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1.囚われのアリス

 暗い部屋。目の前には不気味ににやける女と主犯と思われるピエロがいた。

「んんん~~~~!」

 声が出せない。これじゃ助けを呼べない。手足がロープで縛られている。誘拐された! 私、人生最大、絶対絶命の危機! 彼らの目的は何? やっぱりお金? でも払える身代金なんてうちにはない! もう死んだかもしれない! 


「活きがいいのが取れましたね、師匠。フフフ」

 小柄な女が喋った。

「ダメだよ、アリス。怖がっているじゃないか。ここは穏便に、楽しくいこう、ね☆」

 笑うピエロの顔面が陰になる。

「さて、師匠。それでは予定通り、作戦を実行に移しましょうか」

「ああ、問題ないよ。間違いない。この子は僕たちが狙っていた獲物だ」

「フフフフ」

「ハハハハハ」

 誘拐犯の二人は身動きできない私に触ってくるのであった。


 いやああああああああああああ!




「アリスは上手デスネ~。我が院の誇りデ~ス。これは将来高名な画家になるかもしれないデスネ」

 私の描いた絵を見て院長のブラウンさんは私の頭を撫ぜてくれた。

「ホントだ! 猫さんだ! 可愛い!」

「私にも見してぇ!」

 みんなが集まってくる。皆、この施設に集められた孤児達だ。



「アリスは字が綺麗デ~ス。字の上手さは品がでるマスからネ~。コレを『ヤマトナデシコ』っていったりするんでショ~。芸術デ~~ス!」

 褒められた。頭を撫でてくれる。

「うわぁ~すご~~い」

「私なんか全然上手く書けないのにぃ」

「他の子も練習するデ~ス! もっと上手くナルよ。頑張って上を目指しまショ~」

 ブラウンさんはひとりひとり丁寧に書道の指導をしていくのであった。



「頑張り屋、アリス。この一年間、草むしり、皿洗い、掃除、等々の多くの仕事を手伝ってくれマシタ。これからも精進し、自らを高めていってくだサイ。オメデトウ!」

 院長から表彰状を渡された。これは年に一度行われる当孤児院のプレゼント会だった。ここで生活している孤児ひとりひとりに称賛の言葉とプレゼントが配布される。皆、笑顔だった。


 私達は孤児院に引き取られた孤児。贅沢はできないけれど決して不幸ではなかった。皆いい子ばかりで助け合って、笑顔は絶えず、ここはまるで陽だまりのように明るい場所だった。昔、不幸な事件に巻き込まれて孤児院生活を余儀なくされた私だけど、この場所は居心地は良かった。


 でも。

 一発の銃声と共に全ては崩壊させられたのだ。

「院長! 院長‼」

 撃たれたのはブラウン院長。私は駆け寄るが黒スーツの男達に取り押さえられた。

「一匹残らず捕まえろ!」

 発砲した男がボスなのだろう。一人だけ風格が違う。他の人間は黒髪黒スーツなのに対し、その男だけは金髪のスパイクヘアでギラギラの銀ジャケットを羽織っていてその下にはシャツすら着用していない。刺青入りの筋肉質な締まった身体を見せびらかせていた。

 バキバキの覇気を纏う奴は部下の黒スーツ達に命令し、そして私含むこの施設にいた十数名もの子達は抵抗する術もなく持ち去られたのである。

 どういうことだ、どういうことだ! いきなりでてきた不審者達に院長が撃たれて私達は拉致されていく。

「この施設の物品は全て押収しろ! 急げ!」

 ボスらしき男の声が響く。そしてトドメといわんばかりに男は院長にもう三発発砲した。




 訳も分からず私達は捕らえられ、どこかも分からない建物の何もない部屋に閉じ込められる。扉は閉まっていて窓も無い。皆、泣いていた。それはそうだ。私達の親ともいえるブラウン院長が殺害されて拉致されたんだ。怖いに決まっている。

