6.運命の決戦
『いよいよ頂上決戦と参りました! 路上の魔術師こと、カイ氏と、その一番弟子、アリス氏による一戦です!』
「…………」
私と師匠はステージ上で向かい合っていた。その間でコインが投げられる。
『コイントスの結果、カイ氏からの演技となります』
「師匠。何故私の勝利を拒むのですか? リュウガから渡される景品を私が持つことがそんなにダメなことですか? 何故、魔法で人を幸せにすることが、ダメなのですか?」
「…………」
師匠は黙って私を見てから、そして口を開いた。
「一言で、それは君が踏み込んではいけない領域だからだ。君がこの先それに関して知ることはないし、手にすることは決してない。だからその景品とやらについての詳細を口走るつもりは、一切ない」
「な、なんですかそれ!」
その勝利への確信、なんか腹立つ! 理由を言わないんなら説得力ゼロ! 絶対に優勝してやるんだから!
『さて、それではさっそくカイ氏からの演技となりますが、なんとお喜びください! 決勝の舞台は、準決勝まで勝ち上がったシュガーホワイトとの共演となる模様です!』
え? 一瞬よく分からなかった。そしてその瞬間、会場に女性特有の高い歓声が響いたのだった。
ステージにホストグループのシュガーホワイト達が再度姿を現す。
「…………」
『今回のステージは敗退したチームとの協力が認められています。その他、外部との協力も許されています。「盛り上がればそれで良い!」というのが今ステージのモットーですので!』
そうだった。たしかにそうだけど、即席で組んだチームではとてもまともなパフォーマンスなんてできるはずがない。なのに、どうしてカイ師匠はそんなことを……。
シュガーホワイトのリーダー、レイジはカイ師匠に歩み寄り、私をみて言ったのだ。
「ボス。俺達が倒すべき最大の敵はやはりあの女だったんですね⁉ 準決勝で潰しておくべきでした!」
え、聞き間違い? ボスって言った? どういうこと? 知り合いだったの⁇ ていうか、カイ師匠に子分なんていたの⁇ 師匠に対して膝をついて頭を垂れてるし。それにあのレイジっていう人、私への対応がさっきとはまるで違うし。今度は塩!
カイ師匠はそれに返す。
「構わない。どうせ彼女はここで詰みだ。僕たちが優勝してそれでしまいさ」
そしてレイジはメンバーの全員に呼びかけた。
「ウッス! よし、お前ら! ここが正念場だ! 今までこの時の為だけに特訓を重ねてきた! 失敗は許されねえぞ!」
「「「「ウッス!」」」」
と皆、声を揃えて気合いのこもった返事するのだった。そしてレイジは、呆けている私をみて怒鳴ってきた。
「おい、そこのちんちくりん、邪魔だ! ボスのステージが始まるんだ! ステージからうせな!」
ちんちくりん……だと⁉ どうなってるんだ奴らは。私はステージ裏に下がるのだった。
『さ、さて今回は何をみせてくれるのでしょう、カイ氏。これまで異なるジャンルの芸を披露してきましたが。カイ氏&シュガーホワイトによる共演が始まります。どうぞ!』
カイ師匠がセンターポジションに立っていて、残りの五人が後方で構えていた。黒スーツにハット。スピーカーから音が流れ始める。ドラム主体のロックな音楽。同時に全員動きはじめる。ステップを踏みながらターンして肩を揺れ動かす。六人とも完全に息ピッタリだった。とても即席でできるものではない。
後方のホストの一人が横に向かって歩いているモーションのまま縦移動で前にでてくる。師匠に並んだかと思うと師匠は歌い始めた。
『闇の底から 這い上がる』
そして師匠はハットを押さえながらピストルを取り出し構える。前にでてきたホストに向かって『バン』と発砲するのだった。豪快に撃ち倒されるホスト。
『ボスの席次は 俺が頂く』
ホスト達はカイ師匠を取り囲み、ナイフで攻撃を仕掛ける。が、それらをステップとターンを組み込みながらも拳法のようにキレのいい手の動きで防御して反撃している。さらに師匠はブレイクダンスのウィンドミルを披露すると残りのホストは全員吹き飛んだ。
