2.私の師匠
「テメエのような無能は豚小屋からでてくんな。やる気がでればまたしごいてやる」
リュウガは私を見下しそう言って部屋から去っていくのだった。いつもの訓練で怪我をした。何をするにもまるで集中できず一方的に攻撃を受けてしまった。その後も放心状態でやる気がでない。
「…………」
私はここで何をしているんだ。そうだ、拉致されたんだ。そうだ、それに乗じてリュウガを暗殺してやろうと目論んだり、諦めたり。
「…………」
でも報復する理由もなくなった。何故かって? いつの間にか奴が私の命の恩人みたいになっているから。
そうだ、そうだった。今までのことは整理できた。
「…………」
もう何を希望に生きていけばいいのか分からない。
私は何のために生きているんだ?
私を褒めてくれた人、大切に育ててくれた人は嘘だった。
『この世界に無条件の優しさなんて存在しねぇ! もし優しさがあるのなら、それは何かしらの魂胆が裏にはあるんだ! それが分からねぇ間は、テメエは永久に家畜のまんまなんだよ!』
リュウガの言葉が沁みる。その通りなのかもしれない。
私は、されるがままに利用されていたのだ。ブラウン、否、人身売買のアンソニーに。そして今でさえも反社に囚われている。リュウガに、奴にいいように利用されているのだ。
リュウガは私を救ってくれたけどそれは結果的に救われただけだろう。アンソニーを殺害したのは奴の仕事であってたまたま私は巻き込まれていただけのこと。私があの非常識な反社男に恩を感じる必要もない。
もう、誰も信用できない。自分自身しか信用してはならない。
そうだ。一人で生きていくしかない。こんな反社の拠点なんて抜け出して自分の生き方を見つけていかなければ。この希望の欠片もない世界で生きていく方法をみつけなければ。
気が付けば私は拠点を抜け出していた。そして夜の闇の中に紛れていった。
「ハア……」
上手く抜け出したはいいが、ため息しかでない。人通りの多い通路を一人とぼとぼと歩いている。ここが都会という場所なのか? 夜なのに建物の光や照明灯で明かりには困らない。どこも賑わっているようで街として繁盛しているようだ。
無気力に歩く。
ひと際、賑やかな場所があった。ちょっとした人盛りができていた。少しだけ覗いてみる。
「…………」
あれは……?
中心に青年がいた。白髪の天然パーマで細身。ゆったりとした白のケープで身をくるんでいる。彼はテーブルの上に数個のカップを逆さに置いて操作していた。
「…………」
手品か。
彼がカップを開くとその中からあら不思議。ボールがでてきたり玩具がでてきたりその次には小鳥が飛び出したり。同じカップのなかからさまざまなものがでてくるのだった。
立ち止まって少しの間だけ見入ってしまった。
「はいはい! 今日はどうもありがとね~~! この芸がいいね! と思った人は是非投げ銭してくださいね!」
「ははは! 兄ちゃんさすがにストリートで飯食ってるだけあるなァ!」
「もってけ泥棒!」
活気のいい声と共に彼に銭が投げ込まれる。なるほど。あのお兄さんはお金が欲しいからパフォーマンスをして客らはそれを楽しんで投げ銭をした。これは利害の一致というやつか。
『この世界に無条件の優しさなんて存在しねぇ! もし優しさがあるのなら、それは何かしらの魂胆が裏にはあるんだ!』
なるほど、見事に当てはまっている。お金が欲しいという魂胆の為に周囲にサービスをばら撒く。世の中、そういうふうにできているのだ。何の見返りも求めないサービス、優しさなんてこの世界には存在しない。街じゅう見渡せばどこでもそうだろう。
「…………」
やはり人というのは損得の理念を強く持って生きているということ。ブラウン院長を信じていた自分は甘すぎた。ほぼほぼ無条件で褒められ優しくされて温室で育てられてきた自分は間違っていた。リュウガ風にいえば、そんな奴の行く先なんて豚の食肉解体施設一択だ。家畜にならないために、私は自分でこの弱肉強食な世界を一人で歩いて行かないといけないのだ。