「大丈夫、きっと大丈夫」

 泣きたくなる気持ちを堪えながら隣の子を励ます。でもやっぱり泣き止まない。

「…………」

 だけど数時間もすれば皆涙が枯れ果て泣き止んだようだ。すると大きな鉄の扉が音を立て開いた。

「一人ずつ順番にでろ! 安心しろ、お前らの行先はこちらで手配済だ!」

 黒スーツの男の声が反響する。安心しろと言われて安心できるほど事は単純ではないはずだ。

 しかし言われた通りに一人ずつ連行されていく。一人ずつ減っていき、そして私一人になった。


「何だ、まだいたのか」

 そして別の男の声が聞こえた。

「ボス! はい、この子供で最後になります!」

 「フン!」と息を吐き捨てながら姿を見せたのは、院長に向けて発砲した張本人。今、ボスと呼ばれた男だ。やはりこいつがボスか。

「貴様!」

 私は奴を見るや飛び掛かった。しかし胸倉を掴まれ勢いよく投げ飛ばされたのだ。

「ガハッ!」

 視界が歪むほどの激しい衝撃。気付けば天井を見ている。

「このガキ! ボスに向かってなんてことを!」

「待て!」

 ボスである奴は部下を制止する。そして言ってきた。

「勢いのいいガキだな。アリス、九才。二年前に両親を失い孤児院に引き取られる。ほう~~。そしてお前は――」

 何かのノート、いや本らしきものを手にして読み上げている。私の境遇についてメモされているのか。そして奴は「なるほどなるほど、ククッ」と笑うと。

「特に意味はねぇが、気が向いた。予定変更だ。テメエは今日から俺様の奴隷決定な!」

 などと言いだしたのである。

「ハァ! ふざけるな! 誰がそんなことするか! 院長はどうした⁉ ブラウン院長は⁉」

 私の髪を掴み上げ凶悪な顔を寄せて言ってきた。

「死んだよお! テメエもよく知ってんだろ! 目の前で殺してやっただろう! 丁寧によォ! それにテメエに拒否権なんてねぇよ! 俺が奴隷決定といえばテメエは奴隷決定なんだ!」

「クッ」

 そして奴は私から手を離す。力が抜けてひれ伏した。




「おい、ガキ! 埃ついてんじゃねぇか! ちゃんと目ェついてんのか!」

 翌日から施設の掃除をやらされた。そして蹴り飛ばされるのである。奴に。

「何する! そんな大人は見たことない!」

「ほう、貴様。奴隷のくせにこの俺様にたてつくのか? あん? ここでは俺が一番偉いんだぜ? いや、俺は世界一偉ぇ!」

「お前は暴力で部下を従わせているのか!」

 そしてまたも髪を掴み上げられる。

「お前じゃねぇ、リュウガ様だ」

「クッ……」

 リュウガ……。

「いいか、午前中までにすべてのフロアの掃除を済ませておけ。テメエがやるべきことは死ぬほどあっからよ、ククク」

 そう言い、奴、リュウガは私を笑いながら去っていくのである。

 無理難題を押し付け、できなかったら拷問なのかな? まさに奴隷じゃんか。孤児院とは扱いが天と地だ。

 てか、どれだけ広いんだこの施設。掃除しなくてももともと綺麗だし、これが噂に聞く三ツ星ホテルというやつだろうか。いや、ホテルじゃなくてここは反社会勢力の拠点なのだろう。あくどい手法で大金をかき集めてつくったんだ。そいうに違いない。



