休日の誘い
日曜日の朝、目を覚ますと枕元のスマホが振動していた。寝ぼけたまま画面を見ると、綾音からのメッセージが届いていた。
『おはよう! 今日はせっかくの休日だし、どこか遊びに行かない?』
遊びの誘いか。昨日まで部活や練習で忙しかったし、ちょうど気分転換がしたいと思っていたところだ。
『おはよう。いいな、どこに行く?』
そう返信すると、すぐに既読がつき、少しして綾音から返事が来た。
『うーん、映画とかどう?』
映画か。悪くない。
『いいね。じゃあ、何を見る?』
『今やってるアクション映画とかどう?前にちょっと気になってたんだよね』
アクション映画か……確かに、今話題になっている作品があった気がする。俺も嫌いじゃないし、問題ない。
『わかった。それでいいよ』
『やった! じゃあ、〇〇駅前の映画館で待ち合わせしよう! 10時くらいで大丈夫?』
『了解』
こうして、俺たちは映画館で待ち合わせることになった。
***
約束の時間に駅前の映画館へ向かうと、綾音はすでに待っていた。
「おはよう!」
綾音は軽く手を振りながら駆け寄ってくる。私服姿の彼女はいつもと違った雰囲気で、部活の時とはまた違う印象を受けた。
「おはよう。早かったな」
「うん、ちょっと楽しみで早く来ちゃった」
綾音は笑いながらそう言うと、チケット売り場の方へ向かった。
「じゃあ、さっそくチケット買おうか」
映画の上映時間まで少し余裕があったので、ポップコーンとドリンクも買い、席に向かう。
映画が始まると、スクリーンには激しいアクションシーンが次々と展開され、綾音は夢中になって観ていた。たまに小さく驚いたり、面白いシーンでは笑ったりしている。
俺も映画に集中しつつ、時折横目でそんな彼女の反応を見てしまっていた。
***
映画が終わり、外に出ると、綾音が満足そうに伸びをした。
「いやー、面白かったね!」
「そうだな。思ったよりアクションシーンが迫力あった」
「でしょ? やっぱり映画館で観ると違うよね!」
テンションが上がっている綾音を見て、俺も少し笑ってしまう。
「さて、この後どうする?」
「うーん……せっかくだし、どこか寄って行く?」
せっかくの休日だし、映画だけで解散するのはもったいない。
「じゃあ、カフェでも行くか?」
「おっ、いいね! 甘いもの食べたい気分だし!」
こうして、俺たちは駅前のカフェに向かうことにした。
映画館を出て、駅前のカフェに向かう。日曜の昼前ということもあって、街はそこそこ賑わっていた。
「結構混んでるかな?」
「どうだろうな……あ、あそこ空いてるみたいだぞ」
カフェの入り口付近を覗くと、ちょうど二人分の席が空いていた。俺たちはレジで注文を済ませてから席へ向かった。
「私はストロベリーシフォンケーキとカフェラテ!」
「俺はチョコレートケーキとブラックコーヒー」
注文が運ばれてくると、綾音は嬉しそうにケーキを見つめた。
「わぁ、美味しそう……いただきまーす!」
フォークで一口すくって食べると、彼女の表情がぱっと明るくなる。
「甘くてふわふわ! 幸せ〜」
「そんなに美味いのか?」
「うん、すごく美味しい! ほら、ちょっと食べてみる?」
綾音は小さく切ったケーキを俺の皿に乗せた。俺も自分のケーキの一部を彼女の皿に乗せる。
「じゃあ、交換だな」
「やった!」
俺も一口食べてみると、確かに甘くてふわふわだった。チョコレートケーキの濃厚な甘さとはまた違う、優しい味わいが広がる。
「確かにうまいな」
「でしょ! ……あ、そうだ、昨日の練習の話だけどさ」
話題が弓道に移ると、綾音は少し真剣な顔になった。
「実際、昨日初めて弓を持ってみてどうだった?」
「うーん、思ったより重かったな。まだ引いてないのに、あの重さだから、実際に引いたら結構大変そうだ」
「そうなんだよね。私も最初はびっくりしたよ。でも、慣れたら少しずつ体が覚えてくるから大丈夫!」
綾音は励ますように微笑んだ。
「それに、これからどんどん上手くなると思うし、一緒に頑張ろうね!」
「そうだな。まずは基本をしっかり身につけないとな」
「うんうん! ……あ、そうだ。今度さ、弓道に関する本とか読んでみない?」
「本?」
「うん、技術の本とかもあるけど、昔の弓道家の考え方とか、弓道にまつわるエピソードが書かれた本もあってね、結構面白いんだよ」
「へえ、そんなのもあるのか」
「うん! 私、家に何冊か持ってるから、よかったら貸してあげようか?」
「それは助かるな。正直、まだ弓道のことをちゃんと理解できてないし、知識を増やしておくのはいいかもしれない」
「じゃあ、今度持ってくるね!」
綾音が嬉しそうに微笑む。その姿を見て、俺も自然と笑みがこぼれた。
こうして、俺たちは弓道の話をしながらカフェでの時間を過ごした。
***
カフェを出た後、俺たちは少しだけ街をぶらつき、そのまま駅へ向かった。
「今日は楽しかったね!」
「そうだな、映画も面白かったし、いい気分転換になった」
「明日からまた部活、頑張ろうね!」
「おう、まずは基本をしっかり固めないとな」
「ふふっ、真面目だね。でも、それが大事だからね」
綾音はにこっと笑いながら、家の方へ向かう。
「じゃあ、また明日!」
「おう、またな」
こうして、俺たちの休日は終わった。
明日からまた部活が始まる。弓道に本格的に向き合いながら、一歩ずつ成長していく日々が続いていくのだろう。
そんなことを考えながら、俺は少し寄り道をし、家へと帰るのだった。
家の玄関を開けると、どっと疲れが押し寄せてきた。楽しい一日だったが、外を歩き回っていたせいか、体が少しだるい。
「ふぅ……」
靴を脱ぎ、自分の部屋へ向かう。ベッドに腰掛けながらスマホを取り出すと、ちょうど綾音からメッセージが届いていた。
『今日は楽しかったね! 映画も面白かったし、カフェのケーキも美味しかった! また一緒に行こうね!』
画面をスクロールすると、さらにメッセージが続いている。
『あと、帰るときに言いそびれたけど……部活、これからも一緒に頑張ろうね! あんたと一緒ならすっごく楽しくなりそう!』
──なんだよ、これ。
あまりにもストレートな言葉に、思わずニヤけてしまう。こんなふうに言われたら、悪い気はしない。
「あんた…なんか良いことでもあったのか?」
突然の声に、俺はハッと顔を上げる。部屋のドアの前には、俺の母親が立っていた。
「えっ、いや……」
「スマホ見ながらニヤニヤしてたけど、もしかして彼女でもできたの?」
母親はニヤニヤしながら俺を覗き込んでくる。
「ち、違うって!」
「へぇ〜? そんな顔しておいて?」
「本当に違う!」
「ふふっ、まぁいいけど。晩ご飯もうすぐできるから、リビングに来なさいね」
そう言って、母親はクスクス笑いながら部屋を出て行った。
……ったく、余計なことを。
俺はもう一度スマホの画面を見つめた。
綾音からのメッセージを読み返すと、また少しだけ頬が緩む。
『俺も、これからの部活が楽しみだ。よろしくな!』
そう返信を送ると、スマホを置き、大きく息をついた。
明日からまた部活が始まる。今日はしっかり休んで、また頑張ろう。
そんなことを考えながら、俺はスマホを手に取ったまま、しばらくベッドに転がっていた。