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彼も彼女も着替えたら。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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彼も彼女も着替えたら・11


 一輝はいささか菅生が苦手である。

 リア充族およびパリピ族の一部にありがちな『オタクを揶揄う・冷やかす』などの犯罪予備軍とかではないが、何かにつけて菅生は一輝に絡んでくる。

 そもそもリア充的民族とは無縁ではあるが、それなりに一線を保って社会生活を滞りなくこなしてきた一輝である。一介の激モテしそうなジムトレーナー的イケメンなぞ軽くあしらえるつもりでいたが、とにかく菅生はしつこかった。そして距離が近かった。トレーニングルームに入るなりいきなり肩を組んでくるわ、耳元でなんか喋るわ。高校生の頃、絶滅寸前のヤンキーにそんなことをされたこともあるが、四角四面の業務対応をしていたらあっという間に去って行った。落ち着いて真面目に対応すれば、たいがいの陽キャは面白くないとばかりに離れていくはずなのである。なのに。

「どうです?榊原さんと少しは進展しました?」

「進展てなんですか」

 今日も今日とてウォーミングアップ中にがしりと肩を組まれ、魅惑の低音ボイスを耳に吹き込まれる。一輝の目は座り、こちらも負けじと声低く答えた。

「決まってるじゃないですか。お・つ・き・あ・い」

 聞く人が聞けば腰が抜けそうな囁きに、一輝はあからさまに舌打ちなどする。

「菅生先生のおっしゃっている『お付き合い』がどういったものかはわかりかねますが、榊原さんと小生はごく健全な会社の同僚であり趣味仲間なのですからね。邪推などしていただきたくありませんな」

「またまた~」

 首を引いてニヤニヤ笑いながら人差しなど指してくる菅生に、一輝はその指を噛みつかんばかりに吠える。

「いい加減にしてくださいよ菅生先生!小生は邪な気持ちで榊原さんとお付き合いしているわけでは……!」

「『お付き合い』はしてるんだ」

 煽っておきながら意外な顔をする菅生に一輝は慌てる。

「その『お付き合い』ではなく!友達として!」

「『付き合ってる』って自覚はあるのに、きちんと告白してないのってよくないですよ~、恋人として」

「だから『恋人』などではなく!」

 たちまち話を飛躍させるこの菅生の『恋愛脳』が一輝は大の苦手だった。なぜ一部の人間にはこう、男と女が一緒にいるとすぐに恋愛感情を絡ませて話をややこしくしたがる者がいるのか。

「小生と榊原さんは仲の良い友達で、そのような愛だの恋だのという曖昧なものが介在する間柄では」

「でも榊原さんのために痩せようと思ってんでしょ?」

「いや、ちが、それは……!あくまでも健康のためであって……!」

「ふーん。でも及川さん、血液検査の結果も別に申し分ないでしょ。コレステロール値も高くないし」

 そう。たしかに一輝はぽっちゃりではあるが、内臓的には何も問題のない身体なのだ。丼系が得意な母上とはいえ、野菜多め、常に手作り料理、インスタントや中食外食を子供の頃から控えめにして地道に築いてきた母の愛あっての健康体なのだ。

「俺ね、いいと思うんですよ、及川さんと榊原さん」

「な、なんですか……」

 再び肩を組んで密着してくる菅生に一輝は戸惑う。

「榊原さんの気を引きたくてボディシェイプに努める及川さん。これは雄の本能です」

「いや、だから」

「仕事場を離れても、ましてや共通の趣味でもない場所にまで及川さんを追いかけてきた榊原さん。これ、どう思います?」

「どう思いますって、ただの筋トレ……」

「よく考えて!女心を!」

「女心って……」

 たしかに美奈子がジムに現れたときは驚いた。トレーニングジムなど会社の近くにも美奈子の家の近くにも、今どきはわりとどこにでもあるはずである。それがわざわざ自分と同じジムに来てくれるなんて……。