「これよりこの優しい俺様が、貴様に力を授けてやろうと思う。暴力という力をなァ!」

 午後から唐突に道場部屋に連れ出された。道着に着替えさせられて、屈強な男達の中に放り込まれる。

「うちは常に実戦形式なんだ。おい、テメエら! あとは任せるぜ!」

「「はい、ボス!」」

 えええ……。何が始まるんだ。

「悪く思うなよ、嬢ちゃん。ボスの命令は絶対なんだ。女子供だからって容赦はしねぇ!」

 唐突に特殊訓練というものが開始された。本当に情の欠片もない打撃でボコボコにされた。そして数分も経たぬ間に私は反吐をだしながら悶絶していたのだった。

「コラ! 気合が足りんぞ! 立てコラア!」

 やられてはよろめきながらも立ち上がり、という地獄のループを繰り返す。こんなのありか! こんなのって……。


「よし! 今日の訓練はこれまで! 解散!」


 既に私はピクとも動かなかったのである。

「おい、立て。奴隷、次は厨房で皿洗いだ。無能な貴様に任務を与えてやる優しい俺様に感謝しろよ」

 寝ころぶ私の上からペットボトルの水をぶっかけてくるリュウガ。悪魔かコイツは。その後、強制的に厨房に派遣させられるのである。



 長い一日がようやく終わった。そして通称、豚小屋と呼ばれる空の小部屋が私の寝床だった。あるのはフローリングに敷かれたゴザと毛布一枚。刑務所か。とりあえず寝ころぶ。

 酷い一日だった。

 こうして思えば、ブラウン院長のいる孤児院がどれだけ恵まれていたか身に染みて思う。

 どうしてこうなった……。

「院長……」

 院長はいつもみんなを守ってくれた。居場所をくれた。いつも褒めてくれた。

 それに比べて今は。何故だ。何故、私はこんなことになっているんだ。

 すべてあのリュウガというあの男のせいだ! 

 院長の命を奪い、居場所を奪い、一緒に住んでいた子達の人生も歪めた。そして奴の気まぐれのせいで私はここに囚われている。何故そんなことをする⁉

 許せない、許せない、許せない!

 憎しみがこみ上げてきて眠れたものではない。雑に敷かれたゴザから立ち上がり、部屋をでた。

 おや、偶然にも私の部屋の前に鉄パイプが置いてある。ちょうどリュウガを殴るのに適したサイズ感と形をしている。そういえば奴は上階に自室を構えていたな。

 よし、リュウガも今日は私に睨まれてショックで寝つきが悪いかもしれない。それならば私にはそんな彼を安らかに寝かしつける義務が発生するというもの。孤児院では私は責任感が強くて面倒見のいいお姉ちゃんで通っていたんだ。よく他の子の機嫌をとって寝かしつけたりもしていた。それならば、この反社組織のなかでもお姉ちゃんパワーを発揮しますか。

 私はリュウガを寝かしつけるべく鉄パイプを握って歩き始めた。


「おいおい、奴隷? こんな夜更けにどこに行く? デリヘルか? 誰も頼んでねぇしテメエのようなスカポンタンには一生縁のねぇ職種だぜ?」

「デリバリーHELLス!」

 突然死角から呼びかけてきたリュウガに向かって私は寝かしつけるべく鉄パイプを思いのまま振り切った。だがしかしそれは空を切る。難なく躱されているのだ。そして私は蹴り飛ばされた。

「ほう、ほう、ほう! 悪くねぇ。その躊躇のない打撃、悪くない殺気だ」

 コイツ……。

 さらに踏みつけられる。

「グハッ」

「部下共から聞いているぜ? お前、なかなか筋もいいらしいじゃねぇか」

 昼間行った武道の訓練のことを言っているのか?

「殺しの才能、あるんじゃねぇか?」

「そんなの……あって、たまるか……」

「ククッ。どんなポンコツでも、研いでみねぇと分からねぇってもんだ」

 そしてリュウガはしかめっ面で私を見下してから、去っていくのであった。

 クソッ、クソッ。返り討ちかよ!



 翌日。

 上下黒服の神妙な面持ちをした男がいる部屋へとぶち込まれたのだった。目を見開いてこっちをジッと見ている。

「…………」

「…………」

 何何⁇ 目を充血させながら私の事を永遠に睨んでくるよ、この中年のおじさん。マジで何考えてるの⁇ そして彼は口を開いた。

「ヴォセームレリュキュシェキゲストウ?」

「え?」

 何⁇

「ボムスヴェルスォルスヴェルタヴェイラスタダイジズ!」

「え、え⁇」

 直後、鉄の鞭を握って男は私に向かって叩きつけてきたのであった。

「なッ!」

 バチィン! と床を叩く鋭い音が部屋じゅうに響いた。

「…………」

「…………」

 死ぬよ‼ 当たれば絶対死ぬ! 逃げ続けなければ死ぬ!

 次々と鞭がこっちに向かって襲い掛かってくる!

 バチィン! バチィン! バチィン!