「…………」
行く宛てもなくその場を離れる。その時。
え⁉
私は突然何者かに抱えられた。凄い速さで移動している。これはまさか見つかったか? リュウガ組合の追っ手に見つかってしまったか⁇
しかし何かが変。道行く人々を避け、細い路地を抜けていき、それでそれでビルとビルのタイトな隙間を壁キックで登っていくじゃないですか、私を抱えたまま! パルクール! どんどんどんどん上に上がっていく! 何これ! どういう状況⁉
「アアアアアアアアアアアアアアアア!」
声にならないような悲鳴を私は上げていた。そしてあるビルの屋上まで上り詰めてそしてそこでようやく止まってくれたのだ。コンクリの屋上の地面に私は無気力に崩れ落ちた。
そして私をここまで連れてきた本人を見上げる。ん⁇
「あ、貴方は……」
「やあ! はじめまして。景気はどうだい?」
私を抱えてここまで連れてきたのは、なんと先程路上で手品を披露していたお兄さんだった。彼は本を片手に持ちその美顔で微笑んできた。
「な、何をしてくれてるんだ!」
「何って……拉致かな?」
「このッ!」
瞬時に飛び蹴りを発動した。しかしそれは綺麗に躱され空を切る。
続いて片手で殴る、殴る、殴る。
「ハァ! ハァ! ハァ!」
しかしこっちの動きが先読みされているかのように当たらない。先日のチンピラとは動きのキレがまるで違う。そもそも人を抱えた状態でのパルクールで屋上までのぼりきる地点で人間のスペックを遥かに超えているのだ。そしてついに攻撃を仕掛けている側の私の方が息を切らせたのだった。化け物だ。そして彼は私の攻撃を躱しながら読んでいた本のページをパサリと閉じ、息切れのひとつもみせずに平然とした様子で私に呼びかけた。
「やあやあ、君。怪我をしているようだね。無理しちゃいけないよ」
「…………」
訓練でやらかした怪我だ。左腕が逝っているから今は右腕しか使えない。しかし無理のしどころは今しかない!
「まあまあまあ、待って! そんなに殺気立たなくても! 僕は君に不利益を与えるようなことはしないさ!」
何故か奴は焦っているようだ。そしていきなり望んでもいない自己紹介をはじめたのだった。
「僕の名前はカイ。よろしくね」
「何? どういう……つもり?」
「ごめんごめん。説明がまだだったね! 僕はしがない芸師。君みたいな孤独を見つけると放っておけない性分なんだよ」
「意味が分からない。それでこんな場所に?」
「そうさ。ここは廃ビルの屋上。誰も来ない。いうなれば特等席さ! 君、不安そうな顔をしていたから僕の芸でも見てもらおうかなって思ってね!」
「いいよ、私そういうの好きじゃないし。昔それ関連で巻き込まれて酷い目にあったんだ」
「そう。じゃあ、せめて歌でも聞いてくれないか?」
「歌? 私、お金持ってないけど」
「お金はいらない。これはサービスライブさ」
言って、カイと名乗った男はどこからか弦楽器を取り出して弦をはじくのだ。
「……」
綺麗な音色だった。息を呑むほどに。
それに彼の声が重なる。澄んだ弦楽器の音に程よい音程の歌声が綺麗に馴染む。心地よく過ぎ去る夜風でさえもパフォーマンスの一部なのだろうか。身動きひとつできなくなり、彼一点しか目に映らなくなった。まるで魔法。それほどに心打つ演奏だったのだ。
気が付けば終わっていた。
「どうしたの? ボケッとしちゃって。僕の演奏、良かった?」
コクリと私は頷いた。
「そう。それは良かった。他にも色々と披露してあげたいものもあるけれど、君が苦手なら無理強いはできないな」
「…………」
その時だ。不覚にも私のお腹が「クゥ~~」と音を立てた。
「んん?」
とカイに気づかれてしまった。そういえばしばらく何も口にしていなかった。院長の裏事情を知ってしまってからというもの、何もモノを喉に通さなかったのだ。
「君、お腹減ってるの?」
コクリと頷いた。
