを偲ぶ旅行の2日目から、一輝の様子が少々他人行儀ではあった。そもそも一輝は礼儀を忘れない真面目な人格者であったから、それほど気にはしてなかったのだが、やはりあの夜に話した渚攻の話題が良くなかったのだろうか。だとしたら一輝は自分に渚攻のシチュエーションを重ねてしまっているのだろうか。あのあと家に帰ってネットで渚攻の二次創作か何かを検索して、一輝の開拓されていなかった心の聖地に何かを芽吹かせてしまったのかもしれない。だとしたら……。
美奈子ははたと気づく。一輝は自分に何を期待しているのか。もしや。
『コスチュームプレイ……?』
一輝は美奈子に絶大に信用されていた。
とはいえ、と一輝は頭を抱えていた。
美奈子は『性的』に一輝を見れるよう努力すると言ってくれた。だがその『性的』に見るということがどういうことか、あまりわかっていないようなのだ。
見るということがわかっていないということはつまり、自分がどのように『性的』に見られているかあまりわかっていないということで、そうなってくるとますます一輝は美奈子にどのツラ下げて会えばいいのかわからなくなってくるわけで……。
とりあえず明日の『ハレ禁』カフェで美奈子に不愉快な思いをさせないよう、落ち着いて、以前と変わらぬ対応を心掛けねばならない。
一輝は目を閉じて細く長く息を吐き調息する。
先ほど調べた『ハレ禁』カフェ新メニューを脳裏に浮かべ、どれを注文するか考える。タイシンメニューはデザートだったから、きっと美奈子殿はあれを注文されるに違いない。美奈子殿はチョコがお好きだが、今回のあれには生クリームがてんこ盛りだったのでそれをスプーンですくってご機嫌に頬張られるのであろう。あの赤い唇に白いクリームを運ばれ、スプーンに盛りすぎたクリームが唇に……。
一輝はカッと目を見開く。そして両手で交互に頬を打ち、「この恥知らずがっ!」と己を叱咤する。部屋を飛び出し浴室に駆け込むと、シャワーを捻って水を頭からかぶった。
「ひょおおおおおおおおおおお!」
慌てて止めて服のまま湯船に飛び込む。音を聞きつけた母が「どうしたの?」と声を掛けてきたが「なんでもないでござる!」と大きく答える。なんとかして煩悩を滅却して明日に臨まなければ埒があかない。これはもう、1回。とにかく1回煩悩を吐き出さなければ。
一輝は部屋に戻りベッドにもぐる。震える手でスマホを握り、最近知った決して危なくないサイトを開く。そしてこれは美奈子殿ではない、決して美奈子殿ではない!これはひとつの医療行為に近い何かである!と自分に言い聞かせて夜をやり過ごした。
煩悩を吐き出せばすっきりした朝が迎えられると思ったのに、妙な罪悪感でむしろ一輝はまんじりともしない朝を迎えていた。
それに加えて真木が「『性的』に見てもらえるファッションで挑んでくださいね」などとメッセージを送ってくるものだから、どんな服を着て行ったらいいのか頭が痛い。『性的』なファッションてなんだ。胸元でも開けて胸毛とか見せればいいのか。あいにく一輝は体毛が薄いので胸毛1本生えてやしない。というか生えていたところで、こんなぽっちゃりの胸元ひけらかして何が楽しいのか。そもそも今冬だぞ。寒いって。ていうか、ホントに『性的』に見えるファッションってなに。
罪悪感と緊張でもう考えることがイヤになった一輝は結局いつもの、渚ちゃんにちなんだ色合いの服装で出かけることにした。いくら今日から、美奈子に『性的』に見てもらうための試験期間とはいえ、いきなり服装が無駄にセクシーになったり、付き合い方が今までよりべたべたしてきたら美奈子とて引くだろう。なるべく今まで通り、楽しく、良いお友達の延長線上で、楽しく、とにかく楽しく、最低限嫌われないように……。なにとぞ夕べのことは悟られませんように……。
祈る気持ちで待っていた一輝のもとに現れたのは。
「お待たせしました!」
