5.アリスの奮闘
翌日、夕方。ナイター照明が光りはじめる超大型の野外コンサート会場でオーディションは開催された。席は数千の客に埋め尽くされてその中央のステージでショーを披露するのだ。あらゆる角度から撮影されていてそれが大きなスクリーンで映されたりする。昼間にはメインの『ストロベリーピンク』含むスターライト社の様々な人気アイドル、アーティスト達のコンサートが開催されていたらしい。題して『盛り上がればそれで良い! コンサート』。愉快な名前のコンサートだ。その最後の催しでオーディションが行われる。つまりコンサートの熱量のままオーディションに進む。こんな盛り上がりの前で芸を披露した試しは今まで一度もない。一度もなかった。
「おう! オマエいつ見てもおどおどしてんな! まさかこの場の圧に潰されちまったのかよ⁉ なっさけねーなァ‼」
ステージ裏で叫びかけてきたのは私と一戦目に当たる『アラビアンフレイム』のラーニャだった。今日は一段と気性が荒々しく思える。
「ごめんね、アリスちゃん。この子いつもこうなの。特に上演直前は。気にしないでね」
そしてお姉さんのナコッタさんがフォローをいれてくれるのだった。
「ああ……、はい。慣れてるから大丈夫です」
でも逆に色々と気持ちが重い今、ああいう気迫をあてられるとちょっと和らぐこともあったり。
「そ。お互いベストを尽くしましょ♪」
「行くぜ、姉貴!」
「あ、はいはい♪」
早速彼女らの出番だ。余裕のある表情で私を背に表舞台に向かっていくのだった。
そして二人がでていった瞬間、砂塵の如く渦巻く声援がステージ裏にも響いてきた。
なんだこの熱気は! 凄い……。この大迫力のなかで芸をやるんだ。
「…………」
本当に圧に押し潰されてしまいそうだ。次は私の番だ。大丈夫か? 大丈夫か⁇ こんな大勢のなかで、熱狂のなかで仕事なんてやったことがない。急に心拍数が上がって……頭が真っ白になる。手が震えるなんて、こんな経験は今までなかった。
それなのに私は師匠から離れて自分の足だけで歩いて行けると確信してならなかった。師匠が規格外なだけだった。師匠のおこぼれでこのオーディションにも招待されたんだ。そうだ、この場に相応しいのは私ではなく師匠なんだ。このステージで待機している他の出場者が急に大きく見えた。いつも励ましてくれる師匠はこの場にはいない。せめて、私を励ましてくれるいつも味方だった師匠がいてくれれば、彼はなんて声を掛けてくれるのだろうか。
「…………」
今、励みになる人はどこにもいない。私は一体、ここで何をしている……。
頭を抱えたその時、再び大きな熱狂が表から響いてきた。今、演技中の『アラビアンフレイム』によるものだ。上演中の映像を見上げる。
あれは……。
二人はやや離れた距離で向かい合っている。いや、立ち回っている。何をやっているんだ! そのインパクトの強さとくれば。一気に悩みの何もかもを忘れて引き込まれてしまった。
「…………」
彼女ら二人の足元を取り囲む形で炎の線が引かれている。そして二人は向かい合って火の玉をぶつけあっているのだった。直径肩幅サイズの炎の大玉を両手で生み出しては何度も相手に向かって放っている。それは綺麗に水平方向に向かって放たれそして互いの玉はぶつかり合い相殺されて消えていく。繰り返し行われている、が。しかし徐々に徐々に姉のナコッタの繰りだす火の玉が遅れていき、ラーニャの火の玉が迫っている。それに同調して観客達も唸りの声を上げていた。火の玉は目前に迫ってきてそれでも必死に抵抗するがそれでも追い付かず。ついにナコッタは火の玉を受けて吹き飛ばされ、そして燃え上がった。
「おおおおおおおおおおおおお!」と、歓声が大きく湧き上がった。彼女の全身は燃え上がっている、しかし炎上しながらも立ち上がり、そしてふらふらとゾンビの如く不気味な仕草を伴いながらゆっくりとラーニャに近づいていった。ラーニャはピッチを上げて火の玉を何度も繰り出すが全て腕で弾き飛ばされていた。ついにナコッタはラーニャに辿り着き、腕を掴んだ。するとラーニャはナコッタ以上に燃え上がったのだった。ヒステリックなポーズで苦し悶えるラーニャ。想定外すぎる! あれ、本当に大丈夫なのだろうか、本気で心配になってきた。しかしそこからラーニャは反撃とばかりかナコッタの両肩に掴み掛かり、そこから両者取っ組み合いになる。
「「はああああああああああ!」」
と、二人の叫びと共に今度はステージ上全体が炎に包まれる。もうこれ火事じゃないかな⁉ パニックになる人もでてきそうななか、そのとき炎が蛇行しながら天に昇り始めた。そしてその炎は巨大なコブラの形に変化したのだ。全て演出だった。しばらく炎のコブラは夜の空を這う。最後にコブラは泥のなかにでも潜るかのように夜闇のなかに姿を消していったのだ。
演技を終えた二人は両手をYの字にしてキメのポーズをとっていた。
「…………」
ふた呼吸ほど置いてから一気に歓声と拍手が沸き上がった。
凄い。これが最終オーディションのレベル。完全に心を持っていかれた。