「いやいや」

 思わず懐かしの2ちゃん的ラブロマンスを妄想しそうになって、一輝は首を横に振った。

「榊原さんの周りで筋トレが流行ってるって話でしたし、ここも偶然……」

「及川さん」

 菅生はため息をついて首を振った。そして一輝の肩に手を置き、しっかりとその目をみつめた。

「榊原さんは毎日来てますよ」

「おお」

 一輝は目を輝かせた。

「なんと熱心な。これは負けてはいられない」

「じゃなくて」

 すかさずマシンに向かおうとした一輝を菅生は引き留めた。

「及川さんを探してるんです」

 丁寧に一輝を諭す。

 一輝は菅生の目を見つめ返し、そして言った。

「……なにか、忘れてましたっけ?」

 忘れ物なら忘れ物ボックスに入れておいていただければ、あ、それか真木先生に言づけていただければ、などとなおも言いつのる一輝にとうとう菅生は声を荒げた。

「そんなものメッセージアプリでなんとでもなるでしょう!」

「あ。そういやそうですね。あとで連絡を……」

「……わかりました」

 菅生はゆらりと一輝から離れると、いつもより2倍くらい高くなったような長身から鋭く見下ろした。

「榊原さんは俺がいただきます」

「は?」

 虚を突かれた一輝は目を点にして菅生を見上げる。

「後悔しても知りませんよ」

「は?」

 去って行く菅生の背中を見ながら今ひとつ言われたことへの理解が追い付いていない一輝であったが、徐々に整理がついてきた脳みそに、流し込まれた墨のような不安が渦巻いてきた。

「え……」



 天然なのか本気で鈍感なのか。一輝に少々、いやだいぶイラつく菅生である。

 正直他人の恋路などどうでもいい。ましてや職場であるジムの会員のプライベートなど首を突っ込んでいいはずがない。

 それもこれも真木が妙に及川に肩入れするせいだった。

 たしかにあまり運動が得意ではなさそうな会員には、それなりに目も手も掛けはするが、それにしてもと思うほど来るたび面倒を見ている。

「及川さんがあまりにも不器用で……」

 困ったように、でも嬉しそうに真木は笑うが、特定の会員に入れ込むのはやはり同じジムのトレーナーとして見過ごすことはできない。

 要は及川が目標体重に達し、想い人とねんごろになれば真木も落ち着いて本来のトレーナーの仕事に専念できるわけだ。

 トレーニングの方は地道な努力と時間がかかるからさておき、恋愛面の方はもう目途が立っていると言ってもいい。むしろ同じジムに追いかけるように入って来た榊原を見て、なぜ何も思わないのだと不思議でならない。百歩譲って同じジムであることが偶然だとして、なぜいつも同じ日に榊原がいることを不思議に思わないのか。普通こういうのは「あ、今日もいる。あいつ俺に気があるのかな」ってドキドキするか、「わ、今日もいるあのストーカー。キモチ悪」って通報するかのどっちかではないのか。そして会うたびトレーニングして熱くなってる以上に赤くなってる及川は、確実に榊原に気があるのではないのか。気があるんだったら、ちょっとは自分の都合のいいように考えられないのか!?

 菅生はため息をつく。

 オタクってもうちょっとキモチ悪いぐらいに自分中心に物事考えて、他人の思考まで自分の都合のいいように解釈しているものだと思っていた。いや、自己中心的解釈はしているようだ。自分は決して好かれていないと思い込むネガティブな方へ。

 菅生は額を2本の指で抑える。

 及川のあれは天然なのか、本当に『恋』ではないのか。はたまた自分の本音を奥深くに閉じ込めて、絶対に表に出さないよう暗示でもかけているのか、特別な訓練でも積んでいるのか。

 とはいえなんにしろ及川には、良きにしろ悪しきにしろ、結果を出して欲しいと菅生は思っている。

 正直、榊原が及川のどこを気に入っているのかはよくわからなかった。見た目はちょっと社会に馴染んだオタクだし、趣味が共通とは言っていたがそれもたぶん榊原が及川の気を引くために嘘をついた、付け焼刃のオタク趣味であろう。派手な見た目の榊原からするに、たぶん及川の収入が目当てではないかと菅生は睨んでいる。及川と榊原は同じ会社に勤めていると言っていたが、たぶん収入は及川の方が多い。収入の安定した大手企業に就職し、早々に結婚退職して、悠々自適の専業主婦生活を営もうと虎視眈々とたくらんでいにた違いない。あの野暮ったいオタクの及川は所詮、収入を狙われているだけであろう。

 正直菅生は自分のルックスには絶大な自信を持っている。

 こんないい男に声を掛けられたら榊原がふらりとよろめいて離れてしまうと、及川が焦って告白するか。

 それとも、よろめいた榊原に愛想を尽かして、恋もろとも筋トレも辞めてしまうか。

 どちらにしろとにかく。

 とにかく及川から真木が離れてくれればいいと菅生は思っていた。


 


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