「ほら、お食べ」
どこからかパンがでてきた。
「何で?」
「何でって、何がだい?」
「どうして私に優しくするの?」
「優しくしたらいけないのかい?」
「だって、私はお金を持ってない。私を助けても貴方の得にはならない」
するとカイは私の額を軽く指で弾いた。
「何バカを言ってるんだ。君はまだ子供だ。そんなこと気にする必要なんてない」
「…………」
「こんな夜中にトボトボと。大方帰る家も無いんだろう。お腹を空かせながら路頭に迷う少女を見捨てる。僕がそんな薄情な大人に見えるかい?」
「…………」
「あ、ごめん。君のこと拉致ったんだったね。大丈夫大丈夫! 毒とか睡眠薬とかは盛ってないから。ささっ、お食べよ」
彼の優しさに甘えてパンを口の中に頬張り込む。
「…………」
久しぶりのご飯だ。すぐに胃のなかへと入っていった。美味い。すごく美味しかった。カイはにっこりと微笑んでただこっちを見ていた。
そしてその時だ。ちょうど食べ終わったころに、屋上の扉がガタンっと激しく開いたのだった。
「いたぞ! あそこです、リュウガさん!」
「逃げたガキだ! あの男と一緒にここにくるところを目撃したんだ!」
二名の私服の大人と、そしてお馴染み黒スーツの男達と、最後にリュウガが現れたのだった。
「よう! 捜したぞ、奴隷。こんなところで油売ってやがったのか。この俺から逃げだすとはいい度胸してやがるじゃねぇか。たっぷりとお灸を据えてやらねぇとな。お前ら、連れて帰れ!」
「はっ! ボス!」
黒スーツの男達がこちらに走り込んできた。するとカイが私の前に立って両手を広げたのだ。
そこで「待て!」と、リュウガが指示をだす。黒スーツ達は指示通り止まった。
「テメエ、カイだな」
リュウガが言う。まさか知り合い?
直後、カイはリュウガに土下座をはじめたのだった。
「すまない。この子は僕が拉致した! 連れ出した! 全て僕に責任がある! この子には一切の非はない!」
え、何言ってるの、この人? 私は拉致られはしたけど連れ出されはしてないのに。なんで自分が責任を背負うようなこと言いだしてるの? それに何故、土下座を⁇
黒スーツ達は下がり、リュウガが前にでてきた。そして言う。
「お前も手癖が悪ィな、カイ。人のモンをパクるたァ。そうだ、その通り。コイツが前に話してやった奴隷だ。人身売買の犠牲になる予定だった、今は俺んところの奴隷さ」
「…………」
「そしてカイ。俺はテメエのことならよく知っている。テメエはこう言うだろう。そいつを自分に譲ってくれ、と」
「その子を僕に譲ってくれ!」
え? どういうこと⁇
「クフフフ。テメエ、やっぱり捨て猫は見捨てられねぇタチの人間だな。可哀想な奴は率先して救いたいもんなァ? いいだろう、譲ってやる」
「……ありがとう」
「しかし、テメエも俺のことはよく知っているよな?」
「ああ……、覚悟のうえだ」
「死ねや! 覚悟だけじゃ足りねえぞ! オメエらもやれ!」
「はい! ボス!」
そうして大人複数名でカイを袋叩きにするのであった。容赦なしに蹴りつけている。鉄パイプなんかを取り出して殴りつけている。止めに入るかどうか悩んだけど怖すぎてまともに呼びかけすらもできなかった。男達の怒鳴り声のなか、
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
とカイの謝罪が聞こえる。何度も何度も謝っていた。こんな大人事情、見たくなかった。暴行がはじまってから十分ほど経過したときにようやくそれは止まったのだった。
「チッ、これくらいにしておいてやる。まあ、どうせその奴隷は出来損ないのガラクタだ。テメエの好きなようにしやがれ」
リュウガは私に鋭い目線で一瞥をくれてからその場を去っていくのだった。同様に他の大人達も帰っていった。
「…………」
「…………」
そしてカイは倒れたまま喋った。
「……ふぅ。やっと終わったか」
と。生きてた!