 おおおおおおおおおおおお‼

 必死で避け続けた。

「イスタ、トゥドゥベイ。ボウ、ダルマノテジャプロフェッサウ」


「ハアハアハア……」

 逃げ続けること小一時間。ようやく彼のシゴキは終わったのであった。何度も被弾したがその都度死ぬくらいの痛みが走った。

 倒れ伏す私を見下した後に終始謎めいていた彼は部屋からでていくのだった。

 分からない。何だったんだ。何をさせられたんだ。半ば放心状態で私は寝そべるのである。

 

 雑用と拷問が繰り返される日々が続いた。

 そしてブラウン院長の仇を討つべく幾度となくリュウガに奇襲を仕掛ける。

「おおっと! 危ねぇ危ねぇ。人が寝てる間に殺しにくるなんて、なかなかやるじゃねえか、ガキが!」

 ナイフを持つ手を掴まれて投げ飛ばされるのである。さらにそこからの徹底的な返り討ちまでがセットだった。何度も何度も私は奴を殺しにかかった。しかし奴のほうはそんな私を殺すことはしなかった。



 そして半年が過ぎた頃である。

「貴様にはある程度の暴力が身に着いた頃合いだ。喜べ、奴隷! 貴様には初任務をくれてやろう、外出を許す!」

 リュウガはそう言って、屈強な黒スーツの男達五名と一緒に私を外に連れ出したのだ。久々の外だった。黒スーツの男の1人が私に説明してくれた。

「この辺りは俺達のシマだ」

 シマ?

「それを荒らす輩が度々出没する。俺達の任務はそんな輩をこらしめる事だ」

 物騒な匂いしかしない。そして言ったそばの出来事だった。


「おい、コラァ! 誰に断って店構えてるんじゃ、この野郎!」

 怒鳴り声が聞こえた。「行くぞ!」と男達が走り出す。

「え、リュウガ組合の方ですか? お金は支払ったはずですが」

「まだ足りんのじゃ! あと十万ダラー支払って貰おうか?」

「そんな……」

 やり取りが聞こえる。ガラの悪そうな男達が花屋の人に絡んでいたのだ。白スーツでグラサンのノッポのモヒカン男。威圧的だ。俗にいうチンピラという人種だろう。そんな輩が十名ほど。

「おい、お前。うちの組合のモンじゃねぇな? そこで何してやがる!」

「あん?」

 と、男は振り向くとやや決まりの悪そうな表情を浮かべた。

「テ、テメエらは……」

「うちの組合を名乗ってカツアゲとはいい度胸だ。覚悟はできてんだろうな?」

 するとお店に恐喝をしていたチンピラ達はいったん周囲をみてから怒鳴ってきたのだった。

「調子に乗りやがるなよ、雑魚共が! リュウガがいなけりゃテメエらなんかゴミだろうが!」

「なんだと! テメエら風情がボスの名を口にするんじゃねェ!」

「やっちまえ、テメエら! 数じゃ俺らに分がある!」

 白スーツのチンピラ達が一斉に襲い掛かって来た。展開が速いな。

「やるぞ、仕事だ!」

 乱闘が始まる。数的には不利。これ大丈夫なのか⁉

 殴り合ったり棒で叩いたり。大の大人が人目を気にすることなく殺し合っている。

「邪魔だ、クソガキ!」

 チンピラの一人が私を突きとばそうとしたその時、私は身体を反転させて躱し、チンピラのその腕にしがみついた。

「何!」

 これは腕ひしぎ十字固め! そして思い切り力を込めてやる。

「うがあああああああ!」

 とチンピラの悲鳴が聞こえる。

「このガキが!」

 別のチンピラが私に走り込んで来た。対処するために一旦固め技を解除。チンピラは私の腹部に向かって蹴りを入れてきたが。

「グハッ」

 大人げの欠片も感じぬなかなかの蹴り。しかしかろうじて捕まえた。

「はぁ!」

 捕まえた脚にしがみついて勢いをつけて回転した。相手は地面にぶっ倒れる。これはドラゴンスクリューという技らしい。

 すぐに起き上がり今度はこっちから飛び蹴りを仕掛けてやった。

「はああああ!」

「クソが、ハァァ!」

 顔面に蹴りがまともに決まった。気持ちいい!