豪快ド派手。度肝を抜かれる型破り。カイ師匠が彼女らに対しそんな評価をしていたけどまさにその通りだった。これが、エンターテインメント。私達芸師が観客に送るべき感動。悩みもプレッシャーも跳ねのける芸師の技の力。これが私が目指したもの。……私は。
「芸師になって本当に良かった」
プレッシャーや心のモヤなんてどうでもよくなった。私は自分のできることを披露して楽しんでもらえればいいんだ。この大舞台で芸をさせて貰える機会を与えてくれたことに感謝。
「よし!」
私はもう一人で前に進める。だけど私は一人じゃない。猫の着ぐるみを着用して仕込みを完了する。上演の準備は既に整った。
『あ、ありがとうございました。「アラビアンフレイム」のお二人でした。続いては、今オーディション緊急参戦の超新星! 路上で培ってきた幾千もの技の粋を、今ここで披露致します! 彼女の名は、アーーリスゥゥ‼』
事前にレコーディングしていた曲と同時に意気揚々と猫の着ぐるみの私はステージに向かった。そしてドテッと転ぶのだった。
『子猫が転ぶと子猫が一匹♪』
転んだ拍子に着ぐるみのポケットのなかから熟練のアメリカンショート猫が一匹とびだす。
『子猫が転ぶと子猫が二匹♪』
立ち上がりもう一度転んだ。そしてその拍子に熟練のアメリカンショート猫がもう二匹とびだす。
『そーんな不思議な子猫が欲しい♪ そーんな不思議な子猫が欲しい♪』
曲が一旦とまる。そうだ、私は一人だけど一人だけじゃない。一人と三匹だ。
ニャン太とニャン吉とニャン子がステージの正面で等間隔に座った。ちょっとだけウケた。出オチというやつだろうか。
私は巨大吸盤つきの金属棒を四本手に取ると大きく振りかぶりアニメーションっぽく飛び上がりながら地面にくっつけた。左右にそれぞれ短い棒と長い棒を一本ずつ、そのうちの短いほうの一対の棒にはロープをつけて、さらにもう一対の長いほうの棒には観客からは目視不可能な秘伝の糸を結ぶ。
私は横笛をとりだして演奏する。本来なら隣で師匠が小太鼓でも叩いているところだけど。笛に合わせて猫たちが二足で立ち上がりにょきにょきと身体をくねって踊り始めた。猫たちは今日も絶好調。そして私はロープを渡り始めた。超強力吸盤つきの棒が僅かにグネッと歪む。しかし私の体重ぐらいで奴らは折れる棒ではない折れないよな? 私に続いてニャン太、ニャン子、ニャン吉の順にロープを二足歩行で渡りはじめる。私は最後まで渡り切って降りるが猫たちはロープの上でとどまり二足で踊りを続ける。そしてアリス猫は唐突に回転ジャンプを繰り出し糸の方に飛び移る。こちらの方は飛び乗ると宙に浮いたように見える。細い糸だけど熟練すると飛び乗ることもできるようになる。超強度の糸で師匠も空中ショーをするときにこの上をよく渡り歩いていた。観客もどよめいた。タネはバレバレだけどそれでも不思議に見えるものだ。しばらく宙に浮いて踊ったあとにポケットの中から煮干しをとりだして下側で踊る猫ちゃん達に投げ渡す。すると上手く口でキャッチして食べるのだ。
観客からは笑いが生まれる。そして私は糸の上からステージ上に下りた。笛をしまって今度は傘を取り出す。
「はい、次は猫回し行きますよ~~」
しゃがんで傘をくるくると回し始めるとニャン太たちはロープの上から降りてきて次は傘の上に飛び乗ってくる。回す傘の上を三匹は走るのだ。またもや気持ちのいい歓声が聞こえた。
「さらに!」
猫ジャグリング! 傘をポンと上に弾くと猫三銃士たちは丸く玉のように丸まりそのまま玉になる。お手玉の要領で猫たちは私の手の上を入れ替わりでまわりはじめた。くるくるくるくる宙を舞うモフモフたちはいつ見ても正義。歓声から観客も同感してくれていることが確信できる。でもあまり回しすぎると猫たちの感覚が馬鹿になっちゃうのでほどほどに。最後は全員胸でキャッチして演技は終了。深くお辞儀をした。
何千もの声援を一度に受けたのは生まれて初めてだった。
『はい! ありがとうございま~~す! 猫のエキスパート、アリス氏による見事な演技でした! さて、それではさっそく二組の採点に入ります!』
そう、採点! 私とアラビアンフレイムのどちらが勝ちあがるのか。その採点がこのタイミングでつけられるのだ。ラーニャとナコッタもステージにでてきていた。
『採点者は五名。それぞれ10点満点でつけて頂きます。点数が高かった方が準決勝に進出となります! まずはアラビアンフレイムの点数を。一斉にどうぞ!』
採点者は五名。審査員席の中央にはリュウガ。その両隣には社長のホッピー氏と副社長ジャスミン氏、そして専務のヤサカ氏が隅にいる。さらに反対側の隅には役員のラック氏。
『審査員の点数がでました!』
スクリーンに数字が映し出される。
『リュウガ氏9点、ホッピー氏7点、ジャスミン氏7点、ヤサカ氏7点、ラック氏7点、合計37点です! これについてお伺いしましょう。リュウガ氏、高得点を頂きました! ありがとうございます』
リュウガは答えた。
『ああ、派手で過激なところが高評価だ。ただ――』
『ただ?』
『俺より派手で過激すぎた点は気に喰わねえ。減点1だ』
ただのやっかみじゃないか!
