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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・14


「あんたのせいでっ!!」

 ジムに入って来るなりつかつかと美奈子は菅生に掴みかかった。

「なんなんですか!?」

 美奈子より全然背の高い菅生はポロシャツの胸を掴まれると、自然美奈子に向かって上半身をかがめる形になる。上から美奈子を見降ろしながらも、なぜか恐怖に苛まれる。

「俺が何したっていうんですか!?結局何もしてないでしょう!?」

「あんたが変なことするから、及川さんが誤解しちゃったでしょう!」

「はあ?」

 事情がわからず間抜けな声をだす菅生を突き放し闘牛のような鼻息をつくと、美奈子は20キロのウエイトのケーブルを猛然と引っ張り始めた。


「俺のせいじゃないと思いますよ」

「あんたのせいじゃなかったらなんなのよ!」

「だって、デートの約束はしてたじゃないですか、先週」

 ここで、と菅生はクロストレーナーを指す。無茶な重さを怒りのままに連続して上げようとする美奈子を、菅生はフリースペースへ連れて行って落ち着かせていた。

「……だって、それ以外考えられませんから……」

 急激な負荷に腫れと熱を帯びている腕をさすりながら、ようやく落ち着きを取り戻した美奈子が拗ねたように言う。

「だから『急用』っておっしゃったんでしょう?だったらそうなんでしょう。会社で直接聞けばいいじゃないですか、何があったんですかって」

「だって、今日会えなかったし……」

「まだ月曜ですよ」

「だって、食堂でも見かけなかったし……」

「週初めなんてそんなもんじゃないんですか?サラリーマンって忙しいんでしょ」

「だって、メッセージ送っても返事スタンプだけだし……」

「スタンプ来ただけいいじゃないですか」

「ここにも来てないみたいだし……」

「まだ来たばっかじゃないですか榊原さん!てか、そんな忙しい週始めなんて、及川さんきっと残業されてますよね!?そんな日にここ来るなんて、榊原さんの方こそお仕事大丈夫なんですか!?」

 らしくなくつべこべ言う美奈子が面倒くさくなってきて、とうとう菅生の方がキレる。だが打って変わってしおしおになった美奈子は上目遣いで菅生に訴えるのだった。

「……ここで待ってもいいですか……?」

 なんだかんだ綺麗な顔をしているのだよなと菅生はつくづく感心する。これが自分のことを言われているのだとしたらコロリと勘違いする男もいるのだろうが、あいにく美奈子はあの見るからにオタクの及川を想って言っているのだ。人心とは全くわからないものよと感服する。

「いいですけど、トレーニングはちゃんとやってくださいよ。ペース守ってね」

 厳しく言うと美奈子は忙しなく頷き、素直にゆっくりとストレッチを始めた。

 いつあのオタクくんが現れ美女を花開くように微笑ませられるかと、周りの会員たちもことさらゆっくりメニューをこなしていた。だが、いつまでたってもオタクくんこと及川は現れなかった。


 そして1週間。美奈子は会社でも及川に会えることはなく。

 ジムにも及川は現れなかった。



「でも、メッセージはやり取りしてるんでしょ?」

 金曜日。悲痛な面持ちでエアロバイクをのろのろ漕いでいる美奈子の横に菅生はいた。美奈子は項垂れるように頷く。ことのほかジム内の雰囲気も悲痛に満ちていた。満ちてはいるけどその耳は全部、美奈子と菅生の方を向いていた。

「じゃあ、嫌われたわけじゃないですよ~。そんな落ち込むことないですって」

 とか言いながら菅生は薄ら笑い隠せなかった。他人の恋は成就するより破れた方が面白いのは世の常だ。正直、及川と榊原がどうなろうが知ったこっちゃないが、なにより及川の足がこのジムから遠のいたことが菅生は嬉しかった。

「こんな綺麗な榊原さんがフラれるわけないじゃないですか~」

 美人を鼻にかけている(と菅生が勝手に思っている)美奈子が落ち込んでいる面白さと、及川がジムを辞めるかもしれない嬉しさが相まってついうっかり口を滑らせた菅生を、美奈子はキッと睨みつけた。

「フラれたってなんですか!恋人じゃあるまいし!」

 え?違うの?という空気がジム内を取り巻く。

 菅生はやれやれと言わんばかりに首をすくめた。

「まだ恋人じゃなかったとしても、付き合いたくて追いかけまわしてたんでしょ?榊原さん」

「そういうのじゃないって言ってるでしょ!ただのお友達だって嫌われたらショック……」

「そういう自覚のないところが及川さんの負担になったのかもしれませんよ」

「自覚ってなに!?」

 なおも剣幕の衰えない美奈子に、ジム内の空気は驚きを隠せない。自覚無いんだ……と。

 一輝がジムを辞めれば美奈子も自動的にジムを辞めるはず。去って行く人間のご機嫌を取ることなど必要なくなった菅生はしゃあしゃあと本音を垂れ流した。

「それだけあからさまに追いかけまわしといて『ただの友達です』とか言われてもですね、普通の男としては辛いものがあると思いますよ。ただでさえ榊原さん、とってもお綺麗だし。じゃあ、好かれてるんだから大丈夫かなーと思っていざ告白したら、『やだ、ただのお友達だと思ってたのに~、キモチ悪~い』とか言われてもショックですしねえ。及川さん、見るからに奥手そうじゃないですか。辛かったんじゃないですか~?口を開けば榊原さんの『いいお友達』攻撃。もう耐えられなくなったんじゃないですかね~」

 聞きながら美奈子の眉間に深山幽谷のような皺が寄る。

「あなたねえ、男女と見ればそういう発想にしか至らないの恥ずかしくない?」

 言い終わるや否や、菅生は片腕で素早く美奈子を抱き寄せた。

「男なんてそんなことしか考えてないもんですよ」

 密着した身体と今にもくっつきそうな額の間で菅生は囁く。

 しかし美奈子は素早く両手を胸の間に滑り込ませた。

「いっ……!?」

 両の乳首を力いっぱい捻り上げられ、菅生は思わず美奈子の身体を離す。

「世の中の男がみんながみんな、あなたみたいな考え持ってるとは思わないでいただきたいものだわ!」

 ジム内のマシンすべてから音が消え、皆が固唾を呑んで見守るなか、乳首を押さえてしゃがみ込む菅生を美奈子は指さし吐き捨てた。

「今度やったら引き千切るわよ!」

 拍手と感嘆の空気が充満する中、受付の電話がそれを切り裂く。

「……菅生トレーナー、お電話ですけど……」

 気遣いつつ受付の女性が声を掛けると、菅生は涙目でそれを受け取る。

「お電話代わりました、菅生です……」

 そして、え、と顔色を変え、美奈子を振り返った。まだ何かあるのかと、美奈子は敵意を隠さずその顔を見返す。

 菅生はふたことみこと電話の向こうと言葉を交わして電話を切り、美奈子に言った。

「及川さんと真木が、知り合いの居酒屋に来てる。行くか?」

「行く!」

 一輝の名前を聞いて美奈子の警戒が一気に解け、一も二もなく更衣室に走る。菅生も他のトレーナーに後を任せ帰り支度に向かう。菅生トレーナーまでどういうこと?なんで居酒屋からタレコミ?というジム内の雰囲気もあったが、万が一その居酒屋で美奈子が暴れ出した場合、美奈子を御せるのは菅生にしかできないような気がしてきて、いってらっしゃいと皆心の中で快く送り出していた。


 

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