『Rock you !』
カイ師匠は床に落ちているアタッシュケースを開きその中から注射器を取り出した。そして大袈裟な動きで倒れているホストのひとりにぶっ刺す。刺されたホストは倒れた状態で大きく跳ね上がった。
『如何なる敵が 待ち受けようとも』
ホストは全員起き上がりカイ師匠を取り囲んでピストルを向けている。しかし師匠の手には手榴弾が握られていた。
『支配するのは この俺だ』
手榴弾を床に投げると煙幕が広がり全員を包み隠した。
『Fuck you !』
煙幕が晴れるとそこには椅子が用意されていて、カイ師匠は膝を組みそれに腰掛けていた。黒だったスーツは師匠だけ白のスーツに変わっていて、そして指にはギラギラ輝く宝石付きの指輪をいくつも装着していた。五人いるホスト達の四人が跪いて師匠に頭を垂れている。悪だ。完全に悪の親玉に昇格した演出だ。
『あの手この手で 荒稼ぎ』
ホストの一人が、子供を連れてきた。途中参入の子供だ。子供は縄でぐるぐる巻きにされていた。これは……。
『手段なんか 選ぶわけない』
ホストが一人、黒電話を手にもって師匠はその受話器を取った。身代金だ。子供を誘拐して身代金を要求している図だ。
そしてしばらくの間、ロックなミュージックが流れる。子供はステージから降りていき、そしてその代わりにアタッシュケースが師匠のもとに運ばれてきた。ケースを開けると無数の札束が入っていたみたいで師匠はばら撒いた。
『Hey you !』
Hey you ! ではない!
さらに五人の子供が追加でステージに上がる。彼らは小袋を渡されているようだ。小袋を手に持った子供達はステージ上を歩き、トイレ漏れそうな感じを踊りで表現している不審なホスト達のところまで行ってその小袋を手渡した。その代わりに不審なホスト達からまた別の小袋を受け取っているようだ。子供達から受け取った小袋をホスト達は開ける。その中から葉っぱがでてきた。葉っぱを嗅ぐと不審な動きをしていたホスト達の挙動がさらに大袈裟な動きになる。例えるなら水中に放り込んだミミズのように元気に動き回っている。逆に子供達が不審なホストから受け取った小袋の中身は金貨だった。金貨がカイ師匠の手元に運ばれているようだ。なるほど子供を使った闇商売か、最低だよアンタ。
『気が付きゃ俺は帝王さ!』
最後は師匠がセンターポジションまで歩いてきて、全員でポーズを決めた。
『Yeah !』
そして幕が下りた。
「おおおおおおおお‼」と今度は男女比関係なく声援が上がった。
いや……ふざけているようにみえても確かに凄かった。これは強い。カッコよさとユーモアが組み合わさった全く予想だにしなかった切り口で攻めてきた。こんな隠し玉を用意していたなんて。
『ありがとうございました! 良いものをみせて頂きました、カイ氏の演技でした! さて宴もたけなわとなって参りました。これにてとうとう最後の演技となります。対するは! 愛弟子、アリス‼』
私の出番だ。
「おうよ、アリス。向こうが協力したんなら私らも協力してやるよ!」
肩を掴むラーニャ。
「猫ちゃん達も頼もしいけど、私達はそれ以上にサポートできるわよ?」
もう片方の肩に手をおくナコッタ。
「手順説明は口頭で一度だけ。つまり全てぶっつけ本番だ。できるかどうかは分からねえ! でも、お前が困ってんだったら手を貸すぜ、アリス!」
「うん。ありがとう、お二人とも。きっと上手くやりましょう!」
「でも、こういうのって燃えるわよね。この大舞台。失敗が許されないスリル。エンターテイナーはこうでなきゃ」
「おう、姉貴はしとやかを振舞っているが本性はガメツイからな! 猫被ってんだよ、猫を」
「あら、この妹はいつも無駄口が多いわね」