『あ、ありがとうございます! つまり高評価の裏返しということで。では社長のホッピー氏に伺います。まずまずの点数ですね!』
『はい。噂にたがわずインパクト溢れる演技でした。しかし、こう、あまりにもインパクトを求めすぎた故に、ちょっと危なっかしいといいますか……。いくら「盛り上がればそれで良い」と言いましても、ステージ、ちょっと焦げちゃってるし……』
『なるほど、それで7点と!』
以下の役員達の意見も同じだった。「チッ、ビビりやがって。大丈夫だってぇの! 私達を誰だと思ってんだ」と小声で不満を呟くラーニャに対し「こら! お偉い様方に向かってなんて口利いてんの!」と叱る姉ナコッタ。「大丈夫大丈夫! 聞こえてないって」と言い返している。彼女達の点数は50点満点中、37点。それでも高得点だと思うけど。
『続きまして、アリス氏の採点です。一斉にどうぞ!』
『リュウガ氏5点、ホッピー氏8点、ジャスミン氏8点、ヤサカ氏8点、ラック氏8点、合計37点。なんと、アラビアンフレイムと同得点! 並びました!』
『まずはリュウガ氏から意見を伺いましょう。5点と!』
『ああ、迫力に欠けた。あと「猫の手も借りたい」とは言ったものだが、猫の手しか借りていなかった。困ったときには猫の手を最大限に借りることのできるスペシャリストだということは理解した』
言い方!
『あ、ありがとうございます……。続いてはホッピー氏からコメントを頂戴致します』
『うん。朗らかで平和的で心が和んだ。とても良かったよ』
にっこりと微笑んでくれるホッピー社長。そうだ、そういう事を言って欲しいんだ! 猫たちも喜ぶぞ。以下の役員たちも同意見だった。
『さて、点数が同じ、となりました。この場合は、規定に従いますと各審査員の方々がどちらの方に多く点を付けたかで決着がつきます! リュウガ氏はアラビアンフレイムに多く点数を付けました。その他、四名の審査員の方々はアリス氏に多く点数を付けました。結果、4対1でアリス氏の勝利となりますが――』
リュウガは言う。
『いいんじゃねぇの? コイツら審査員共の意見ももっともだ。俺の会社だしな、丸焦げにされちゃかなわねぇ。良かったな、生き残れて』
「奴隷」とまでは口にしなかったが、私に向かってリュウガは目で確実にそう追記してきたのだった。同時に客席から声援が送られた。それはそうと……、そうだ。勝った、初戦、私は勝ったんだ!
ナコッタとラーニャは握手を求めてきたので私は二人の手を握った。
「ふん、やるじゃねぇか、オマエ。あと、猫、可愛いじゃねぇか」
ラーニャは思いのほか私を素直に褒めてくれた。そして猫愛好家なのかもしれない。
「おめでとう、アリスちゃん。応援してるわ。次も頑張ってね!」
そして優しいナコッタ姉さんからもエールを貰った。
「はい、ありがとうございます。お二人とも、次も必ず勝ちます!」
と言い、別れるのではなく一緒にステージ裏に戻った。猫たちと共に。
「オマエの師匠スゲエなあ」
あぐらを掻きながらラーニャはニャン太と戯れている。
「まあ、はい。あれ、多分本気ですね」
控え室のモニターで表の様子を見ていた。今はカイ師匠の出番で、マジックショーをやっている。マントを手に持ちくるりと回すとその中から鶏や子豚やヤギが次々とでてくる。卵を4個指に挟んで手をかぶせるとあら不思議。そこからヒヨコがでてきたのだ。これを見てラーニャが言った。
「今回のオーディションは協力が認められている。脱落したチームの人間なら協力しても問題ない。つまり私とオマエの師匠が組めば鶏と豚とヤギの丸焼きを皆に振舞えるってやつだ」
「コラ、ラーニャ。慎みなさい。さっきからお行儀も悪いわよ」
隣で正座しているナコッタは叱るのであった。しかし毎度のことだが彼女は説教を受け入れない主義のようで……。
「なるほど、他チームとの協力が認められているのか……」
「ああ。まあ、協力っつっても打ち合わせも何もかも当日になるからほとんど意味をなさないけどな」
「まあ、それはそうですね」
そして結果発表。合計点数42点でカイ師匠の圧倒勝利であった。40点超えって……。
さて、私の番が迫ってきている。
「おう! 次も期待してんぞ! 頑張れよ!」
ラーニャに強く背中を叩かれ私は控え室をでた。次の対戦相手は『シュガーホワイト』。例のホスト集団である。
「あああ! 愛しのアリス嬢。よもや貴女と対戦できる日がこようとは。これも運命か! 今宵は貴方一人の為に私は歌おうと思う、踊ろうと思う。是非とも我々のパフォーーマンスを、みていて欲しい!」
対戦相手のリーダーのレイジがクルクル回転しながら私の前にやってきて膝を着いて手を握ってきた。うん、ここはホストクラブじゃないから普通にセクハラかな?
