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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・16


「こっちこっち!」

 そこそこ大きな居酒屋の前で、菅生の友達だという板前姿の若い男が待っていた。

「隣の席空けといたから!ていうか、誰?」

 焦って菅生に言いながらも、一緒について来た美奈子を見て途端に冷たい目で言い放つ。

「真木と一緒にいるヤツのツレ」

 店の中をドアの隙間から伺いながら菅生は言う。

「は~ん」

 胡散臭そうに見下ろしてくる男を、美奈子も鋭い流し目で一瞥する。

「どうも」

 扉をがらりと開けると若い男が先頭に立ち、菅生と美奈子を案内する。

「かがめ!」

 店内を見回しながら堂々と入店しようとした美奈子は菅生に腕を引かれ、つんのめりそうになりながら腰を低くした。

「なんで!?」

「何話してるか聞きたいだろうが!」

 小声で怒鳴る菅生に、見つけたらすぐにでも一輝に直接問いただそうとしていた美奈子は何を?と一瞬思った。だが、たしかに真木に何かを話しているとしたら、それはジムを退会したいという申し出であり、あれほど頑張っていた筋トレを急に退会する理由を面倒を見ていた真木が聞き出しているというのは考えられる話である。そしてその理由は確かに美奈子も聞いておきたい。

 壁際に設えられた長い和室は4人用の座卓が簾で仕切られ、簡易な個室のようになっている。客の人数が増えるごとに簾を上げ、座卓を繋げ、最大40人ほどの宴会もできる仕組みだ。

 その一角に座している真木と一輝の席の真後ろに、菅生と美奈子は案内された。座卓に置かれていた『予約席』の札を、案内した板前姿の若い男は取り上げる。

「マキちゃんが連れて来たんだけど、さっきからなんか深刻な顔してる。お通夜みたいよ」

 目配せしながらこっそりと言い、男はカウンターの後ろへと戻って行った。




「中学生のときに仲の良い友達がいて。彼がオタクだったんです。アニメとか漫画とかゲームとか。好きになっちゃうとどこまでも掘り下げるタイプの人間で、神話とか武器とか歴史とか。とにかく何でも齧る、博学で面白いヤツだったんです。で、見た目は……」

 真木は一輝を見ると首を傾げてにっこり微笑んだ。

「及川さん見たとき、彼かと思いました」

 小太りでメガネかけてて、と真木は言い、「あ、すいません」と笑った。一輝も「そっくりですね」と笑った。

「でも、及川さんみたいに身だしなみに気をつけてなくて、しょっちゅう床屋行けだの風呂入れだの、母親かっていうくらい僕が言ってました」

 少し笑って、冷めないうちに、と焼き牡蠣を取り分けた。

「普段は全然喋らないおとなしい奴なのに、得意な分野の話は止まらないっていう。嫌なことがあるとムッとしたまま黙り込んで不機嫌を隠さない。ちょっとみんなが扱いに困るような、よく言えば個性的、悪く言えば協調性の無い奴でした」

「でも、仲が良かったのですか?」

「好きなことの話をしているときは楽しかったし、面白かったですから。それに」

 真木は薄く笑った。

「僕はその頃からもう自分がゲイだってわかってて、なんとなくクラスの中でも、家でも、なんとなくですけど、居場所が無いように感じてたんです」

 一輝は真木の顔から目を逸らさずに、真木の皿にアジフライを乗せた。

「だから、クラスの中で浮いている彼といると、とても居心地が良かった」

 掛けます?と真木はソースを一輝に差し出した。一輝は「小生は酢醤油派なので」と酢醤油を取った。

「明らかにクラス内で爪はじきにされてるはずの彼は毎日楽しそうで、でもそれってきっと僕だけが彼と気安く喋るから安心して学校に来れてるんだ、僕だけは信用されてるんだと高をくくってたんです」

 箸を入れたアジフライはふかふかで、結構分厚いですねと真木は感動し、でも衣はサクサクなところがいいですねと一輝も感動していた。

「だから、聞かれても無いのに、ついうっかり言ってしまって。自分はゲイだって」

 一輝も真木もゆっくりアジフライを味わった。サクサクと噛みしめる衣の音が頭の中で反響する。身は柔らかくジューシーで、「なにも掛けなくても良かったかもですね」とふたりとも頷き合った。

