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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・15


 その居酒屋は真木が仲間内でよく利用するという。

「友達が働いているんです。お魚が美味しいんですよ」

 1週間、一輝はジムをサボった。サボって悩んだ末に、週末いよいよ辞めようとジムに電話をしようとしたら、真木からメッセージが来た。

『こんにちは』

『もしかして辞めようと思ってます?』

 いろいろお世話になりまして、だの、まったく不徳の致すところで、だの長々と言い訳を書き連ねている隙に、また真木からメッセージが届いた。

『呑みに行きませんか?』

 「はい」も「いいえ」も言わないうちに店の情報が送られてきて、『予約しました』と時間まで指定された。

 一輝は行くしかなかった。



「榊原さんは毎日来られてますよ」

 ひと通り注文し終わると、まだ何もない座卓の上に腕を組んで真木は穏やかに言った。

「ああ……、それは、大変熱心で、素晴らしい……」

 下を向いたままもごもごと歯切れの悪い一輝に真木は優しく被せる。

「毎日来て、及川さんを待ってらっしゃいます」

 一輝は何も答えられない。正座をしたまま、ただうつむいている。

「週末のデート、キャンセルしたそうですね」

「いや、デートなどとそんな……」

 下を向いたまま一輝は笑ってごまかそうとするが、真木は無視する。

「どうしてですか?」

「どうして、と言われましても……」

「榊原さんのこと、好きなんですよね?」

「いや、好きといいますかなんと言いますか……」

「一緒にいて楽しいんですよね?」

「それは……、もちろん……」

「榊原さんの気持ちも、わかってますよね?」

 あいまいに笑っていた一輝の表情にぴしりとヒビが入った。

「……わかっているからこそ……、傷つけたくないのですよ……」

 一輝の消え入りそうな小さな声すら真木は拾った。

「傷つけたくない、とは?」

 拾われた声に一瞬びくりとするが、一輝は大きく息を吸って吐いて、もう一度覚悟したように吐き出した。

「榊原殿を想い、無意識とはいえ、性的なことを考えてしまいました……」

 驚くでもなく訝しむでもなく、表情も変えずにただじっと一輝を真木は見つめていた。

 やがて生ビールと白和えのお通しが運ばれて来た。

 店員が去ると、真木は穏やかに言った。

「オカズにしたんですか?」

「!?」

 一輝は勢いよく顔を上げると、驚愕と恐怖で目を見開いて真木を見た。

「夢精ですか」

「真木先生!?」

 一輝はやおら腰を浮かし、真木の口を両手で塞ごうとした。すかさず真木は口の前に手をかざし、一輝の両手を握りこむ。

「恥ずかしいことではありません。男なら誰しも経験することですよ」

「小生は……!小生だけは……!」

「好きな人とセックスせずに付き合っていける妖精だとでも思ってたんですか、自分のこと」

「妖精などと……。妖怪ぐらいには……」

 尻すぼみになりながら一輝は腰を下ろす。真木はため息を吐いた。

「こじらせ童貞妖怪になんかならないで、『美女と野獣』目指してくださいよ。チャンスはすぐそこにあるんですから」

 注文した料理が運ばれて来た。刺身の盛り合わせにキビナゴの唐揚げ。アジフライ、イカの天ブラ。焼き牡蠣に鮭のサラダ。

 その一切に手を付けることもなく、一輝はうつむいたままぽつりと漏らした。

「……榊原殿は小生のことを『女性を性的に見ない清廉な人間』だと思っておられるのです……」

 真木の眉がわずかに寄せられた。

「だから、安心して『付き合える』と……」

 一輝は膝の上で組んだ親指の爪をなぞってみた。一時期いっぱいあった縦のすじはいつの間にか無くなった。

「そう思って信用していた人間が、実は自分のことを夢の中ではだ……、は、はだ……、は、は、はだ……」

 一輝は何度もどもると、いったんビールをごくりと飲んだ。そして勢いつけてジョッキを置いた。

「裸ににしているなどと知ったら、どれだけ傷つかれることか……!」

 怒り方がなんか第三者だなと真木は思ったが、そんなことには気づかない一輝はふたたび意気消沈する。

「小生にとって榊原殿は大切な友人です。決して無くしたくない友なのです。だから小生ができることはただひとつ。榊原殿に不愉快な思いをさせぬよう、何も知らせず、距離を置くことなのです……」