「はい、わかりました。みています」
今日は師匠ガードが発動しないから自分でなんとかしないとダメだ。淡々とした口調で返した。
『それでは、本日第二回戦! 準決勝となります! 最初に登場するのはァ! ホスト界の伝説! その甘い誘惑で数多の女性を虜にしてきた、業界指折りの五人組! シュガーホワイトォォ‼』
「おっと、もう俺達の出番だ。ごめんね、アリスにゃん。数多の女性を虜にするより俺からすれば君ひとりを落とす方がよっぽど価値があるよ。じゃあ」
「はい」
何故、私にこだわるのか。職業柄仕方のないことだと思うけど浮気しやすい男の特徴だろうな、きっと。そして彼らはステージ上へと向かう。
その瞬間、一気に歓声が上がった。驚いた。これは本物だ。歓声から察するに圧倒的に女性のファン層が多い。そりゃ人気ホストだからそうなんだろうけど。ここにきて彼らが生み出す熱狂を思い知るのだった。私に対する絡みがチャラくみえたけど、彼らは本物のプロなのだ。
そして彼らシュガーホワイトの演技は歌と踊り。薄暗いステージのなかカラフルなライトが彼らに当てられそして曲が流れる。彼らは歌い始めた。
『君はいつも綺麗だね♪ 夜闇を照らす月のよう♪』
ワインを手に持っている。
『グラスに映ったムーンライト♪ 儚く尊いシンデレラタイム♪』
グラスにワインを注いでいる。
『だから今宵は逃がさないよ♪ シュガーのように甘くまどろむ♪』
そしてお次はテーブルの上にびっしりと積まれたグラスの上からシャンパンを注ぎ始めた。綺麗に流れるようにシャンパンは注がれていく。サビに入る。
『Hey! シャンパンタワーでイルミネート! 盛り上がろうぜ! パーリーパーリー! 沈んだ顔なんて吹――き飛ばせ! ベイビー‼』
そして歓声は最高潮に達していく。この時の為にワインとグラスを持参している女性ファン達も散見された。
『聖夜に佇む君の横顔♪ 静かな空に雪は舞う♪』
二番に突入した。
『君の周りにダイヤモンド♪ 背景すべてが輝くエフェクト♪』
そして小さな小箱を手にもって膝を着く。
『受け取ってくれ僕の気持ち♪ 君の輝きには及ばないけど♪』
小箱のなかからダイヤモンドが顔をだす。
『Hey! シャンパンタワーでイルミネート!』
※サビ繰り返し
そして二番もまた観客を魅了して大きな歓声を受けるのだった。凄い。ホストって凄い。完全に侮っていた。チャラい人達だと侮っていた。そりゃそうだ。このオーディションをここまで勝ち抜いてきた業界のプロなんだから。
『はい、ありがとうございました! シュガーホワイトによる「シャンパンタワー」でした!』
ファンからすれば彼らの降壇は名残惜しいだろう。名残惜しい女性のファンが多いだけにその直後の私の演技は多分その人達からは良くみられない。もうシュガーホワイトでお腹いっぱい、他は見たくない、なんて気持ちにもなるだろう。それどころかアンチされるかもしれない。私が女なだけに。
すると案の定……。
「「アンコール! アンコール!」」
と、アンコールの声が繰り返された。凄い、女性ファンの熱意、凄い。ていうか、この後の演技、やりにくい。するとリーダーのレイジは観客に向かって謝罪するのだ。
『ごめんね――! みんな。応援してくれてありがとう! アンコール嬉しいよ。でも俺達の為にステージを引き延ばすことはできないんだ』
「「えええ――――!」」
と、悲痛に似た声を上げるファン達。そしてレイジはオールバックなのに前髪をかき上げる素振りをみせながらそれに返した。
『大丈夫。心配しないで♪ 次のステージもきっと君達を退屈させない。なんたって次のステージは――』
そして言いやがった。
『次のステージは、高嶺に咲く美しき一凛の花。俺がひと目もふた目も置くアリス嬢の出番なのだから! きっと最高の舞台を完成させてくれるはずさ!』
その一瞬、ステージが凍り付いたように静まり返った。そして一斉にブーイングが始まったのだ。
「「ブ――ブ――‼ ブ――ブ――‼」」
と。
『それじゃあ、またね♪ みんな』
そしてさっとステージ上からはけていくのであった。あの野郎、観客をしっかりアンチにしてから戻ってきやがった。許せね――。そして私にウインクしてんじゃねぇよ。
『はい。シュガーホワイトの皆さん。ありがとうございました。さて、これにどうやって太刀打ちするのでしょうか⁉ 対するは、高値に咲く美しき一凛の花!』
そこまた煽るな。
『アリ――――ス‼』
そしてステージへとでていく。
「ブ――――ブ――――! ブ――――ブ――――!」