ぶっつけ本番。失敗して恥をかく結果になるかもしれない。でもそれでもラーニャとナコッタは私に協力してくれると言った。そして楽しそうだ。彼女たちの期待に、そして会場の皆の期待に応えないと。私達はステージへと向かった。
「奴らも組むみたいだ。そんな即席で生んだ演技なんて大したことないに決まっている、なあ、サザナミ」
「ああ、レイジ。ボスが優勝で違いない。そもそも俺達の積み重ねが誰かに負けるなんて考えられないな」
「奴らボンクラ共の足掻きを高みの見物といこうじゃないか、フフフフ」
「いや、レイジ、サザナミ。油断はできないよ」
「「ボス!」」
「アリスの芸師に対する執着は本物だ。この土壇場で化けることは十分考えられる」
「はい……」
「君達とはそれなりの付き合いがあるけど、彼女のことを話したことは無かったね。彼女、アリスは家を飛び出したことがあったんだ」
「…………」
「もうそろそろ消灯にするよ。練習もいいけど、そのあたりにしておきなさい」
アリスを引き取ってから一年が過ぎたくらいの頃だ。十二歳になった彼女は相変わらず練習熱心だった。
「うん」
と、ちょうど渡り切ったところで返事をしてきた。ここのところ綱渡りの練習を繰り返している。僕が強制するわけでもなくいつも自主的に取り組んでいるものだから手間がかからなくていい優秀な弟子だ。これぞ努力の天才というやつか。
「…………」
それにしても上達している。バランス棒無しで渡り切ることができたみたいだ。アリスはYの字のポーズで自慢げな顔をしていた。そんな彼女に僕は提案する。
「アリス。そろそろ実戦で渡ってみないか? アリスの為の時間を設けるよ」
実力もついてきたし実戦経験を積ませてあげたい。彼女の頑張りも報われて欲しい頃合いだ。初披露とその成功経験というのは後々の支えになるものだし。
「え、やった――! そうなの? そうなの⁇ 明日はついにデビューだ!」
すると、はしゃいだ。やっぱり裏方じゃなくて表舞台に立つために研鑽を積んできたんだ。明日は良い日になることを祈ろう。
「片付けて寝なさい」
「はーい」
そして翌日。いつも通りアリスにはアシスタントをしてもらった最後にアリス単独の綱渡りショーの時間を設けた。いつも通りの歓声に囲まれて彼女は綱の前に立つ。距離にして約二十メートル、高さ二メートル弱。最悪、落下してもまあ大事には至らないだろう。彼女は意気揚々といった様子。自信満々だ。
手を上げて、そして渡り始めた。
皆、息を呑んで見守っている。やはり新人がやる綱渡りはそれはそれでハラハラ感があるのだろう。
「…………」
しかし安定した出だしだ。五メートル、半分の十メートルとちゃくちゃくと進んでいく。観客からはどよめきが起こった。その時、アリスは嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべたのだった。注目を浴びて嬉しいのだろう、感情を隠せないあたりはまだ子供だ。
「ん?」
しかし次の瞬間、足元がふらついた。右へ左へ大きく揺れてそして地面へと落下する。ほんの僅かな油断からきた一発アウト。これがこの業界の常である。
「アリス!」
急いで駆け寄る。倒れている、足首を押さえていた。捻挫か? 骨に影響はないか⁇
「だ、大丈夫。ちょっと捻っただけ」
「あまり動かないで! あ、ゴメンみんな! 今日は解散! お代はいらないよ!」
観客は心配そうにこちらを窺いながらも散っていく。すぐにアリスを背負って医者まで直行した。
「骨に影響なくて良かったね。全治二週間だ」
「…………」
「まあ、こんなこともあるさ。いきなり洗礼を浴びる形になって辛いだろうけど。ほら、好物のトマト缶パスタだよ。今は英気を養って次に備えよう!」
「…………」
我ここにあらず、か。まあ、こればかりは仕方ない。時間が必要だ。
そして二週間が経過して無事足首のギブスが外れる。アリスは僕のアシスタントとしての仕事もこなし以前のように芸の練習にも復帰する。ブランクはできたものの、そこからさらに二週間が過ぎた頃には綱渡りも以前以上の精度に仕上がっていた。