 ジョッキから手を離し、再び膝の上で爪をいじりだした一輝をじっと見つめていた真木は、ぽつりと言った。

「それは、榊原さんが良くないですね」

「え?」

 てっきり自分が説教を食らうものと覚悟していた一輝は、不意打ちを食らって顔を上げた。

「男がみんな女性を性的な目で見てると思い込んでる」

「え、でも、それは」

「最初から『女性』を性的な目で見る人はただの『性依存症者』です。病気の人です。現に及川さんも最初はそんな目で榊原さんのこと見てたわけではないんでしょ?」

「いや、それは、そうなんですけど」

「ただのお友達として一緒にいるうちに、もっと近くにいたいと思ったり、もっと触れてみたいと思いだしたり。そういうの、『気がついたらいつのまにか好きになってた』って言うんじゃないんですか?」

「それは……」

「及川さんのそれは勘違いでもやましい懸想でもないと思います。ちゃんと徐々に育んだ恋心だと思います」

「……」

「本心も言わずに、ただ避けてるだけでは榊原さんは傷ついてしまいますよ。それでいいんですか?」

「……」

「どうせ会えなくなることを覚悟しているんだったら、一度告白してみてからでもいいのではありませんか?」

「……」

 たしかにこのまま美奈子を避け続ければ、徐々に連絡も少なくなり、自然と消滅していく仲であろう。

 ただ、自然と足が遠のく仲であっても、性的な目で見ていたことを知られず、最低限嫌われずにいることが一輝の救いではあったのだ。やはり『告白』などハードルが高すぎる。

「なんて、まあ、ゲイの僕が言っても全然説得力ないのかもしれないんですけどね」

 しれっと言ってぐいぐいとビールを煽る真木を、一輝は目を点にして思わず見つめた。

「え?」

 いやいや、とジョッキを置きながら真木は手を横に振った。

「ゲイだからじゃありませんよ。ヘテロの男性だって、みんながみんな女性を性的に見てるわけじゃないって、これ本当ですからね」

「え、真木先生、あの」

「僕はゲイです」

 刺し盛りの向こうで真木は座卓に腕を組むと、ニコリとほほ笑んだ。

「どうです?気持ち悪いですか?」

「いえ、あの……」

 一輝は驚いていた。素直に驚いて、頭の中が真っ白になっていた。

 美奈子に告白するかしないかの話が、あっという間に真木の性的嗜好の話にすり替わった。すり替わった上に、キモチ悪いもキモチいいもへったくれも無い。学生時代からそんなに人間関係は広い方ではなかったせいか、いちいち自己紹介に性自認を付け加える人はいなかったし、気にしたこともなかった。それが良くないという風潮も最近ではあるようだが、いちいち性自認を確認してから友達になるような人はそうそうおるまいと一輝は常々思っている。問題は何故、今、このタイミングで真木先生がゲイだとカミングアウトを……。

「はっ!?」

 一輝は気づいて、思わず口に出す。

「榊原殿がレズビアンだったら、ますます小生の想いなど……!」

 気持ち悪いに違いない!楽しいオタク仲間だと思っていた、自分の性的嗜好の範疇に無い男性が、よもや自分に懸想しているなど、ますます彼女の男性への偏見が……!

「何考えてるんです?及川さん?」

 目を座らせて、真木は物言わず勝手に想像の世界にはまり込んでいる一輝を引き戻す。

「あ、いや、その」

「どうも及川さんが明後日の方向を考えてるみたいなんで、とりあえず僕の話を聞いてもらえますか?」

 真木は座卓から腕を下ろすと話し始めた。


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