「テメエ! ガキのくせに生意気な!」

 鉄の棒を手にもってチンピラが二人がかりで私に向かってきたのだ。その時。


「そこまでだ!」

 声が響いた。

「お前は、リュウガ!」

 皆の動きが一瞬ピタリと止まった。リュウガが来ていたのだ。そして言った。

「よう。俺の名前を随分と汚してくれちゃってるじゃないの? このならず者共が。覚悟はできてんだろうなァ? タダじゃすまさねぇぜ?」

 チンピラの一人が言った。

「ど、どうしやす、兄貴? アイツ、ヤバい奴って噂がたってますぜ?」

「馬鹿野郎! まだ数じゃコッチが勝っている! 奴一匹加わったところでなんてことはねぇ! テメエら気合入れてけ!」

「ウッス!」

 チンピラたちは全員リュウガ一人に向かってに突撃していったのだ。さすがに十人近くいる人員が全員リュウガだけに集中するのは愚策なんじゃないかな? リュウガの味方もたくさんいるわけで。しかしリュウガは手下の黒スーツ達に命令したのだ。

「お前ら、手出しは無用だ」

 どういうことだ? と一瞬思った。

 指示通り黒スーツ達はリュウガから離れた。そしてリュウガは何かの本を手にしている。何だ?

「馬鹿め! 袋叩きだ! やっちまえ!」

 しかし直後のことだ。リュウガの手元から赤色の光が飛びだした。同時にチンピラの動きが全員ピタリと止まったのだ。寸分たりとも動かずに本当にピタリと止まった。そして全員汗だくで青ざめていた。

「ア……ァ……」

 と声を漏らしながら全員同時に地べたに跪く。リュウガだけが不敵に微笑み、敵のボスに顔を近づけて言ったのだ。

「お、汚ェな? その年齢にもなってお漏らしか? ククク、ダセぇ野郎だぜ。それはそうと、今回も死ぬまで殴り続けてやろうか? それとも、刺殺がいいか? おお? 選ばせてやるよ」

「ハ……ア………」

「何言ってんだ、ちゃんと喋れや?」

 そして鋼鉄製の棒で殴ったのだった。その手下たちも怯えていた。

「テメエらも全員皆殺しにしてやっからじっとしてやがれ!」

 リュウガのそのおっかない一言に敵は全員固まった。

「…………」

 何だ? 何が起きた? リュウガの奴は何もしていない。ただ突っ立っていただけ。それなのにイキリ散らかしていたチンピラ達は急に怯えて、そして何もせずに一方的に半殺しにされている。どういうことだ?

 そしてリュウガは急に私を見てあろうことかこんな事を言ったのだ。

「どうだ、奴隷。テメエもやるか? 敵対勢力を思うがままにぶっ殺していくのは気持ちがいいぜ?」

 私は迷うこともせずに首を横に振ったのであった。

「チッ。テメエはやはりそっち側のタイプか。しけてんなァ!」

 リュウガはつまらなさそうに舌打ちをしてから、再びチンピラに向きなおり暴行を再開するのであった。




 今日のは衝撃だった。あのブラウン院長の仇があれだけの力を秘めていたなんて。自分にはきっと奴を殺すことはできないのかもしれない。そう思わせるのには十分だった。悔しいけど。悔し過ぎるけど。

「…………」

 一年前は今の自分を想像もできなかった。ずっとあの陽だまりのような環境が続くのだと思っていた。皆で笑顔の共同生活が続くものだと思っていた。

 でも今はどうか? 事もあろうに院長は殺害され、一緒に住んでいた皆はバラバラに散らされ、私に至っては酷いシゴキの日々を強制させられている。反社に捕まるなんてあっていいはずがない! 一刻でも早くあの憎きリュウガを殺害してここから逃げ出したい!