ブーイングが最高潮へと達した。何もしていないのに。
今、ウクレレを手にしていた。次は私が演奏する。
「…………」
これは私の一番の武器だ。師匠が私に渡してくれたウクレレを構えて、弦を弾く。奥行深い柔らかな音が会場を包んだ。するとブーイングがやんだ。『トゥルーン♪ トゥルーン♪』と続けて音を奏でる。
まだ私がかけだしだった頃、カイ師匠が唯一褒めてくれた私の武器。それは歌声だった。
『これは……。凄いよ、アリス。久しぶりに感動した! 嘘じゃないよ!』
『そ、そうですか。それはありがとうございます』
『なんだい、まさか恥ずかしがっているのかい?』
『まあ……』
『僕は師匠として君の才能を伸ばしてあげる義務がある。そうだ、これを授けよう。僕が昔から大事にしているウクレレさ。数少ない宝物の一つだから大事にしてくれよ』
『そんな大事なものを』
『いいから!』
そんなやり取りを思い出しながら。『トゥル――ン♪』と今日も綺麗な音色を響かせてくれるカイ師匠のウクレレ。
私は歌った。『君へ。』作詞作曲、アリス。
出だしは丁寧に。集中。
『初めて出会った時♪ それはいつだっただろう♪』
大丈夫。心は落ち着いている。指先と連動した声の調子もいい。
『数えきれない出来事♪ 共に乗り越えた日々♪』
練習量は背中を押してくれる。何も意識しなくても、特別に気張らなくても、自然と演技ができる。
『通り過ぎた日々が多すぎて♪ 初めから一緒だったんじゃないかと♪』
…………。そして。
『思ったり♪』
どれだけ練習に費やしても、ステージでの本番はただ一度きり。
『ラララ~~♪ ラララ~~♪ 君の笑顔も泣き顔も♪』
練習に費やした時間と労力が多ければ多いほど、本番では名残惜しいといつも思う。
『ラララ~~♪ ラララ~~♪ 全部ポケット入れて持ってくよ♪』
この大舞台での演奏もこれにてピリオド。
『だから安心して♪ ずっと傍にいるから♪』
さあ、どうだったかな? 私の歌は。
広い会場は静寂に包まれた。
そして、一斉に拍手と歓声が響いた。良かった。私の歌がみんなの心に届いてくれた。
『ありがとうございました! アリス氏による演奏でした。それでは、採点へと移ります』
そして会場は静まり返り、シュガーホワイトの人達も表に出てきたのだ。
「…………」
ウインクしてくるホスト達に対しては目を逸らしたり。
『審査員の皆さま。採点をお願い致します。まずはシュガーホワイトの点数をお願いします! でました!』
スクリーンに映された。
『リュウガ氏10点、ホッピー氏8点、ジャスミン氏8点、ヤサカ氏8点、ラック氏8点、合計42点! なんと40点超えとなりました! はい、リュウガ氏。10点満点! ありがとうございます!』
リュウガは言った。
『やっぱシャンパンは美味ぇわな。酒だ酒!』
なんで審査中にシャンパン飲んでんの? まさかお酒で買収されたの⁇ 酒飲んでないで仕事しろよ! このおっさんやっぱり理不尽だわ。
『さて、社長のホッピー氏は8点とまずまずな高得点ですね』
『うん、すごくウケていたね。熱狂的な女性ファンが多いって事はとても期待が持てることだ』
『うんうん』と他の審査員たちも頷いている。
『なるほど! 確かに彼らにしかない武器があるということですね! 我が社の「ストロベリーピンク」と二枚看板になってくれるかもしれません! そして』
いよいよだ。
『続きましてアリス氏の採点をお願い致します! でました!』
再びスクリーンに目をやる。
『リュウガ氏5点、ホッピー氏10点、ジャスミン氏10点、ヤサカ氏10点、ラック氏10点、合計45点! こちらも40点超え! ということは、勝者はアリス氏となりました! おめでとうございます!』
か、勝った! 私、勝ったんだ!
『いやァ、参ったよ。これだけの観客、それもブーイングがあるなか自分の演技をブレることなくやり通せるなんて、見た目以上に実力が伴っているんだね。さすが我が愛しき姫、アリス嬢』
「ブーイングを使ってとどめ刺しにくるのやめてください」
ピンマイク外せよ、レイジ氏。
「はっはっは、これは手厳しい」
『さて、こちらの採点につきまして審査員の皆さま方にお話を伺いましょう。リュウガ氏。アリス氏への採点、また5点でした。どういう評価をなさったのでしょう?』
『ああ、これに関しては生意気に感じたよ』
生意気⁇ リュウガは私を睨んだ。
『一体誰に対して気持ちを込めた歌だ? そんな小綺麗な歌、テメエには百年早ぇ』
言いたい放題じゃないか。さっきから理不尽過ぎる!
