塔
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乾燥した灰色の荒野に監視塔は建っていた。
汚れた軍服を着たひとりの兵士がその塔を見上げていた。
日射しは容赦なく兵士に照りつけ、彼は額の汗を上着の袖でぬぐった。そして残り少ない水筒の水で喉を潤した。
「マックス、聞こえているか?」
兵士は監視塔に呼びかけていた。
「戦いは終わった。私を解放してくれ」
返答はなく、荒野に兵士の声がむなしく響く。
地平のかなたには、幾筋もの黒煙が上がっていた。問いかけをあきらめた兵士は、荒野を歩きはじめた。しばらく歩くと、巨大なビルボードが設置されていた。
ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』をとほうもなく拡大した画面だった。
裸体のヴィーナスが兵士に視線を向けると言った。
「戦いは、まだ終わってないわ。あなたにはボーナスゲームがあるわ。さあ、銃を取って」
ビルボードの下にレイガンが置かれていた。兵士は銃を掴むと再び荒野を歩きだした。と、離れた位置の地面の起伏に人影が見えた。兵士は反射的に狙いを定めたレイガンの引き金を引いた。輝線と破裂音。近寄ってみると、倒れていたのは、ヒューマノイド型ロボットだった。兵士の腕に装着したウェアラブル端末の画面に破壊確認のアイコンが表示される。
ビルボードの画面に光が明滅し、歓喜の歌が流れる。画面は、都市を爆撃する高空からの映像になる。合唱と破壊の映像が交互にカットバックされ、音響があたりの空間に充満した。
ビルボードの光の明滅は、一定のパターンを繰り返し、兵士の意識の奥深くに指示に対する従順な心理をうえつけていた。ゲームと実戦の境界をあいまいにすることは、育成プログラムのねらいだった。
兵士は、重たい足取りで、前線を目指して歩きだした。
夜と昼が交差し、時間が流れる。標的の破壊が繰り返された。
荒野を貫く高架道路の上を磁気誘導式の車が走っていた。
「ここは昔、戦場だったんでしょ?」
車内で若い妻が夫に訊いた。
夫は応えた。
「博覧会の跡地に作られた体感型の戦場だった。訓練施設さ。ずっと昔の話だ」
灰色の大地の上に、脱ぎ捨てられ、擦りきれた軍服がまるまっていた。突然、突風が吹くと、衣服はとばされて、監視塔の基部に落とされた。あたりには風の音が聞こえ、砂ぼこりが大地を洗う。
機能を停止した監視塔の内部では、戦場に送り出された兵士の名簿がメモリーバンクに眠っていた。
空には人工灯が輝き、シェル構造の巨大なドームに包まれた空間に、歓喜の歌が流れていた。
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