「彼のことが好きだって告白したわけじゃないんです。実際、彼のことを恋心で見ていたわけではないので。ただ、彼がアニメや漫画が好きなように、僕にも好きなものがあって、それは男性で、恋をするなら男性なんだよって、ただそれを知って欲しかっただけでした」

 一輝はいったん箸を置いた。真木は箸でアジフライをつつく。

「そしたら彼、すごくびっくりしてて。自分はホモじゃない!って。キミはそんな目でボクを見ていたのか!って。すごく怯えて怒って」

 真木は顔をゆがめて笑う。

「誰も友達のいないボクだったら、キミの思い通りになるとでも思ったのか!バカにするな!って」

「……それは、酷い……」

 一輝は眉をひそめ呟いた。

「別に付き合ってくれって言ったわけではないんですけどね」

 真木はビールを一口飲み、やっぱりアジフライとビールって合いますねと言った。一輝も飲んで、ですねと答えた。

「自分からカミングアウトしといてなんなんですけど、彼が誰かに言いふらしたらどうしようってそのあとすごく心配になったんです。あの拒絶の仕方見たら、誰かに言いふらしてるんじゃないかって。でもその反面、彼、友達いないから言う相手もいないだろうって自分に言い聞かせたり。眠れないまま次の日学校に行ったら、彼、来ませんでした、学校。それから3日も」

 再び真木はアジフライを齧る。咀嚼して飲みこみ、ビールを流し込んだ。

「誰も僕がゲイだって知ってる風でもなかったし、彼が何故休んでるのか誰も気にしている様子もありませんでした。僕だけが、僕のせいで彼が休んでるんじゃないかって、このまま学校に来なくなるんじゃないかって不安になってました」

 だって、と真木は一輝の顔を見た。

「きっと不登校になったら、親や先生に学校に行きたくない理由を聞かれて、『あのクラスにはホモがいるから』って彼が言うんじゃないかと思って」

 一輝の眉が寄る。真木はにこりと笑って続けた。

「週が明けたら彼、普通に登校して来たんです。何事もなかったように、普通に、いつも通り、ただ黙って自分の席に座ってる」

 一輝の眉が開く。

「でも、僕とは一切目を合わせてくれませんでした」

 再び一輝は眉を顰める。口よりも雄弁な眉毛に、真木は少し笑った。

「それから卒業まで、彼とは一言もしゃべらなかったし、目も合わなかった。彼以外、誰も僕がゲイであることを知らなかった」

「……誰にも、言わなかったんですね、その方」

「まあ、言う相手もいなかったんでしょうけどね」

 笑いながら真木は残りのアジフライにかぶりつく。咀嚼しながら何を思い出したのか突然笑い出す。

「僕ね、本当に彼のことは友達としてしか見てなかったんです。なのにあんなに手ひどく拒絶されたもんだから、なんかもう傷ついたの通り越して拗らせちゃって。よしわかった、だったらおまえオカズにしてやる!って」

「ままま、真木先生!」

 箸を置いて右手で何かを握るそぶりを見せた真木を、真っ赤になった一輝は止めようとする。

「それが全っ然勃たないの」

 真木は笑いながら手を開くと顔の前でひらひらと横に振った。

「当り前ですよね。男が好きだからって、男だったら誰でもいいってわけじゃあないんだから。改めて自分って正常な人間なんだって思い知りましたよ」

 真木は座卓に肘をついて顎を乗せ、一輝を見て首を傾げる。

「及川さんだって、女性だったら誰にでも発情するわけじゃないでしょ?」

「発情って……」

 そんなあからさまなと一輝は眉をひそめつつ、他の席を横目で見る。

 綺麗な人を見れば綺麗だなと思い、可愛い人を見れば可愛いなと思う。胸の協調された服に視線が盗まれることもあるし、ミニスカートから伸びた足に感嘆の声を内心漏らすこともあるが、好きなアニメのキャラクターの新コスチュームが発表されたときと変わらない感動である。

「榊原さんは、及川さんにとって間違いなく特別な人なんですよ」

 一輝は皿に残ったアジフライの尻尾に視線を戻し、ぼそりと言う。

「そうは言っても、その彼のように手ひどく拒絶されては、小生は立ち直れません……」

「私が拒絶すると、何故及川さんが決めつけてるんです!?」

 突然ばさりと簾を捲り上げて背後から現れた美奈子に、一輝は驚きすぎて正座したまま10センチほど飛び上がった。



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