『これは辛辣。しかし社長はじめ、他の審査員の皆さまは満点をつけて頂いております。ホッピー社長、10点ありがとうございます!』
『いやァ、いい歌だったね。澄んだ綺麗な歌声が心にキュンと沁みたよ。これを感動っていうんだね』
『ありがとうございます! では副社長ジャスミン氏は――』
各々の審査員たちが私を賞賛してくれた。リュウガとは大違い。なんて気持ちがいいのだろうか。あのカイ師匠から唯一褒められたといっても過言ではない私の歌がここへきてようやく大きな成果を上げたのだった。
「よう、お疲れ! まさかあんな隠し玉があったとはなァ! やるじゃねぇか!」
ステージ裏でラーニャがバンバンと背中を叩いて褒めてくれるのだった。
「私達、良いライバル、良い友になれそうね!」
姉のナコッタも温かく迎えてくれる。
そしてカイ師匠の演技の番だ。参加者の一人と対戦している模様。
今回は特に大した道具は用いていないようだ。しかし羽織を着用していた。手にしているのは扇子。そして彼は座布団の上に正座して一人で喋っていた。
「あれは……」
ナコッタが教えてくれた。
「落語という部類の芸ね。話術と身振り手振りで観客達を楽しませるの」
「そうなんですね」
師匠とは五年間一緒にいたけどあの形式の芸は初めて見た。羽織、座布団に扇子……。なるほど、落語か。
『ええ~~はいはい、皆さん。時が経つのって早いですよねぇ~~。そうは思いませんか? 一日はそれなりに長いのに、気が付けば一週間、一カ月、一年という日々があっという間に過ぎていきますよねぇ~~。不思議なものです。今からするお話は遠い国の亀から聞いたお話なのですが、百年間を豪華絢爛なお城で過ごしたとある男のお話です。ええ~~、あるところにイジメられていた亀を助けた太郎という男がいました。男は亀に連れられて竜宮城という夢のように豪華なお城へと案内されたわけなんです。「ここは! 海底にこんな凄いレジャー施設があったなんて、驚きだ!」〈はい、太郎さん。ここは竜宮城といいます。私共の本拠地です。是非とも案内させて頂きますよ〉ガチャン! と大きな扉を開けば「うわぁ~~綺麗な内装! そして別嬪なお姉さん」〈ええ、あの方は乙姫様と仰ります。この竜宮城で一番偉いお姫様です。乙姫様、お待たせ致しました! この方が私めを助けてくださりました太郎さんです〉【まあまあ! 話は魚たちから伺っております。貴方がそこの亀を助けてくれた勇敢な太郎さんですね! 申し遅れましたが私は乙姫。以後よろしくお願い致します。早速ですがおもてなしさせて頂きたいと思っております。心ゆくまで、いつまででも、楽しんでいってくださいまし】「ホントにですか! ありがとうございます! うわぁ~~。料理も豪華だしお風呂も大きいし毎日敷地内の遊園地で遊び放題だ! これはまさにユートピア! 人助けならぬ亀助けはするものだなぁ!」そうして太郎は時を忘れて毎日毎日竜宮城で遊び呆けたのです。そしてある時のことです。廊下で魚たちが陰口を言っている現場をこっそりと壁の陰から目撃してしまったのです。《アイツさぁ~~、いつまで居座るわけ? 遊んでるだけの人生なんて楽でいいよなぁ》《そうそう! 俺達必死こいて仕事してるのによぉ、太郎の奴とくりゃなァ!》「(な、何だ。俺の悪口⁉ みんなそんなふうに思っていたのか! うわぁ、ショックだぁ~~)」《おいおい! 亀公もなんか言ってやれよ! アイツに思うところあるだろ⁉ 太郎の奴によぉ⁇》「(亀! 亀もいる。まさかお前まで俺のことを! ん? 何だ、あの箱は? 亀がなんか黒い箱を持っている。重箱か? それを魚の前にとりだして、蓋を開けた。おせち料理でも入っているのか?)」すると次の瞬間のことです、はい! 《あれ? 俺達、何をしゃべっていたんだっけ? そうだ、太郎さんのことで話していたんだ。あの人は亀さんの恩人だ》《そうだそうだ! うんと楽しんで貰わないとだな! 明日からまた仕事頑張るぞ! 亀さん、お休みなさい!》〈はい、お魚さん達。お休みなさい〉「あの、ちょっと亀さん?」〈あ、太郎さん。おられたのですね。どうかなさりましたか?〉「その箱、何?」〈あ、この箱ですか? ふふふ、秘密です♪ ではお休みなさい、太郎さん〉「あ……、お休みなさい」太郎は気になりました。しかし考えても分からないものは分からないので一旦、忘れることにしました。次の日も変わらずいつものように遊びました。「よ~~し! 昨晩のことは忘れていつものように遊園地で遊ぶぞ~~! ん、あれは何だ? 夫婦喧嘩か? お魚たちの夫婦喧嘩か?」