アリスに声を掛けてあげた。
「ねえ、アリス。明日また挑戦してみないか? 綱渡り」
「え? うん。いいの?」
「ああ、もちろんだとも。前の失敗のイメージを払拭しよう。少しずつ壁を乗り越えてこそ何事も上達するものさ」
「分かった! 次は油断しない。上手くやるね!」
今度は気が緩むこともないだろう。伸び時だし、ここでどうしても自信をつけさせてあげたい。
そして迎えた翌日。
前回とは別の場所での披露となる。立地上、今回は前回の半分の距離での挑戦だ。距離約十メートル、高さ二メートル弱。練習では当たり前のようにクリアしている距離。いつもと同じように冷静さを保っていけば問題ないはず。
「…………」
アリスは綱を渡り始めた。一メートル、三メートル、五メートル。観客が見つめる中、七メートル、九メートル。そして向かいの台までたどり着くことができた。
アリスはYの字のポーズで締めくくる。すると同時に観客から拍手と歓声が上がった。
「いいぞ! 嬢ちゃん!」
「カッコイイ! よく頑張ったな!」
褒められている。これは頑張った者にしか得られないご褒美だ。当の本人は柄にもなく恥ずかしそうにしているけど。そしていい感じでこの日の舞台を終えることができたのだった。
「ねえ、師匠。今日の距離、ちょっと短くなかった? あんまりやった実感ないんだけど」
綱渡りの綱の距離の事を言っているのだろう。
「そうだね。綱渡りは立地も影響するからね。次はもう少し距離のある場所でやろうか」
「…………」
本人はいまひとつ満足できていない様子だ。それはそうか。成功したといってもきっと能力の半分くらいしかだしきれていないだろう。練習の成果を十全に発揮させてあげたいと無論、この僕も思うところだ。
「次は少し伸ばしてみよっか」
「…………」
そして翌日。
立地上、次は十五メートルの長さで挑戦することになった。今日もギャラリーで賑わっている。そして練習通り彼女は渡り切ることに成功した。
「やったじゃねぇか、ブラボー! いいぞ!」
「次も期待してるぜ――!」
うん。これで今日も無難に成功。芸師としてはまずまずの滑り出しだ。きっと初回の悪いイメージも払拭できただろう。これから徐々に徐々に実戦経験を積んでいけばいい。まだまだ先は長いんだから。後片付けをしてから引き上げる。
そしてそれは帰りの道中で起きたことだった。
「おい、下手くそ!」
物陰から子供がでてきた。アリスより少し年下の男子がアリスに向かって言った。
「え?」
「金稼ぎしてんならもっとまともな芸やれよ! 親父が言ってたぞ! 全然ダメだけど仕方なく褒めてやってるんだって! そこのカイと比べて雑魚だって! 頼まれたから褒めてやってるだけだって! 調子乗んなよ!」
「…………」
「フン!」
吐き捨ててから彼は走り去っていく。
「…………」
「アリス? 気にすることはないよ」
言った途端、アリスは持ち物を置いて走り去っていった。
「おい! アリス!」
そして彼女は帰ってこなかったのだ。家出だ。捜したさ。日夜、姿を消した彼女を捜し回った。
彼女を見つけるまで……。それは三日に及ぶ捜索だった。
ブツブツと何かを呟いている少女。
「……昨日は藁の家で寝たな。……今日は木の枝の家で寝たいな」
『靴磨き 銅貨一枚』と書かれた缶の中に一枚銀貨を投げ入れる。するとやつれた様子の少女は見上げて続けて生気の失せた声で呟いた。
「師匠……」
「アリス! こんなところで何やってるんだ。さ、帰るよ!」
「ははっ、そうですね……。私、何やってるんだろ……。自分ひとりでも生きていけないくせに。突発的に飛び出して……。きっと、師匠に見つけて貰えるの、待ってたんだろうな……」
「ああ。体調は崩してないか?」
「…………」
ゆっくり頷いた。
「……あの少年に言われたこと、気にしてるのか?」