「…………」

 でも、アイツを殺せる気がしない。幾度となく奇襲を仕掛けてやったが、何一つとして失敗に終わったのだ。アイツは一体何なんだ⁉ 本当に人なのかどうかを疑うレベルの気持ち悪さがある。

「…………」

 私は夜中に自室(通称、豚小屋)をでた。

 この半年間で調査済みなことがある。アリス調べでは、このリュウガ組合が押収した物品は押収室という倉庫に保管されているのだ。つまりそこには私がいたブラウン孤児院で押収された物が保管されている。せめて思い出の品々だけ奪って夜逃げしてやろう。そう思い立ったのだ。リュウガ暗殺は諦め、過去を大事に胸に秘めながら、未来を歩んでいこう。

 ブラウン院長からプレゼント会で貰った目覚まし時計なんてあれば良いのだけど。院長が殺害された日、部屋に置いたままでそのまま私は拉致されたのだ。

「…………」


 押収室に侵入した。

「…………」

 そこにはやはり様々なものが置かれている。その名の通り物置部屋だ。

「…………」

 照明をつけて物品を捜す。

「ブラウン孤児院のものは……」

 おや。見覚えがあるというか、凄く馴染み深い孤児院の机を発見した。そこにはまるであの暖かな日常が戻って来たかのような、そんな錯覚を覚えてしまうほど懐かしい品々が欠損することなく保管されていたのだった。椅子や花瓶、皆が描いた絵や小さな玩具まで。あのブラウン孤児院から押収されたものが置かれていたのだ。そしてプレゼントで貰った私の時計も。

「…………」

 目覚まし時計を手に取った。動いていないようだ。壊れたのか、それとも電池が抜かれているのか。

「…………」

 何故か電池が抜かれているようだ。電池、電池……。周辺を捜してみることにした。そのとき、一切れの紙が目に止まった。

「何だ、これは」

 確認してみるとそれはブラウン院長の写真だった。

「院長」

 しかしそれはただの写真ではない。何度確認しても目を疑うようなもの。

「…………」

 その時、背後で『カチャ』っという音が聞こえて振り返ると、銃口が向けられていたのだった。

「バァァァン」

 リュウガがおどけるような口調で発砲の仕草をしてきた。そして言ってくる。

「ククク。驚いたか? 悪ィがそりゃ捏造じゃねぇぜ? 世に出回っていた本物だ」

「馬鹿な、何かの間違いだろ? これは」

「何の間違いでもねぇよ。事実だ、受け入れろ。コイツはA級の指名手配犯。本名、アンソニー。人身売買の最高司令官だ。ブラウンと名乗っていたようだがな。コイツの存在は多くの罪なき命を奪う。俺のなかじゃ最優先で抹殺すべき害悪だ」

 私の目に止まった紙切れは、なんとブラウン院長の手配書だったのだ。

 院長が、犯罪者?

「そんな……、院長が……。あの優しい、院長が……。そんな……」

「クククク。笑わせるなよ、奴隷。優しい院長が……か? このご時世、何を好き好んで見返りもなく人に優しくするわけよ? 大きな大きな大金を逃さないように、優しく温室で育ててたに決まってるじゃねぇか? 何も知らねぇ頭ハッピーセットの家畜の豚に、毎日毎日餌を与え続けては出荷の時を待ち焦がれていたに、決まってんじゃねぇか」

「…………」

「奴隷。テメエは豚小屋をでて真実を知ってしまったな、クク……」

 思わず手にしていた時計を落としてしまう。ガタン、と。

「おう、良かったなァ。時間は止まったまんまだ。もしこのままその時計の針が進んでいれば、お前は売り飛ばされた後に解体されて臓器という商品にされていたところだぜ。クク……、ショックか? んん?」

「…………」

「フハハハハハ! 俺様はなァ! 人間のその青ざめた顔面を見るのが大好きなんだァ! そうだ、貴様は飼いならされた豚だったんだ! この世界に無条件の優しさなんて存在しねぇ! もし優しさがあるのなら、それは何かしらの魂胆が裏にはあるんだ! それが分からねぇ間は、テメエは永久に家畜のまんまなんだよ!」

「ァ……ァ……。院長……」

「チッ。まだ言ってやがる。あれは院長なんかじゃねぇ。もう一度言ってやる。過去に数え切れねェほど多くのガキを殺してきている大量殺人犯だ」

「…………」

 私は放心状態になって、その後のことはあまり記憶にはなかった。




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