《アンタ何よ!》《お前こそ何だ!》《もうついてこないでよ!》《お前こそ!》「そして亀がいる。亀が持っているあの箱は昨晩の箱? そして魚たちの前で蓋を開いた」〈ほい!〉《あれ? 私達なんで喧嘩していたのかしら?》《本当だな。どうせくだらない事で揉めていたんだろう。そんな事よりせっかくの遊園地だし楽しもう》《それもそうね、ウフフ》「おかしい。明らかにおかしいぞ。昨晩といい今といい。あの箱は一体何なんだ? まるで洗脳だろ。んんんん~~~~、目を凝らしてよく見ると、なんだ『太郎』と書かれているじゃないか。俺の名前⁇ おいおい亀さん。その箱に『太郎』と書かれているんだけど、どういうことかな⁉ まさか俺、関係あったりするの⁇ あ、なに隠してんの⁉」〈あ、これはですね。何でもありませんよ、太郎さん〉「何でもあるよね⁇ 今のは何でもある方の〈何でもありません〉だよね⁉」〈いえいえ、ご心配には及びませんとも。太郎さんがお越しになってから当竜宮城は平和そのもの。争いの一つも起きることはございませんとも。太郎さんには感謝しかありませんです、はい〉ここで聡明な太郎は一つの見解に辿り着いたのです。「その箱、もしかして俺の人生が詰められてるんじゃねぇの⁇ 俺がここで時を忘れて遊び呆けている間、俺の時間がその箱に詰め込まれてるんじゃねぇの⁇」〈ギクリ!〉「今ギクリって言ったよね⁇ 言ったよね⁇」〈…………〉「ねえ、何で黙るの⁉ 目を逸らすの⁉ そして問題はここからだ! 俺のその箱でこの竜宮城から生まれる怒りや苦しみを吸い取っているね⁉ ここが平和なのはそのせいだろ⁉ そして最後にその箱を俺が開けたとき、一気に年老いるのは勿論のこと同時に凝縮された怒りや苦しみまで被ることになるよね⁉ 俺が!」〈詳しいことは、乙姫様にお聞きください。ワタシ、ナニモシリマセン〉「めっちゃ使いこなしてたくせに何言ってんだ! 箱をだせ、今すぐだせ、そしてもう使うな! 今ならまだ間に合う、知らんけど!」〈ドロン!〉「逃げやがった! 亀のくせに素早過ぎるぜあの野郎!」タッタッタッタッ! 「乙姫様! 乙姫様!」【どうなされましたか? 太郎様。そのようにお慌てになられて】「ここで働かせてください!」【おほほほ、それはまた突飛なことですね。大丈夫ですよ? 太郎様が汗を流さずとも太郎様がここに来られて以来ここは平和そのものです】「それが問題なんです! 亀の奴が俺の箱で災いを吸い取るんです! ですので身を粉にして少しでも徳を積んで人生報われたいんです!」そう、身の危険を察知した太郎は真面目に働くことを決心したのです。乙姫様は言いました。【どう転んでもたぶん結末は変えられないと思いますよ?】「畜生がァァァァ! やはりコイツもグルか! おかしいと思ったんだ! 亀一匹助けただけで豪遊の人生を保証されるなんて! 詐欺だ! こんなの詐欺だ! 俺の人生を良いように使われているだけじゃねェかァ! 俺は雑巾か! 汚れを拭き取る雑巾か!」そして乙姫様は真剣な面持ちで太郎に問います。【太郎様。どうせ結末は変わらないのです。汗水流して辛い労働を強いられたあとに地獄をみながら死んでいくのと、華やかで楽しい娯楽の人生を過ごしたあとに地獄をみながら死んでいくのと、どちらがお好みですか?】「コイツ確信犯だ! 今、地獄って言ったよ! 腹の中真っ黒だよ! 綺麗な人間の格好をした悪魔だよ! 逃げ出してやるからな! こんな場所、一刻も早く逃げ出してやるからな!」【それは無理というものです、太郎様。ほら、あちらをご覧ください】「ん!」【あそこに大きなジンベイザメさんが遊泳していらっしゃるでしょ? 警備のためでございます。逃亡しようものならば、一口でパクリ、でございますわ、おほほほ】「監禁じゃねェかよ! これは立派な拉致だろう、ふざけんなよ‼ ん! 亀テメエ、よくノコノコとでてきやがったな、ここで遭ったが百年目! 大人しくその箱を寄越しやがれ!」〈こんにちは、太郎さん。まだ前に別れてから半日も経ってませんよ、ここに来てから三十年は立ちますけどねェ、クククク〉「気色悪い笑いを浮かべてんじゃねェ! テメエなんて助けるんじゃあなかったぜ!」〈それはそうと乙姫様〉【なんじゃ、亀よ。急ぎの用か? 申してみよ】〈はい。太郎さんの玉手箱、そろそろ限界みたいです。まだ三十年なのにもうパンパンになっています〉「何それ、中に何か入ってるの⁇ ガタガタ動いてるよ⁇ 大丈夫⁇ 今にも弾けそうだよ⁇ 何か中で暴れてるの⁇」【なるほど。