「…………」
コクリと頷いた。
「気にすることは無い。君は立派に演技を成し遂げた。僕に関しては君の努力を見ている。十分褒められるに値するよ。あの少年に言われたことなんて気にするな。ああいう攻撃的な人間はどうせろくな運命を辿らない。言いたいことを言わせておけ。あまり酷いといずれリュウガいき――」
「違う!」
「え?」
「アイツは間違っていない! アイツのいう事は正しい! 下手な私が悪い! 努力とか関係ない!」
「……アリス」
「実力がある人間が褒められて無い者は貶される! アイツの評価は平等だ!」
「…………」
「……これは私の我儘です。実力のない私はどの道、人を感動させることなんてできなかった」
「…………」
「でも、カイ師匠が観客を操ったんですよね? 私は、師匠と同じ舞台に立ちたかった! 目標は師匠だ! そのために本気で練習してきた! 嘘の賞賛なんていらない! そんなもののために練習してきたわけじゃない! ダメならダメ出しのほうがまだよかった! ちゃんと勝負したい! 私はただ、バカにされて手の平で踊らされていたんだって……」
そしてアリスは倒れた。
「え、おい! アリス⁉」
汗⁇ しかも凄い熱。全然平気じゃないじゃないか!
「しっかりして。今救護を呼ぶから!」
アリスは僕に抱えられながらも、直視してきた。そして訴えかけてくる。
「私は必ず……、必ず、貴方を超える」
自分でいうのも何だが、よほどのことがない限り動じない僕だ。しかしその瞬間に限り背筋が凍り付いた。いつも見ている自分の弟子の背後からとてつもない怪物が睨みつけてくるような、そんなプレッシャーに晒されたのだ。
「…………」
命に別状はなかった。
「…………」
が、なんて愚かだったんだろう、と反省する。あの子の気持ちを踏みにじってしまった。近くにいながらあの子のことなんて何も分かっちゃいなかったのだ。僕はアリスを励まそうと思ってあらかじめギャラリーに褒めるようお願いしていた。それは結果的に彼女を傷つけた。
「…………」
恐ろしく頑固な負けず嫌いだ。表舞台に立ちたいから研鑽を積んでいる? とんでもない。僕が思っているよりアリスは遥か上を見据えていたのだ。そう、標的は僕。
復帰したアリスはぐんぐんと進化を続けた。倒れたときに放ったあの言葉。嘘なんかではないと確信に至るほど彼女は妥協のない精進を継続した。
そして今、本気の僕と敵対している。あの日から休まず鍛錬を重ねてきたアリスは本気で僕を超えようとしている。
「彼女の執念は、もしかすれば僕を呑み込むかもしれない。継続された努力は何かの弾みひとつで突然開花するなんてことはよくあるものだ。彼女にはその条件が十分に揃っている」
「ボス……」
「まあ、見届けようじゃないか。結末を」
『さあ、最後を締めくくるのはアリス氏。ついにフィナーレの幕が上がります!』
私達の最後の舞台はちょっとした劇。強いてそれが何かと説明するならラップとマジックのコラボレーション。しかし時間は有限、舞台は即席! 打ち合わせ? 間に合わせ? しかし! こんな逆境、苦境じゃないさ!
ラーニャとの掛け合いから始まる私のセリフだ。
『よくぞここまで 辿りついたな 勇者共! 最大最凶魔王は私 この世界を滅ぼすために 生まれたアリス!』
『なに⁉ 貴様が魔王! 世界を滅ぼす大元凶!』
『まずはこの場の客から順に――』
『させない!』
私の上から大きな樽が被せられた。ナコッタに。すっぽりと身体が入りきる。真っ暗だ。そして樽の外側から聞こえてくるセリフ。
『世界の秩序は我らが守る 任せておいてよお姉さん』
チャキィン、と剣を抜く音が外側から聞こえた。
『まずは上段』
『おいやめろ!』
ブスリと樽が剣で一突きされた。アリス危機一髪。
『ここじゃないか 次はここ』
チャキィン! と新たな剣が抜かれブスリと樽にぶっ刺される。
『人間め!』
チャキィン! チャキィン! チャキィン!