「ねえ、何で? 何であんなことしたの⁉」
「ようやく解放されたね。これで君は自由の身だ」
「…………」
まさか私をリュウガのもとから解放するために、私の事を『譲ってくれ』と交渉したのか。でも。
「黙って私を引き渡していれば、そんなことにはならなかった! なんでわざわざ自分が酷い目に遭うようなことをしたの⁉ 死ぬかもしれないのに!」
カイはゆっくり立ち上がってから私に向き合う。
「僕は死なないさ。どんなことがあっても死なない。だから安心して」
「何をそんなに自信満々に……。そんなことじゃなくて――」
そして私の言葉を遮り言った。
「君は幸せになる権利がある。リュウガの所ではきっと辛い思いをしたことだろう。君がいるべき場所、向かう未来はきっとリュウガのもとじゃない、と思ったんだ。解放おめでとう!」
「そんなことの為に、自分が犠牲になったの?」
「これくらい安いものさ。君は気にしないでいいよ」
「……理解できない」
「?」
「そんなことしてたらお兄さんは利用されて終わる。ボロ雑巾のようにコキ使われて終わる。自分が全く得がないのに、赤の他人の為に犠牲になって、バカ正直に生きていたら、きっと好き勝手な道具にされて終わる」
「はっはっは。なかなかリュウガに洗脳されているね。こりゃ重症だ」
「でも、私を飼っていた私に優しかった男は人身売買の商人だった。私達を殺す予定だった。だから自分の力だけでこの世界を生きて行かないとダメなんだ。他人を押しのけてでも!」
「知っているよ。君がいた孤児院のアンソニーはよく君を褒めてくれたらしいね。でも、酷い悪人だったそうだね」
「そうだ! 人なんて信用してはダメだ! お兄さんだってそんなことしてたら――」
彼は私の口元に人差し指を立てて言った。
「カイ、でいいよ。それに――」
と言って私の頭にそっと手を置いた。
「さっきも言ったけど、君はまだ子供だ。そんなこと気にしなくたってもいい。人を簡単に信用してはダメ。それは正解だ。でも、君が思っているほど世の中は絶望だらけじゃない。きっと君は幸せになれる。だって、君は赤の他人の僕のことを思いやれる、とてもいい子なんだから」
カイは優しく私の頭を撫ぜた。
「ダメだダメだダメだ! その優しさが大敵なんだ! 信用しちゃいけないんだ‼」
「……でも君、泣いているね」
「…………」
カイは近寄って私を引き寄せた。知らずのうちに目から温かいものが流れでていた。ボロボロとでてきて止まらなかった。本当は褒めてくれた院長を否定したくはなかった。あの日の暮らしを失いたくなかった。でもこの人はブラウン院長と同じくらい褒めてくれた。無条件に優しさをくれた。
「甘えていい。辛かったけど、今までよく頑張ったね。僕で良ければいつだって歓迎するよ」
「ッッッ……アアアアアッ」
撫ぜてくれる。気付けば私は彼の胸元に抱き着いて泣きじゃくっていたのだった。
「一通り落ち着いたかい?」
「うん」
「アリスちゃんって言ったよね?」
「うん。アリスでいいよ」
答えるが、あれ? 私、この人に名乗ったっけ? リュウガから聞いたのかな? さっきリュウガは『コイツが前に話してやった奴隷だ』って言っていたし。
「アリスはどこかに行く宛てでもあるの?」
カイが聞いてきたので私は首を振った。リュウガのところから考えも無しに逃げ出してきただけだから。
「じゃあ良かったらさ、僕と一緒に仕事しないかい?」
「え?」
「君は芸があんまり好きじゃないって言っていたけど、やってみると案外色んな発見があるかもしれないよ?」
「いいの? カイのこと信用して」
言うとカイはオーバーなリアクションをする。
「ガガ~~ン。お兄さんショックだなぁ。信用されてなかったのかぁ」
私は返答した。