余計なものを詰め込み過ぎたようじゃのぅ】「やっぱり普通じゃないもの詰め込んでるじゃん! 竜宮城の怒りや苦しみみたいなものを詰め込んでるからそうなるんでしょうが! おいコラ亀‼ 雑に扱うなや、叩くなや! 壊れたらどうするんぞいや!」【どれ、亀よ。我にみせてみい】〈はい〉【はああああああああ!】「ん? なんだ⁉ 乙姫が念を込めたら箱のガタガタが収まったぞ。もしかして邪悪な念を取り除いてくれたのか⁉」【邪悪な念を凝縮した。これでまだまだ詰め込むことができるぞい】「凝縮させるなや! まだ詰め込む気かいや‼ もうこれただの玉手箱じゃないよね⁇ もはやパンドラの箱の域だよね⁇ これ開けたら災いが世界に溢れ出るやつだよね⁇」【ご安心ください、太郎様。この乙姫、命にかけて誓いましょう。災いが降りかかるのは太郎様ご本人だけでございます】「畜生ッ‼」【さて、太郎様。腹をおくくりください。貴方はここで一生豪遊して地獄をみながら死んでいく人生一択しか選べません。どうせダメなんだったら、心ゆくまでお楽しみくださいね】「うおおおおおおお! もうどうなっても知るか! どうとでもなりやがれェェェェ!」そうして太郎は自暴自棄になりながらも遊び暮れました。もう何も考えたくない、と願いつつも酷い結末が大きな口を開いて待っていることを思うと気が気ではありませんでした。遊んでいても不安でしかありません。全然楽しくありません。そしてそのうち太郎は鬱になって倒れ込んでしまいました。〈ほい〉しかし亀が太郎の枕元で箱を開くとたちまちのうちに鬱が治りました。「コラ、亀ェ! 負債増やしてんじゃねェ‼ 逃げんなァ!」そして悪いもの全てを太郎の箱に詰め込み続けて百年が経った頃。〈太郎さん。そろそろ帰ってください。地上までお送りします〉「はあああ⁉ 俺に死ねって言ってんのか⁉ 亀公が!」【太郎様。どうしても地上に戻られるというのですね。この乙姫、悲しい限りでございます、グスンッ。でも引き止めはしません。しかしせめて太郎様にプレゼントをさせてください。この箱です】「おう! その箱、ドラム缶の中に入れてセメントでガチガチに固めさせて貰ったわ」【仕事がお早いのですね、太郎様は。それでは亀。太郎様をお送りになって】〈はい。…………それにしても重いですね。ドラム缶担いで大丈夫なんですか、太郎さん?〉「いいから早くいけ」〈はい〉そうして永い永い竜宮城生活を終えて、一世紀ぶりに地上に戻ってきた太郎。〈ほんじゃ、失礼します、太郎さん〉亀と別れて、太郎を待っていたのはまるで覚えのない場所でした。「何処だここ? 港じゃねェか。あの野郎、何処で降ろしてくれてんだ、普通亀なら浜とかに降ろすだろ。それにしても、まずはこのドラム缶をどこに埋めるかだな」するとその時、近辺にある倉庫のシャッターが開いて黒スーツのヤクザ達がゾロゾロと姿を現したのでした。《いたぞ、太郎だ! ドラム缶の中のセメントで固められた黒い箱を開け! きっとお宝が入っているに違いない!》「この野郎! なんでピンポイントで狙ってきやがるんだ! クソがァ!」《野郎、なんて肩してやがるんだ! ドラム缶を海に投げ込みやがったぞ! スキューバダイビング部隊! 出番だ!》「なんでそんな部隊まで雇ってやがる、この野郎が!」《太郎が海に飛び込みやがった! ドラム缶を回収するつもりだ! 追え!》《はい!》亀は仕事を終えて竜宮城へと引き返す途中のことでした。〈おや、あれは太郎さんのドラム缶。そして太郎さんがそれを追いかけている。何でしょう、大勢の見知らぬ人達までそれに続いていますねぇ。でも、そのエリアは……〉亀は見届けました。玉手箱の入ったドラム缶も、それを追いかける太郎も、スキューバダイビング部隊も、全てまとめてパトロール中のジンベイザメさんに一口でパクリと食べられてしまった現場を。ご清聴、ありがとうございました!』
……強い! なんだこれは。私もはじめて聞いた浦島エピソードだ。右を向いたり左を向いたりと、複数キャラクターを感情のこもった声で全て演じきった。身振り手振りだけなのに師匠が描いた人物たちがはっきりと見えてきた。まさに圧巻。
そしてこの戦いもカイ師匠が勝利し、決勝まで駒を進めた。ということは次は私とカイ師匠が当たる。本当に上り詰めたんだ。そしてすぐに次のステージがはじまる。
師匠は黒のスーツで身をくるんでいた。羽織の次は黒スーツ。次は何でくるつもりだ? そして私の事を今までみたこともない冷淡な目でみてきたのだった。
本気の目だ。本気で優勝とりにくるつもりだ。しかしやるからにはこちらも負けられない。