『ここと ここと ここだろう!』
ブスリ。ブスリ。ブスリ。
『調子に乗るなよ 人間め』
直後の爆発音と共に煙幕で私達は覆い隠される。
その隙に私は樽から脱出。煙幕が晴れると同時に言ってやる。
『効かん! 無傷だ! その程度で 私を殺れると 思うたか?』
『何⁉』
ここで決め台詞とポーズを決めた時に私の背中に剣が三本ばかしぶっ刺さっているのがポイント。会場内から笑いが起こっているな、計算通り!
『やるな 魔王 一筋縄ではいかないか しかし!』
『まだまだあるわよ 切断ショー』
『何⁉』
直後に後ろから掴まれて私は棺の中へと閉じ込められるのだった。ナコッタに。
『みせてあげなよ お姉さん』
真っ暗の棺桶の外側でチェーンソーがフル回転している音が聞こえた。そして棺桶が真っ二つにガリガリガリガリと斬られていく音。
『ギャ――――!』
そして情の欠片もなく私のことを真っ二つにしてきたのだった。
箱の中から私は飛び出す。客席からは胴体が真っ二つに切れたように見える状態で。
『真っ二つに割れたじゃないか 貴様ら絶対許さない! 破壊したるぜこの世界!』
そしてステージ前方に向かって私は自分の上半身を抱えながら小刻みに歩いて行くのだ。会場内は盛り上がった。
『いやいやいやいや 見せ場はここから でっかい花火で 締めくくれ!』
真っ二つになった私は無理やり大砲の砲身のなかに詰められた。ナコッタに。
『これはウチらのとっておき 最後に使うはずだった! 最後に使うぜお前の為に! 上半身と下半身 二発同時にドッカンドッカン! Yeah Thank You !』
当然、私は砲身のなかから脱出済み。そして派手に花火が打ち上げられた。
もう夜だ。夜空にはナコッタ&ラーニャがピースしている愛らしいイラストが花火で描かれる。無論これは私が用意したものではない。この二人が決勝で使う予定だったとっておきだ。演技者の私ですら見惚れてしまう程の出来栄えであった。それを私の演技で使ってくれるなんて感謝感激雨あられ。おかげ様で大盛り上がりだ。そしてこれにて私達の演技はしまい。めでたしめでたし。
二人はステージの真ん中で誇らしそうにピースしているのであった。そこ絶対私が立つ場所! 私も二人の真ん中まで駆け寄ってお辞儀をした。
『はい、ありがとうございました! アリス氏によるパフォーマンス。最後を飾るのにふさわしい打ち上げ花火でした! さて、とうとうやってまいりましたこの時間。採点タイムです』
「フン。なるほど。才能というより才覚での勝負か。こりゃ人を楽しませる化け物だ。なあ、ホッピーよ」
「リュウガ会長? つまりあえて自己犠牲のネタを使って観客を楽しませた、ということですね?」
「奴は執念の化身だ。素質から他の凡骨共とは違う。これまで幾度となく折れてきただろう。しかし何度も何度も立ち上がった。その度に壁をぶち破ってきたのだろう」
「……会長のその推測は驚くほど当たりますからね。会長がそうおっしゃられるのならその通りなのでしょう。これはやはり逸材! ですね。是非とも我が社で活躍して欲しい次第です」
「…………奴は七転八起。挑戦することを諦めなかった。そして目標としているカイに対し自身のできうる最大火力を今日ここでぶつけてきた。勝負はいつもぶっつけ本番。失敗する度、嘆かわしくも何度も何度も這い上がる。こりゃ到底、並の人間じゃ真似できねぇことだ」
「リュウガ会長……」
『さて、両者点数が出揃いました。カイ氏50点! アリス氏45点! 見事この「盛り上がればそれで良い!」オーディション優勝に輝いたのは路上の魔術師ことカイ氏でした! 堂々の満点評価です! 審査員の皆様方、ありがとうございます‼』