「うん、いいよ。一緒に仕事する。よろしくね、カイ!」
「ああ。こちらこそよろしく。アリス」
契約は成立した。私のこれからの身の振り方が決まったのであった。そしてカイは「でも」と続けた。
「でも、僕の見習いというからには僕のことはカイ師匠と言っておきなさい」
「うん、カイ師匠!」
「よし、今日から君はかけだし芸師だ。しばらく僕のアシストをしてもらうけど、プロ意識を持ちたまえよ!」
「うん、師匠!」
「よし!」
廃ビルをでた。カイ師匠はまずは私に手本をみせるために客を集めたのだった。
「はいはいは~~い! 今から芸をやるよ~~! みんな集まって~~!」
狙い通りに人が集まって来た。
「おい、コイツさっき少女を誘拐してた奴じゃねぇか⁉」
「芸をはじめるだぁ? 何ほざいてんだ! このインチキ芸人が!」
ゾロゾロと集結してくる。
「ち、違うんだ! 彼女は僕の連れで……」
「ああん? オメエ、さっきリュウガさんが捜してたぞ? オメエお尋ね者だろ? アアン?」
「コイツ縛ってみんなでボコしてリュウガさんに差し出すか? 金になるぜ? みんなやっちまおうぜ!」
「いやいや! リュウガとはさっき暴力と話し合いで和解できたんだ! だからもうその話は終わったんだ!」
「うるせえ! リュウガさんを呼び捨てとはいい度胸だ! 何様だこの野郎!」
「お嬢ちゃん。ここは俺ら大人に任せておウチへお帰り」
「あの……、その人。ついさっき私の師匠になったばかりの人で……」
「そうそう♪ ナイスフォロー、アリスちゃん」
「あああ⁉ なに他人の家の子をサラッと洗脳してんだ! 覚悟はできてんだろうなこのペテン師野郎!」
「ちょっと待ってよ! 僕はその子をちゃんと育ててグハッ」
寄ってたかってボコボコにされていた。私は今は近くにいない方がいいのかな? いると師匠がさらにボコボコにされる気がする。私は人目につかない場所へと移動して様子を伺っていた。
倒れたカイ師匠を木の枝でつんつんとつついた。
「大丈夫ですかぁ?」
「ああ……。大丈夫さ」
「果たして私はこの人について行っていいのだろうか」
「大丈夫さ、きっと大丈夫さ。でもこの辺じゃしばらくの間、商売は無理そうだね。それで困ったそんな時! 僕らは好きな場所で商売ができるのが利点なのさ!」
「へぇ……」
私はカイ師匠の拠点に招待された。
「うん! この辺でいいかな!」
え?
「この辺でいいって、どういうことですか? 何もない原っぱに見えますけれど」
「僕ら芸師のおうちも場所を選ばない。それが利点! 今日はここを拠点する!」
「え?」
カイ師匠はドヤ顔でそう言い、手品師さながらのスキルでどこからか大きなリュックを取り出したのだった。
「さあ、テントを立てていくよ~~」
「家じゃないの?」
「今日の晩御飯は旬のキノコと木の実のホイル焼きだよ」
「現地調達⁉」
「まあ、すぐに慣れるさ。水源は川、光源はお月様。野宿をマスターできれば君もどこでも生きていけるようになる」
「まさかの野生生物の生活水準!」
しかし行く宛てなどない私は彼について行くことしか選択肢はなかったのだった。
翌日から芸の仕事を開始していた。収益は投げ銭のみ。これほどの実力主義はそうは無いだろうと思う。
「はいはい♪ 不思議なこの箱、開いてみせますと! なんと猫ちゃんがでてきました! 野良の猫ちゃんです!」
カイ師匠が箱を持ち上げる。すると空っぽだったはずのその箱の中から猫がでてきた。「おおおおおお」と盛り上がった。
「続きまして!」
言って、次にカイ師匠は傘を取り出してクルクルと回しだした。その上に猫が飛び移る。傘の上で猫が走るのであった。
「これぞ大道芸の王道! 猫回しです!」
さらに歓声が上がった。最後に投げ銭が行われる。