渚ちゃんのコスプレを髣髴とさせるブルーのフレアのミニスカートから、惜しげもなく長い素足を晒した美奈子の姿。
「そ、それは……」
息を呑む一輝に美奈子はくるりと一回転してほほ笑んだ。
「どうでしょう?」
一輝は咄嗟に美奈子の手を握ると早足で歩き始めた。
「この季節にミニスカートなど、風邪を引いてしまいますぞ美奈子殿!」
「そうかもなとは思ったのですが」
引っ張られながらも笑いながら、美奈子も早足でついて行った。
予約していた席に座ると、一輝はすかさず自分のコートを美奈子の膝にかけた。
「まったく。冷えは女性の天敵でござるよ」
ありがとうございますと言いながら、美奈子は一輝が椅子に座るのを待った。
「もしかして一輝さんはこういうのが見たかったのかなと思いまして」
「こういうのって、渚ちゃんのコスプレ的なものということですか?」
「わかっていただけましたか?」
嬉しそうに笑う美奈子に一輝はごく真面目に言う。
「たしかに嫌いではありませんが、美奈子殿にはそういうことは求めておりません」
「違うんですか?」
とても意外そうに美奈子は止まる。
「渚ちゃんは渚ちゃんで、美奈子殿は美奈子殿です。小生が好きなのは美奈子殿のままの美奈子殿です」
「私のまま?ミニは私らしくありませんでしたか?」
美奈子は首を傾げる。
「いやいや、ミニスカートも大変お似合いです。ミニスカートも大変よろしいのですが……」
美奈子は思い出していた。旅館で起きた朝、浴衣がたいそう寝乱れていたことを。
「足がお好きなのではないかと思いまして」
「部位じゃないんです」
被せ気味に一輝は否定する。
「いえ、もちろんおみ足もお綺麗ですし、お顔立ちも大変お美しいです。いや、そこだけではないんですよ、小生が美奈子殿のことを好きなのは」
「では私のどこを『性的』に見ていらっしゃるんです?『性的』に見るって、まずは見た目ではありませんか?」
「いや、それはあの、ご本人を前になかなか言いづらいというか……。というか、美奈子殿。そもそも小生の方が美奈子殿を『性的』に見ているのだから、今さら美奈子殿が小生に向かって『性的』にアピールする必要はないのではありませんか?これからは小生が美奈子殿に『性的』に見てもらえるよう努力する段階であって」
「ええ。でも、一輝さんが私のどこを『性的』に見ているのか理解しないことには、私も一輝さんのどこを『性的』に見ていいのか見当がつかないので」
ごく真面目に言う美奈子に、一輝もそれは一理あると丸め込まれる。そして、ならば、と美奈子のどこを『性的』に見てしまっているのか説明しようとして言葉に詰まった。
「……」
「……」
美奈子は根気よく待っている。一輝はなるべく誠実に答えようと思った。だが、特定のどこを『性的』に見ているとか、美奈子を見るたびに『性的』に見ているというわけでもないのでどこをどうと具体的に指定することができない。ただ、なんとなくふとした瞬間の美奈子の温もりだったり香りだったり、表情だったり服の隙間からチラリと見えた肌だったりするのだが、そんなことを答えたらそれはもういかがわしさしか感じ得ないだろう。100パードン引きされるに違いない。せめて『好き』なところを答えさせてもらえれば助かるのだが…。
『好き』なのは間違いなく『全部』だ。一緒にいて、オタク話をしていても食事をしても旅をしても、楽しい。安心できる。帰り際はもっと一緒に居たかったなと思う。
『性的』に見ていると自覚したきっかけは、間違いなくあの旅行のときのあの夢だ。あの夢を見るようになったのは、やはりあの旅館での酔っぱらった美奈子のしどけない姿と、寝乱れてはみ出ていた……。
「……足?……、なのかな……」
「やっぱり」
聞くなり、さっとコートをめくって足を差し出す美奈子を、「やめなさい!」とコートを再び被せながら一輝は窘めた。