「しかしそれでもカイには遠く届かねえ。そもそも年季が違ぇんだ。テメエの何倍、何十倍と経験と研鑽を続けてきた。テメエは頑張った、が、ひよっこの小娘がはじめからどうこうできる相手じゃなかったってことさ」
『はい、それでは表彰式に移行させて頂きます。優勝者のカイ氏。ステージへとお越しください』
カイ師匠は司会の人の指示通りにステージに現れる。そして社長のホッピー氏が一千万という巨額の数字が掛かれたプレートを手に持ちカイ師匠のもとへと向かった。
『それでは、ホッピー氏による表彰、及び賞金と景品の授与を行います。皆さま今一度盛大な拍手を!』
私は素直に拍手した。会場の観客と一緒に。負けたんだ。私は師匠にかなわなかった。そしてラーニャとナコッタは無言で優しく肩に手を添えてくれた。
「…………」
ああ、負けたんだなあ……。特に他の感情などはなく、その事実だけが脳内をコダマした。
舞台裏から表の様子をみていた。
『今、カイ氏に1000万ダラーが手渡されました! そして景品はなんと我が「スターライト」社が手掛ける新番組の司会進行役の権利を――』
そこで唐突にリュウガが表彰の時に流れる曲を口ずさみながら我が物顔でステージに上がってきたのだった。
『テェ~~ンテ~~テテェ~~ンテェ~~ンテレテテテンテンテェ~~ン♪』
『リュウガ氏?』
司会者も困惑していた。カイ師匠に近づく。
『優勝おめでとうカイちゃん!』
そして両手をバサッと広げ、顔を突き出しながらそう言ったのだ。随分と上機嫌そうだ。あと、圧が凄い。
『カイちゃん良かったよぉ。ブラボ~~! クフフ、まさかチミがマフィアのボスだなんて。俺の目の前でよくやれたね、クフッ。もうこれ笑うしかないじゃん。憧れてたの~~? マフィアのボスに、カイちゃん憧れてたの~~⁇ こんなの十点満点不可避だよ、ハッハッハ!』
「…………」
『本、使ったね?』
そして唐突にそんなことを言った。
「…………」
本?
リュウガが何の事を言っているのか分からないが師匠はそれには何も答えなかった。
『ま、別にいいんだけどさ! このステージ「盛り上がればそれで良い!」だから』
「…………」
『でもね』
そして続けて大きめの声で言ってきたのだ。
『アリス――でておいで――! アリス――!』
なになに⁉ 私? なんでアイツが私を呼ぶの⁇
『オラァ! 奴隷! でてこいや! 呼ばれたらさっさとこんかいやコラァ‼』
急に怒鳴り始めたのだ。慌ててステージにでていった。人目を気にせずにいつものリュウガが顔をだした瞬間だった。会場は引いている。
リュウガの前に姿をだすと見てきた。そりゃ見るだろうな。嫌だなぁ。
『あら、アリスちゃん。おかえりなさ~~い♡ 怒鳴ってゴメンねぇ~~♡ アナタの演技も素晴らしかったわよぉ~~♡』
何でオカマ口調なんだ。くねくねするな不気味で気持ち悪い。
『って、事でぇ~~? リュウガ的に優勝わぁ、アリスちゃん♡ ん? でもこれ、俺様の開催するオーディションだからそれじゃあ優勝はアリスでよくね? 他の連中の考えなんか度外視で優勝はアリスでよくね?』
『え……』
司会者はさらに困惑。言われている本人の私も理解不能。何言ってるんだこの男は。
『はい決定――! 俺の権限で、優勝はアリス!』
『ど、どういう事でしょう! リュウガ氏が会長の権限を使って優勝者を変更した模様です!』