「ありがとう! みんなありがとう! 盛り上がってくれてありがとう!」
そしてカイ劇場の幕が下ろされるのであった。お金も荷物も回収して仕事はおしまい。
私は過去に巻き込まれた事件から大道芸やサーカスの類には偏見があった。トラウマである。しかし使われるのが猫ちゃんなら問題は無い。確認したところ師匠もトラやライオンなど大型の動物は使わないって言っていたし。
…………。
逆に間近でみて驚いた。あれだけの手品や芸をこなすなんてまるで魔法使いだ。偏見を持つ前は手品師の使う魔法に憧れたものだけど、カイ師匠のスキルは幼い時のその私を呼び起こした。自分も同じように不思議な魔法を使いたい! 凄い芸をしてみたい! たった一日で偏見が覆りそう願うようになっていた。
「ん?」
その日、帰りの道中で目についてしまった。
「コラッ! 使えねえなあ! オメエみてぇな使えねぇノロマは店にはいらねえんだよ! さっさと買い出しいってこいや!」
「す、すみません!」
「すみませんじゃねぇだろうが!」
どこかのお店だろうか? エプロンを着用した女の人が男に蹴り飛ばされて走ってでていく様子が見えた。
…………。
暴力だ。あれはあってはならないもののはず。私もリュウガのところで奴隷のような処遇を受けていたけど、どこも同じなのかな。だとしたら酷い世の中だ。
「…………」
「お~~い、アリス。何をしてるんだい?」
「あ、師匠! 今行きます」
小走りで私はカイ師匠の後を追った。
テントが張られている拠点に戻る。
「凄いんですね、師匠。大盛況でした」
「ああ、ありがとう。手伝ってくれて僕も助かったよ」
芸の時のとはまた違う野良猫を撫ぜながら師匠は言ったのだった。野良なのにどうして師匠に従順なのだろうか。彼らは本当に野良なのだろうか。未だ先程行われた芸のトリックのタネも分からない。
「でも、私。今日は何もしてない、です」
師匠に箱を渡したり傘を渡したりしかしていない。
「そうだね。まだ怪我もちゃんと治っていないし、当面はアシストを頼むことになるかな。今はできることだけ♪」
んん……。これは不覚。腕の包帯を眺める。
「でも、もう大丈夫です! テーピングでガチガチに固めれば何も問題ありません。数日で完治するでしょう!」
「無理しないでね」と師匠は笑いながら流した。
「ですので、もう大丈夫です!」
腕をビシッとだしてアピールすると、観念したのか師匠は尋ねてきたのだった。
「じゃあ、アリス。君の特技はなんだい?」
「人を殴ることです」
「うん、リュウガ色に染められているね。でも前に君の武術は見させてもらったけど、筋は悪くない。その逞しさと器用さがあればすぐに上達できると思うよ?」
「はい! ありがとうございます! では師匠! 具体的に私は何をすれば⁉」
「そうだね! じゃあ、即戦力が欲しいから……」
「即戦力!」
素晴らしい言葉! 私はどんなことを教えて貰えるのか!
「猫ちゃん不在の時の為に、猫の役をお願いできるかな?」
着ぐるみを渡してくる。
「猫の役⁉」
「さっそく着てみせて」
言われたままに私は装着する。サイズピッタリじゃんか畜生!
「じゃあ、にゃんにゃん言いながらそこで回ってみせて」
「にゃんにゃんにゃん!」
言われた通りに三回まわってみせた。
「あっはっはっはっは! よく似合う、可愛いよアリスちゃん!」
「馬鹿にしてるんですか――!」
「フフフ。ごめんごめん、似合っていたからつい愛でてしまったよ。では気を改め、コホン! 一口に猫といっても色んな種類がいるけど今は招き猫をお願いしようかな。客寄せが当面の君の仕事だよ。ほら招き猫の仕草やってみてよ」
即戦力とは客寄せのことなのか! そりゃそれなら怪我しててもできますけれども!
くいくいと手招きしてみた。