会場はざわついた。本当にどういうことだ⁇ 開催側の最高責任者がこれじゃあ、あとで荒れに荒れるぞ。……そして私にもいらぬとばっちりがくるわけだ。「お前、得点負けたのに何で勝ってんの?」的な。そして行き着く先は「この女、枕したな」だろう。
しかしリュウガはお構いなしにひとりで優勝コールを始めた。
『はい、ゆ~うしょう! ゆ~うしょう!』
手拍子をとりながら。これには黙っていたカイ師匠も抗議したのだった。
「おい、リュウガ! どういうつもりだ! 優勝は僕だ、勝手に変更するのはおかしいだろ!」
まともにリュウガと言い合えるのはこの場では師匠だけだ。やっぱり凄いんだなぁ、師匠。しかしそれはそれとして。リュウガは言う。
『あれれぇ? カイちゃん。最初に言わなかったっけぇ? 「俺様が一番偉い! 俺の意見が他を圧倒する場合がある」って。昨日の夜、言ったよねぇ? ちゃんと聞いていなかったカイ君が悪いよぉ~~。んんん?』
「貴様! リュウガ!」
掴み掛かるカイ師匠。しかし綺麗な一本背負いでリュウガに投げ飛ばされた。
『おい、テメエら!』
リュウガがひとつ指示を出すと黒スーツのガタイの良いボディーガード達が複数名現れ、師匠を抑え込んだのだった。
「リュウガ! 貴様! そんなことが許されると思っているのか!」
凄い剣幕で睨んでいる。そして次に師匠は私に向かって叫んできた。
「アリス! その男から離れろ! 遠くへ逃げろ! これは命令だ! 早くしろ!」
何を言ってるの?
『あらあらあらあら。ダメだよ、カイちゃん。自分の可愛いお弟子ちゃんの成長を憎んじゃ』
そしてリュウガは私に真顔で向きなおった。ピンマイクを投げ捨てる。
「おい、奴隷。テメエは優勝した。約束通り景品授与の時間だ」
「景品……」
「そうだ。力が欲しいんだろう? 良くも悪しくも人の人生を歪める力。その名は『グリモア』」
「…………」
グリモア。昨晩パーティー会場で話題にあがったワードだ。
次の瞬間、突如リュウガの胸元が赤く光った。
「何⁉」
そして身体のなかから本がでてきたのだ。これはカイ師匠がいつも使っている本か? 色が違うようだけど。
「これがグリモア。とてもじゃねぇが奴隷に授けるには勿体ねぇ代物だ。貴様もカイのもとで働いてたんならコイツの問題児っぷりは知ってんだろ?」
「…………」
「あ、そうかそうか。カイはそんな横暴な使い方はしねぇか、クフフフ。まったく、何百年平和主義貫いてんだ。感服するぜ」
「…………さっきから何を言っているのか、話が見えてこない」
言うとギロリと睨んできた。足がすくむ。
「カイの奴も、本を使ってたんだろ?」
本。そうだ。師匠は、悩みを抱えている人の前で本をだすことがしばしばあった。そしてその直後、何かしらの芸をみせて楽しんでもらう。そうするとあら不思議。いつの間にかその人の悩みが解消され元気になって帰っていくのだ。
「…………」
その神のような所業のトリックを私は今になっても見抜くことはできていない。それが本に秘密があるというのか。
「何かを察した顔だな? お前もカイのような力が欲しいだろ?」
それはまるで魔法の力だ。
「……欲しい」
私は答えた。
欲しいに決まっている。私は人を幸せにしたいんだ。
『人を喜ばせることが嬉しい。それが君が芸師を続ける意味だ』
いつか師匠もそう言ってくれた。だからそれ自体は悪くはない。間違ってはいないはず!
「決まりだ。『紅』、引継ぎの時間だ」
リュウガがそう言った。すると本が私の方へと近づいてきて。そして私の体内へと入ってくる。
「アリス!」
カイ師匠の叫びが聞こえた。しかし私の心の中までは届かなかった。心のなかは、別のモノが侵食しはじめていたのだから。




